零章
初投稿です。マイペースに書いていきます。
考えてることを文字にするって難しいですね。
鉛色の空。
途切れることのない、人の声、足音、電子音、エンジン音、喧騒。時折、水滴が弾ける音。
灰色の街を傘の花が彩り始めた夕方。
宗教の勧誘が笑顔でパンフレットを配る駅前から100メートル。
私は髪についた雫を振り払った。
ちらりと高架下に目をやればくたびれたブルーシートを被った男がこちらに手を伸ばしていた。
「あぁぁあ」唸るような吐息が聞こえる。
ホームレス?大丈夫かな?と心配はすれど助ける気は起きない。
私だけじゃない。みんな気がついて気が付かないふりをする。
世の中、そんなものだろう。何の見返りも求めず助けられる人なんてほんの一握りしかいない。
100%の善意でやったことでも見返りが無いとムッとしちゃうのが私も含めた人間だ。
だから自分に利がなければ助けない人が大半だろう。赤の他人を助けられる物語の主人公はすごいと思う。まぁそれで英雄ともてやはされたり、実は助けた人は姫で・・・とか見返りがある物語がほとんどだけれど。
なんて、偉そうなことを思いながら目を背ける。
あぁ、雲行きがさらに怪しくなってきた。
自分の分の傘もない私は小走りにその場を離れた。
本降りになる前に帰りたい。という願いも虚しく
雨はどんどん強く、風も強くなる。
あっという間にバケツをひっくり返したような水の塊が降ってきた。最悪。
急いで雨宿りに近くのカフェに駆け込んだ。
息苦しい。
なんとか呼吸を落ち着けてため息1回。
「っ?」視線を感じて顔を上げると店員さんと目が合った。同じ・・・高校生ぐらいに見える人。
「大丈夫、ですか」
「あ・・・ごめんなさい」
そりゃこんなずぶ濡れな人がいきなり飛び込んで来たら驚くだろう。
「あ、いや、大丈夫ですよ。すごい雨ですね。」
ほんとに。夏でもないのにゲリラ豪雨かな。水が滴って床の木目を目立たせる。
「雨宿りさせてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
優しげな笑みが眩しい。
「少し待っていてください」
店員さんが奥へと引っ込む。
「お待たせしました」
店員さんが戻ってきた。両手が塞がっている。
「どうぞ。試飲のものです」
カップからの湯気でメガネが少し曇る。
「あとこれ、おれがいつも使っているやつで悪いですが・・・あ、洗濯はしてあります、よかったら」
タオルまで差し出してくれた。
「助かります」
ありがたく使わせてもらおう。借りたタオルで雨粒をふきとってゆく。
カップの中身を一口。ちょうどいい甘さのカフェラテ。
「はぁ〜」やっと一息つく。
「美味しいですか?」
「うん。とっても。」
「良かった。おれ、今日初めて一人での店番で」
私もカフェというか喫茶店のバイトしてるから気持ちは分かる。
「あの、おれ」
なにか店員さんが言いかけたところで新しいお客さんがやってきた。
「・・・あ。いらっしゃいませ」
急いで対応に向かう店員さん。
「おいし」
残りのラテを一口、二口と楽しむ。
それにしてもなんでかな。
はじめてここに来るのに懐かしい。
傘の花がすっかり咲いた町に視線を移す。
ふと、ランドセルを揺らす男の子が目に入った。さっきよりも雨足は弱まっているとはいえ、しとしと降り続く中、傘もささずに激走している。風邪ひかないのかな。
よく見れば帽子が私が5年前まで被っていたものと同じデザインだった。懐かしい。
傘を壊したとかで雨の日よくああして激走していた男の子。
小学校卒業以来全然見ないけど元気にしているかな?
会っても私がわかるとは思えないのだけど。
「あれ?栞ちゃん?」男の声に過去から現在に引き戻された。
いつの間に目の前に立っていたのは悪そうな笑みを浮かべる厳つい男性。
・・・相変わらずこの人極道の人っぽいなあ。
「マスター」
まさかここで会うとは思わなかった人だった。
「こんにちは。学校帰り?」
「こんにちは、正解です」
この人は私のバイト先である読書カフェ〈雪雫〉の店主だ。決して裏社会と繋がるバーとかヤバイ店じゃない。
〈雪雫〉はここから十分ぐらい離れた本屋と喫茶店が合体したようなお店だ。コーヒーやジュースなどを飲みながらゆっくり本を選べる素敵な所。
私の家の向かいにあることもあって開店当時・・・17年からの常連だったりする。
物心がつく前どころかまだハイハイしているような頃から、ママに連れてきてもらっていたのだ。
本好き、珈琲、紅茶好きの私には天国のような場所なのよね。
で、そんなカフェの店長が
「なんでここに?」
敵情視察?たしかにここはうちと近くてこっちのほうが駅に近かったりするけど。
「ここもオーナーだから」
「わぉ」
「驚いてくれてありがとう」
厳つい顔が茶目っ気たっぷりに微笑む。
「実はいくつかのお店を経営しているんだよ。
まぁ〈雪雫〉が本店って感じにしてるけど」
初耳なのですが。
「他の店舗は直接関わってる訳じゃないからね」
「ほんとマスターは謎が多いですね」
「そうかな?あ、何か落ちてるよ」
え?私はしゃがみこんだマスターの手元に視線を落とした。ああホントだ。定期落としてた。
「ありがとうございます」
受け取ろうと手を伸ばして
「ん?どうしたんです?」
首をかしげた。マスターは定期に印字された私の名前を凝視していた。
「時々名前が栞じゃないってこと忘れそうになるよ」
あぁ。苦笑を浮かべた。
「栞葉 零華ちゃん」
フルネームで呼ばれたのはどれぐらいぶりだろう。
「素敵な名前だよね。名字はまさに本好きって感じで名前は綺麗で。」
「私と言ったら本ってイメージついてるみたいですしね」
だからだろうなぁ。
栞って名前がしっくり来るのだろう。そのせいか零華と呼ばれる事は少ない。
栞、シオリと呼ばれることがほとんど。葉はどこいった。みんな私をナントカ栞だって思ってるんじゃ無いかな。
「零華って言うとクールな感じするけどシオリちゃんはあったかい優しい子だからね」
「優しいって・・・私がですか?思いっきり子供のお客様に怒鳴ったりしてますけど」
「先週の?あれは喧嘩してた上に本を引っ張り合ってたからでしょ。それにその後2人一緒に読み聞かせしてあげてたじゃないか」
「あれは・・・あの絵本久しぶりに見たから私も読みたくなって」
「ちっちゃい頃、うち来たら毎回一度は読んでたね、あの絵本。他にもあの頃は」
あ、この話の流れは不味い。
「話がそれましたっ!私がなんでシオリって呼ばれるかですよね。クールな印象は由来が雪ですからかね、雪冷たいですもんね」雪の結晶、零下で咲く華ってね。冬生まれの私らしい名前だ。
「そうだね」
マスターはニヤニヤとまだ私の過去を話したそうにしていた。
と、そこへ
「大丈夫か!?」
さっきの店員さんが私とマスターの間に割って入った。
「お客様、おやめください」
マスターを睨みつける店員さん。
「・・・っがはははは!」
豪快に笑うマスター。
「なっ」
うろたえた様子の店員さん。
「えーと店員さん、この人は変人ではあるけど多分悪い人じゃなくて・・・私の知り合いで、ここのオーナー」
目元に一筋のキズとか筋骨隆々な体躯とかどう見ても書店や喫茶店の店長だとは考えられないけど。
「ひどいな!がははは!」
いや、だってそうとしか見えません。どう見ても一般人じゃない雰囲気纏ってます。コーヒーじゃなくて錆鉄の匂いまとってても違和感ないと思う。
それに今、昔の話、意地悪にしようとしたでしょ?笑うと悪人顔がさらに怖くなるから疑われても仕方がないと思う。
「え、オーナー・・・!?すみませんっ!」
「気にするな少年!お客様を守ろうとする行動自体は気に入った!」
「謝らなくて大丈夫だよ。」
そんなに器ちっちゃい人じゃないからこの人。見た目に騙されちゃいけないぐらい優しいのだ。
「おっと、もう時間だな!!また会おう!」
私達が言葉を返す間もなく慌ただしく去っていくマスター。雷雨の中を・・・あぁ、なんか凄まじい速さで走ってったなぁ。万引き犯が警察署で化物に追われて怖かったと口を揃えて言うだけあるわ。
横に視線を移せばテーブルにひっかけられた傘が1本。黒い男物のやつだ。その近くには五百円玉が1枚。
「っと」スマホのバイブレーションを感じて立ち上げるとメッセージが一通。
『傘を忘れてしまったぞ!!後でもって来てくれ!』と。
「全く、マスターは」雨降ってるのに傘を忘れる訳がないのに。しかも500円とセットで。
「店長からオーナーの話は少し聞いたことがありましたけど思った以上にすごい人だな・・・」呆気に取られたのか素らしい口調の店員さん。
「うん、本当に凄い人だよ」
「他にもあるのか?」
「あるよー武勇伝」
「聞かせてくれ」
万引き犯をなんか見たこともない力技で捕まえてたこととか。
豪快な見た目に反して手先が器用でお客さんが汚してしまった本を新品かと思うほど綺麗にしたりとか。
そんなマスターの話から始まって気がつけば好きな小説の話まで色々話した。
店員さんはとても話しやすい人だった。
マスターがくれたお金使って注文した珈琲を飲みながら話がはずむ。結構ラノベを読むらしく本やアニメの話ではかなり盛り上がった。そんなこんなで気がつけば1時間ぐらい話してしまった。
帰る頃にはすっかり打ち解けて。
「今度、シオリの店にも行く。」
「うん、まってる。私もまた来るね」
あれ?そういえば名前、言ってないし聞いてないな。それなのになんでシオリって・・・あぁマスターとの話聞いてたのかな。今から名前をわざわざ聞くのも何だし今度でいいか。
「それじゃあ」
カランカランと入る時には気が付かなかったドアベルが鳴る。あぁ私のバイト先と同じ音色だ。
「またな」
店を出てすぐ。
小さな罪悪感と一緒に傘を腕にぶら下げ歩きだして。
「ぁっ!?」
凄まじい衝撃を感じた。痛い、というより熱い。倒れ込みそうになるのをなんとか踏みとどまる。
「っ?」
顔を上げると青年が目の前にゆらり、と立っていた。高架下で見た人、に見える。じわりと視界が歪む。
「あぁ・・あ・・・」
声を漏らしたのは私か青年か。意識が揺らいで分からない。青年の手元に視線が落ちる。私の胸元へ。その手にはあかいろの何かを持っている。
溢れ出す赤。零れ落ちる朱。流れる紅。広がる緋。見下ろす赫。
朱、赫、紅、丹、緋、赭、赤・・・あか。
血から覗く銀色
黒色から覗く赫色
さっきとは真逆に冴え渡った思考。私は刺されたらしい。この目の前の青年に。胸のど真ん中、心臓を。
「ごめん、ごめん、ごめんなさい」
青年の声が聞こえる。謝られても・・・ね
「ーーーーっ」
いつの間にか空に青い穴が開いていた。
最後に見た蒼穹の空。
灰色の街を彩る虹がとても綺麗だった。