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家族

思慮深いのか浅はかなのかよく分からない主人公。

おにいさんに抱き上げられ揺られること1時間ほど。

私は心地よい揺れに微睡んでいた。


おにいさんの歩みが止まる。

同時にハッ、と目が覚めた。

他人に運ばせておいて眠っちゃうなんて恥ずかしい。

「ここだよ」

私はおにいさんの腕の中から建物を見つめた。

森の出口にぽつん、と立つ赤レンガの家。

入ってみると結構広い。

靴箱を見ると子供と女性のものらしい靴が並んでいた。

一人で住んでる訳じゃないのかな。でも静まり返っていて人の気配はしない。

「おにいさんのお家?」

「そうだよ」

「おっきいね」

「うん・・・一人で住むには大きすぎるよ」

え、じゃああの並んでいた靴は?

そう質問する間もなく連れてこられたのは。

お風呂。


あー、うん。足の裏はもちろんワンピースもドロドロズタボロだもんね。

羞恥心との戦いだったとだけ記しておきます。


お風呂でしっかり洗われて。

新しい服に着替えさせられて。

再びリビングに来た頃にはこの扱いに対する羞恥心は完全にどこか行っていた。

そう、私は幼い子供。

なにも恥ずかしがることなんてない。ないったらない。


「サイズ合ってて良かった」

ホッとしたように笑うおにいさん。

私が身にまとっているのポンチョみたいなフード付きの服。

他にも下着やらズボンやらあってそれを慣れた様子で着させられた。

しっかり子供用だ。さっきの靴といいなんでこんなものが?

おにいさんへの疑問が増えるばかりだった。



「そういえば。自己紹介がまだだったね」

「あ」

そういえば。名前、知らない。

なんで一人なんだろうとか子供用、女性用の物持ってるんだろうとか以前に聞かないといけないことじゃないの。


というか、知らない人にはついて行かないとかそんな常識どこかへすっ飛んでしまってた・・・。

まぁあのまま森を彷徨いたくもなかったし頼るしか無かったとは思うけれど。


ほんと、おにいさんが変な人危ない人じゃなくて良かった。

これから気をつけなくちゃ。


「僕はイヴ」

おにいさんはそう名乗った。

どうやら名字とかそういうものは無いらしい。


「いゆ、しゃん」

イヴさん、と言ったつもりなのだけど舌が回らずしっかり呼ぶことが出来なかった。

「い!ゆ!」

う〜、難しい。言いにくい。


「あははっ」

笑うなんてひどいなぁ。

ぷくぅと頬を膨らませた。

「ごめんごめん」

「いーです。私もなまえ呼べなくてごめんなさい」


あーもう。言語チートぐらい完璧にして欲しかったなぁ。




「君の名前は?」

今度はイヴさんが私には聞いてきた。

当然私は答えるべきだと思う。でも。


「なまえは。私の・・・なまえは」

栞葉 零華。

それは元の世界での死んだ私の名前で。

告げるのは躊躇われた。


「どこから来たのかな?」

答えられない。


「・・・もしかして覚えてないのかい?」

口をつぐんで俯く。


素直に言うべきだろうか?

いや、言わないほうがいいだろう。

実際、沢山読んできた転生物語のほとんどが自分が異世界由来の人間だと隠しているのが大半だった。

様々な理由があったけれど納得できるものが多かったし今の私にも当てはまるように思う。


「お父さんやお母さん・・・いいや、僕と出会う前のことは覚えてるかい?」

首を振る。

半分嘘で半分本当。


栞葉零華での事は知っているけれど。

どうしてあの森で一人でいたのかも分からない。

なにも覚えていない。


「そうか」

イヴさんは目を伏せて少し考え込む。

そしてとある提案をしてきた。


「・・・うちの子になるかい?」

思わぬ展開に驚く。

「何で?」

何か裏があるんじゃないか、と私は疑った。



だって他人の子を養うなんてなかなか出来ないことだもの。


小学生の時、両親が亡くなって親戚に育てられているって子がいたことを思い出す。

その親戚はあの子の両親の遺産目当てだったと聞いた。

親同士の噂話を小耳に挟んだのだ。


うわぁ現実にもそんなことあるんだな。

そう、読んでいた本と似た状況に驚いた事を覚えている。


別に酷く疎まれていたとか使用人のような扱いを強いられたとかそういう極端な話では無い。


あの子は親代わりの親戚に感謝していた。

親代わりの人はその子を大切に思っていた。


私は知っている。

普通の親子よりも仲が良いぐらいのその家族を。


でも、事実として親代わりの人はあの子のものであったお金を自分のために使った。


それだけ見れば親戚の人は酷い悪人に見えるだろう。

でも、それは自分のためでもあるけれどあの子のためでもあった。


親代わりの人が病気で倒れたのだ。

治療するためにお金が必要だった。

もし治療もせずに死んでしまったらまたあの子がひとりぼっちになるから。


でも客観的に見れば。


あの子は自分のものだったお金を奪われて

親代わりの人はその金で命を繋いだ。


ということに変わりはない。

結果論なんだけどね。


病気でそのまま治療せずに死んでいたら育ててくれた恩を返さない奴ってあの子は噂されただろうし。




もちろん本当に優しい善意の人がいるのも知っている。

テレビやノンフィクション小説で美しい話を読んだことがあるから。


けれどやっぱり大抵の人はその行動に利益や見返りを求めるのだ。

私が見てきた現実はずっとそっちの方が多かった。


そんな捻くれた思考を巡らせる自分に呆れた。

純真で無邪気な子供らしくいられない。

「なんでそんなに優しいの?」

素直に受け取ることができない。


イヴさんはそんな私に気分を害した様子もなく微笑んだ。

その目は私じゃないどこかへ向けられる。


「君ぐらいの娘がここにいたんだけどいなくなっちゃったから」


視線の先を追うと写真が立てかけられていた。

柔らかな笑みを浮かべる女性とその腕に抱かれる女の子。

女性はとても綺麗な人で桜色の髪に水色の瞳が優しげだった。

女の子は今の私と同じぐらいの年齢に見える。

よく見れば口元は女性に、目元がイヴさんにそっくりだった。

しかし色彩は二人に全く似ていなかった。

白い髪に赤い瞳。私とよく似た、色。


そして写真に供えられた花。

元の世界と同じならそれは弔いの意味を込めたもので。


「しんじゃったの?」

私は配慮も何もなくその答えを口にしてしまった。


「・・・うん。ゴブリンに襲われてね。二人共」

「あ」

だからゴブリンにあんな憎悪を・・・

「ごめんなさい」

「君が気に病むことは無いんだよ。優しい子だね」

頭を撫でられる。多分写真の中の女の子と同じように。

斧に注意したりとか抱き上げたりとか着替えさせたりとか。

妙に子供相手に慣れてると思ったらそういうことだったのか。


「君はレイラによく似ているね」

レイラ。動くことのない紙の中笑う女の子。

「イザベラの手伝いもしっかりしてたんだ」

イザベラ。動くことのない紙の中微笑む女性。

「どうして・・・まだ小さかったのに。

イザベラもまだ幸せになってなかったのに」

言葉が途切れた。

何も音がしない。

イヴさんは泣かない。

私のほうが泣きたくなった。

パパ、ママ。


「・・・そうだ」

沈黙を破ったのはイヴさん。

「名前をつけてもいいかい?」

行き場の無い感情を振り払ってコクンと首を動かす。

名前無いの不便だもの。

それに違う名前をつけて貰えれば

私は私になれる気がする。

私は栞葉零華じゃないと諦めがつく気がする。


「レイ」


それはイヴさんの娘の名の一部。

この世界の言葉で無垢を意味する言葉。

「レイって呼んでもいいかい?」

そして偶然だろうか。


元の私、栞葉 零 華と通じるモノだった。


零。なにもない0、私にピッタリの名前。

霊。死んだのに存在する私らしい名前。


栞葉零華の成れの果て。

刺されて落ちて砕けた私。


「レイ」


自分で自分を呼ぶ。

シオリやレーカと呼ばれることばかりでレイと呼ばれたことは無かったけれど不思議としっくりきた。

私はレイ。

「私、私は・・・レイ」

自分に言い聞かせる。

「いいかな」

「うん、私のなまえは、レイ」

「良かった」


「よろしくね。僕の娘、レイ」

イヴさんは私見ていたけれどどこかズレているように感じた。

あぁ、この人は。娘を失った悲しみから立ち直れていないんだ。

だから歳の頃と見た目が似た私を代わりにしようとしている。



私は何も知らない世界で生きていけなくて。

彼は愛する我が子がいないと死んだも同然で。


「とーさん」

私はパパではない赤の他人を父と呼ぶ。

「レイ」

彼は愛娘に向ける優しげな目を赤の他人に向ける。


そこにあるのは少し歪んだ依存かもしれない。

というわけで主人公に名前がつきました。

そろそろ明るくファンタジーします。たぶん。

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