どうやらお家に帰れなくなったようです【2】
「二郎くんお先に休憩ごめんね!」
「うん! 優希さんおかえり〜」
今日は真人さんと鞍馬さんが昨日の依頼の調査で外出しており、私と二郎くんが店番だ。
「優希さん、見て見て! ここ綺麗にしたんだ!」
「わぁ! すごい! 水回りピカピカになってるね!」
今日はお客さんが少なく暇だったので、どうやら掃除をしていたらしい。二郎くんはにこっと笑ってこちらに近づいてくると頭を下げる。
「えらい! えらい!」
私が二郎くんの頭を撫でると嬉しそうに目をつぶってされるがままになっている。実はこのナデナデ時間、最近の日課になりつつある。
二郎くんの髪はふわっとしていて撫でると気持ちいい。
最初冗談で褒めるときによしよしと頭を撫でていたのだが、本人も気に入ったのか褒められると頭を差し出してくるようになった。
(二郎くんかわいいなぁ…目も猫目だし、髪もふわふわだし猫を撫でるみたいなんだよね〜)
そんなやり取りをしていると扉の開く音がした。
カランカラン
「「いらっしゃいませ」」
私は扉ほうに視線を向け、そしてその光景に固まった。
(……こ、これは……やばい!! ま、眩しい!!)
私はばっと顔を背けると心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。
「真人さんにちーくんその格好どうしたの!?」
「どーしたもこーしたも調査のためだよ!」
「ですが失敗してしまいました……」
そこにはお洒落なスーツに身を包んだ色気が溢れんばかりの二人がいた。
あまりのキラキラ感につい眩しくて顔を背けてしまった。
真人さんは濃い青色に薄くストライプの入ったスーツを着ている。ジャケットのボタンをとめ、同じ色合いのネクタイを首までしっかり締め、黒縁メガネをかけている。
鞍馬さんはこげ茶色のスーツを着て、ジャケットのボタンを全開にし、エンジのネクタイを首元をくつろげて少し着崩していた。
夜の帝王もかくやというほどの色気を周囲に撒き散らし、これで昼間の大通りを歩いて帰ってきたのかと思うと目眩がする。
扉を開けた瞬間、一瞬エフェクトで薔薇の花の幻が見えた気がした……
調査が失敗したためか、ため息をつく真人さんとイライラしたように前髪を掻き上げる鞍馬さんはより一層色気がダダ漏れになっている。
(今のこの二人、真昼間に大通りを歩いていい雰囲気じゃないよ……お洒落なスーツがよりそういう雰囲気を増加させてるんだよね……)
おそらく普通の人が着たならば、あんな風にはならないだろう。まさに人並み外れた容貌を持つ二人だからこそだ。
私は何度か深呼吸したおかげで、少し持ち直し、二人に問いかけた。
「えっと……調査ってスーツ姿で何を調べていたんですか?」
「家の中に入らないことには何もわからないので、怪しまれず入れる方法を考えたんです。それで私は航さんの同僚で友人のフリをして透くんの様子を知りたいと言ったんですが門前払いされました。」
「そ、そうですか…」
(そりゃどう見たって普通のサラリーマンに見えないよ!色気が強すぎるもん…)
「ちーくんは?」
「俺は市の水道局の職員のフリして中の配管とか見せて欲しいって言ったんだが、すぐに扉を閉められた」
(そりゃそんな色気のあるワイルドな遊び人っぽい人、絶対市の職員に見えないでしょ! 怪しくて家の中入れないよ! それに役所の人ならもっとかっちりしたスーツを着てると思うけど……)
私は心の中で突っ込みつつ、苦笑いを浮かべた。
「とりあえず俺ら着替えてくるわ。」
鞍馬さんがため息をつき、二人は奥の扉に向かう。
通り過ぎる時、真人さんは私の前で立ち止まると、じっとこちらを見つめてきた。
「どうかされました?」
私がきょとんとして尋ねると、少し言いにくそうに目線を逸らし、小さな声で問いかけられる。
「あの……優希さんはよくジローくんの頭を撫でているのですか?」
「あ……見られてました? なんだか二郎くん可愛くてつい褒めるときに頭撫でちゃうんですよね」
私が苦笑しながら答えると、真人さんは「そうですか…」とだけ告げて着替えるために奥の扉に入っていった。
「真人さんどうしたんだろ?」
「ふふっ! 真人さんも疲れたから優希さんにいい子いい子して欲しかったんじゃない?」
「いやいや! そんなわけないでしょう!」
私は首を傾げながら扉を見つめ、何だったんだろう思いながらも、また仕事に戻った。
二人はその後、店の奥で私服に着替え戻ってきた。
「さて、これからどうしましょうか?」
「どうしましょうかって言っても、中に入れないことには状態が探れねーだろ」
二人はどこで撮ってきたのか、葵晶子さんと透くんの写真を見てため息をつく。
(これって目線全然違うほう向いてるし、絶対隠し撮り的なやつだよね……うん! 何も考えないことにしよう!)
私はそう心の中で決めると、なんとなく晶子さんの写真を手に取る。
ほっそりした綺麗な人だが、しかしその顔は疲れ切っているようにも見える。
座敷わらしさんの話では情緒不安定とのことだったし、なかなか信頼を得て家の中に入るなど難しいのではないだろうか?
そんなことを考えていると店のベルの音が鳴った。
カランカラン
「「「いらっしゃいませ」」」
私は挨拶し振り向いた拍子に写真を落としてしまった。
(あっ! やばい!!)
写真がひらひらと入ってきたお客様の足元に落ちる。
「あらあら優希ちゃん落としたわよ。気をつけないと」
「すみません! ありがとうございます」
入ってきたのはいつもの常連のお姉様達だ。足元に落ちた写真を拾い、私に差し出そうとして彼女は首を傾げる。
「あら? この子って晶子ちゃんじゃない?」
「白川さんは葵晶子さんをご存知なんですか?」
真人さんの問いかけに、白川さんは少し頬を赤くしながら微笑み頷いた。
「私の実家晶子ちゃんの家と近いのよ。もう亡くなってしまったけど晶子ちゃんのお母さんとは七つ違いで、昔はよく遊んでもらっていたの。だから晶子ちゃんが生まれた時から知っていて、ちょくちょく会っていたのよ。確か息子さん産まれてから一時お仕事辞めてたんだけど、また復帰したってこの前会ったとき言ってたわ。ところで優希ちゃんは何で晶子ちゃんの写真持ってたの?」
「ええっと……」
私はどう答えたものかと、緊張で背中を汗がつたう。
知り合いってことにしても、もし今度晶子さんに会ったときに私のことを聞かれたら嘘がバレてしまう。私は目を泳がしながら悩んでいると、真人さんがそれを引き継ぎ答えてくれる。
「実はその写真、私が預かってるものなんですよ。晶子さんの旦那さんの航さんと友達なんです。白川さんは航さんをご存知ですか?」
「あーそういえば航さんって名前だったわね。私は旦那さんとはあまり話したことはなくて、よく知らないのよ」
真人さんはにこっと笑い「そうですか」と答えたあと、心配気な声音で話す。
「では航さんが今一緒に住んでいらっしゃらないのはご存知ですか?」
白川さんは首を振ると、「そうなの?」の心配そうに聞き返した。
「そうなんですよ……実は晶子さんの体調があまり良くないようで最近ピリピリされていたようです。それで家を追い出されてしまったとお聞きしました。透くんともなかなか会えないようで……透くんは喘息もちですし、とても心配しているんです。もちろん晶子さんのことも」
「あら……そうなの?」
「はい……ですから航さんから、自分なら門前払いだが友人の私なら二人の様子を見てきてもらえるのではないかと頼まれたんですが、私も門前払いされてしまいまして…どうしたものかと悩んでいたのです……」
とても心配しているというように眉をハの字にし、悲しそうな表情に白川さんも心配そうに目を伏せる。
よくもまあ、あんなスルスルと嘘が出てくるものだと感心しながら真人さんを見つめる。
もし白川さんが航さんとも知り合いだったらどうするつもりだったんだろう?
そう思っていると真人さんは白川さんの視線が自分に向いていないときを見計らい人差し指を唇に近づけ、いたずらっ子のようにこちらに向かって微笑んだ。
(真人さんならその時はその時でどうにかしてたんだろうな……なんだか真面目な人だとお店ってたけど、真人さんて意外と……)
「そういうことなら私も協力するわ!」
私がそんなことを考えていると、白川さんは少し考えたあと自分の胸を叩き元気よく宣言した。




