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トレジャー・フィンガー~全取の盗賊  作者: 桐谷瑞浪
トレジャー1 盗賊の始まり
3/24

3ゲット 盗んでみい

鳥羽の小牧が蒲郡。

 一限目が終わり、俺は休憩するべく教室の外に出た。


「ふあ~あ。……まだ眠り足りないや」


 あくびをひとつ。俺は実際、寝不足だと感じていた。猛勉強、猛特訓を重ねに重ねない限り、とてもじゃないけど授業内容に追い付けないのは明らか。

 現に俺は睡眠時間を1日3時間にまで削って色々と努力してる。まあ、3時間睡眠なんて健康に確実に悪い。

 だからあんまり人にはオススメ出来ないんだけど、時の流れが止まるような都合のよい奇跡の施設があるわけではない。

 寝坊しがちなのは、それが原因ってわけ。もちろん、宮殿にいた頃は面目とか品格とかのために絶対にいつでも定時に余裕を持って、じいやが俺を起こしに来ていたんだ。


「自動販売機、か。そろそろ何か適当に買ってみようかな」


 宮殿になかったハイカラツール、自動販売機。窓に缶ジュースや栄養ドリンクが整然と並んでいる、一般人ならば誰もが知っているであろうアレだ。


「ふう、緊張する。よっし、五十ゴールド鉄貨を1枚と、十ゴールド銅貨を3枚か」


 普通は130ゴールドするらしい飲み物類は、学内だから微妙に割引されている。

 俺は意を決して、自動販売機に備え付けられたボタンをポチッと押した。選んだのはスポーツドリンク。塩分とかミネラルとかを含んでいる、お馴染みであろうアレだ。


「うおっ。そ、そっか。本体下側部にある排出ゲートに搬出されることにより、収納された同型の商品群の内の1ドリンク缶商品が取り出し可能状態となるんだったっけ」

「何をぶつぶつ言ってんだ?」


 暇を持て余しているウィックが俺の物言いに疑念を呈してきた。というか、ウィックがそばにいるのって、こうなるまで気付かないパターンが多めだ。


「いや何。俺はただ、定期的な商品補充に従事している労働者に労いの意を表明する心を、ふと口にしてしまっただけさ」

「お、おう。そういやイアロは、ちょっと価値観が変わってる上に堅苦しいんだった」


 ウィックが俺の日頃の言動について、そんなふうに俺自身の性格の面から指摘せんとするところに、いつも俺とつるんでいる1人が更にやって来た。


「ねえ、2人とも。どんだけ自販機前にたむろしてんの。他に飲み物欲しい人がいるかもなんだから、流石にそこは気を遣いなよ……」

「「メノウ!」」


 実在する鉱物と同じ名前を持つ女の子が、俺たちの背後からそれぞれの肩をむんずと揺さぶりながらだったので2人揃って思わず名前を叫んでいた。


「メノウは私だけど、何よ。そんなの、とっくに知ってるでしょ」

「あは。そ、そ、そうだね」

「だってイアロがあんまり面白いから、つい」


 それぞれに他愛もないことを言い合いながら、とりあえず自動販売機からは少し離れた。


「まあ、いいわよ。それよりイアロはタフね。3時間睡眠で、よく目の下にクマを作らないわよね」

「クマって、ワーカホリック・アイ・アラウンドのこと?」

「ワーカホ何?」


 俺はワーカホリック・アイ・アラウンドを当然のように言ってしまった。

 よくあることで、そうなるとこうなっていく。


「ワーカホリック・アイ・アラウンド。目の周辺に露出する、おもに寝不足やストレスが原因となるとされてる……」


 そしてウィックたちが次のようになる。


「ああ、ああ。いつものウンチクね。ウィック、この子のこういうとこだけは真似すべきでないことよ」

「お、おう。俺も割とそう思ったぜ、メノウ」


 ワーカホリック・アイ・アラウンドは我が王家など、一定以上ほど高貴な身の上でないと平素からは使わない言葉らしい。

 それゆえ、ウィックたちは知らない結果、「ウンチク」と切り捨てる。

 いつものことであり、いい加減にそろそろ慣れてきたんだけど折角、友だちとして当たり前に過ごせるようになってきただけに少しばかり寂しさも否めない。


「なあ、そんなことより、まだ次の授業まで少しあるじゃん。そして、うってつけなことに……見てみな」


 ウィックは俺とメノウにそう告げると、階下にいる1人の老人をこっそりと指差した。

 シュルダ本館は、二階の通路から一階の様子が見渡せる作りになっているからこそ出来ることだ。

 ガラスなどで区切られてるわけでもないから、その気になればその老人に呼びかけることも出来るほどである。


「下りようぜ。そんでもって、ヤツから何かしらをだ」

「何かしらを?」

「へっ。イアロ、笑わせんな。決まってんだろ?」

「そうよイアロ。私たちが何かしらを、と言うなら、意味することは分かりきってる」


 ウィックもメノウも互いに目配せして不敵な笑みをこぼしているが、俺が鈍感だからか何のことやら、さっぱりだ。


「とりあえず、一階に下りていけばいいんだな」

「ああ。ちなみに、イアロがやってみな」

「だから、やるってのも何なのさ?」


 トコトコと、一階に続く階段を俺たちは下りていく。大した長さじゃないから、急げば数秒で一階に辿り着ける。


「ひぇひぇ。相変わらず、フロンちゅわんのボディは悩殺じゃあ」

「おい、じいさん」


 幾らか挑発気味に、ウィックは先ほど指差した老人に話しかけた。俺に何かさせようというのに、結局はウィック自身がだ。

 本当、未だにコイツらはちょくちょく、よく分からない。


「うん。わしゃあ、正真正銘のじいさんじゃの」

「お、おう。アンタは正真正銘のじいさんじゃよ?」


 心なしかウィックは老人のペースに巻き込まれているように思えた。

 頼りない。


「そんで、正真正銘のじいさんである、わしに何用じゃね」

「……今からコイツが、アンタから盗みを働きますから!」


 しばしの静寂が訪れた。

 何かと忙しそうなシュルダの受付さえ、なんとなく静まり返ったような気がしたほどだ。

 というのは言わずもがな。ウィックが老人に、わざわざ俺が何かを盗むことを宣言したからである。


「ほっほっほっ。若者は今も青くさし、か」

「な、なんだってーーー」

「ウィック。アンタはちょっと、黙りましょ?」


 老人にベタっぽいリアクションを示したウィックはメノウに口を手で覆われ、もごもご言っていた。


「して、そこの若者が何か盗むのじゃったな」


 老人は、うつむきがちに、顎に手を添えながら俺を見つめた。

 老人にしては父上ほどではないが、それなりに大柄だ。また、筋肉もがっしりしていて老人らしさは白髪やシワくらいのものだ。


「えっ、と。そうなると俺は泥棒ですけど大丈夫ですか?」


 俺がそう言うと、老人は快活に笑った。


「ひょっはっはっ。ここが高名なシュルダなる学び舎とは、わしでさえも知るところじゃ。さあ、わしで構わんのなら、煮るなり焼くなり好きにするとええ」

「煮たり焼いたりなんて、流石に致しかねます」

「慣用句じゃ。か・ん・よ・う・く」


 ボケをかましたつもりはないけど、老人にツッコミを入れられてしまった俺だ。


「では、お言葉に甘えて。お手柔らかにお願いします」

「そんなに丁寧に挨拶とは、そなた先の若者を笑えんじゃん」

「……はははっ」


 余りに口先が手厳しく、俺は苦笑いをはっきりめにしてしまった。

 だけど、やるならもう迷っている暇はない。次の授業が2分後には始まってしまうのだから。

 俺はシュルダで学ぶ基本の構え【空の空】をとっさに実践した。

 空の空は、一切の隙をなくす構えだ。足に全集中を傾けることで、究極的に素早くステップ移動するにあたっての構えであり、シュルダ出身の盗賊ならば出来なければ、かなり恥ずかしいらしい。


「ほっほっほっ。どうした、どうした」

「えっ」


 悠長にしている老人に、俺はびっくりしてしまったのだ。


「ん?」

「どうしたなんて、あなたこそ」

「えっ」


 今度は老人が「えっ」という番だ。

 つまり、盗みは一瞬の内に行われ俺の手には老人が先ほど見ていた、セクシー役者のブロマイドがあった。


「えっ、それでええの?」


 俺は老人の的確な指摘に「えっ」と更に言いそうだったが、そこはぐっと我慢した。

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