21ゲット アトラスとの戦い(9)
素粒子のプラズマはカミオカンデ。
アトラスは溶岩を放出する代わりに飛翔体を発射してくるようになった。
「サヒアル兄貴。お体は大丈夫で?」
「ええ。マシューさんでしたっけ。お気遣いありがとうございます。
飛翔体が来るようになって、かれこれ10分ほど。
結界を何度も張ってくれるサヒアルさんにマシューさんを始め、何人かが心配する態度を示した。
「あの謎物質、一体どこから来るんだ?」
「それを言うなら、そもそも溶岩を出してきた時点であの化け物の体は謎だ」
「言えてる。しかもアレで全力なのか未知数……」
飛翔体はヤツの体の一部のように見えるが、断続的に撃ち続けてきた。
メカニズムは分からないけど、体の一部ならば右足を再生したように体内で石を生み出しているのかもしれなかった。
「ところでイアロさん。テッドくんの講座、答えは分かりましたか?」
「講座。それってポーションのですか?」
「ええ。体力ポーション1滴だけだと効果はどうなるか、です」
サヒアルさんに問われて、俺は答えに困った。
前にエミーさんが答えたのと同じ考えが俺の答えだったけど、合っているかと聞かれると単なる勘なので答えたくなかったからだ。
「分からないです」
「当てずっぽうで構いませんよ?」
「はあ、じゃあポーション1滴ぶんの回復効果かと思います」
俺がそう答えると、サヒアルさんはニヤリと笑った。温厚そうな人柄に反して、意地が悪そうな笑顔だ。
「正解ですが、不正解です」
「えっ。どういうことですか?」
「ふふっ……」
「教えてくれないんですか!」
サヒアルさんはそこで、手持ちの魔力ポーションを取り出した。
「まあ、こちらでも体力ポーションと基本的な理屈は同じです」
「なんだなんだ?」
「私たちにも教えてくださいよ~」
サヒアルさんが始めた講座に、自信ない組は興味を持ち始めた。
テッドさんの答えと同じかは不明だけど、サヒアルさんの意見は、みんなが知りたいことだった。
「後で俺たちにも教えてくれよ!」
「うん。見張りご苦労さま」
「ははっ。ではポーションを1滴、今回は私の皮膚に塗ってみます。行きますよ?」
サヒアルさんは1滴の魔力ポーションを自分自身の肌に塗り込めた。
「あれっ。何か見える」
「本当だ。青い何かが立ち上っている……?」
「もしかしてポーションが蒸発したのか?」
それぞれに感想を述べた。
サヒアルさんは、それを見届けて笑顔になった。今度はいつものサヒアルさん。温厚な笑顔だ。
「ポーションが蒸発した。それが半分、正解です」
「半分、ですか」
「お前たち。この俺、テッドさんが帰ってきたぜ~」
テッドさんが、自信ある組がいるところからちょうど戻ってきた。
「兄貴。サヒアルさんからポーション問題の答えが来ました」
「ふーん。で、どうだ?」
「すごい人ッス」
「そ、そりゃそうだな」
テッドさんは半ば呆れたような顔でマシューさんを見つつ、サヒアルさんに話しかけた。
「景気はどうだ?」
「これはこれは。お仕事を横取りしてしまい、申し訳ない」
「いやいやいや、そこまで恐縮されるほうが恐いって」
「ははっ」
ピリピリと対立するかと思いきや、クールなやり取りだ。
「ポーションが蒸発する、で半分正解か。なるほど。俺の考えと同じだ」
「テッド。どうして私たちに内緒で、そんな高度な話を知ってるの?」
「お、おいベニよ。俺はただ……」
「はいはい。下位の盗賊として生き残ることに集中してほしいから、でしょ?」
「ベニリオ!」
むしろテッドさんとベニリオさんが口論を始めそうである。
「その辺にしとけ。サヒアルさんが当たり前に結界出してくれてるだけで、こうしている間にも4、5発モチが来てんだ」
「ザイン。だってテッドが!」
「だっても毒草もあるか。今は俺たちだけの旅じゃねえ」
「うん……。そうだった」
怒りっぽいベニリオさんを仲間たちが励ますというのが普段からの会話なのだろう。
いつも、こんなもんですと言わんばかりに周囲より仲間を優先するのは、盗賊らしいように思えた。
「そう言えば、ある組はどうなってるッス?」
「ああ、それな。微妙にややこしいことになった」
テッドさんはマシューさんにだけでなく、自信ない組に聞こえるように自信ある組の近況を報告し始めた。
「仮面のアイツはアザロルから追われている逆賊だったらしい。で、アイツと何人かが捕まった」
「えっ!」
「そんな」
「どういうことですか?」
みんながざわざわしている中、俺は実は気付いていた、ある事を口にした。
「『シンギュレの山賊』。あの人は盗賊だったんですよね?」
「イアロ。……詳しいな」
「はい。俺、全取の山賊になりたいので」
「へえ、大した夢じゃねえか」
まず『シンギュレの山賊』はゴエリク=テンドウという男がリーダーで、悪名高い盗賊一味だ。
ゴエリクは盗賊ランキング上位5位。
俺がレイアリオにいた時に新聞にあったのデータだけど、それほどの実力者だ。
「ちなみに、あの弓ジジイがゴエリクだった」
「えーーーーーーー!」
「マジかよ。弱そうだったぞ?」
「でも異次元からアイテムを出していた。明らかに特別な魔法でしたね」
「サヒアルさん?」
魔法に詳しいサヒアルさんは、ゴエリク――最初は一般人を連れていた老戦士――が使っていたアイテムボックスの魔法を引き合いに出した。
そして俺が気付いたのも、たとえばあの魔法のことだ。
「アイテムボックス。あの魔法はそのような名前でしたか」
「はい。とある宮殿の図書室にある魔法大全に記されていました」
「ふむ。しかし宮殿の図書室に入れるなんて、イアロさん。……あなたは、何者なんです?」
「あっ。い、いやあ、それは……」
俺はまごまごするしかなかったけど、サヒアルさんは俺を疑うのをすぐに諦めたようだった。
「まあ、今はそれどころではないですね。結界に集中するとします」
「は、ははっ」
サヒアルさんの追及は逃れた。
「しかしイアロ。全取の盗賊なんて、ここ18年ほど盗賊ランキングにいる『正体不明』ですら遠く及ばないと言われてんのは知ってるか?」
「テッドさん。それは……」
今度はテッドさんからの追及だ。
盗賊ランキング1位に君臨し続けているという『正体不明』のことならレイアリオでも、たびたび耳にするので知っていた。
「全取の盗賊として名高いのは、今から55年前に彗星のように現れたっていう伝説のカナラカールっスね」
「ああ。盗賊なら誰もが目指す。だがカナラカールと肩を並べると口にするなんざ、揺るぎない自信か揺るぎない愚かさか、どちらかだと相場は決まっている。――」
マシューさんやテッドさんが話題にしている、カナラカールという盗賊。
その盗賊こそ、俺が目指す『全取の盗賊』その人だ。
仲間、財宝、そして名声。
その全てを手中に収めたという伝説。
盗賊たちの間では『伝説』もまたカナラカールの二つ名である。
「それに気になるのは、『シンギュレの山賊』だとお前が即答したことだ」
「……」
「仮面野郎にせよジジイにせよ、何かそれと分かる根拠があったっていうのか?」
「それは、……三つ尾の黒竜紋です」
俺がいたサヴァラ国のハバラ王室では、『シンギュレの山賊』はよく話題に上がる悪党として知られていた。
つまり王家だからこそ得た事実だ。
普通は黒竜紋、しかも竜の尾が三つに分かれている紋印を見ても、『シンギュレの山賊』とすぐには気づかないだろう。
「『シンギュレの山賊』は、表向きは赤サソリのバッジをシンボルにしています。しかし身分を偽るためにそれを隠していても分かる目印があり、それが三つ尾の黒竜が描かれた紋様です」
「それがアイツらにあったのか?」
「装備品の目立たないところ。たとえば、鎧の継ぎ目などに」
紋様を見つけたのは、仮面戦士の仮面だった。
影で見えにくい、鎧の肩部分と腕部分の継ぎ目にあたる狭い部分に、それはあった。