どうやらお家に帰れなくなったようです【3】
「この前会ったときにね、晶子ちゃんが言ってたのよ。仕事もあるし、あまり家のことまで手がまわらないって。だから掃除や洗濯をしてくれる家政婦さんを雇おうか迷ってるみたいなの」
白川さんは心配気に頬に手を当て話していたが、真人さんに視線を向けると、にっこり笑う。
「だからもし良ければしばらくの間、家政婦として晶子ちゃんの家に行くのはどうかしら? 私が紹介してあげるから。それなら二人の様子が見れるでしょう?」
「それはとてもありがたいお話ですが、私は先日航さんの友人として伺ったので断られてしまうのではないかと……」
真人さんと鞍馬さんは顔を見合わすと、ため息をつく。
まさかこんな話になるなら元々変装までして訪れたりしなかっただろう。
二人は後悔して項垂れる。
(私にも何か出来ることないかな……?)
座敷わらしさんの話ではいつ透くんの体調が悪化するかわからないということだった。
たとえ結界や穢れのことはわからなくとも、二人の様子が少しでもわかるなら、今は解決の糸口になるのではないだろうか?
それに何より、私は真人さんに助けてもらった恩返しがしたいと思っていた。
(この調査を手伝うことで少しでも真人さんの役に立てるなら……)
私は意を決して、恐る恐る手を挙げる。
「あの〜それなら私が家政婦として行くのはどうでしょうか?」
真人さんはばっとこちらに目を向けると焦ったように告げる。
「いえ、そんな! 優希さんにご迷惑をかけるわけにはいきません!」
「あら?でも優希ちゃんがいいって言ってるならいいんじゃない?」
白川さんがこちらを向き、にっこりと微笑む。
「女一人子一人で生活されているなら、晶子さんは家政婦を雇うにしても、女性のほうが安心かと思うんです。しばらくこちらのバイトは休むことになりますが、その代わり私がお二人の様子を見てくるということでどうでしょうか?」
「ですが………」
真人さんはまだ迷っているようで、難しい顔をしている。
そしてしばらく悩んだあと、私の側に来ると、他の人には聞こえないくらいの小さな声で話し出す。
「調査に行き詰まっているのは確かです……しかし危ないかもしれないのです。北の座敷わらしさんさえ入れないような結界を張られているのですから……私は優希さんを危険なことに巻き込みたくないんです」
とても真剣にこちらを心配してくれる表情と耳に寄せて話される低めの声にドキッとしてしまう。
私は首を振り、気持ちを引き締めると真人さんを見つめ小さな声で返す。
「でも他にいい方法がないなら、この話は怪しまれず中に入れる絶好のチャンスです。それに透くんだっていつ症状が悪化するかわからないみたいですし……」
しかし、真人さんはまだ反対だというように険しい表情をしている。
それでもこんなチャンスまたとはないだろう。私はなんとか真人さんを説得しようと言い募る。
「私、この前はとっても怖かったです。本当ならもう首を突っ込むべきじゃないことは分かっています……でもあの時、もうダメだって思ったとき、真人さんが助けに来てくれて、すごくほっとしたし安心しました。だからこそ、もし私が少しでも役に立てるなら協力させてもらいたいです!」
私はあの時、助けてもらえた。
穢れがどういうものなのかはわからない。
だが透くんの症状はこのままでは悪化するという話だったし、晶子さんは穢れが発生してから情緒不安定な状態になっているようだった。
穢れが与える悪影響は大きいということなのだろう……
今晶子さんや透くんは危険な状況にあるのかもしれない。
確かに真人さんの役に立ちたいという思いもあるが、自分があんな目にあったからこそ、他人だから関係ないと危険が迫っているのを知っていて無視することはできない。
真人さんは私の言葉に一瞬考え込むと、はーと諦めたように息を吐き出す。
「わかりました。ではこれだけは約束してください。決して無茶はしないこと。少しでも危険だと思えばそれ以上は立ち入らないこと。そしてすぐ私に連絡してください。これだけは絶対に守ってください」
「わかりました」
私は頷き、真人さんと約束をすると白川さんのほうに向かい頭を下げた。
「白川さん。紹介よろしくお願いします!」
「あら、真人さんとの内緒話は終わったのね? わかったわ! 晶子ちゃんに話してみて、また連絡するわね」
「はい。お願いします!」
「あなたが幸神さん?」
「はい!白川さんから紹介いただいた幸神優希と申します。しばらくの間よろしくお願いします。」
私は白川さんの紹介で葵家に来ていた。
あの後すぐに連絡を入れてもらい、その翌々日から葵家で家政婦として働くことになった。
白川さんの話していた通り、家政婦を雇おうか迷っていたようで、白川さんの知り合いということで二つ返事で了承をもらった。
因みに私は実家に戻ってきた白川さんの知り合いの娘で、次の仕事が見つかるまで手が空いていて暇だからバイトを探しているという設定だ。
「私は葵晶子です。そしてこの子が息子の透です。基本的に私は朝は九時に出て、それから十五時まで時短勤務で仕事をしているの。透はその時間保育園に預けているんだけど、喘息で体調が悪い時は休ましているから、幸神さんには掃除と洗濯、それと透が休んでいる時は透の様子もその合間にみてもらえると助かります」
「わかりました。よろしくお願いします。透くんもよろしくね!」
私はしゃがんで透くんと視線を合わせると、にっこり笑って挨拶した。
透くんはモジモジと恥ずかしそうにしていたが、小さな声で「よろしくお願いします」と挨拶してくれた。
写真で見たとおり晶子さんはほっそりした綺麗な人で、少しピリッとした神経質そうな印象も受ける。
(最初のうちはとりあえずきっちりお掃除と洗濯をして信頼してもらえるよう頑張らなきゃね! まあ、掃除も洗濯も一人暮らしの時はやってたんだし、何とかなるでしょう!)
「今日はとりあえず私も休みだから色々と説明して、明日から本格的にお願いしようと思っているの。まずは家の中を案内するわね」
「はい、よろしくお願いします!」
正直言って甘く見ていた……屋敷を一通り案内してもらった私は内心げっそりしながら晶子さんの後ろを歩いていた。
確かにとても立派な門構えだったし、大きいお宅なんだろうとは予想していたが、あんなに何個も客室や台所、お風呂やトイレなどがあるとは予想外だった。
(これって怪しい部屋とか調べることできるのかな…普通に全部屋掃除とか一日じゃ絶対無理だし、掃除を進めるだけで怪しいところの調査まで手が回らない気がする……)
だからと言って掃除をしないで探し回っては手を抜いていると思われてクビになるかもしれない。
「あ、あの……とっても広いお宅ですね」
「そうなの。ここの家、昔は親戚一同で住んでいたから何個も居住スペースがあるのよ。でも一日で全ての部屋を掃除なんて無理だとわかっているから、心配しなくても大丈夫よ」
隠していたつもりだが表情に出ていたようだ。
私がほっと息をつくと晶子さんは急にピタリと止まり、こちらを振り返った。
「最初に案内した居間と水回り、私と透の部屋は毎日掃除してもらいたいけど、後の部屋は少しずつ掃除していってもらえばいいわ」
「わかりました」
「それと絶対に守って欲しいことがあるの」
そう言うと晶子さんは廊下の先を指差した。
「この廊下を曲がった先、一番奥の部屋には絶対に入らないで。掃除もしなくていいわ」
私は晶子さんの指し示した廊下の先を見つめる。基本的にこの家の廊下は光が差し込み明るいのに、この廊下の先だけは光が入らず暗くなっている。
なんだか不気味で少し気持ち悪い。背中がゾクッとした気がして、無意識に両腕を握りしめる。
「幸神さん行きますよ。」
ふと前を見ると、いつのまにか晶子さんが歩き出し、だいぶ距離が空いていた。
「すみません!」
先ほどまでの嫌な気分を変えようと窓の外を見る。
家の中も素敵な作りだったが、庭も手入れが行き届いた綺麗な庭園でこれだけ広いと壮観だ。
「とても美しいお庭ですね。」
「ありがとう。でも維持が大変で月に一回は業者を呼んで手入れしてもらっているのよ。そうだわ……ちょうど来週がその手入れの日だからその業者の対応もお願いできるかしら」
「そうなんですね。わかりました」
私は黙々と廊下を進む晶子さんの後に続き、歩いてきた廊下をふと振り返る。
(やっぱり怪しいのはあの奥の部屋だよね……)




