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トレジャー・フィンガー~全取の盗賊  作者: 桐谷瑞浪
トレジャー1 盗賊の始まり
7/24

7ゲット 本格バトル

鯖の鰯は鯨。

 しばらくした、ある日のこと。

 俺は右手をゆるりと前方にかざした。

 その右手は人差し指以外をぎゅっと握る形にしていった。


「誰もいないな。よし」


 前方には、小高い岩山。

 周囲には人の気配がないし、大丈夫だと俺はみなした。


「えいッ」


 気合いの声で指先に理力を集める。

 刹那、その力は迸り、岩山に拳ほどの直径の穴を開けた。

 砕けた岩のかけらが、余韻としてパラパラとそこからこぼれる中で俺は力を発した指先をまじまじと見つめた。


「まるでグングニルだ」


 神の槍グングニル。

 神話上の存在である、それのごとき怒濤の強さを俺の右手人差し指は身に付けてしまっていた。

 全ては、トレパクールをやり過ぎた結果だ。


「さて、帰ろうっと」


 俺はぼそりと独りごとを漏らすなり、くるり回れ右をした。


「おい!」

「うわっ。な、なんだ?」


 頭上から声が聞こえてきて、更に嫌な予感がしたので俺は咄嗟に飛び退いた。

 自慢のフットワークがなせる技。案の定、今しがた俺がいた所は、ベコリと、ほんわかクレーターになっていた。


「俺は戦士ジンジュ。果たし合いを所望する!」


 オレンジ色の髪を罰当たりにもモヒカン刈りに仕上げている、屈強そうだが愚かそうな男が叫んでいた。

 鎧を身にまとっており、見た目からして明らかに戦士だ。

 そして、そんな戦士ジンジュに俺は当たり前のことを言うことにした。


「果たし合いにしては、不意打ちだな。盗賊でもないのに……ずるいぞ」

「えっ」


 罰当たりな髪型のことも警告したかったけれども、言葉じりから俺が高貴なる身の上であるとバレてしまっては盗賊稼業が行き詰まる。

 そのため、ジンジュのこの間抜けた「えっ」で俺は満足しておくことにした。


「ふん。まあ、よいではないか。それと、そう言うからにはキサマは盗賊というわけか?」

「俺は盗賊ランキング圏外のイアロ=レムだ」

「圏外……ぷぷっ、笑わせる。だが、先ほどの妙な技。余計に実力を伸ばされると厄介だからな」


 そこまで言い切るとジンジュは背中から大きな剣――グレート・ソードと呼ばれる剣で、刀身が長く幅広だ――を引き抜いた。

 そして、俺がさっき貫いた岩山に向かって、左手だけで軽く大剣を振りきった。


「なっ、――!?」


 俺は思わず、うなった。

 なぜなら、ジンジュから岩山までは百メートルほどあるにもかかわらず、岩山はヤツが振り抜いた軌道に沿ってキレイに切断されたからだ。

 ずしん、と岩が斜めに滑り落ちた。

 近くに人がいたなら、その見えない刃で同様なことになっていたに違いない。


「先ほどの詫びではないが、あらかじめ言っておくぞ。この技は一度きりしか使えない大技ではない」

「ほう……」


 俺はジンジュのその説明を信じざるを得なかった。

 なにせ、汗ひとつかいていない。

 俺は貫く理力を一度使うだけで、だらだらと汗が流れるほど体力まで消耗してしまうにもかかわらず、だ。


「もしかして、それ以上の大技があるというのは深読みではないのか?」


 俺はせめてもと、カマをかけてみた。

 だがジンジュは無言だ。

 しかし射程が狂っている剣撃が前提なだけに無言すら暗黙の圧力となり俺に、のしかかる。


「うらああァ!」


 粗暴な叫びと共に、ジンジュは俺に斬りかかってきた。

 美しさのない果たし合いだ。

 名乗りこそあったけど、始めるにあたっての構えのポーズもなければルールもない。


「潰れろ、潰れろ、潰れろよおお」


 大剣には似合わない、連続の縦振り。

 その攻めを俺はサイドステップやドッジロールで避けるが、ジンジュはしつこく何度も単調ながら素早い攻撃をやめる気配はない。

 単調かつ素早い。――それは、ニキニキとの組手を連想させた。


「食らえ!」


 こちらこそ、と、俺は理力ビームをジンジュの剣を目掛けて放った。


「くそっ、外したか」


 俺は苦々しく、そう言うより他なかった。

 当たるには当たったが、大剣のほんの切っ先にしか理力は当たらず、砕けはしたものの相変わらず剣は無力でなかった。

 そのため、俺は一瞬の判断ミスがたたって右肩に剣をもろに食らってしまった。


「あがあああ」

「ふん、助かったなあキサマ。少しだけ手を抜いていたんだ」


 肩に食い込んだ剣ではあるが、岩山みたいに切断されるほどではなかった。

 ジンジュの発言からするに、実際、岩山への一撃よりは手を抜いていたのだと俺は推測した。


「うう、あああ」


 俺は剣を退けるつもりがないジンジュに対抗するために、右手全体に理力をまとわせて刃を殴りあげた。

 殴りあげるとは言っても剣は肩から上がりきらず、俺は呻くような力みの声となっていたわけだ。


「そのパワーは何だ」

「理力。全取の盗賊に必要な力だ」


 俺はそこで疲労を覚悟して、理力の解放を三倍にすることで大剣をついに跳ね上げると共に俺自身は二度、大きくバックステップした。

 ところで理力を指先から放つ力を、俺はパクールと呼んでいる。理力の拳まとわせは、まだ特に名前を持たない。

 トレパクールをある程度、病的に鍛練すると理力が見えてくる。その辺りでトレパクールの精度は完成し、次の段階として理力の鍛練が来る。


「ゼンシュなど知るか。キサマは気に入らんのだァ!」


 そう告げるとジンジュもまた、なぜか後ずさった。

 すると、大剣の刀身が紫色に発光を始めた。


「対等の勝負をしようか。キサマはあの変な遠距離魔法を使え。俺もこの光をキサマに飛ばす」

「分かった。そろそろ決着を付けよう」


 俺は強がった。

 俺からは一度もヤツに攻撃を当てていなかったから、完全なる虚勢だ。

 そう言えば、ジンジュの剣から発される不気味な光の威力は、その見た目だけでは分からないことに俺は気付いた。

 ジンジュは実は疲れ始めていて、光ではあるけどフェイントの小技かもしれないし、逆に余裕から来る、見えない剣撃より強い大技かもしれなかった。


「3つ数える。3でお互いにやるぞ」

「いいだろう」


 ジンジュが提案し、俺はそれを飲んだ。


「よし。1、2、……」

「「3!!」」


 紫の光は速かった。

 それに、光が飛ぶだけでメリメリと地面が剥がれて削れていくのが分かった。

 つまり、紫の光は強くもあった。

 俺の理力は、飛ばすとしても拳ほどの直径をまっすぐ飛ばす弾道が限界だ。

 紫の光は大きくもあり、はっきり言うと大剣の長さほどあるから打ち消せそうになかった。

 明らかに、俺のパクールは紫の光に、全てにおいて負けていた。


「逃げなよ」


 ジンジュは哀れみを伴うように口走ったが、それは全く的確だった。

 とっさに理力の結界を張ろうかと考えたけれども決着の攻防だから、そうしないことにした。

 バチバチと音すらして、剣の長さほどの範囲がそのまま激突し、俺の皮膚は破れて血が流れた。


「あああああ」


 俺はみっともなく叫び、どさりと後方に倒れた。吹き飛ばされると思ったが、強すぎる紫の光は圧倒的なために俺を押し倒してなお遠方まで地をえぐっていった。


「えげっ。えっ、げうえっ」


 胃袋から何かが込み上げてくる。

 奇跡的に両目は無事だが、鼻の骨は少し折れているようだった。

 とにかく最悪の状況だということだ。


「ちっ。……僧侶を呼んでやるよ。興ざめだし、キサマほど弱いと傷痕を恨む場合があるからな」


 ジンジュは大剣を背中の鞘に納めると、どこかに走り出した。

 言葉を信じるなら、僧侶を呼びに行ったのだろう。


「がはっ、あっ、あうあう」


 何か声にしていないと不安なのと、本当に痛いのとで俺は喚いた。

 ニキニキのところにいた、逃げ出した商人を俺は笑えるほどの人間じゃあなかったなと思えた。

 ほどなくして、ジンジュは僧侶を連れて来た。ジンジュの見てくれに反して、美しく若い女性の僧侶だ。


「タケライマー・トラント。この祈りにて、眼前の弱き者に祝福の水を」


 俺のわずか上方に雨雲が現れ、治癒効果のある雨が降り注いだ。

 みるみる内に傷は癒えたが、ただ敗北感と盗賊なのに戦わされた惨めさばかりがあった。

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