やっぱりこいつ、バカだ。
5月23日はキスの日だそうです。
「よも子」という綽名が嫌いだ。
苗字が四方なのだけれど、これで「よも」とも読むそうだ。隣の席のバカが小学校低学年の時に要らない雑学を披露したせいで、そこから8年、私は未だによも子と呼ばれ続けている。
「よも子ー!」
今日も今日とて、バカが後ろから声を掛けてきた。微妙に坂が多いこの町では徒歩の方が楽だというのに、大汗搔きながらも自転車を漕いでこちらへと向かってくる。やはりバカだ。
暑すぎるからか、ブレザーは着てないしネクタイもゆるゆるの状態で、第一ボタンまで外している。この上なくダサい。
「何」
「何で先帰っちゃうんだよ。一緒に帰ろって言ったじゃん」
「聞いた。でも『うん』なんて言ってない」
「そりゃそうだけどさ」
バカは唇を尖らせながらも自転車を降りて、私に並ぶようにして歩く。バカは登山系ブランドのリュックを背負っていて自転車のカゴが空いているので、私のスクールバッグをボスンと置いてやる。
ちなみに置き去りにするつもりはなく、歩くのが遅いので先に出発することにしているだけである。
「あ、コラ。重いだろ」
「女の子に重いって言っていいと思ってるの? 殴るわよ?」
「ってぇ! 殴んな! お前の体重の話じゃねぇよ!」
「当たり前でしょ。私の体重の話だったら警告なしで殴ってるわよ」
「どっちにしろ殴んのな……」
言いながらもバカに家まで荷物を運ばせる。徒歩で20分の距離は近いようでいて結構遠い。ダラダラ歩きながらバカの話を聞いたり、聞かなかったりと適当に相槌を打って過ごす。何故か知らないけれど今日はバカのテンションが朝から高かったので、正直相槌を打つだけでも面倒なんだけれど、重たいスクールバッグを往復で運んでもらっているので駄賃だと思うことにしよう。
朝から今日は何の日でしょう、とか曇天に似合わぬウザ絡みをしてきたのはスルーしたけれど、それからずっと、そわそわと落ち着きがない様子を見ているとこっちの方が落ち着かなくなってしまう。
本当は無視して一人で帰ってきても良かったんだけど、家が隣なのに別々に帰ってきたりするとお母さんが妙に心配するし、バカのママが青ざめた顔で「ウチの子、もしかしてよも子ちゃんに何かした? ねぇ、何かしたなら言って! 自首させるから! よも子ちゃん若いし可愛いんだから、まだやり直せるわ!」と微妙に不安なセリフを吐きながら詰め寄ってくるのでしょうがない。
というか実の母にまで信頼されてないとか、このバカは家で何をやらかしてるんだろう。
「どした。急に見つめて」
バカがにゅっと顔を寄せてきた。
デカい。
小学校までは私の方が背が高かったはずだし、中学生の時は同じくらいの身長だったと思うんだけど、バカは高校入った辺りでニョキニョキ伸びた。もしかしたら、今は180cmを超えているかも知れない。
150ぴったりの私からすると、羨ましいような気もするけど、きっと頭が空っぽで軽いから伸びやすいんだろう。やっぱりバカなのだ、コイツは。
そう考えると途端に羨ましくなくなるから不思議だ。
「いや。バカだなーって思って」
「はぁっ!? 急に何だよ」
不機嫌顔で唇を尖らせる姿は、身長に見合わず幼い。
犬に追い掛け回されて、泣きながら私の後ろに隠れていた幼稚園の頃を思い出してクスっと笑う。
「ねぇ」
「何だよ」
「身長、10cmくらい分けて」
「はぁ?」
「分けて」
「何でだよ。よも子は小っちゃくて良いんだよ」
ぐしぐしっと頭を撫でられた。掌のサイズまで大きいのを感じてムカついたので、ゆるゆるのネクタイを引っ張って無理やり近づける。
「キスしにくいでしょ、バカ」
言って頬に唇を当てると、バカは茹でたカニみたいな顔色になって、挙動不審に周囲を見回す。
「え、あ、え? うん? いや、あの、えっ?」
「何」
「何でチューしたの!?」
「別に良いじゃん。付き合ってるんだし。初めてでもないし」
「いや、そうだけどタイミングとかあるだろ! なんで今!?」
「身長、欲しかったから」
適当なことを言ってお茶を濁せば、
「身長……どうすれば分けてやれるかな」
やっぱりバカはバカだった。
「ねぇ、今日って何の日か知ってる?」
「うぇっ!? あっ! よも子もプイッターで見たのか!?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ何で!?」
「休み時間に調べたに決まってんじゃん」
知ってたら朝一でしてたよ、バカ。
間に合ったー!(断言)
間に合ったご褒美に、評価とかブクマとかしてくれると嬉しいです!現実世界の恋愛は(多分)初めてなので、甘目にみてくれるなお嬉しいです!(ゴリ押し)