19ゲット アトラスとの戦い(7)
砂漠の湿地はタイガ。
自信ある組は、自信があるからといって安直にアトラスへの攻撃を加えるようなことはしない。
まだ変身仕立てだからか、四角いアトラスは大した動きを見せていないからだ。
溶岩を吹き出すことはやめたらしい。
目の下にある噴射口がまだあるかまでは遠くて見えなかったけど、溶岩が飛んでいれば明らかに明るい異物があるはずだった。
「よう。戻ったぜ」
「テッドさん!」
「イアロ。何か変わったこととかあったか?」
「いえ。今までどおり、自信ある組に続いていけるように集団行動を徹底してます。攻撃が来るまでは点呼を5分おき。これで、はぐれる人はそう出ないはずです」
俺が一応リーダーとして把握していることを事務的に伝えると、テッドさんは感心したようだ。
「しっかりしてるぜ。まるで貴族みたいにきっちりと状況を把握している」
「……!」
そう言うテッドさんは、よく見ると俺を探るような目付きだった。
貴族ぶっているつもりはないのに、盗賊、しかも下位とはいえトップテンにいるテッドさんには、俺のことを見透かすのは造作ないことなのかもしれなかった。
「なんてな」
「えっ?」
「本物の貴族なら、まず盗賊なんてやらない。目指そうとした時点で同族からの冷たい扱い。下手したら死罪。――ったく、貴族ってのはつくづく不自由らしいからな」
「は、ははは……」
テッドさんは、おちゃらけた笑顔になった。
よく見る、いつものテッドさんだ。
俺は俺で貴族、しかも王家であることをうっかり白状してしまわなくて良かったと、ほっと胸を撫でおろした。
「さて、と。しばらくは自信ない組のコーチをしてやるから、よろしくな」
「はい?」
「なに。この中では俺くらいしか監督は無理だろ。そこのグリーン僧侶は上位にちょくちょく行けてるみたいだが、いかんせん僧侶」
そこで言葉を切ると、テッドさんは緑髪の男僧侶をチラリと見た。
緑髪の僧侶の名前は、サヒアル=キンドークというらしい。
「敵にバカみたいに追い回されない今くらいだ。俺の特別コーチなんて中々ないチャンスだぞ、喜べよな。お前たち!」
「あ、はい」
「まあ、ありがとうございます」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「か~。なんかポジティブじゃないくさいのが多いな、この集団はよ……」
テッドさんは、周りからの反応に不満なようだ。ただ、だからと言ってコーチはやるらしい。
「アトラスは、と。よし、まだ安全な豆腐だな」
「とっ、豆腐……」
「ここらは魔物なんていないからな。他に警戒すべきは、せいぜい野生の獣だが」
テッドさんと俺が会話していると、テッドさんのパーティーの人たちが会話に入ってきた。
「兄貴。アトラスにビビってか、動物は全然いないみたいッスね」
マシューさんだ。ザインさんは目がつり上がっているが、マシューさんは温和そうな垂れ目をしている。
それにマシューさんはテッドさんを兄貴と呼ぶみたいだ。ザインさんはテッドさん、ベニリオさんはテッドと呼び捨てするというのが区別するための、ひとつのやり方だ。
「おう。逃げてる時にも、他の魔物や獣が妨害してくるような事態にならなかった。魔法使いが魔除けでもしたかと思っていた」
「魔除けかもしれないわ。別に魔法使いが魔除けしていけないことはないもの」
ベニリオさんがテッドさんにそう指摘した。
魔法に関してなら、テッドさんよりも詳しいのだろうか。遠慮なく物を言う印象だ。
「魔除けと獣避けなら、私や数人が絶やさないようにしていました。気に障りましたでしょうか?」
「サヒアルさん」
どうやらサヒアルさんたち複数人で、魔法やアイテムを使って敵が寄って来ないようにしていたようだ。
「サヒアル。気に障るなんてことはない。そして、引き続き魔除けはお願いしたいかな。それでいいか、リーダー?」
「てっ、テッドさん!」
「最終決定するのはリーダーだ。どうする」
「なら、サヒアルさん。魔除けと獣避けは今後もお願いしていいでしょうか」
「うん。私で構わないなら、喜んで協力するよ」
テッドさんに促されつつ、という形で俺はリーダーとしての最終決定権を行使した。
とは言っても最前線での戦闘に自信がない、自信ない組のリーダーだけど最終決定者には違いなかった。
「それとテッドさん。テッドさんには是非、リーダーを任された俺の名においてもコーチをお願いしたいです」
「あ、ああ。だけどお前たちはそれで構わないのか?」
テッドさんは残りの面々をひとりひとり見ながら、そう言ったようだった。
更にテッドさんいわく、どうやら「過半数の合意で決議する」という民主的な解決が合理的という主義を通したいようだ。
「まだるっこしい。お前たち、賛成なら挙手してくれ」
テッドさんに指示され、そろりと数人の手が挙がった。それから次第に挙手する人数は増え、無事に過半数の賛成を得たようだ。
「ありがとな。スパルタな要求はしないが、時には講座なんかの手伝いを何人かに頼むと思う。まあ、アトラスの動向次第だがな……よろしく」
バンダナを締め直しながらテッドさんは、自信ない組の人たちに挨拶した。
何人かから拍手が起きた。今度はそれ以上は増えないようだったけど、拍手しない何人かは続くのを照れているようだった。
「よし。まずは、そうだな。アトラスという甚大な脅威のために命を落とした、俺たちの仲間たちに祈りを捧げよう。歩きながらでいいが、祈りの気持ちをしばらく込めてくれ」
テッドさんは黙祷までは行かないまでも、簡便な祈りを自信ない組に求めた。
思えば、アトラスには多くの人たちが敗れ去った。フフィスさんに関しては特に惜しいことだったけど、あの人以外にもたくさんの人が亡くなった。
「オッケーだ。お前たちの表情、祈りが感じられたぜ。きっと、――みんな天上界で浮かばれたことだろう」
テッドさんの合図で、周囲の気がふっと緩んだ感じがした。
裏を返せば、束の間そこにはわずかな緊張が漂っていたということだった。
「アトラスも反省してやがるのかも。見なよ、あんなにおとなしくしてら」
ザインさんがアトラスを見ながら声を上げた。
四角くなった大きな魔物は、いまだゆったりとしたペースだ。足はしゃかしゃかと動いているけど、追い回すつもりなら変身は確かに必要ないとは思う。
「もしかしなら逃げきれるかも。応援が来るまで持つかもね」
「なんてことを言ってたら、だろ。溶岩からのアリ投下だぞ?」
「歩いていいのは嬉しいけど、もうくたくただって。疲れた~」
口々に感想を述べるのは、もはや恒例の雰囲気だ。ただ、自信ない組とは言ってもアトラスから逃げきるほどの運や実力の持ち主たちだ。
ランキングの順位も、自己紹介のときに半分くらいの人は明かしてくれたけど、ランキングと実力は比例するとは限らない。
「そういやイアロは圏外だっけか」
ザインさんが話を俺に振ってきた。
「まあ、はい」
「ランク圏外なのに砂氷山なんて、よく来たよな」
「迂闊でした」
「いや、生き残ったんだから武勇伝でいいと思うぜ」
すると、そこで不意に爆発音がした。
「アトラスか?」
「なんだ、ありゃ……」
アトラスの体のところどころが、膨張していた。
「変身は、まだ終わっていなかったのか?」
サヒアルさんが眉をひそめた。
爆発音は、どうやらアトラスの体の一部が膨れるたびに聞こえてきていた。
「なんだ。ありゃ豆腐じゃなくモチだったか」
テッドさんも感想を言った。
確かに、あちこちが風船みたいに膨らむ様子は豆腐にはあまりなく、強いて例えるならモチだった。
「読めないな。仮に変身が再開したとして、何が目的で、どこに向かってんだ?」
テッドさんの感想はそのように続いた。