5ゲット 訪れるバトル展開
歯の歯は歯ぐき。
盗賊生活に突入し、数日ほどした。
シュルダでの授業は、卒業した者には基本的にもちろん行われない。
ただ、「3ヶ月だけ授業を受けて卒業する学生」なんて前例がないらしく、シュルダとしては俺に関しては、相応の授業料さえ支払えば聴講生として授業に参加する許可をもらえるようだ。
「バタバタしがちだったらから知らない内に卒業しちゃったと思いますけど、図書室には新聞もあります。盗賊とて時代には敏感であるべき、とは校長の口癖です」
マチルダさんが、俺にそう説明してくれた。
というか、やっぱり当たり前のように起こしに来てくれる謎の厚待遇は続いていた。
「それに、本学が扱っているシーフ新聞には、盗賊ランキングも掲載されますよ」
「盗賊ランキング?」
「はいっ。上位と下位に分かれていて、とっても盛り上がっているんです」
俺は盗賊って王家など貴族を筆頭とした市民の敵と教わってきた。
しかしマチルダさんの話によると、シーフ新聞など幾つかの新聞社は盗賊を職業とみなしているようだ。
価値観の違いなのだろうか。とにかく、シーフ新聞など盗賊ランキングを扱う新聞では共通のデータからなるランキングを毎日、掲載しているとのことだ。
「俺が何位なのかも、分かるってこと?」
「新聞には上位、下位それぞれトップの10名しか載りません。ですが、イアロさんの順位も確認することは可能です」
シュルダなど特定の場所では、盗賊として知られている人間の現在のランキングを知らせてくれるサービスがある。
「盗賊として知られている、とは?」
「やはり気になりますか。ですが、その点はご安心を。盗賊として必要な登録手続きは、イアロさんがここを卒業した時点で完了していますよ」
「へえ。なら、後で確認してみる」
慣れた手つきでベッドを整え直すマチルダさん。なんだか一夜を共にしたかのように行き過ぎたサービスと思われたが、余談だが俺は王家だとしてもそんな一夜は断じて過ごせていない。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「う、うん。いってらっしゃい」
別にマチルダさんの部屋ではないけど、なんとなく「いってらっしゃい」が俺のマチルダさんに対する定番の挨拶となりそうだ。
学生寮の俺の住まいからマチルダさんが去った後、俺は必要な生活事務を済ませて出立した。
学業が本分ではなくなったし、俺もウィックみたいにフィジカルを鍛えていくことにしたのだ。
「っと、忘れるところだった」
マチルダさんに告げた手前もあり、俺はシュルダ受付に立ち寄って現在の俺の盗賊ランキングを確認してみた。
「そうね。あなたはまだ圏外」
「圏外……とは」
「問題外。論外。てんでお話にならないってことね」
ハーティさんに手厳しいツッコミを入れられた俺。
つまりは、まだ大した活躍もしていない新米の俺はランキングに載る権利だけある状態で、圏外を脱したいのなら頑張れ、ということのようだ。
「具体的には、どうしたら順位が上がりますか?」
「そうね。名声と功績。大きく分けると盗賊でなくても原則として名を馳せるには、この2つがキモかな」
「名声と、功績……ですか」
名声とは、言わば知名度。
どれだけ有名になったかがそのまま名声に直結するらしい。
そして、功績とは手柄ということだ。
世間には知られていないことでも、正当に認知された手柄ならば、それは功績。
たとえば、たくさんの人から金品を巻き上げたなら盗賊としては名声が高まることになる。また、未開の土地の財宝を手にして国王などに評価されれば、それは功績だ。
「ただ、私からは盗もうとしないことね」
「ハーティさん、それはどういうことです?」
「簡単な話。私は盗賊ランキング下位38位。相手にして欲しければ、精進すること」
「マジですか」
「マジに決まってるでしょ」
ドヤ顔のハーティさんとの話を適当に切り上げ、俺は今度こそ町の外を目指し歩き始めた。
「さて、どこに行こうかな」
「こほん。そこの若者、どこを目指している」
「あなたは……!」
町中央の広場あたりで、俺に声を掛けてきたのは見覚えのある顔だった。
確か、卒業式の日に酒場にいた冒険者の内の男のほうだ。
「町の外は、不慣れな者がうろうろすると死ぬほど危険だ」
「あ、それなら召喚騎乗獣がいるので大丈夫です」
「えっ」
「召喚騎乗獣がいるので大丈夫です」
大事なことなので二回言いました、みたいな会話になってしまったが、冒険者は冷静になり「待て」と指摘を返してきた。
「戦わない前提なら、騎乗獣はそれなりに安全策だな。ただ、そこらの魔物に、うっかり魔物に手を出してお前のようなアホそうな住人に死なれると寝覚めが悪いのだが」
「アホそうで悪かったですね」
「あ、ああ、すまん。口が悪いのは生まれつきだ。直らないから大目に見てくれ」
言いたいだけ言うと、冒険者は俺のような初心者にうってつけの修業場を教えてくれた。
いわく、強くなりたいだけならどこよりも手っ取り早い場所だという。
「着いたぜ、ここだ」
「ここ、……って、ただの井戸ですよ」
冒険者は、広場からすぐ近くの井戸に俺を引っ張ってきた。
何が言いたいのか、さっぱり分からない俺を尻目に冒険者は井戸から勢いよく飛び降りたではないか。
「ちょっ、――!」
俺が叫んだ一方で、冒険者は叫び声すら上げない。
もしかしたら気違いで、即死したのかもしれないなどと考えていると、「おーい」と思っていたより近くから声が聞こえてきた。
「涸れ井戸を改修してあるから、そう深くない。お前も早く来い」
「無理やりだなあ」
俺は冒険者が促すまま、勇気を出して井戸に向かってジャンプした。
念のため、ロープなど調達してゆっくり慎重に移動したかったが、そう思ったのはジャンプした後なので時、既に遅し。
「おっ、と」
冒険者が言うように、そう深くない地面に俺は降り立った。せいぜい宮殿の二階と同じくらいの高度だろうかと俺は想像した。
「はしごを使えばいいのに。やはりアホだな、お前」
「はしご、あったんですか!」
言われて周囲を観察してみると、俺は背後に昇降のためのはしごがあることを発見した。
まあ、考えてみれば帰り道がなくては命が粗末になるだけ。道理であり筋である当たり前の配慮だ。
「さて、行くぞ。あと、戦うから覚悟を決めることだ」
「は?」
「お前、男だろう。強くなりたいなら実戦で学ばせてやる、ということだ」
外出したら死ぬだの、男なら戦えだのめちゃくちゃな人である。
ただ、もし戦う相手がこの冒険者ならば大変な修業には違いなさそうだ。身に付けている装備もそれなりにいいものだが、それ以上に動きのひとつひとつに玄人のキレがある。
まだ戦いでは素人同然の俺にすら分かる。
この冒険者、とんでもなく強い。
「俺だ!」
「……」
「邪魔するぞ」
誰かに呼び掛けたかと思えば、返事も待たずに冒険者は井戸底にひとつある粗末な木製トビラをバン、と開いた。
「邪魔するぞ」
わざわざ、同じことを二度口にして冒険者はずかずかと奥に進んでいく。必然的に、俺もそれに着いていくことになった。
「ニキニキ。イケニエを探してやったぞ」
「にき~。イケニエなんて、探してないにき」
数人の怪しげな商人たちが、あちこちに露店を開いている奇妙な場所で冒険者はニキニキと言う名前らしきウサギ人間に話しかけた。
ウサギ人間。――噂には聞いていたが、俺はケモノ人を見るのは生まれて初めてだ。
世の中にはケモノの頭部を持ち、全身がケモノの毛に覆われながらも人間のようにコトバを話す生き物がいるという。
すなわち、それがケモノ人だ。
「にき~」
「こ、こんにちは」
「半日。あんちゃん、たった半日でランキング圏外から出れるにき。才能が思ったよりあるにきねえ」
俺を一目見ただけ。
たったそれだけで、ニキニキは俺をそう判定したようだ。