父さんの親友
父さんに手を引き、とてとてと林の中を進む。
久しぶりの外だ。
というかこの世界に来て2回目の外だ。
「レイ、何があっても僕から離れちゃだめだよ?」
私は目深にかぶったフードの奥で頷く。
この林を抜けたらアリンツェ村。
目的の街、イーリャンへはそこから路線馬車に乗ると言っていた。
路線馬車は路線バスの馬車版だ。そのまんま。
「疲れたら言うんだよ?」
「わかってる」
ついさっきまでは抱っこされていた。
しかし、もう少しで着くと言われ自分の足で歩きたくなったのだ。
最初の村への一歩ぐらい、自分の足がいい。
「あっ!!」
家が見えたので駆け出す。
「レイ、待って待って」
父さんは私の手を離さずついてくる。
身長低い私に合わせた体制でだ。
冒険者だったからだろうか。
父さんの運動神経はなかなか凄かった。
「おお!」
視界が一気に開ける。
広がるのは畑。
その奥にはログハウスが数軒立ち並んでいる。
「村だ!」
まさに村って感じの村だ。
はじめての村。始まりの村。
「楽しそうだね」
「うん、楽しいよ」
多分私はこの体になって1番の笑みを浮かべていると思う。
本も好きだけれど自分の目で見て、歩いて考えるってのはもっと楽しい。
それが見たこともないものであればなおさら。
見上げれば。
「わぁ・・・!」
感嘆を上げる。
揺蕩う昼の月。
その月は水晶のような氷のような宝石。
水の向こう、揺らめく太陽。
リボンのように宙を流れる川。
水底には何かキラキラとひかるモノ。
昼の夜空。
元の世界はもちろん、木々の間や窓からでは見られなかった壮大な異世界の青空がそこにあった。
「今日はちょうど真上に月が来てるから一段とキレイだね」
そう言いつつも父さんはそれほど感動はしていなさそうだった。
それは父さんにとっては当たり前の光景なのだろう。
この世界の人々にとっては当然、当たり前、どこにでも見える景色。
でも私にとっては。
この世界でやっと見つけた。
この世界に来て良かったことだった。
一筋、涙が流れたけれど父さんには気が付かれなかった。
フードのおかげだ。
それからまたしばらく歩いて。
「あ」
「紐が解けちゃったね」
歩みを止めた私の足。
しゃがみこんだ父さんの手元。
ブーツの紐が解けていた。
「ちょっとまってね」
手早く結び直してくれる父さん。
「ありがと」
本当は自分で結び直せないことはないんだけど。
ぷにぷにとした手ではやりにくいのでありがたい。
「よしっ・・・と」
靴紐が綺麗に結ばれ父さんが立ち上がった。
と、同時。
「そこにいるのは!」
背後からいきなり声が聞こえて驚いた。
「っ!?」
父さんは素早く、私を庇うように動いた。
「だれ」
私はフードを引っ張り下げながら様子を伺う。
「イヴじゃねぇか!!」
父さんの名前を口にする男性。
マスターほどじゃないけど悪人顔のおっさん。
「・・・ザク」
「おう!どうしたイヴ、そんな呆けた顔をして!」
「驚いただけだよ。久しぶりだね。」
どうやら父さんの知り合いらしい。
「ん?この子は・・・!?」
男性の顔が近付く。
というか、髪と目を見られた。
怖くて父さんにしがみついた。
「レイラちゃんか!?」
私と父さんの間を右往左往する男性の視線。
あれ、驚かれただけ?
というかレイラちゃんと私を間違えてる?
「お前!死霊魔法を」
「そんなわけ無いだろう」
ベシッと父さんに叩かれる男性。
「この子はレイラじゃない」
どこか自分にも言い聞かせるような言葉。
「拾ったんだ」
「拾った!?」
ぎょっとした視線が注がれる。
悪い・・・人じゃ、なさそうかな?
「レイ、です。はじめまして」
私は頭を下げた。
「ほぉ・・・礼儀正しいしっかりした子だなぁ!たしかによく見りゃレイラちゃんじゃないな!違う可愛さがあるっ!!」
男性はニヤッと笑った。怖い。
「ザク、レイが可愛くて微笑みたくなるのは分かるが怯えるから笑わないでくれないか?」
「親馬鹿と過保護は健在だな。イヴ」
「事実だし必要なことだよ」
「っかー!本当に相変わらずだな!」
私を挟んで言い合う2人。
なんだか楽しそう。
「っと、ごめんな。レイちゃん。放ったらかしにして」
首を振る。
「あー、いい子だなレイちゃん!!」
「そうだろう?」
男性は強く頷く。
そして親指を立てて自分に向けた
「オレはザクセン!よろしくな!」
男性の名前はザクセンと言うらしい。
「レイ、悪い人じゃないけど良くない人だから気をつけようね。」
「なんだそれは!!」
またぎゃいぎゃいと言い合う2人。
なんだか懐かしいなぁ。
私もこんな軽口を言い合う友達いたな。
目を細めて笑った。
「レイちゃん」
「っ!?」
いつの間にやらザクセンさんがしゃがみこんでいた。
目の前に怖い顔。
「なっ、なんでひょう!?」
声が裏返ったのをクスッと笑われて。
「イヴをよろしく頼む」
そう、囁いてきた。
私は頷いた。
「おい、ザク。僕の娘に何を」
「秘密だ」
ザクセンさんはニィーっと嘲笑うように笑う。
そして。
「またな!!」
走り去るザクセンさん。
嵐のような人だなぁ。
あっという間に見えなくなった。
「まったくザクは・・・」
呆れながらも笑う父さんを見上げる。
「あの人、父さんの友達?」
「そうだよ。認めたくはないけれど」
そう言いつつ眼差しは柔らかなものだった。
父さんはいい友達持ってるんだなぁ。
「そういえば、レイ。ザクに何か言われたかい?」
私は笑って人差し指を口元に立てる。
「ひみつ」
次回はザクセンさん視点。
初めての他人視点です。