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女主人は胃袋を掴まれている

読み切り作品です。

いくつか挙げている中から、反応がよかったものを連載化します!

「え!? 何よ、これ。すっごい美味しい!!」


 私――カロリーナ・ヴィオレットは目の前の料理を口に入れて思わず声をあげていた。

 ただの肉を焼いただけなのに、野性味あふれる血の匂いもなく、鼻腔を通り抜けるのは爽やかな香り。かみしめるほどに湧き出てくる旨味は、さらなる食欲を誘ってくる。

 思わず顔を上げると、そこにはこの料理の作り手――ピエロという男が柔らかに微笑んでいた。


「うまいでしょう? ポイントは、獣のしめ方と香草の使い方です」

「それだけで、こんなに違うの……」


 ここは山奥。

 馬車が壊れ、従者ともはぐれた私が出会った目の前の男は、なぜだか料理を振舞ってくれている。得体のしれない怪しい男なのに、どこか人好きのする表情についつい警戒心を解いてしまった。

 そこで出されたのが目の前の肉だ。

 今まで野営をすることはあったが、ここまで美味しいものは初めてだった。

 自分の商会長という身分もあって普段から食べているものは比較的美味しいとされているものにも関わらず、今食べた料理は私を十分にうならせるほど。


「料理の基本は素材の味を引き出すことですから。あまり富裕層の方はこのようなものを食べる機会はないかもしれませんが……」

「それはそうね。でも、こんなのって――」

 

 私が持っていた今までの常識が崩れるほどの腕前。

 その直後、私は彼にこう告げていた。


「あなた――私に雇われたりしない?」


 ピエロは、その言葉に目を見開いた後、どこか困ったように微笑んだ。


 ◆


 山奥でのひょんな出会いから、ピエロは私の部下となった。家の者達に認めてもらうまでにはかなり時間がかかったけど、信頼している副商会長の許しも得ることができたからほっと一安心だ。

 

 今日も仕事終わり――すっかり夜更けだが、ピエロは私の帰りを待っていてくれている。そして、すぐに温かい料理が出てくるのだ。

 私が外套を置いて一息つく間もなく料理が出てくる。本当に一瞬で。

 一体どうなっているのか、見当もつかない。


「お待たせしました、カロリーナ様」

「ほんっっとに早いわよね。どういう手品?」

「カロリーナ様には想像すらできないでしょう。何か問題でも?」


 嫌味な言い方に少しだけイラっとしつつも、ほほ笑むピエロをみて、すこしだけドキリとしていまう。

 ピエロはかなりの優男で、私の周りにいる人達よりも大分スリムで色も白い。顔立ちも整っているからかたまに男だか女だかわからない。

 そんな男が微笑みかけてくるなんて、私にとっては毒だ。

 二十五歳を過ぎた行き遅れの女には、刺激が強い。


「別に! 問題なんてないわよ! ……で! 今日はなに?」

 

 そう問いかけると、ピエロはどこかドヤ顔で微笑みながら白い皿を音もなく置く。


「今日は、オランジェソースのサラダ、グイエのソテーとホワイツのスープです」

「え? オランジェってあの橙色の果物? ダイエはいいとして、ホワイツってスープにしたらぐずぐずで食べれたもんじゃないでしょ!?」

「そう思うのでしたら、食べなくとも――」

「食べるわよ!」


 この男は、私が料理について疑問を抱くとすぐに持っていこうとするんだから。

 だれも食べないっていってないじゃない! 本当に意地悪な男。


 そっぽを向きながら料理に手を付ける。

 最初に口に入れたのは、オランジェソースのサラダだ。


「って、うま!!」


 料理を口に入れた瞬間、感じたのは爽やかな香りと甘み、そして若干の苦みだ。

 甘すぎることも苦すぎることも料理にとっては致命的だが、このソースはどちらも野菜の味を引き立てる役割を果たしている。

 早速、掻き立てられた食欲に抗うことなく従い、ソテーとスープにも手を伸ばした。


「うぉっ!」


 グイエをかみしめた瞬間にこぼれそうなほど湧き出る肉実。スープも、優しい甘さが口の中に広がり身体を温めてくれた。


「カロリーナ様。淑女あるまじき声が出ていますが?」

「うるさいわね! 美味しいんだから仕方ないじゃない!」

「それは結構」


 どこか勝ち誇ったような笑みに憎さすら感じるが、目の前の料理の前にはその憎しみも薄らいでいく。あっという間に食べ終えると、私は背もたれに身体を預け大きく息を吐いた。


「ふぅー、今日も美味しかったわよ、ピエロ」

「それはよかったです」

「いつも思うんだけど、よく思いつくわよね。こんな料理」


 ふとした疑問を投げかけると、ピエロは少しだけ眉を顰める。


「どうしたの?」

「いえ。一応作ったのは私ですが……思いつくとは少し違うんですよ」

「どういうこと?」


 私が身体を起こして彼を見つめると、考え込むように腕を組んだ。


「私はたくさんの料理を知っているだけなんです。それを、少しだけ自分色を付けてみたり改良してみたり……。ですので、厳密には思いついたわけじゃなく、過去の偉人達の力を借りてるだけなんです」

「ふーん。じゃあ、新しい料理を作り出してるのね、ピエロは。なるほどね」


 私がふんふんと頷いていると、ピエロは皿を下げながら口を開いた。


「ですから……」


 ――カロリーナ様の今の悩みも、誰かの力を借りていいんですよ。


 その言葉に、私は思わず歯をかみしめる。


「何を――知って……」

「わかります。今日の料理を楽しんでいただけたようですが……やはり、いつもより元気がありませんから。それに、帰りも遅い。お疲れなんでしょう」

「まぁ……そうだけど」


 図星だ。

 最近、うちの商会とやり取りをしてる別の商会との商談がうまくいかない。

 お父さんが亡くなってからというもの、どこの商会も私を下に見る。たしかに、お父さんに比べたらまだまだだけど、今取り扱ってる商品が悪くなったわけじゃないのに。

 ひとえに私の力不足。

 それが、とても悔しい。


「力を借りるって……そんな人いないから」

「そうですか? カロリーナ様ならきっと――」

「いないのよ! 今の私には頼れる人なんか!!」


 思わず声をあげていた。

 私の何を知ってるというのか。

 今の私の立場はすこぶる悪い。勢いでピエロを雇ってしまったけど、本当ならそんな余裕がないくらいに。

 お父さんが当然亡くなってひどく悪くなったうちの商会の立場は針の筵だ。なんとか今の取引を維持しているけど、いつ打ち切られるか、打ち切られないにしても条件が悪くなるのは必然だ。

 だからこそ、商会を盛り立てるために取引先との会食をしてみたり、新しい仕入先を探したり毎日飛び回っているんだ。

 どんな言葉を浴びても、どんなひどい態度をとられても耐えている。

 たった一人頑張っている私に味方なんていないのに。それを、知ったように言われるのは腹が立った。


「あなたに何がわかるのよ! 本当に一人きりなんだから! だって、もうお父さんもいないし、私が頑張らないとうちの商会が! お父さんの商会がなくなっちゃうのよ! 誰かを頼っても、きっとむしり取られて終わるわ! 誰に頼れっていうのよ!」


 一息で言い切った。

 息が切れる。

 ピエロは、私をじっと見つめている。どこか感情を置き去りにしたように。

 表情のない彼の視線が怖くなった私は、思わずうつむいた。


「……こうやって感情的になるもの悪い癖。わかってるのよ、私がダメなのも、孤独なのも――」


 そんな、自嘲するような笑みを浮かべた私に降り注いだのは大きな影。

 暗がりの中顔をあげると、そこには悲しそうなピエロがいて、私の頭の上にポンと手を置いた。


「差し出がましいようですが一つだけ……。あなたのお父さんはこんな時、どうしていましたか?」

「え?」

「別に助けてくれる人は誰でもいいんです。きっと、カロリーナ様の中に生きているお父さんは頼りになって助けてくれるんじゃないですか? もし自分がお父さんなら……そうやって考えてみたら、何をすべきか見えてきませんか?」

「私が……お父さんだったら」


 その質問に、私の頭の中にお父さんの背中が見えた。

 いつも頑張っていたお父さんの背中が、お母さんがいなくても一人で頑張ってたお父さんの大きな手が、悔しそうに歯を食いしばった横顔が、商談が成立したときに嬉しそうに笑った目の横のしわが。

 頭の中をすさまじい速度で過ぎ去っていった。


「あの時、お父さんは――」


 私は、胸の前で拳を握る。

 そして上を見ると、そこにはピエロがいた。

 ひょうなことで出会った男。料理がとびきり美味しい男。そして、私が苦しんでいる時、手を差し伸べてくれた男。

 その男が優しい笑みを浮かべていた。


「大丈夫そうですね」


 そう言われた瞬間、頭の上に置かれている手の温度が急に恥ずかしくなった。慌てて払いのけると、一歩後ずさる。


「そ、そうやって馴れ馴れしくないで! 私はあなたの雇い主なんだから!」

「おや、それはすいませんね」


 ピエロは困ったように微笑むと小さく肩をすくめる。

 その余裕綽々の態度に、自分の慌てっぷりが余計に恥ずかしくなって声を荒らげた。


「もう! 私は寝るから! ピエロもさっさと明日の準備をしなさいよ! 私は明日早く家を出るから!」

「はい。いつでもご用命を」

「ふんっ」


 早くここから逃げ出したかった私は勢いよく歩き出す。

 しかし、食堂から出るときに、やっぱり態度が悪かったかな、と後悔した。振り向くと、そこにはいつも通り穏やかなほほえみを浮かべているピエロがいた。


「ねぇ……ピエロ?」

「はい」

「ありがと……明日からまた頑張れる気がする」

「そうですか」


 今度こそ、私が食堂を出ようとすると――、


「明日も、美味しい食事を用意して待っています」


 ピエロの言葉を背中に受けながら私は寝室に足早に急いだ。

 背中を押されたようにどこか温かい。

 心に勇気が灯っていた。


「よし。明日こそっ!」


 でも、一つだけ心に気がかりが残る。

 ほんの少しだけ、ひっかかりを覚える些細なしこり。


「私……もしかして、ピエロに胃袋掴まれてる?」


 雇って世話してるつもりで、ある意味養われてる自分の現状に、腹立たしさと嬉しさを感じながら、私は今日も意識をベッドの中で手放した。

 

 明日も頑張れば、きっと頼れる部下が待っていてくれると信じているから。


 ――完――

 

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