美術館
夏の暑さが和らぐことを期待して雨乞いをしてみたものの、一切影響のない今日この頃。
涼をとろうと美術館にでも足を運ぶことにした。
誰も知り合いが居ない好都合な状態。
美術館へ行くような人は知り合いには居ないからだ。
美術館への近道を通ろうとしたのが間違いだったのか、何処へとも知れないトンネルの前に来てしまっていた。辺りには鬱蒼と草が繁り、セミの声が姦しかった。
だが、小さな山になっていて、空気がとても涼しい。
誰も来ない誰も居ないので、プライベートビーチならぬ、プライベートマウンテン状態だった。
美術館へ行こうという気も失せ始めるが、これだけ歩いて来て、目的を達すること無く帰るのは勿体なかったので、進むことにした。
電子端末を取り出して地図案内アプリを起動すると、このまま真っ直ぐに進んでトンネルから出たところで右の道を進んでいくと、3分くらいで美術館に着くらしい。
人が来ない様な雰囲気のあるトンネルではあったのだが、地図には出ているので大丈夫だろうと中にはいる。
トンネルは思ったよりも涼しい。水が滴り落ちてきた。ハンカチで拭う。
トンネルから出ると少し雰囲気が違っていて、心なしか少し肌寒かった。
取り敢えず道なりに進んで美術館へ。
青々した植生を目の端に写しながら歩く。
美術館は小さいときに来た以来だからか、ボロボロになっていた。
けれども、昔には見たことがない細工も施されていた。雰囲気を出すためかシンプルな彫刻に紛れて頭蓋骨まであった。
扉を開けて中に入る。伽藍としていた。
しかし、美術館としてはキチンと機能しているらしい。
所々小綺麗だ。誰も居ないエントランス。
紙が立てられていて、“御自由に観覧ください”とあった。
不用心だと思いつつ、入場料無料のなか、入っていく。向かって右手側から入る仕様だったので指示通りに歩いていく。
もういーよー
まーだーだよー
ここは美術館である。管理する人が居ないとはいえ、こんなところで遊ぶなんて……。
少しばかり注意をした方がいいのか。それとも関係ないから、知らない振りをした方がいいのか。
迷っていると視界の端に子供の影が見えた。
「君、ちょっと!」
部屋を進み子供がいたとおぼしき場所へ出るが、誰の姿もない。
美しい調度品が見える。
明らかに不用心だ。何を考えているのだろうか。
《性善説派かな。》
人間の性根が善であり、刑罰が人の痛みをもたらして、痛みから逃れるために悪人になるという主義者が念頭に上がる。
零百でしかモノを考えられない狂人、或いは馬鹿のひとつ覚えだ。何が楽しくてそんなことを思っているのか。性犯罪ですら擁護する性善説派は異常者の集まりにしか見えなかった。
鞄から手製の斧を取り出す。
片手に自前の斧をぶら下げながら周りを見渡す。澄ましていた耳に声が聞こえた。
先へ進む部屋の2つの内の一つから声が聞こえた。
歩いて入ると、奥の部屋を覗く男の子の後ろ姿があった。
普通に歩いていきながらも、足音がしない事が特技だった。一応は場所は選ぶのだが……。
男の子は背後に忍び寄っても気が付かない様だった。
斧を振り上げスナップを効かせて振り下ろした。確かな手応えがある。男の子は声も出さずに痙攣している。
左手で男の子の髪の毛を持ち、斧をその細い首に振り下ろす。首が思ったよりも固かった。二三度振り下ろして胴と首を切り離した。
頭を近くにある壷の中にいれて、胴体を小さなクローゼットの中に押し込んだ。
もーいーかいー
まーだだよー
次の部屋から声が聞こえた。
これは自身の記憶にとって素晴らしい思い出だった。
高校で修学旅行に出た時、同じようにして修学旅行に来ていた小学生を人気の無いところに連れていったのだ。
町自体が性善説派の方針に基づいて監視カメラや監視員を雇う使うをしていなかったので、漸く念願だった人間位の大きさの弱い者の命を刈り取っていくという欲求を満たすことが出来た。
あれ以来機会には恵まれていなかった。
だが、目の前に丁度良く獲物がいる。
後ろ姿の女の子を後ろから口を塞いで腹を胸を喉をズタズタにしてみる。驚いたのか大きな抵抗はなかった。折角仰向けにしたのに、抵抗がないのは少し張り合いがなかった。
もーいーかいー
まーだだよー
またもや次の部屋から声が聞こえた。
女の子の体を丁度あった、大きな金魚鉢の中に入れた。大きな金魚鉢が真っ赤に染まる。が、背景や周りと合わさって芸術性が増したように見える。これならカモフラージュに最適だろう。
次の部屋は少し暗かった。何処に子供がいるか分かりづらい。歩いていくと物音がして男の子がいた。
こちらには向いていないものの、動くと視界の端にいるこちらに気付くかもしれない。
どうしようかと迷ったとき、男の子が自身の後ろへ顔を向ける。別の子がいた。その子には完全に見つかるのだろう。
早歩きで彼らに近づく。そして、手前の子から脳天を斧でぶっ叩いた。それから身がすくんでいるであろう別の子の頭を斧でかち割った。
死体は隅の方に大きな壺があったのでその中に仲良く入れておく。
もーいーかいー
次の部屋から声が聞こえた。
次の部屋への入り口に向かって歩く。
まーだだよー
後ろから声が聞こえた。
振り返る。そこには誰も居ない。大きな壺のみだ。
周囲に警戒をする。暗いので見落としたか。だが、返事をしたと言う事は気付いていないのかもしれない。
或いはまだ、生きている。
警戒を解かずに壺に歩み寄る。警戒しながら覗くと、死体の見開かれた目が見える。一応斧で2人の首を落とす。
もーいーかいー
声が聞こえた。次の部屋から。
もーイーヨー
手の中から声があった。
思わず手の中の首を見る。
もーイーヨー
口が動き声が出た。手を離すと壷の中に落ちた。後退りしながら壺から離れる。
男の子はじっとなんの感情もない瞳を此方に向ける。後退るのを、すうっと男の子の目が追ってくる。
おかしい。気のせいだ。周りを見渡す。
誰も居ない。
どこーどこーどこーどこーどこにいるのー
こっちーこっちだよーこっちーこっちだよー
ヒタヒタと足音が次の部屋から聞こえてくる。
ここは少し冷静になろう。死んでいるんだから声が出るわけがない。
どこーどこーどこーどこーどこーどこーどこー
声が近づいてくる。
大丈夫、道順は覚えているのだから一端外に出よう。
此処から離れるために入ってきた部屋へ行こうと歩き出す。
部屋の中が真っ暗になる。
《大丈夫暗くなっただけだ。》
どこーどこーどこーどこーどこーどこー
部屋の入り口に近付いていく。勿論音をたてずに。
ココーココーこっちだよー
少し遠くの正面から声が聞こえる。女の子の声だ。
足が止まる。避けようと足を真横に踏み出す。
みつけたー
暗い中に浮かび上がる顔。手にした斧で払う
みつけたー
斧を叩きつける
みつけたー
みつけたー
みつけたー
みつけたー
みつけたー
みつけたー
みつけたー
声が八方から聞こえる
みつけた
頭の真後ろから声が聞こえた。
体が跳ねた。何度も何度も体を打ち付けられる。何処に打ち付けられたのかは分からないが、腕も腹も頭も背中も何処もかしこも痛かった。朦朧とする中、奥にあるより闇が深い部屋に引っ張られていく。
闇の中にいる子供達の薄笑いの表情は、ハッキリと見る事が出来た。
悟ったことがある。
今日は、自分の番だったのだ。
あらがいようの無く強い見えない力に、激しく後悔しても、もう遅かった。
後日、美術館の外では大人が忽然といなくなるとか、蒸発したとか、魔法のようにとか、言葉が躍ったが、美術館の中はパッと消えるような易しさは皆無だった。
美術館の中では今日も、無邪気な子供の声が響ている。