6ゲット 必殺技
サバンナのサハラはタイガ。
「トレパクール?」
「そうにき。アンタが盗賊なら、トレパクールを極めるのが最高効率にき」
「効率は、そんなに気にしないですけど」
「まあ、まあ。ワテの施しは間違いないから信じてみるべきにき」
シュルダのある町だからか、一目で俺を盗賊ランキング参加者だと見抜いた上でウサギ人間のニキニキは俺にそう話した。
「トレパクールは、盗賊の奥義にき。あまりに危険だから普通は教えることが出来ないにきけど、あんちゃんなら見込みがあるから特別にき!」
「はあ、そうですか」
ニキニキは、それでもトレパクールを扱う資質があるかどうかを見極めるために俺と組手をしたいと提案してきた。
冒険者が言うところの戦いとは、要するにニキニキとのその組手のことと思われた。
そして組手とはこの場合、スパーリングを意味するようだ。宮殿にいた頃、キックボクシングをそれなりに学んでいた俺にはそれがすんなりと理解出来た。
「ちょうど、部屋の真ん中ががら空きにきね。そこで組手するにき」
商人たちがいる部屋はそれなりに広く、中央部分ならば、かろうじて試合程度の戦いなら成り立つとニキニキは続けて説明した。
「都合よく、円が描かれているな。それをコートとみなし、場外になった者の敗北とすればよかろう」
「げに。そうしようにき」
冒険者とニキニキが一方的に話し合い、試合のルールを決めていく。
いわく、武器は一切使用禁止で、盗みも禁止。腕を相手の胸部に向けて突き出すことだけを許容する組手とする。
キックボクシングは大して役に立ちそうにない。ただフットワークには、いささか自信がある俺はそのルールで引き受けることにした。
トレパクール、――いかにも強そうな必殺技なだけに興味があり、引き下がるという道は選びようもなかったわけだ。
「俺が審判をやるぜ」
「そう言えば、お名前は?」
今さらだが、一応ここで俺は冒険者に名前を尋ねた。すると、ぶっきらぼうに「レッドだ」とだけ答えてくれた。
ひとまずそれでよしとし、俺は「イアロ=レムです」とレッドさんやニキニキに一礼をし、コートの所定の位置に歩を進めた。
「戦いの構えを。気合いをたっぷり、さあ、試合開始!」
冒険者というより戦士がするような合図で、組手は始まった。
「あちょー!」
「うわあ」
駆け引きなどなく、先手必勝とばかりに伸びてきたのはニキニキの左腕だ。
単調な戦いとタカをくくっていた俺の胸に痛烈な突きが食い付いてきた。ビリ、ビリ、と全身に振動が来るほど。場外にこそならなかったが、俺は盛大に転倒してしまう失態をしてしまった。
「負けた……。参りました」
「えっ、まだまだにき。この戦いにダウン負けは存在しないにきよ。さあ、立ち上がるのにき!」
ふらふらとまでではなかったから、そう促された俺はすっくと立ち上がった。
だが、良かったのはそこまでだった。
「ッ、――?」
「ひっひひ。相当に効いたみたいだにき」
視界がふらつき、直立することすらままならない。激しい頭痛が襲いかかり、今度はがくり、と俺は膝を着いてしまった。
「舐めてかかったな。コイツの小手調べ程度、気合い十分ならそこまでのものではない」
「れ、レッドさん?」
手を差しのべてくれるでもなく、レッドさんは喝を入れるかのごとく俺に強い態度を取った。
気合い、というのがよく分からないものの、俺はなるべく意識から油断を取り除いて再び立ち上がった。
「ふう。さて、再開の合図をお願いします」
「休憩しても構わないぜ?」
「いや、このままで大丈夫です。次は倒れたりしませんから!」
俺は威勢よく、戦いの構えを取った。両の拳を胸の前に運び、防御の姿勢だ。防御はダメとまでは言われていない。
まあ、ちょっとわがままかもしれないけどレッドさんは注意してこない以上、そうすることにした。
ニキニキはニキニキで、両手を上に向けて手の平を外側に向け、片足を上げるという独特な構えをした。
「変わった構えですね」
「にき」
俺の問いに答えるつもりはないらしい。
レッドさんが試合再開の合図をすると、またもニキニキは直ちに左腕を突き出してきた。
「ぐっ!?」
防御ありで、やっと倒れない程度の攻撃らしい。俺はさっきよりダメージが少なく、倒れそうになりはしなかったけど攻撃を避けたり、反撃を入れるまでは出来なかった。
そこへ、更にニキニキの右腕が迫ってきていた。
左腕以上に鋭く、まともに食らえば吹き飛ばされて場外してしまう、と俺は瞬時に直感せざるを得なかった。
「これなら!」
次こそはと、背水の陣で俺も右腕をニキニキの右腕に向けて繰り出した。
胸に受けたよりひどくビリビリしたけれども、ニキニキの顔がわずかに驚きの表示を見せたのを俺は見逃さなかった。
もっとも、繰り出した右腕はともかく、ニキニキが更に更に左腕で攻めた結果、俺は吹き飛ばされて場外となってしまった。
「うわあああ」
一人の商人にまともにぶつかってしまい、叫び声を上げさせてしまった。
幸い怪我はなかったみたいだ。しかし傍らの木箱に積まれていた怪しげな灰色の果実の山は、ごう、と派手に崩れ去ることとなった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うわあああ」
わめきながら、商人はどこかに逃げ出してしまった。
よく考えればトレパクールのためなら、これまでに何人もの組手に巻き込まれてきたのだろう。うんざりしたのかもしれなかった。
「よくあること。気にせずともよろしいにき」
「そう、でしょうか?」
「にき……」
俺は組手で敗北したが、なぜかトレパクールは教えてもらえることになった。
なんでも今のところ組手で無敗のニキニキらしいけど、一方で俺の才能は想像していたより二段ほど上らしく、それがニキニキには嬉しかったからだそうだ。
「トレパクールは瞬間的に110の品を盗み取るにき。過不足なく110。そのこだわりこそが大切なコツのひとつなんだにき」
「なるほど」
ニキニキは俺にそう教えてくれた。
ただし110は、のべ数でも構わないらしい。よって一品を110、盗んで返却し、また盗むという場合もトレパクールになるそうだ。
「たとえばさっき、あんちゃんが飛び込んだあのたくさんのフルーツ。あれを今からワテが盗んでみるにきよ」
「お願いします」
そんな簡単に、複数人の前で披露してコツが明るみになってしまわないか、とは思った。
でも、そうだとしてもトレパクールを見たい俺は特に何も言わないことにした。
「カッ!」
ニキニキの掛け声と共に、木箱と中身の灰色果実がほぼまるっとニキニキの背後にワープした。
厳密にはワープとは違うんだろうけど、1つ2つだけなら俺でもやれるんだけど物量が圧倒的だ。
「風呂敷や背負いヒモがあれば、後はトンズラするだけなのにき」
「もしかして、あなたは才能ある盗賊なんですか?」
「ナイショにきよ」
これだけやれる時点で、盗賊を職業としているかは別としてニキニキは少なくとも盗賊の技がかなりの高みにあると考えられた。
だが、ニキニキはあくまでも実力、すなわち盗賊ランキングの順位について話すつもりはないようだ。
「さあ、今度はあんちゃんがやってみるにき」
「えっ」
「えっ、じゃないにき。案ずるより盗みが易しにき」
「イアロ。気合いだぜ!」
なんだかレッドさんにも急かされて、俺はトレパクールをいきなりすることになった。
「うおーっ」
俺は両手をそれらしく、木箱と果実に向けてかざして叫んでみた。
何も動かない。なんなら、普通に盗めば1つは手に取れるというザマだ。
「気合いにき」
「気合いだと分かるまでお前をここから出さんぞ!」
なぜか気合いが主体の応援が俺に迫ってきた。しまいには周囲の商人たちまで「ボウズ、気合いだよ気合い!」などとひやかす始末だ。
「うおー」
よく分からないままに、しかし俺は5つの果実を背後に移した。
「こだわりが足りないにき。110にき」
ニキニキの叱咤が半端なかった。