人間
「う・・・ん」
私は小さくうめくように伸びた。
いつの間にかねむってしまっていたらしい。
ぼんやりと目を開くと緑色が大半を占めていた。焦点が合うと美しい森だと理解した。
木漏れ日が暖かくて二度寝したくなる・・・けど。
違和感を感じて眠れない。この違和感はなんだろう。
・・・夢の名残かな。変な夢だったもの
「っ!!」
いや、あれは、夢じゃない。夢であってたまるか、あんな痛みが。あんな思い出が。
私は・・・死んで、生き返ったんだ。それでそう。また死んだ。
立ち上がり周囲に視線を走らせる。
同じ森でも場所が違う。
前回目を覚ましたところから崖なんて見えなかった。
30メートルぐらいの断崖絶壁。
あんな上からの落ちたんだ、私。
それで死んで。
なんでこうして生きて立っていられるんだろう。
また転生したかと一瞬脳裏に過ぎったが。
頬に流れた銀髪が身体が変わっていないことを告げていた。
どこも痛くはない。
見下ろせば切り傷擦り傷まみれどころか溶けた足が傷一つない元通りになっている。
他の傷も全部無かったかのように消えている。
いや、違う。体は無傷なのは体だ。
ワンピースはズタボロ布切れと化している。
だからこれは、時間が巻き戻った訳じゃない。
さっき気がついたように場所が違う。
ゲームみたいににもう一度同じ状況からじゃない。
全て無かったこととしてリセットされていない。
そっか。これが私の不死。
どうやら致命傷を受けると回復するタイプの不死らしい。
ちょっとした傷とか死なない程度の部位欠損ならそのまま。
死んだら、自分の肉体だけか再構築される。
そう、確信した。
そしてやっぱり痛覚無効なんてものはない。
足が溶けても意識は保っていた。
鮮明に思い出せてしまう痛み。
体が砕けて崩れてぐちゃぐちゃになる感覚。
いっそのこと気絶できれば良かったのに。
私は何の特別な力も持たない小さな手を睨みつけた。
他の神様もやってるし、とか言うならもっと王道に、チートらしいチートが欲しかった。
確かにチートすぎるのつまらないと思うこと私もあったよ?
何の苦労もせずに成功してる物語とか薄っぺら。
いや、これは言い過ぎか。
空想の主人公を妬むなんて。自嘲する。
チートだったり俺TUEEEEEでも万能なりに苦悩して成り上がっていく物語だってある。
そうだ、そうだよ。チートでも面白いのだっていっぱいあったじゃん。
贅沢は言わない。
せめて・・・そう、せめて。
ファンタジー世界なら魔法を使えるようにして欲しかった。
ワタシ、最強!!とまでは行かなくても・・・さ。
元の世界で身近な道具があれば出来ることぐらいは魔法で出来ても良かったんじゃないかな?
スタート地点で死ぬことはないようにして欲しかったよね。
ゲームだったらバランス酷くない?で済むけどこれは現実。
いや、不死も十分チートだと思うけどさ?
今回は崖から落ちて、その場限りの死の危機だったけど。
もし何かに襲われて死んだらどうなっていたんだろう?
生き返っても状況が変わらなければまた死ぬよね。このパターンだと。
死んで生き返って死んで生き返って死んで。
エンドレス?
ゾッとした。
「っ?」
思い至ったことだけじゃない。
何か気配を感じたのだ。
慌てて辺りを見回すと斧が目に入った。
落ちているとか立てかけられているとかではない。
誰かが持っているのかギラギラと揺れている。
そして思い出す。崖に落ちる前、足が溶ける前。
斧を持ったゴブリンに襲われた事を。
「い・・・やっ、こないでっ」
慌てて距離を取る。
斧の柄を辿って持ち主を睨みつけ・・・
あれ?ゴブリンじゃない。
ゴブリンよりもずっと大きい。
よく見れば、斧も粗末なものじゃなくてしっかりとしたものだ。
もっと強い魔物かとさらに絶望しかけたが杞憂だった。
耳も鼻もとんがってない。歪んでない。
服らしい服着てる。
「ひと・・・?」
人間。
男、の人。
元の私より少し年上に見える若いヒト。
初めて目にしたこの世界の人。
お互い目を丸くしてこちらを見つめあう。
「ーーー・・・?」
その人・・・おにいさんが何か短く呟いた。
と思えば首を振ってこちらへ歩み寄ってきた
すぐ近くまで来るとおにいさんは私と視線の高さを合わせてくれた。
私が恐れていることを察してくれたのか。
それとも幼い子供に刃物を近づけるのは危ないと思ったのか。
斧は少し離れた地面に置かれた。
「どうしたんだい?」
やっぱり日本語じゃない理解出来る言語だ。
それは他人の言葉でも同じだった。
「どうしてこんな所で一人でいるのかな?」
他人に向けたものだとは思えない心配と優しさを孕んだ茶色い瞳。瞳と同じ色合いの髪が揺れる。
私はその優しさと問いに狼狽えた。
「え・・・と」
言葉に詰まる。なんて答えれば良いだろう。
その時だった。
ガサッと音がした。
「っ!!」
茂みから現れたのは今度こそゴブリン。
色付いた視界の中で初めて目にした魔物。
苔のような緑色の斑模様の肌。黄色く濁った瞳。赤黒い乾いたモノがちらほらとへばりついている。
ゴブリンは私を見つけると。
「ケヒャ」
元から歪んでいる顔をさらに歪めた。
「い・・・や・・・っ」
蘇る恐怖に身を固くする。
そんな私の視線の先でゴブリンは。
「グガァ」
眉間に細い角を生やして倒れ込んだ。
よく見ればそれは角ではなく矢。
そういえばヒュンッと耳元で風切り音を聞いた気がする。
振り向くと。
弓を構えたおにいさんが倒れ伏したゴブリンを睨みつけていた。
酷く冷たい、いや、推し量れない激情を秘めた瞳。
先程、私に向けた優しさなど微塵も感じない。
「・・・」
造りの違う斧が2本、地面に転がっていた。
おにいさんがゴブリンが死んだことを確認すると小さく息を吐いた。
ピリピリとした気配が柔らかなものになる。
「もう大丈夫だよ」
・・・何だったんだろう。
ただの雑魚、一撃で葬れる魔物にあれほどの憎悪を向けるものだろうか。
襲われて悲鳴を上げた私が思うのも本当に変なのだろうけど。
物を壊されたとか農作物を害されたとかそういうレベルの憎悪じゃない。
「怖かったね」
優しい声で思考が途切れた。
「お、おにいさん強いんだね」
返した言葉は少しズレたものだったと思う。他に言うこと沢山あるはずなのにね。
おにいさんは少しキョトンとした後、微笑んだ。
「そうだよ。・・・僕は強いんだ」
それなのに、
と続いて呟くのが聞こえたのは気のせいだろうか。
微笑みが自嘲に変わって見えた。
「たすけてくれて、ありがとう」
そうそう、先にこっちを言うべきだった。
本来なら敬語で礼を尽くすべきなのだけれど。
敬語の発音が難しいのだ。
「気にしないで」
「きにする、だって、本当に」
怖かった、怖かったから
「・・・っぁ」
気がつけばポロポロと涙が零れていた。
声を押し殺す。しゃくり上げる息を必死で整える。
先程とは違う、安心から来る涙。
おにいさんはそんな私の背をポンポンと優しく叩いてくれた。
「大丈夫、大丈夫。もう大丈夫だよ」
あぁ、だめだ。
私はおにいさんに縋り付いて泣きじゃくった。
「大丈夫かい?」
「・・・うん」
私は一段と赤くなったであろう目元をぬぐった。
ぐすぐすと鼻が音をたてる。
あ、チュニック汚しちゃってる。
泥と涙と鼻水でだいぶ、その、なんていうか。
「ごめんなさ、い」
「謝らないでいいよ」
そっと頭を撫でられる。
「君はまだ小さいんだ」
でも私は、
「怖かったら泣いて助けを求めていいんだよ」
でも、私は・・・
この世界の人じゃなくて。
助けてくれるような知り合いなんて居なくて。
あぁ、この人が去ってしまったらどうしよう。
また不安になって涙が滲む。
そんな私の気持ちを読み取ったのかおにいさんが口を開く。
「・・・とりあえず、僕の家へ来るかい?」
少し躊躇いがちに伸ばされた大きな手。
「ここは危険だから」
それはもう、身にしみて理解した。
ここにいたくない。ひとりぼっちは嫌だ。
私は縋るようにその手を握った
時間はループしないけれど思考はループしがちな主人公。
そして安心してください。おにいさんは普通に優しい人です。普通に。