やかましいとは言ったが嫌いとは言っていない
朝、強烈な朝日で目が覚める。いや、正確には朝日と動物の声だ。彼らの言語を解せないので声なのか音なのか怪しいが。ともかく風と動物とその他諸々の何かの混声合唱に起こされる。以前は明け方に眠り夕方に起きるという吸血鬼のような生活を送っていたというのに全くとんだ健康人間になってしまった。電気がない、わけではないが碌に見つからないこの状況では意味もなく夜更かしをするために電気を使うことなどできない。それに今日は名も知らぬこの街の初めての探索日だ。付け加えるならば今までの人生で初めて能動的に動く日だ。処女行動日だ。・・・ダサいな、やっぱなしで。
昨日はうっとうしく感じた草木や虫だがもう慣れた。動物は時折見かけるがこちらを遠巻きに見つめるだけで何かしてくるわけではない。特に敵対するわけではないということか。何もしないというのなら好都合でもある。こちとら端から動物に関わる気などない。僕はこの街のことを書き留め、遠い未来に多少なりとも「今」を伝えてやろうという崇高な目的があるわけではないが、まぁ今はそういうことにしておこう。断じて何も考えていないわけではない、断じてだ。こんなことになる前はそれなりに大きい街だったのだろう。多くの元ビルが辛うじて残っている。もはやビルというか鉄の塊でしかない。人を納めるという目的か物を納めるという目的なのか作られた理由がいずれにしろ既に目的はなにも果たされていないのだから「ビル」ではなく「鉄塊」だ。崩れ往く街を、誰もいないのに街と呼ぶのかと疑問に思ったがよく考えると僕がいるんだからたぶん街だ、絵にでも描いておこうと思った。思っただけだ、絵描けないし。
いくつかの鉄塊の中を見て回った。机やら会議室やら、たぶん会議室だろう、僕がついぞ人生で関わることのなかった空間がそこにあり誰かがいた痕跡があった。よく見ると「前期営業成績報告」とホワイトボードに書いてあった。いつ書かれたのかはわからないが今見ると滑稽で仕方がない。ざまぁ見ろ。くそったれの資本主義者どもめ。お前らが信じてやまない「世界を貫くこの世の摂理」とやらはお前らを守ってくれたか?僕を馬鹿にしたあいつも蔑んだ目を向けたあいつも死んだ。今となってはわからないがぜひ絶望と恐怖のなかで息絶えてほしいものだ。・・・どうでもいいことだ。くだらないことをした、この話終わり。
散歩にはちゃんと目的があった。目的があったのなら散歩というか探索だが、まぁいい。やっと見つけたのだ。そう、バイクだ。本音を言うなら四輪の車が欲しかったのだが、残念ながら、非常に残念なことに全部おしゃかになっていた。それなりに大きいバイクとサイドカーを手に入れた。これが壊れると非常に困るのでせいぜい丁寧に使おう。ガソリンは一応あったのでこいつを頼りにガソリンスタンド的なものを探さなければいけない。
既に日は傾いている。早く寝て、明日に備えなければ。別に街を出るだけなのでそこまで気張る必要はない気もするが。
この日記装置はすごいな。書かなくても勝手に紙媒体に記録してくれるとは。あの人が残した日記装置だがさっぱり原理がわからない。生体電気を使っているから電池的なものも必要ないらしい。言ってることはわかるが、何を言ってるのかさっぱりわからん。ここまで発展するといっそ気持ち悪い。だがこれがあるおかげで自分の手で書かなくてもいいのだし、多少は感謝をしなくては。誰が開発したか知らないが。
なんだか寝つきが悪いと思ったら今日は外が静かなのだ。確かに昨日やかましいとは言ったが、黙れなんて言ってないだろう?そう思ったら、急に騒がしくなった。
・・・やっぱうるさい。別に嫌いではないけれど