魔道具と本
異世界の概念を元の世界の概念で理解しようとしても無理がある。
朝ごはんを食べた後は皿洗いやお掃除、洗濯。
私は手伝おうとしたのだけれど。
父さんは首を振って私からお皿を取り上げた。
「レイが良い子で嬉しいけど大丈夫だよ。遊んでおいで。あそこのにおもちゃあるから」
指し示された先には縫いぐるみや積み木。
魔法の使える玩具があれば飛びついたけどどうやら無さそうだ。
「てつだう」
お世話になりっぱなしなのは、中身高校生として気が引ける。
そして何より、魔道具を使ってみたい。
「お皿洗いとかお掃除ぐらいできるよ」
魔道具使ってお手伝いするよ?
「レイ。」
諭すようなら憐れむような声色で呼ばれる。
「無理して大人っぽく振る舞わなくてもいいんだよ」
どうやら父さんには強がって自分でできるもん!と言いたげにみえたらしい。
「僕はレイを迷惑だなんて思っていないから。子供は親に迷惑かけて良いんだよ」
首をかしげる。
何でそんなことを言うんだろう?
「僕は君を捨てたりしないよ」
・・・あぁ、私捨て子だと思われてるのか。
というか、多分捨て子だよね。うん。
あんな森の中に一人ぼっちだったし。
初めてこの世界で私が目覚めた時、足は綺麗だった気がするもの。
泥も怪我もなかった。
ということは誰かがあそこまで運んで置いていった、ということだ。
確かに捨てられそうになったら自分の価値を示そうとしそうだよね。
もう二度と捨てられないようにって。
「とーさん・・・」
心配かけるほうが迷惑かもしれないな。
なんだか優しさに漬け込んで騙してるみたいで罪悪感があるのだけど。
外見に合わせて3〜4歳児ぐらいの範疇で行動したほうがいいのかも。
バイト先で相手をした子どもたちを思い出す。
たしかあの子達がそれぐらいの年頃だったはずだし参考にさせてもらおう。
私は大人しく一人遊びを開始した。
チラチラと父さんの動きを見ながら。
魔道具使っているとこ見てみたくて。
魔道具を使っている様子は見ることができた。
水の出る魔道具、水気を飛ばす魔道具。
空は飛べなさそうな箒。
集めた側からゴミを小さくブロック状に纏めて固めるちりとり。
あのミニ竜巻の石版は洗濯機のような役割をしていた。
洗濯物と水、あと石鹸を入れた大きなバケツを置いて発動。
するとバケツの中で竜巻起こって洗ってくれるというものだった。
そして実はこっそり魔道具を試したのだが・・・無理だった。
選んだのは棚の上にあった魔道具。
真っ白な卵みたいな石に魔法陣が付与されている。
光るだけの単純な魔法だ。
ミニ竜巻とか温度湿度を調整するのは避けた。
暴走なんかしたら大変なことになりそうだからだ。
光るだけならまぁ、暴走しても大丈夫そうと考えて。
閃光放って失明とかしたらどうするつもりだったのやら。
まぁ杞憂だった訳だが。
私、魔力持ってない訳じゃないんだけどなぁ。
魔法使うには魔法陣に魔力を流せばいい。という知識には間違い無かったようだった。
しかし、いざやってみると発動しないのだ。
魔力が流れていかない。
いや、正確に言うなら魔力と血が強く結びついている、同じもの、という感じだろうか。
じゃあ血を魔法陣に塗れば・・・と思ったけれどそれもどうやら発動しなさそうだった。
試した訳じゃないけど魔法陣に触れたとき確信した。
私の魔力はそう使うものじゃない、と。
じゃあどう使うものなんだよ、と考えたけれど答えにはたどり着かない。
私の魔力はどこか異質で普通と違う。
普通を父さんしか知らないけど。
異質だってのは分かる。
なんでだろう。
これが捨てられた原因だったり転生の影響だったりするのだろうか?
よく分からないが私は魔法が使えないらしい。
落ち込んだ。
あと、時間についても理解する事ができた。多分。
じいーっとあの球体を見ていたら父さんが教えてくれたのだ。
それは時計と言っていいものだった。
いや、カレンダーも含むのか。
短針はそれぞれ1つ、太陽の位置を示し、長針は1本で1つ、月の位置を示すらしい。
どうやら太陽だけでなく月も2つあるらしい。
その4つの星はこの星の周りを回っているらしい。
さようなら地動説。こんにちは天動説。
太陽はそれぞれ別ルートで1日で一周。
東寄りから登るのと南寄りから登るの。
月は1ヶ月で一周するものと一年で一周するもの。
それぞれのスピードで0、1、2、3と動いていって一周すれば0にもどる。
ふむ。
となると分と秒はこの球体だと分かんないのかな。
ここらへんで細かく考えるのは諦めた。
ややこしいのだ。
そのうえ、元の世界の凝り固まった時間の概念が邪魔をする。
父さん自身、説明しづらそうだったし。
当たり前の事を説明するのは難しいし無理はない。
ましてや幼稚園児に説明するとなったらそれはもう不可能だろう。
幼児のなぜなぜ期の相手をしたことがあるから分かる。
うん、訳わかんない。
ざっくりとだけ理解してればいいや。
そう思ってこの認識で合ってるか父さんに聞いた時だった。
衝撃の事実が判明した。
もとの世界の考え方で時間を理解して口にしようと思えば異世界のスケールで発言できるのだ。
さらに、異世界スケールで聞こえても理解するのが元の世界基準になった。
さらに、この球体時計見ればぱっと分かるようになった。
異世界チート万歳。
なんか違う気もするけど・・・
なにはともあれ。
この世界。
1年は10ヶ月
1ヶ月は5週間
1週間は5日間
1日は25時間
1時間は50分
1分は50秒
ってことらしいね。
そうじゃなかったらもう知らない。
私は父さんにお礼を言う。
そして、積み木で遊ぶことにした。
もう何も考えずに上へ上へと積んでゆく。
考えるの、疲れた。
そして家事が一区切りついた頃。
父さんは私の手を引いて、まだ入ったことのなかった部屋に向かった。
その部屋がどんな部屋かわかった瞬間私はガッツポーズ。
図書室だったのだ。
個人所有だとは思えないほどの蔵書。
どうやらイザベラさんが相当な本好きだったらしい。
書棚に並んだ背表紙に視線を走らせる。
言語チートの読みは完璧にあったようで問題なく一人で簡単な絵本どころか難しげな古文っぽいものまで理解出来た。
そして、今、私は。
父さんのひざの膝の上で不貞腐れていた。
この世界でのはじめての本にはしゃいだ結果。
速攻、紙で指を切ったのだ。
幼児の柔肌っぷりを舐めていた。
初めての選んだ本が少し子供には難しげな本だったのもダメだった。
紙が薄かったのだ。
絵本なら大抵、紙が厚めで切れないのに。
そして紙質が元の世界とさほど変わらないことが仇となった形だ。
私は絆創膏が貼り付けられた指を動かす。
父さんが貼ってくれた絆創膏。
小さい、本当に小さいけれど治癒の魔法が付与されたもの。
貼る前に父さんは自分の魔力を籠めて発動していた。
近くで魔法を見るのは初めてだった。
貼られた瞬間、痛みも流血も止まって傷口が塞がった。
びっくりした。
見えなかったけれど分かる。
スッと本当に怪我をなかったことのように治してしまっていた。
傷跡も無さそうだ。
というか、そんな一瞬で治るなら絆創膏の意味あるのかな。
私は少し、疑問に思った。
・・・そうだよ。
この絆創膏に付与されている魔法はそれほど激烈な効果をもたらすものじゃない。
小さな小さな魔法。
自然治癒を助けるだけの魔法。
それなのにこんな効果になる?
「レイ」
何か掴みそうだったのに。
掴みそこねた。
「・・・なに?とーさん」
「どれが読みたい?」
いつの間にか目の前に本が並べられていた。
別に読んでもらわなくたって読めるのに。
少しまた不機嫌になりながら並べられた本を見つめた。
3冊の絵本。
絵本なんて物足りな・・・え?
私は目を見開いた。
『双子の女神』
『人魚姫と空の海』
『勇者ショウの冒険』
私はその中の1冊に惹きつけられた。
不貞腐れていたことも忘れて表紙を見つめたのは。
『召喚勇者の冒険』の表紙。
主人公らしい青年が大きく描かれている。
黒い髪。黒い瞳。黒い和服。
構えている武器は日本刀。
そして刀の残像のように刻まれた切の文字。
日本人らしい容姿。
日本の伝統的な服装と武器。
漢字。
そして何より。
召喚という文言。
ただの絵本だと分かっている。
でも私が転生しているのだ。
空想だったはずの事象が現実に起こっているのだ。
それなら召喚・・・転移があったっておかしくないはずだ。
「こ、これっ!!」
「その本がいいのかい?」
「うん!」
「わかった。じゃあ読むよ?」
ページが開かれる。
「これは昔々のお話」
次は過去のお話です。
とある少年の英雄譚。