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どうやら変われなくなる時もあるようです【1】

「今日ものどかでいい天気だな〜でもやっぱりこれだけ静かだとちょっと寂しいな……」


 カフェの窓から差し込む光を見ながら一人呟く。

 座敷わらしさんから依頼された事件からしばらく経ち、平穏な日常が戻ってきた。


 今は私以外お店にいない。

 真人さんはもう一つの仕事の関係で鞍馬さんと出かけている。二郎くんは珍しく今日はお休みらしい。

 ここで働き出してからお店に一人になるのは初めてだ。

 いつも誰かと一緒だからこそ、一人で店にいると静かすぎて、少し寂しく感じてしまう。


(でも真人さんのあの言い方、少し気になったんだよね……)


 時間がギリギリだったのか、真人さんはバタバタと外出の準備をしていた。真人さんが店を出る直前、私が二郎くんのことを聞くと一瞬動きを止め、視線を逸らされた。


「えっと……今日は休みになるのではないかと……おそらく数日休みになりそうですね。たぶん……それではできるだけ早く戻りますから」


 真人さんは困ったように微笑むと急いでお店を出て行った。

 本人から休むと連絡があったら、断言しそうなものだが、あの曖昧な感じは何なのだろう?

 もしかしたら何か大事な用事があり、それがいつ終わるかわからないからはっきり返事をもらってないのだろうか?



(二郎くんにしばらく会えないのは寂しいけど……まあ、悩んでも仕方ない。お客さんも来ていないし、お掃除でもしようかな?)


 (ほうき)を取りに行き、店の外を掃こうと扉に近づく。するとカタカタカタカタと扉が小刻みに揺れていることに気づいた。

 私は首を傾げ、確認しようと店の扉をゆっくり開く。

 しかし、扉を開いた先には誰もいない。


(あれ? さっきの何だったんだろ?)


 そう思いあたりを見回すと、足元から小さな鳴き声が聞こえた。


「にゃーー」


 私が下を向くと、色素が薄い明るい茶色の毛並みの可愛らしい猫がいた。頭と耳の周りが少し癖っ毛になっていて、額に一部濃い茶色の毛並みでバツマークのようになっている。


「かわいい!!」


 私はしゃがみ込みそっと猫を撫でる。人馴れしているのか嫌がる様子も無く気持ちよさそうに撫でられている。


(ふふ! 大人しくてすっごく可愛い! 毛並も綺麗ですごく手触りが良いし、どこかの飼い猫かな?……でも何か既視感があるんだよね……そっか! この猫二郎くんにどことなく似てるんだ! この毛並みの色合いや少し癖っ毛のところとかそっくり……!)


 そんなことを思いつつ撫でながら猫を観察していると左の前足に怪我をしていることに気づいた。少し血が出ている。



「怪我しちゃたの?」


「にゃー」


 私が問いかけると、まるで返事をするように鳴き声が返ってくる。

 手当をしてあげたいが、ここは飲食店だ。真人さんの許可も無く中に入れてしまっていいのだろうか?


「あっ!でも休憩室なら扉も閉められるし、少しなら大丈夫かな?」



 ちょうど休憩室に救急箱もあったはずだ。

 私は手を伸ばすと猫をそっと抱き上げた。猫はびっくりしたのかバタバタと暴れ、その拍子に手を引っかかれてしまった。


「いたっ!……」


 私が声を上げると急に大人しくなり、私の手の傷をペロペロと舐め出した。そして首を上に向けこちらを窺うように見つめてくる。

 何だかその様子が怒られた小さな子供のようで、私はふっと息を吹き出した。


「大丈夫だよ! そんなに心配しなくても。あなたの手の傷を手当てをしたいし、お店の奥に運ぶから、少し我慢してね。」


「にゃーー」


 まるで『わかった!』とでも言うように鳴き声を上げると、今度は大人しく腕の中に収まってくれた。


 休憩室で傷の手当をしている間も猫はじっと動かず座っていた。


「えらいね〜」


 私がにっこり笑って頭を撫でると、満足そうに喉をゴロゴロ鳴らす。



「さぁ、私はそろそろ仕事に戻らなきゃいけないから、君はもう少しここで待っててね」


「にゃーー」


 この猫、本当にこちらの言葉をしっかり理解しているのではないかというタイミングで返事をする。しかも言われた通りに大人しくしているし、とっても賢い。


(でもこのままお店に置いとくわけにはいかないし……よく見たら首輪もしてない……飼い猫じゃないのかな? でも怪我が治っていない状態で外に出すのも……怪我が治るまで実家でお世話しようかな? とりあえず今日は休憩室に置いてもらえるよう真人さんが帰ったらお願いしよう!!)


 私は「よし!」と気合を入れて仕事に戻った。




カランカラン


「あっ! 真人さんおかえりなさい」


「お疲れ様です。優希さんお一人で店番ありがとうございました」


「いいえ! 鞍馬さんもご一緒だったんですね」


「おう」


 真人さんに続き鞍馬さんがお店の中に入って来た。

 鞍馬さんは短く返事をするとカウンターの席に腰掛ける。

 私はそのまま奥の休憩室に上着を置きに行こうとする真人さんを呼び止めた。


「真人さん、すみません。実は今休憩室に猫がいるんです」


「猫…ですか?」


 真人さんが不思議そうに頭を傾げた。


「お店の外をお掃除しようと思って外に出たら、扉の前に猫がいたんです。その猫、腕に怪我をしていて……手当するために休憩室に連れて入ったんです。怪我が治るまで私の家でお世話しようと思うんですが、今日のシフトが終わるまで休憩室においてもらいたくて……すみません相談もせず勝手なことをしてしまって……」


(流石に許可も無く入れたうえに、仕事が終わるまで置いてもらうのは図々しいかな? しかも飲食店なのに勝手に中に入れちゃって真人さん怒ってるかな……?)


 不安に思いつつ、上目遣いに真人さんを窺うと真人さんは困ったように少し考える仕草を見せ、そして優しく微笑んだ。


「やっぱり優希さんは優しいですね。仕方ありません、仕事が終わるまでは休憩室に置いてください。でもこれからは事前に連絡をもらえると助かります」


「はい! ありがとうございます!」


 私は許可をもらえて上機嫌で仕事に戻る。

 しかし、休憩室の扉を開けた時の真人さんの声に動きを止めそちらを見る。


「な……! じろ………」


(な…じろ…? 真人さんどうしたんだろう?)


 真人さんは休憩室の扉を開いたまま、入り口で足を止め、驚いたように目を見開き、声を抑えるように口元に手を当てていた。


「真人さん、どうかされました? あ……! もしかして猫苦手でした?」


 それなら悪いことをしてしまった。真人さんのあの困ったように考える仕草はそう言うことだったのだろうか。


(やっぱり別の方法を考えよう)


「あの……真人さん?」


 真人さんは私の声に視線をこちらに向けると、手を振った。


「だ、大丈夫ですよ! 苦手ではないので。この猫が知り合いの猫だったのでびっくりしたんです。ですからこの猫はこのまま私が預からせてもらいますね。しばらくその知り合いは戻らないと思うので……」


「そうなんですか!? 知り合いのかたの猫なら保護できてよかったです!」


 怪我もしていたし、心配だったがどうやら飼い猫だったようだ。


(旅行か仕事かでしばらく戻らないってことかな? 本当偶然……でも怪我もしていたし保護できてよかった!)


「そういえばこの猫の名前ってなんて言うんですか?」


「えっ! あー……えーっと…たしかタローくんだったかと?」


「ふふっ!」


 私は思わず笑い出すと、真人さんがビクッと肩を震わせる。

 

「ど、どうかしましたか?」


「あ……いえ、すみません。何だかこの猫、二郎くんに似てるな〜と思っていたんですが、名前まで似てるんだなって、つい笑ってしまいました」


「そ、そうでしょうか?」


 私の言葉に何故か気まずそうな顔で真人さんが目を逸らす。そして鞍馬さんは何故かこちらに背を向けている。

 私は首を傾げ、猫のほうを向き、しゃがみ込んだ。


「君、タローくんって言うんだね。しばらくよろしくね」


 猫はきょとんとしたように私を見つめ、一泊遅れて「にゃーー」と可愛らしい声をあげた。


 猫に夢中になっていた私は後ろで頭を押さえ、ため息をつく真人さんと、ずっと笑うのを我慢して肩を震わせている鞍馬さんには気づかなかった。

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