9ゲット 特訓
青の紫は黒。
ブレを呼び、2キロほどと意外に遠い道のりを経て俺はレイアリオに帰ってきた。
ブレは曲がりくねった山道でも、まるで機関車のようにスイスイ進んでくれるほどのスペックなので優秀だ。
たった3分で帰ってこれたことを考えても、騎乗生物としてのカトブレパスの性能はかなり素晴らしい。
「ふう。無事に帰ってこれた」
エリスさんからは特に何も盗めなかったという反省こそあるものの、ジンジュからも九死に一生を得たし、俺には一種の悪運が向いているのかもしれない。
ともかく俺はおもむろに小杖をかざし、ブレの召喚を解いた。召喚魔法は魔法の道具があれば、本がなくても使えるほど簡単みたいだ。
あるいは、俺が譲り受けた小杖が大変に良いアイテムなのかもしれなかった。つまり、大した素養や鍛練がなくても召喚が使えるように考えて作られた可能性もある。
「ただ、ランキングは……上がりようはないな」
俺は曇り空を見上げた。
シャルダで確認するまでもなく、盗みを重ねたわけでもなければ財宝を得たわけでもない俺の盗賊ランキングに上昇の見込みはないわけだった。
まあ、地道に盗賊の道を歩んでいけば、圏外から出るのにそんなに時間はかからないだろう。
「よう、イアロじゃんか」
「ウィック!」
「やっほー」
「メノウもいる」
たまたま、馴染みの2人にすぐに出くわした。どうやら盗賊としての今後を話し合いつつ、そこらをふらふらしていたようだ。
「いい遺跡を知らないか?」
「いい遺跡って?」
「なかなか実力に見合う遺跡がなくってさ」
「まだ早くないか?」
「そうよね。遺跡って、ウィックが考えてるほど甘くないに決まってる」
ウィックは手柄を急ぐあまり、遺跡がいかに危険な場所かを忘れてしまっているようだった。
メノウがいなければ俺だけでは制しきれずに勝手に遺跡に向かい、命を落としてしまうのではないかと心配だ。
「そういえば、メノウはこれからどうするつもりなんだい?」
俺はそのようにメノウに話題を振った。
「いわゆる義賊を目指そうと思う。今はそのために、悪い噂が絶えない商人やら貴族やらについての情報網を広げているところよ」
「へえ。マジメなんだね!」
「イアロ。コイツがマジメなんて、とっくに分かってる常識だぜ?」
「よしてよ。誉めても何も出ないんだからね」
そんな会話をしていると、話題は俺自身の今後についてに変わってきた。
「ウィックには話したんだけど、まだそんなに決まってないんだ」
トレパクールや理力については、2人に話すべきか分からず俺は伏せた。
もし2人がニキニキに気に入られなかったら、俺だけが特別扱いになってしまい今後の友情に不穏な影が差しかねない。
ニキニキには、いつでも会えるかすら分からなかった。
それに、ある程度は盗賊に肩入れしてくれているレッドさんがいるから簡単にニキニキに会えたというだけとも考えられた。
ウィックたちが同じようにニキニキに組手してもらえるかも不透明というわけだ。
「じゃあ、まずは私たち3人で行けそうな遺跡を探さない?」
「メノウも遺跡に興味があるのかい?」
「というよりは、この子が心配だからね……」
「悪かったな、心配かけさせるワンパク青年で」
ウィックの言葉に、俺もメノウも思わず微笑んだ。
ワンパクという言葉を、普通は青年という言葉に使わない。だけどウィックだから、どうしても似つかわしくてだ。
「ま、そこまではいいよ。しばらくはそれぞれ力を付けていこうや。そんで、もう少しお互いに盗賊らしくなってきたら、その内こっちから改めてお前らにお願いはするかもだけどな」
「ウィック……、珍しくリーダーシップあるね!」
「うるせ~」
「はは。ウィックもメノウもいつも通りだ」
そんなこんなで、仲良しトリオの集いは解散した。
とは言っても、3人ともレイアリオに滞在しているから1日の中で何度も会うこともしょっちゅうだ。また何度もこんな会話をしたり、ウィックが言うようにゆくゆくは遺跡探検したりするんだと思う。
「さて、と」
俺は理力を更に高めるため、自己流の特訓をすることにした。
ジンジュみたいな戦士にも勝てないと、盗賊稼業は厳しいと考えたからだ。
もちろん、ブレがいるから逃げるのは容易かもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
今まで、ああした敵対してくる人間が俺に目を付けなかっただけというのは、あり得そうなことだ。
「ブレ」
俺は再びブレを召喚した。
特訓するのに最適な場所を、俺はレイアリオの外で探すことにしたのだ。
「なるべく目立たなくて、小ぢんまりした洞穴がいいな」
遺跡だと、他の人間がいる場合がある。
そうなると敵対されたら本末転倒だ。
だから俺は、盗賊も気にしないような不用の洞穴なら気がねなく特訓出来ると思った。
まあ、そこまで気にするとなるとウィックたちのように理力が使えない仲間とは易々とは遺跡探検をすべきでないということにはなる。
「……おや?」
何日か散策していると、手頃な洞穴が見つかった。
レイアリオからやや南西。
町から5キロほどの山岳地帯に入り込んでいくと、まさに探していたように小ぢんまりした穴が崖のように切り立った岩山の壁にぽっかりと開いていた。
「よし。ブレ、お疲れ様」
ブレの召喚を解き、代わりに俺は散策している数日の間に購入した魔法の道具を使った。
魔法の笛、という名のいかにも胡散臭い縦笛だ。
しかし、笛を吹くと洞穴の中に光源もなしに明かりが灯ると同時に、理力を受け止めるサンドバッグが現れた。
魔法の笛は、他者に害をなさず、かつ簡単な内容ならなんでも叶うという夢のようなアイテムだ。
レイアリオの雑貨屋で、掘り出し物として置いてあったのだが本当に買って良かった。
「どれほどのものか。そらっ」
頑丈さを確かめるため、俺はパクールほどにもならないビー玉ほどの理力をサンドバッグに向けて弾き出した。
理力はサンドバッグに吸い込まれ、サンドバッグは微動だにしなかった。
ボクサーが使うような、ロープにぶら下がったごくありきたりなサンドバッグ。俺は宮殿でキックボクシングをしていたので、それが最もイメージしやすい形状だったのだ。
「ふむ。ちょっとずつ強めていくか」
放つ理力の出力を徐々に上げていった。
変わらず、サンドバッグは揺れもせず理力をすっぽりとキャッチし、その余韻すら残さなかった。
ところで俺は今、パクールを5分に1回ほどしか使えない。スタミナの問題でだ。そこで俺は最終的には、それを1分に1回まで縮めていきたいと考えていた。
「そろそろ、か」
通常のパクールの数段下まで耐えたサンドバッグに、俺はついにパクールを放つことにした。
少し休憩してから、俺は右手の人差し指をサンドバッグに向け集中した。
「たっ!」
もしサンドバッグを貫いてしまっても、ここは単なる山岳地帯。大した害はないはずだ。
そして、実際にはサンドバッグはパクールすら吸収し、微動だにしなかった。
理力に対して想像以上にタフだ。
というか、魔法の笛が期待より遥かに優良なアイテムなのだろう。
「ふう……」
5分ほど休み、スタミナが復活したら再びパクールを放つ。俺の特訓は、その繰り返しとなった。
「たっ!」
この特訓に意味がなくて、5分に1回のパクールが俺の限界かもしれない。
でも俺としては、もし特訓が無意味でも問題ないと考えていた。
もちろん時間は無駄になる。
でも、ジンジュ並みの人間と渡り合う手段は他にもあるからだ。たとえば、優秀な装備を凄腕の戦士から盗んで我が物とするという手もある。
「ふう……」
パクールには、トレパクールのように110のモノを盗み取るような特性はない。
だけど実はパクールも、トレパクールから派生しただけあって1つ2つ程度のモノならば盗める。
エリスさんの時には色々と頭にありすぎて失敗しただけで、パクールは遠距離盗みの技というのが本来の位置付けなのだ。