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虜囚の徒は斯く踊る

初めて刑務所を見た。以前空撮された刑務所を見たことがあるが、入ったことはない。大多数は入ったことがない場所、というか望んで入るのは少数派なのだが。とにかく刑務所童貞を喪失したわけだ。いまさら誰かに自慢することもないのだが。


 刑務所の中は意外と広かった。誰もいない警備室や恐らくボディチェックをする部屋を抜けると、ひどい有様が広がっていた。そこかしこに銃痕にしか見えない穴や血だまりと血しぶきが部屋を彩っている。死体は誰かが運んだのかどこにも見当たらない。死体がなくとも血の匂いが濃すぎて吐きそうなので軽く手だけ合わせて先に進む。しばらく肉が食える気がしない。


 さらに奥へ進むと、食堂に辿り着く。そこは意外と綺麗だった。多少の血はあるけれど、普通に食事の後のようなゴミが散乱しているだけだった。刑務所の食事は知らないがここの物を見る限り、意外とおいしそうなものを食べていたらしい。素晴らしき人権。囚人のほうがそこらの困窮者よりいい暮らしと良い食事をとっているのは何かのバグの気がしなくもない。まぁ自分には関係のない話だが。さっきの部屋のように血臭が充満しているわけではないので随分とましな方だろう。ただ、随分とゴミが新しいように見える。まだ誰かいるのだろうか。いちおう警戒して進んだほうがいいかもしれない。


 扉を開くとそこは一面の墓だった。運動場のはずだが今は隅から隅から墓標で埋め尽くされていてとても運動場だとは信じられない。ここに至る部屋も廊下もゴミか血が散乱していたというのにここはえらく整えられていて違和感がある。まるで誰かがきちんと手入れをしているような感じだ。丁寧なことに一つの墓標に名前まで書いてある。心優しい囚人でもいたのだろう。だが、運動場を埋め尽くす墓標の数は百を優に超えるように見える。作った人間が正気なのか気になる。

まだその人が生きていれば、の話だが。


 次の部屋に入ったことを心の底から後悔するはめになった。さっき入った部屋とは比べ物にならない血の匂いとそれすら上回る臓物の匂いは嗅覚を破壊し、食事の逆流を招くのには十分すぎる匂いだった。我慢できずにその場で吐き出す、胃の中を空にしても収まりきらない嘔吐感に堪え切れずにまだ吐く。既に胃の中に吐くものなど残っていないが胃液まで吐き出してやっと収まった。腐臭で目が痛いような気がする。幻痛だろうが目が焼けるように痛い。これは、あれだ。ハッカの匂いを目で浴びた感触だ。似ているだけでそれより数十倍は痛いが。のたうちまわりたいところだがこの惨状の中でそんなことをすれば確実に更なる地獄が待っている。少しの間、我慢していると胃の不快感と目の痛みが少しマシになった。だがそれらが取り除かれたということは室内の惨状をより鮮明に認識できてしまうということで、引きちぎれた内臓や指の一部や半分崩れた目玉を明確に正確に把握してしまうということだった。なまじ医学を齧ったことが災いした。ある程度どこのパーツでどんな風にこうなったのかが想像できてしまう。人間の、いや人間だったものの残骸を悪臭と血が彩るその部屋は都会でただぬくぬくと育ってきた人間に耐えられるようなものではなかった。濃密な死の気配は一般人にはきつすぎる。


 もうそのあとの記憶はない。転がるように刑務所から逃げ出し、バイクを走らせる。今すぐに少しで良いからあそこから離れたい。その一心でバイクを走らせる。

やっと死の気配から離れたような気がしたのでそこで休むことにする。野宿は初めてだが、死にはしないだろう。明日は・・・海にでも行くか

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