襲撃
時が一気に進みました。
3カ月が経った。
幼児の3ヶ月といえば結構成長するものだと、思うのだが。
身長、伸びてる気がしない。
もしかして。
不死だけでなく不老になっているとか?
不老不死、という言葉がよぎる。
そうだとしたら私、ずっとこのまま幼女のままだとしたら。
それはとても困る。
私はこの体になったせいで出来なくなったこと、沢山あるもの・・・。
不老になるなら、元の世界の私ぐらいに成長してから不老にしてください。
そして。
体だけではない、心、精神にも多少違和感がある。
はじめは子供らしく、と振る舞っていたことが自然にできるようになっていたのだ。
ちょっとしたことではしゃいだり泣きじゃくったり・・・感情のコントロールが難しくなった、と言えばいいのだろうか。
すぐ表に出してしまう。
かと思えば元の世界より冷静に考え振る舞おうと思えば出来たりする。
でも体と精神が乖離している感覚もない。
思考に影響があるわけではない。
ちゃんと、今も、私は、
元の世界での記憶を持つ私だ。
しっかり元の世界での経験や考えを踏まえて考えることは変わらずできている、はずだ。
あたち、レイ!よんちゃいぐらいなの!難しいことわかんにゃい!!
に、ならなくて良かったと心から思う。
自分が別の何かに成り果てたような。
まぁ痛みを完全に無視しようと思えば出来るようになった時点でだいぶ人間からズレていったりしているような気もするけれど。
これも私だと受け入れられないことはないのだけど。
違和感がある。
そんな自分に対する不安を心の奥底に沈めて。
今日は数度目となるイーリャンに来ていた。
「あら、いらっしゃイ」
「また、補充を」
今いるのは薬屋。
この町に来るたび来店していた。
「わかりまシタ、ではこちらエ。」
「お願いします、レイは、」
「待ってるね」
椅子の上に行儀良く座る。
「本当にじっとしていられるかい?」
心配そうに聞いてくる父さん。
実は私の日頃の行いのせいだったりする。
「大丈夫。じっとしてる」
「本当にお願いだから頼むよ」
父さんは何度も振り返りながら店員さんと店の奥へと消えていった。
「・・・これを頼めますか?」
「なんだカおおくありませン?これとカ、この間も買って行きましたよネ?」
「レイ、だいぶお転婆で」
「ああ、あの年頃の子はなんでモやりたがりますカラ・・・」
「基本的に落ち着いた子なんですが・・・突拍子に何をやりだすか分からなくて」
「ウチの薬、あってヨかったですネ!」
「本当に。効き目が良くて助かってます」
「しかも、ウチの薬は副作用とかないですからネ!まァそのかわり効き目も穏やかですガ」
そんな会話が聞こえてきて私は椅子の上で身小さくする。
ごめんなさい。
今、体に傷はほとんどないけれど怪我自体は絶えないのだ。
ここの薬ですぐ治しているから問題は無いのだけど。
主に、異世界に慣れてきた私が活発に動き回ったせい。
私は一番大きな怪我した時のことを思い出す。
あれは1ヶ月前。
あのミニ竜巻魔道具を父さんが発動させて洗濯していた時。
その直前にも指先を切っていた。
血は出ていたし痛かったけれど。
大丈夫だと判断して、怪我したことを隠していたっけ。
まぁそんな感じで危なっかしく動き回っていたら。
転んだ。
洗濯機もどきの隣で。
そして、発動している魔法陣に手をついてしまった。
と、認識した次の瞬間だった。
ふっ飛ばされて思いっきり天井に叩きつけられた。
息が詰まった。
口の中に懐かしい鉄の味が溢れた。
父さんが真っ青な顔で見上げていたのを覚えてる。
その次には、べしゃっと音を立てて床には・・・落ちなかった。
『風ノ綿!』
父さんの呪文。
空気の塊で衝撃を和らげる魔法。
優しい緑色の魔力が私を包みこんだ。
そう思ったら爆風が吹き荒れて。
トランポリンに落ちた時のようにもう一度打ち上げられた。
もう一回天井にはぶち当たることはなかった。
ぽよんぽよん、と何回か跳ねた後、
静かに床に着地した。
後で父さんに聞いたらふわりと受け止めるつもりだったらしい。
咄嗟の魔法と久しぶりの呪文で魔力出力を間違えたのかもしれないと首をかしげていた。
私は生きていたが体は痛かった。
当たり前だけど。
痛みを無視することが出来なければ、のたうち回りその結果さらに傷が痛み・・・ということになっていた。
それでもなんとか立ち上がって自分の体を見下ろしてみれば。
打撲に切り傷だらけ。
元の世界で刺された時程じゃないけど赤い血が溢れ出していた。
本当に風で皮膚って切れるのね、と現実逃避気味に考えた。
本当に異世界の絆創膏やら薬やら万能で良かったと思う。
魔力を練り込んでいるらしく出血などすぐ止めて綺麗に治してしまうのだ。
元の世界であんな怪我をすれば救急車ものだ。
それが軟膏1つで治ってしまうんだから。
吐血とかしたし内蔵もやられたと思うのだけどそれも水薬を飲むだけで治せてしまった。
魔法ってすごい。
庶民の薬でこの効果なら王族とか蘇生薬とか山ほど持ってそう。
だから、怪我をしても大丈夫だからと無茶もした。
私、不死だし。
そのため、父さんにお転婆認定されても仕方ないことをしてきた自覚はある。
いや、我ながらあれをお転婆で済ませていいのか・・・?と、思った。
その時だった。
バン!!!!!!!!!!!!!!!!
という音と共に目の前が真っ白になったのは。
「っ!?」
「なんですカ!?」
出てきた父さんと店員さんが目にしたのは。
「ーーーーーーーーーレイ!?」
「お嬢サン!?ってえ、〈白紅種〉だったのですカ!?」
跡形もなく破壊されたドア。
乱雑に散らかったビンや薬草。
そして
「びっくりした」
そう、平坦な声でつぶやく私。
私はいつかのように、
ズタボロの服をまとって傷1つない体で立っていた。
即死だった。
3回目の死。
「大丈夫なのか!?」
「怪我はないですカ!?」
2人が駆け寄ってこようとしたが。
「きちゃだめっ!!!」
私は叫んで止めた。
普通の人は私と違って死んだら終わりだから。
こいつに、近づけさせちゃいけない。
二人の死角、私の目の先。
バチバチ、と帯電する尾を床に叩きつける生き物。
白目のない目は黄色く輝いている。
「グゥガラゥアアアアアアアア!!!!」
咆哮。
私なんて丸呑みにしてしまいそうな、牙の並ぶ口。
鱗はなく、つるりとした鎧のような皮膚。
大きな翼。
ドラゴン、という生き物が頭に浮かんだ。
あぁでも、こいつはドラゴンはドラゴンでも弱そうだ。
まぁ弱いと言っても私、即死したけど。
どちらかというと下級のドラゴンと称されることの多いあれ。
ドラゴンなのに雑魚扱いされてるやつ。
ワイバーン。
よく群れで出てくる小型のドラゴン。
・・・群れ?
嫌な予感がして外に視線を移すと。
「あ」
数え切れないほどの影が空を舞う。
その間を縫うように立ち上る煙。
燃える町。
悲鳴や怒号。建物が軋む音。
けたたましい教会の鐘の音。
「ワイヴァーンだ!!」
と、誰かが叫んだ。
海の向こうから、龍の群れが攻めてきた。
いよいよ戦闘!!