落ちる日はつるべより早く
世界は終わった・・・らしい。もうあまり覚えていないが。
別にずっと前だったわけではない。起きたら終わっていたわけではない。
ただ、こう、いつの間にか忘れてしまったというだけで。不思議なもので毎日忙しいよりもゆったりとしているほうが、記憶がどんどん彼方へと飛んでいく。そして帰ってこない。
別に突然化け物が出てきたわけではない。大きな戦争があったわけでもない。急速に人が寿命を迎え、出生率が一気に0近くまで落ち、そして一年ほどで世界は廃墟になった。対策を立てる学者とかもぱたぱたと死んでいくものだからだれも止められなかった。最後に見たニュースで世界の人口は100万人を切ったらしい。単純計算で世界の人口密度は一キロ四方に150人しかいない。そしてそこで減少が止まったわけではない。自分とて明日の朝日を拝めるか定かではない。漫画とかだと一気に治安が悪くなったりするが悪くなるほどの人数もいない。きっと総数を見ると人類は絶滅と言って過言でもないのだろう。なんの因果か生き残った、というより死ななかった僕はいつ死ぬのかとぼんやり考えながら動物しかいない街を眺める。食料にも水にも困ることもなくただ生きているだけの僕はもう死んだのとあまり変わらない。
また朝目が覚める。いったい何日死ねないまま朝日を浴びた?生きたいと願ったやつらはみな目を覚まさない。だというのに死にたい僕はなぜ目を覚ます?自らの火を消すこともできない臆病者の僕はただ消えることを望んでいた。
カレンダーはもう機能していない。だからいったいどれだけの年月が経ったかもわからない。朝日を数えてはいたが、増える正の字に気をおかしくしそうになった時にやめた。少なくとも五年ほどたっているがそれだけだ。死を待つだけの日々を数える意味などどこにもない。
はずだった。
確かに聞こえた。なにかがぶつかる大きな音が。たぶん南、いや方位なんてもう覚えてないけど。煙が上がっている。気づけばそこに向かっていた。向かってなにをしようというのか、けが人がだとしても救えない、凶暴な悪人だったら?、大型の猛獣がなにか壊しただけだったら?行かない理由は幾らでも思いつくというのに足は止まらない。世捨て人を自称しながら結局僕は寂しかったのかもしれない。
そこには人がいた。いや、正確には死にかけの人が倒れていた。僕を見ながらなにか話しているようだが、口からあふれる血がすべてかき消した。そして、死んだ。バイクに積まれた荷物を漁ると、いくつかの服と食料、そして日記が出てきた。
思わずその日記を持ち帰ってきた。死体を埋葬することも忘れ、その日記を読んだ。どうやら旅をしてきたらしい。日記の量を見るに相当の日数を旅していたらしい。少なくとも数年分の日記は僕の中に大きな衝撃を与え、そして衝動を産んだ。一瞬迷ってこの日記を続けることにした。この日記の作者の足跡をたどることも考えたが、何となくやめた。
なぜか壊れていない幌付きの軽トラに食料や水を詰める。後は日記だけを持っていく。あの人はなにか目的があったのか、あったとしてそれを達成できたのか。日記からは読み取れなかったが、きっとある遺志を継ぐことにした。ほんとにあったかは知らないが。