どうやらお家に帰れなくなったようです【7】
私はカフェの休憩室で、真人さんの腕に氷を当てていた。
「真人さん、本当に病院に行かなくて大丈夫ですか? すごく腫れて赤くなってますよ」
私を庇って左腕で晶子さんの振り回す棒を止めたせいで、真人さんの腕は痛々しく腫れていた。
「これくらいなら大丈夫ですよ! 名誉の負傷です」
「何言ってるんですか! 私にいつも体を大事にって言っているんですから、真人さんも自分の体は大事にしてください!」
戯けるように笑っていた真人さんは苦笑いを浮かべ困ったように「はい……」と頷いた。
「でも優希さんの行動には僕も肝が冷えました。まさか自分の体で透くんを庇おうとするなんて……いつも無茶しないでくださいと言っているのに」
真人さんの言葉に私は「うっ……」と気まずそうに目を逸らす。そして目を合わすと、どちらとも無く笑い出した。
「それじゃあお互いに無茶しないよう気をつけないといけませんね」
「そうですね。私も気をつけるので優希さんも気をつけてください」
「はい。真人さん、守ってくれてありがとうございました」
私が改めてお礼を言うと、真人さんはふっと微笑む。
そして何かを思いついたような顔をすると、私のほうに頭を差し出した。
私はその行動の意味がわからず首をかしげる。
「あれ? 私にはやってくれないんですか? ジロくんみたいに。今回は結構頑張ったと思うのですが……」
真人さんは下から覗き込み、上目遣いでニヤッといたずらっ子ように見つめてくる。
私は一瞬固まり、その意味に気づいて一気に顔を真っ赤に染める。
(え? えっ? 二郎くんみたいにって……いい子いい子のことだよね? 二郎くんが言ってた「真人さんもやって欲しかったんじゃない?」って冗談じゃなかったの……? そもそも真人さんってこんな冗談言う人だっけ?)
私は視線を泳がせ、顔を真っ赤にしながら混乱する頭でどうすべきか迷う。
それにしても真人さんの上目遣いの威力がすごい。気を抜くと呆けてしまいそうだ……
私は真人さんから視線を逸らしつつ考える。
(本気? 冗談? どっち?)
どうすべきか思い悩んでいた私は真人さんがこちらを面白そうに笑いながら見ているのに気づかなかった。
(もうこうなったら……なるようになれ!)
「優希さん、すみません。冗談が……」
真人さんが何か言うのと同時に私は真人さんの頭に手を伸ばし、そっと手を置くとサラサラの髪をゆっくりと撫でた。
(え? 今、何て言った? 冗談って言った?)
真人さんはびっくりしたように目を見開きこちらを見ていた。そして私と目が合うと、二人とも頬を赤くして固まる。
私ははっとして手を引っ込めようとして、その手を真人さんに掴まれる。
真人さんは頬をほんのり染めて微笑むと、私の手を自分の頭から離さないように優しく手を引く。
「ふふっ! ジロくんが優希さんに褒められるのが好きな理由がわかりました。優希さんの手はとっても優しくて、穏やかな気持ちになって、心地よくなってしまうのですね」
私はこれ以上ないほど顔を真っ赤にし、口をパクパクさせる。
真人さんの恥ずかしげな笑顔は恐ろしいほどの色気があり、一瞬思考が停止する。
(こんな笑顔返されたら、手を引っ込められないよ……)
私はそのまましばらく気持ちよさそうに目を細める真人さんの頭をそっと撫で続けるのだった。
「遅かったな。そんなに真人の腕、そんなに酷かったのか?」
しばらくして私たちが休憩室からお店に戻ると、鞍馬さんがそう問いかける。
「そ、そうですね。あ、赤く腫れあがってまして!!」
私はどもってしまい、鞍馬さんが不思議そうに首を傾げる。
「何かあったのか?」
「な、何かってなんですか! 何もないですよ!」
明らかに挙動不審だが、私はそのまま店のカウンターに戻った。
そして無理矢理、「皆さんコーヒー飲まれますよね?」と話しを逸らすようにコーヒーを入れ始める。
すると二郎くんが隣に来て一緒に手伝ってくれた。
今日はカフェを休みにしていたので、本来なら二郎くんも休みだったが、私たちのことを心配してカフェで帰るのを待ってくれていたらしい。
(べ、別にやましいことしてたわけじゃないのに。何だかあの色気のある笑顔を見た後だとやりにくい!)
そんな私の様子に真人さんは笑いを堪えるように口元を手で押さえている。
(真人さんの冗談のせいなのに!!)
私がじと目で真人さんを見ると、真人さんも鞍馬さんに「何でもないですよ」と笑いを堪えるように答えた。
鞍馬さんは頭をかしげていたが、「そうか」と納得してくれた。
「結局あの家がああなった原因を作った奴、誰だったんだろうな?」
鞍馬さんが眉をひそめて呟いた。
「そうですね。晶子さんも覚えていないようでしたし……」
あれから私たちは晶子さんに自分達が座敷わらしさんからの依頼でこの家に来たのだと伝えた。
普通であれば信じてもらえなかっただろうが、なんと言っても晶子さん自身が座敷わらしさんを知っていたし、目の前で現れた後ということもあり、信じてもらえた。
その後晶子さんに話を聞いたのだが、外に埋められたもののことは知らなかった。
鞍馬さんに見せてもらったが外にも中にあったような不気味なお札のようなものが埋まっていたそうだ。
そして家の中のお札は貰ったものだということだった。
しかし、不思議なことに晶子さんはその相手を覚えていないのだ。確かに貰ったものだと断言できるのに相手は覚えていない。
しかもこのお札を祀らなければという強迫観念に囚われ、あの部屋に誰も近づけてはいけないと強く思ったらしい。
いったい誰が何の目的であのようなことを仕組んだのか……?
「今回はとりあえず解決出来たからよかったですが……今後もこのような依頼がないか注意しなければいけませんね」
真人さんの言葉に鞍馬さんが険しい表情で頷く。
カランカラン
今日は休みでclosedのプレートをかけており、お客さんはもう入ってこないはずだ。皆が一斉に扉のほうを向くとそこには座敷わらしさんが立っていた。
「座敷わらしさん!?あんなことがあった後なのに家から出て大丈夫なんですか?」
「もう大丈夫じゃ!」
座敷わらしさんは元気に答えると、とてとてと歩いて来る。そしていつものようにカウンターの席に必死によじ登る。
「改めてお主らに礼を言いに来たのじゃ! それと優希にこれを返そうと思ってな!」
座敷わらしさんは私が透くんに渡した人形を取り出した。
「優希のおかげで透も無事であった」
「いえ、私は何もしてないですよ!」
「優希のおかげじゃ! 実は透にはわらわの加護を与えておった。子供はいろいろ見えやすいからな、加護も与えやすいのじゃ。じゃがあれだけ酷い穢れの中じゃ、わらわの加護も消えかけておった。今日は特に酷かったからの……そこにお前がこの人形を渡してくれたおかげで、なんとか透も無事であったというわけじゃ!」
「そうだったんですね」
座敷わらしさんが差し出してくれた人形を両手で受け取る。
「お前は『視える』体質のようじゃからの。ずっと身に付けていた方が安全じゃぞ」
「ありがとうございます」
見た目は子供だが中身はお姉さんのようだ。実際すごい年上のわけだが……座敷わらしさんにはいつも気遣ってもらっている。
私はありがたく人形を受け取った。
「ところで晶子さんの様子はどうですか?」
「ああ。だいぶ落ち着いてきての。航のことも後悔しておったから、大丈夫じゃろ。航も晶子が普通の状態でないことはわかっておったから、また話し合いをすれば三人睦まじく元に戻るじゃろ」
「そうですか……よかったです!」
「そういえば子供のほうは加護があったから大丈夫だっただろうが、母親のほうはあれだけ不安定になっていてよく助かったものだな」
「それは晶子がわらわが昔にやった人形を無意識に持ち歩いていたおかげじゃな。だいぶ力が薄れているとはいえあれが最後の砦になっておったのじゃろ」
「それじゃみんな座敷わらしさんに守られていたおかげで助かったんですね」
私の言葉に「まぁ、そうじゃな!」と誇らしげに座敷わらしさんが答える。
「因みに座敷わらしさんはあの札に心当たりはないのですよね?」
「うむ……」
真人さんの問いかけに座敷わらしさんが重々しく頷いた。
結局出所はわからないままだ……
「まあ何か分かれば、また報告する。優希もあまり無理するでないぞ」
座敷わらしさんの言葉に頷くと鞍馬さんがニヤッと笑う。
「そういえばあんた、なかなか度胸のあることしたみてーじゃねえか? あの子供を体を張って守ろうとしてたんだろ?」
「え!? 何それ? 優希さんそんなことしてたの? そういう時はちーくんを盾にすればいいのに!」
「お前な!!」
「お、落ち着いてください! 冗談ですよ! 冗談! ほら、二郎くんもあまり挑発するようなこと言わないの!」
私は二郎くんに掴みかかろうとする鞍馬さんを必死で止める。
「真人、お前に渡しておこう。今回の報酬じゃ」
「はい。ありがとうございます。確かに」
鞍馬さんを宥めつつチラッと真人さんのほうを向くと、座敷わらしさんから鞠のようなものを受け取っていた。
私の視線に気づいたのか鞍馬さんが動き止めて説明してくれる。
「人間からは金をもらったりするが、ああいう奴からはそれ相応の力を報酬としてもらったりもするんだ。あの鞠には特殊な力が込められてんだよ」
「へ〜そうなんですね……」
やっと止まったと思っていたが、私が真人さんたちのほうを向いた隙に二郎くんまた挑発したようで、鞍馬さんが二郎くんに掴みかかろうと手を伸ばす。
「鞍馬さん落ち着いてください!!」
「真人、今回は助かった。報酬は渡したがもし何か困ったことがあればわらわを訪ねれば良い」
「ありがたいことですが私は大丈夫ですよ。この仕事をしていると色々な依頼がありますが、結構何とかなるものなので」
「お前だけのことだけではない。わらわは優希を気に入っておる。のう、真人。お前のその名前はお前の願いからくるものか……?」
「………この名前は私の両親がつけてくれたもので私が考えたものではありませんから……どうでしょう? 確かにこの名前は気に入っておりますが」
「ふん……まあ良い。これ以上は聞かぬ。それではわらわは帰る。優希のことをわらわが気にかけていること夢夢忘れるな……」
「もちろん。言われるまでもありませんよ。優希さんのことは必ず守ります。今度こそ必ず……」
二人の仲裁に必死になっていた私は座敷わらしさんと真人さんの会話は耳に届かなかった。




