4ゲット 卒業と始まり
オムライスのオムレツはオムソバ。
それからは、あっという間に時は過ぎていった。光陰矢のごとしとは、このことだ。
「イアロ=レムさん。おめでとう」
「はい。このイアロ=レム、しかと学業を全う致しました!」
「いや、卒業証書を受け取ってくれるだけでいいから。しゃべるとか、そういうのないからね?」
「承知致しました!」
「……」
卒業式が開かれた。
俺は故郷では、学校に通ったことがない。
もっぱら、基礎教養は全て召使いや、じいやが教えてくれていたからだ。
宮殿にいた頃には民間の友人たちが平凡ながらも素朴で朗らかな学校生活を送るのをうらやましく思っていた。
だけど今、俺は3ヶ月という短い期間ながらも卒業試験も無事に合格し、そして無事にシュルダを卒業した。
「お疲れ」
「うん。ひどく緊張したよ」
卒業式の後、話しかけてきたウィックに俺は思ったままを告げた。
そう月日は経っていないため、相変わらずの見た目で相変わらずの性格だ。
つまり、逆立った黒髪にゴーグルがトレードマークで、やや色黒の肌。そして、ひょうきんな優男の反面、油断を見せない慎重さは、いかにも盗賊といったルックスだ。
「酒場に行こうぜ。卒業をお互いに祝い合おう」
「酒場かい?」
「へへ、とっくに未成年じゃないんだ。別に昼間から酒場に行ったって構いやしないだろ」
いつもなら大抵はメノウも連れ立って行動する俺たちだけど、何か不都合でもあるのかウィックはいそいそと俺を酒場に誘いながら歩き出した。
「こっちだ。イアロ」
「前にも来た。道なら分かるよ」
辺境の町、レイアリオ。
シュルダの所在地である、この町はそう大きくない。雑貨屋や武具店など幾つかの必要な店が一種類ずつある程度で、それ以外はこれまた数件程度の民家だ。
だから道が分かるどころか、シュルダの裏手にあるとさえ知っていれば、レイアリオにただひとつある酒場「翼の銀光亭」はいつでもそこにあるのは変わらない。
「おいっす~」
「らっしゃい」
「いらっしゃいませ、お客様♪」
ウィックがいつもの気さくさを伴った挨拶を発した。
続いて、酒場のマスターであるリーゼント・ヘアに蝶ネクタイの男性と、バニーヘアでサービス感を盛り付けた女性スタッフがお出迎えだ。
マスターは無愛想。一方でスタッフはこれでもかと愛想笑いを絶やさない。
「オレンジジュース。イアロ、お前も何か頼め」
「ジントニックで。あと、適当につまめるものを頼む」
「かしこまり」
マスターはぼそり、と了解を意味するヤクザな言葉をこぼした。
そしてマスターはオレンジジュースさえも素晴らしい手際で、粗野ながらもオシャレさを忘れない注ぎかたを始めた。
なんというか、全身をくまなく使って「俺は注ぐぜ。ドリンクを愛しているぜ」と言わんばかりのダイナミックな演出だ。
「ウィックはお酒、いいのかい?」
「ああ。というか、飲めないんだよな」
「あはは。だったらレストランでも良かったのに」
「いやいや。ここらに、そんな高尚な店なんてあるか?」
「うん。まあ、確かに」
ウィックと会話しつつ、俺は店内にさりげなく視線を運んだ。
頭がはげた飲んだくれの中年男が1人、冒険者らしき若い男女が一組と、昼間にしては人がいた。
「おまちどお」
「ありがとう」
俺はマスターからジントニックと、ピクルスを何切れか、それから気まぐれサービスのフレンチトーストを2人分受けとると、ほぼ同時に支払いを済ませた。
「俺も出すっての」
「まあ、まあ。面倒だから、今度ウィックがおごってくれ」
「けっ。ナルシストかよ?」
オレンジジュースを一口飲んでから、ウィックは小さくため息をついた。
「何か悩んでるのかい?」
「悩みなんてないさ。イアロ、俺はこう見えても後腐れを作らないことにかけては天下一だぜ」
「ふうん」
俺はジントニックだけでは却って物足りないかもしれないな、と思いながらもぐびりと一息に、3分の1ほどを胃に収めた。
思っていたより鼻に抜ける爽やかさが強く、いいジントニックだ。
添えられたのがレモンではなく、パッションフルーツなのが功を奏してしるのかもしれない。
「ただな、メノウを連れなかったのは理由がある」
「うん」
「なあに、別に深い理由じゃないさ。たまにはお前とサシで語らいをしたかったんだ」
「はは。らしくないね」
「おやおや、そいつぁご明察って言いたくなるけど、ガチだからな?」
「そ、そうなんだ」
ウィックはフレンチトーストをおいしそうに食べていった。俺は生まれて初めて食す調理パンだったので恐れていたが、いざ口に入れてみるとピクルスに似合わないほど甘いが不思議においしい。
「さて、何を語ろうか?」
俺がそう口を開くと、ウィックは不意にうつむいた。
「ウィック、どうした?」
「それだよな。何も考えてなかった!」
「えー」
「すまん、すまん。うん、よし。じ、じゃあ今日の天気についてにしようぜ」
「本日は晴天なり。他には特筆すべき点はなかったさ」
そこまで言い合うと、俺たちはそれぞれに笑い始めた。
酒が回るにはかなり早いしウィックに至ってはシラフなんだけど、しかも大した話なんてしてないんだけど、そうなった。
俺たちは酒場の中央奥にあるカウンター席の左端くらいに座して、バカみたいに笑っていたわけだ。
「これから、どうやって生きてくつもりだ?」
「俺は適当に鍛えつつ、いずれ遺跡探検が出来るほどになろうと思う」
更に詳しく聞くと、どうやらウィックはシュルダを卒業してからは、戦士としても鍛練を積んで世界各地にある遺跡のお宝を手に入れたいらしい。
「それでイアロは?」
「うん。実は、まだあんまり考えてなかった」
「へっ。まあ、友だちではあるけど3ヶ月ごときでシュルダを卒業したがる変人なら無理もないとは思っちまうわな」
「ごめん」
「いや、そんな真剣に謝らなくてもいいけどさ?」
俺自身は進路を決めてない。
ウィックとこうして会話するまで、すっかり忘れていた事実だ。
「マチルダさんにも怒られるや」
「なな、なぜマチルダちゃんに?」
「しばらくは学生寮を借り続けるからね」
「マジかよ、イアロ。ただ、だとしてもなぜマチルダちゃんに?」
「朝、起こされるからだね」
「夫婦なのかよ!」
宮殿に帰るのは、盗賊から足を洗うことに等しい。だから帰省だけは選択肢にないものの、俺には他に住まいがない。
よって、「学費分は稼ぐからシュルダに籍を置き続けたい」と頼みこむことで、俺は半ば強引にシュルダに滞在を続けることを決めていた。
「ウィックとはお別れだね」
「えっ」
「えっ」
「俺もメノウも、この町育ちだからいつもいるぜ?」
「へえ、そうだったのかい?」
俺はウィックやメノウとは、簡単には会えなくなるとばかり思っていたので嬉しくなった。
「マスター、コイツにジントニック」
「ジントニック2つ、かしこまり」
「おいおい、マスターもイアロもなんなんだ?」
俺は無理やりウィックにも酒盛りをしたくなったのだ。
マスターも、何か喜びが通じたと見えて赤字覚悟かもしれないサービスをやってくれたということなのだろう。
「あっ、2人とも探したんだよ~!」
「「メノウ」」
「もう。卒業パーティーがあるっていうのに、お酒なんて正気なわけ?」
「パーティーなんてあったのかよ」
「ウィック。知ってて誘ったんじゃないのかい?」
「俺は情報弱者だ……」
その後、メノウと合流した俺たちは、A組からC組まで合同で開催する卒業パーティーに参加した。
ビュッフェ形式の豪勢な食事で、静かな酒場の風情とは正反対の楽しさがそこにあった。
俺は腹八分目になるよう、味も色々と試していたのだが、ウィックはカレーライスばかり食べていたようだ。
メノウは食事より、世話になった仲間たちとの歓談に精を出していたように思う。