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百銃王  作者: シメオン
9/16

8話「停滞日常の終わり・前」

冷たくも暖かくも無く、明るくも暗くも無い、空気の存在すら怪しい、臨海の淵、深く青い海もしくは空なのか、認識は薄い。

次第に自分の形がはっきりとしてくる、息もしている、銀色の指輪は熱い、壊れている。夜の森は心細かったが、そばに彼女がいたから平気だった、自分と同じ銀色の髪を持つ少女、彼女の手には幼い体系に似つかわしくない日本刀が握られている。急いでいて靴を履くのを忘れた、砂利がそこらじゅうに刺さって脚は血だらけだ。大人たちは皆僕らをケイジの中に閉じ込めておきたいのだ、空を飛んではいけない鳥にどれだけの存在価値があるのあろうか。16番以外のほかの皆はだいじょぶだろうか、一応出てくるときに皆の部屋の鍵を壊しておいたが。暗い暗い森の中、一休み。一瞬後ろから物音がした、あがgえあsdいm


「さよなら、小さな百銃王」




目が覚め、視界に真っ先に写ったのは赤い髪のレティ・ベネッタだった、彰の体はだるく横を見てみると、遠巻きに突き刺すような視線をそこらじゅうから浴びている事に気づく、少しの間、何故そんな目で皆が見ているのか考え、すぐに彰は体を吹き飛ばす勢いで飛び上がった。


「な、何してんだ!」


「……膝枕、彰、起きないから」


恥じらいも無く、レティは彰が気を失ってから飛び上がる今までずっと膝枕して看病してくれていたようだ、目立ちやすい朝の登校中の生徒が行きかう、彰が通うセントシルビア学園昇降口前の広場で。そんな事よりも彰は一つ気になった事があった。


「あの殺人鬼はどうした?先輩が間に合ったのか?」


「……私が撃退した」


みると彼女の両肩は魔術科の制服なのかデザインが判らなくなるくらい赤く血で染まっていて、みるも痛ましい姿になっていた、それをみて彰の気持ちは割かれるように痛んだ、自分がいながらまた助けられなかったという罪悪感で。


「ごめん……ごめん、すまない、俺のせいだ」


頬を熱い物が伝う、彼女を傷つけた物への憎しみと、情け無い自分に対する怒りで、彰は涙を隠すように優しくレティを抱きしめる。その行動にレティは無表情ではなく、優しいほころんだ笑顔をして、人目を気にしてか彰の腕を解いた。


「だいじょうぶ、私は特別だから、多少の傷ならすぐに再生してしまう……」


そういわれれば肩の血で染まった部分の制服は、抱きしめたときにはすでに乾いていた。

特に痛がっている表情も見受けられないし、彼女の肉体強化の魔術でもつかっだろうか。


「それよりもいいの?遅刻するよ……」


彼女は朝起きたときから何も変わらない、魔術師や騎士というのは全て例外なくこういう物なのだろうかと彰は思った。

とりあえずはだいじょぶそうなので、彰はついさっき存在に気づいた、7mちかく離れてるカナに無言でアイコンタクトを取り、カナの冷ややかな視線におびえながら教室へと逃げる事にした。

カナはそんな彰の後姿を見て一度ため息をついてレティの方へと近寄り、レティに視線を向けた、特にリアクションもせずにレティはカナを静かに見つめ返す。


「会長が言ってました、貴方を襲った敵は単独犯ではなく複数犯だったと、それに校門前の並木道に空けられた無数の穴、肉体強化系では空けられないような物でしたわ」


「何が言いたいのかしら?」


カナが自慢の金髪ツインテールを指でくるくるともったいぶるように巻きながら返答した、


「貴方の傷は外傷ではなく、なんらかの力で傷つけられた内傷その証拠に制服は破れないで原型を留めていますわ。それに真理亜会長が見たのは魔術式で組まれた糸を操る術者と聞きました、加害者が逃げた魔術式を逆算して解式しましたけど、二人分しか転送された形跡はなかったの」


「私を疑ってるの……?」


レティはクスリと小さく笑う、その表情は余裕に満ち溢れていて、カナはその馬鹿にされるような態度に目を吊り上げる。


「いえ、私はただ知りたいだけですわ、貴方が何を隠してて、彰はそれにどこまで関係してるのか」


「好奇心や探究心は魔術を使うものは誰しもあるかもしれないけど、知らないほうが幸せな事はたくさんあります」


すでにもう教室へ向かう生徒はいない、あと1分もしないうちにチャイムがなるだろう、だがそんな事は今のカナには関係ない、目の前にいる人間が今まで引っかかっていた、謎を解く鍵になるかもしれないのだから。


「警告はありがたいですが、もう遅いですわ、貴方の事、少々私の家と王廉の者を使って調べさせていただきました」


最後のエースのカードを出すように笑うカナ、だがそれを見てもなおレティの表情は歪まない。


「何処までわかった?」


余裕すら感じさせるその返答、恐らく読まれている、カナの言葉はブラフ、確かに家の者を使って、ありとあらゆるデータベースを使い調べたのは本当、だが調べても出てきたのは本名だけ。彼女の本名ビヨンド・ゼルガンディアという魔法使いの名前、それ以外は全ての記録、戦歴、学歴、関連文書が無い、一体何者でその腹にはどんな物を抱えているのか計り知れない。彼女が偽名という時点で普通ならゆさぶりに使える材料になりえるのだが、魔術師にとって偽名というのはそれほど重要な事では無い、魔術師は自分の名前を知られたりすると呪詛や束縛を食らうので普通は本名を名乗らない、カナですら本名を知るものは名づけた父親と自分くらいだ。


「その様子じゃ何も知らないみたいね、じゃあ少し面白い事を教えてあげる」


レティはそういうとカナの目の前まで一瞬で移動し、額が当たりそうなくらいに顔を近づけて、恐怖すら感じる赤い目で彼女の碧色の目を見つめた。


「彰にとって貴方はただの友人、意味わかるかしら?」


静かな冷徹な声、言動に抑揚がないので嘘はついてないように思える。

一瞬カナの心臓が止まるくらい締め付けられた、彰の事を密かに慕っている事を知られた事と、彰がカナに対する心情を知って、頭の中が一瞬で白く染まる。


「……なんでそんな……」


レティはそのまま動揺し、凍り付いて静止したカナを横目にゆっくりと昇降口へ向かっていった。







彰の教室は授業中なのにやけに騒がしかった、彰の教室だけではない、学園全体が騒がしいお祭りムードにつつまれ、釘を打ちつける金槌の音や爆発音まで聞こえる。

その理由は、明後日がいよいよ文化祭だからだ、学生にとっては修学旅行の次に楽しいイベントだろう、彰のクラスでは喫茶店の模擬店をやる事になり、男子が本格的な丸テーブルや、レリーフが施してある椅子などを作る作業をしている、率先して設計図を描いてるのは、黒髪をオールバックにしている加藤凛矢であり、実働しているのが男子全員だ。

凛矢はホトンドの設計図を終えたのだが今度は「メイドさん……フリフリ、ふりふりのロリロリがフフフ」などと喫茶店の制服デザインをしながら、独り言を言っているので、後で女子側にちゃんとしたのを作るように別発注しようと心に誓う彰だった。


「彰君は文化祭誰と回るんですか?」


両脇に小さな青いリボンをつけたショートの髪をふわりとなびかせながら、幼馴染のリアが看板製作をしている彰の横にちょこんと座ってきた、リアの笑顔を見ると落ち着くのだが、学園内では少し控えてほしい、さっきから同じ看板作りをしているクラスメイトの相原から、嫉妬がこもりまくった釘を投げられているのだ。


「考えてない……去年どおりだったらまたリアと適当に回るかな」


去年の文化祭は加藤とリアと二人で回った、だがそれほど面白くも無く、たまにクオリティたけぇとか思う出し物もあったが、あまり感動する物ではなかったことを彰は思い出していた。


「今年は予算が上がったので少し豪華な出し物が多くて、結構楽しめると思いますよ。あ、あと料理部の方も私が参加するので来て下さい」


「そうだな、それに俺も今年は半分くらい生徒会の仕事で終わっちまうかもしれないけど」


彰のその言葉を聞いて、加藤が微妙に変な顔をして彰のほうを向いた。


「少し前から気になってたんだけど、お前少し言葉使い砕けたか?」


「ん、そうかな、自分ではあんま気にしてないけど」


まぁいいやといって、加藤はまた机に向かって衣装デザインを描き始めた。



@@


メールを打つ。文章を考えて消したり書いたりを繰り返していた。

1時間目の休み時間は終わり、授業はもう始まっているが、今は文化祭準備で教師の監視の目は薄かったので、簡単に教室を抜け出す事ができた、生まれてはじめてのサボリかもしれない。魔術校舎の屋上、天気は雲ひとつない綺麗な青、見上げているとざわついた心が少しは落ち着いた。


「どうしたのでしょうか、私らしくありませんわね」


カナはさっきのレティの言葉に、迷路に迷い込んだように思考が混濁していた、頬が熱いのか、いつもより外の風が冷たく感じる、携帯に表示されている送り宛のアドレスは、佐藤彰(書記)と事務的に整理されたように書かれていて、何かそれが凄く寂しい感じがする。

前にもこんな感覚はあった、許婚との無理な婚約を解消するために巻き込んでしまった後、真理亜を助けに第一戦線まで彰と行ったときも、思いの果ての要にかならず彰がいる。


「確かめたい……」


誰に言うわけでもなく一人、つぶやいた。

携帯の通話ボタンを押す、ディスプレイに発信番号が表示され、コール音が何回か鳴る。

小さい手は震えていた、唇も上手く動いてくれるかわからない、出なかったらそれでいい、そしたら何も無かった事にすればいい、これは一種の賭けだと自分に言い聞かせる。

携帯のコール音は鳴り続ける一度鳴るごとに心なしか、脈拍が高くなっている気がする。


@




自分のクラスの看板を作り終えて、彰はリアの作業を手伝っていた、料理部の部員は5人と少なく装飾や設備整理など男手が必要な場所がいくつかあるので、生徒会で暇そうにしていた火土冬夜をつれてきて整理しているのだ。横には他のクラスの人がミシンを使って忙しく衣装を作っていた。


「食材は明日入れるとして、食器関係はどうする?」


ガスコンロの設置をしながら、彰は少し離れた所にいるリアに話しかけた。


「紙皿とかだと以外に出費がかさんでしまうかもしれませんね、家庭科室の備品を使う事にしましょう見栄えもそちらのほうがいいでしょうし」


同じ料理部のレンが横から返答をした。彰にとってレンはとても苦手な対象だったりする。彰が戦闘をできるように銃を具現化させられる指輪をくれた子であり、実は希少種である輪廻転生師という物凄い法術者であったりと、知っていくたびに謎が深まっていく存在なのであまり深入りしたくはなかった。


「そうですね」


と短くリアも返答をして、すぐにリアは裁縫の作業に戻った、彼女が作っているのは料理部の模擬店の制服のフリルのエプロンだ、加藤がいたらきっと喜んで作ったに違いない。


「そういえば彰、カナを知らないか?」


火土が何故か、フリルのエプロンを自分の大きさに合わせて調節していた、当日はここに立つつもりなのだろうか。


「俺の方には連絡入って無いですよ、何かあったんですか?」


「1時間目から居ないんだ、今朝の事件についての情報を伝えておきたかったんだが」


その時、ふいに彰の胸ポケットにしまっていた携帯電話が振動し、着信を告げていた、バイブレーターのリズムのテンポからして電話だろう、彰は急いで胸から携帯を取り出し一度ディスプレイを確認すると、そのまま火土に見せた。


「ほら副会長に話があるなら、話してみたらどうです?」


彰の携帯のディスプレイに表示されていたのは、副会長という何とも事務的な表示がされた名前だった、火土はとりあえず受け取り通話ボタンを押す。


「「……あ、あの、あの彰ですか?」」


「そうだが、何かようか?」


ふざけてそのまま彰を演じて火土が、会話を進めた、だが一瞬で電話越しの相手が彰では無いと言う事を聞き分けたのか、


「「誰ですの貴方、私彰の携帯にかけたのですが」」


という冷ややかな対応になっていた。


「火土だよ、風紀委員長の、だってカナ、俺からの着信拒否にしてるから、連絡とれなくて困ってたんだぞ」


彰は火土のことを可哀想な目で見た、リアも可哀想な目で見た、もちろんレンも、火土はそんな事はいつもなので気にしていない。


「「それで私に何の用がありますの?手短に話して早く彰に代わって頂戴」」


「今朝の外部侵入者の件についてだが学園内部に設置された、監視カメラの映像により犯人がわかった、名前は片桐雪、デリエス・イリアの2名だ、彼女らは自分達を聖ソフィア教会と名乗っている。行動理由や目的、その他彼女らの活動目的は不明だ、こいつら事態の存在が霞のような物だ恐らく捕まえるのは無理だろう」


彰を今朝方に襲ったあのゴスロリ魔術師が片桐雪という名前らしい、デリエス・イリアと呼ばれた者は真理亜と戦ったらしいが実際彰は顔を見ていないのでピンとこなかった。


「「そう、じゃあレティって子に護衛は必要ないですわね、どういう訳かあの子一人で片桐雪を撃退したみたいだし」」


彰は少し引っかかった、彼女が気絶した自分を庇いながら戦う事は本当にできたのだろうか?普通の魔術師は一系統しか極めない、一つの事に深く追求したほうが効率がいいのもそうだが、別系統の術式と同時に魔術式を組み立てると混線して、失敗を引き起こすからだ。レティの使う肉体強化は法術に近い系統で、空気圧縮による空気熱での爆破や、錬金術での爆発物の融合、高電圧での蓄電爆破などのどれとも遠い魔道学にあるものだった。


「そうだな、向こうさんも一度失敗した相手に、すぐに襲いかかるって事はないだろ」


「「話はそれだけですか?何度も言うようですが私、彰に用があって電話したんですの」」


火土はため息をついて彰の携帯電話を投げ渡して彰に返した。

火土はそのまま料理部がある調理室を出て行き、彰は一度リアの方を向いて、リアの優しい微笑みを見てから、無意味に小さく手をふりながら受話器を耳に当てた。


「で、副会長話ってなんですか?」


「「ちょっと今日の放課後、前に言ったファーストフード店に、一人で来てくれませんか?」」


カナは意図的に「一人で」という言葉を強調した、彰はそこから推測する。

なぜカナは一人でと言ったのか、自分の周りに常に誰がいるか生徒会のメンバーなら誰しもわかっている、恐らくリアに聞かれてはまずい話なのだろう。今朝の事件に何も関係していないといいが。


「わかりました、じゃあ切りますね」


電話を切り、リアを見る、彼女はいつもと変わらない表情でコチラを優しく見つめ返す、リアがあの事件に関わっているのだろうかと思うと、いつもみたいに笑い返せないでいた。






〜放課後〜

文化祭準備で居残りをする人間が多く、普段より放課後になった感覚は薄かった、彰は教室から隠れるように出る、もちろんリアに見つからないようにだが、下駄箱でいそいそと靴を履いていると、後ろから肩を叩かれ、振り返るとそこには背に黒い布につつまれた刀を持った真理亜がいた。


「すいません、今日はちょっと放課後の修練はできません」


「ん……なんだ?女との約束か?」


真理亜はにやにやと笑い冗談っぽく、からかうように彰に疑問を問いかける。


「えー、まぁ、一応……」


嘘は言ってはいないが、真理亜がびっくりした顔で固まってたので、彰は少し申し訳ない気持ちになる。その後真理亜はいつもの冷徹な表情に戻り胸の前で腕を組んだ。


「今回の事件の話ですよ、多分……」


「多分とはどういうことだ彰、ちゃんと説明しろ」


わずらわしいと思いつつもこのまま適当に帰ったら返って後々面倒になるので、順を追って説明すると、真理亜は少し時間を空けた後。


「その場に私も参加しても構わないか?」


「ダメですよ約束では一人でっていう事だったんですから」


真理亜は背に抱えていた刀の帯をぎゅっと握り締めて、表情を殺しているようにも見えた、唇は硬く結んでいる、視線はさっきから地面に向いている。


「……じゃあ、俺カナと会わなきゃいけないんで」


「待ってくれ!」


靴を履き替え校舎を出ようとする彰を、真理亜は震えるような声で引き止めた、みれば真理亜の表情は泣きそうな子供のような顔をしていた、今までそんな表情を彰は見た事が無い。


「真理亜先輩……?」


名前を呼ばれ、はっと我に返ったのか、小さく咳払いをしていつもの気品ある気高い表情に戻る。


「文化祭の最終日、私と一緒に回らないか?」


彰は理解するのに少し時間がかかった、今の会話の流れでなぜそこに行き着くのか理解できなかったからだ、憧れの先輩と文化祭デートとすぐに浮かれ気分になったのだが。


「もちろんおっけーですよ、じゃあ」


そう軽く返事をして彰は真理亜を残し学園を出た、一人取り残された真理亜は彰の背中が見えなくなるまで、ただ見つめていた。


校舎を出てロープウェイのゴンドラに乗り込む、帰宅する生徒も結構多く40人乗りのゴンドラは結構騒がしかった、彰が下車駅まで眠ろうと目を閉じると誰かに肩を叩かれた。


「おきてますか?」


彰の横に座ってきたのはブロンドの髪を三つ網みにしているレンと呼ばれた女の子だった、服装は法術科の制服を色々と改造して着ている。


「少しお話でもしましょう」


「悪い、最近眠りが浅くって眠いんだ」


「それも含めての話です、何、損はさせません」


悪徳商法の様な誘いだが、別に話を聞いて何か減るものなんか無いし、仕方無しにレンと呼ばれる子の話を彰は黙って聞くことにした。


「そろそろ残りの指輪を全て渡してもいいと判断しましたので」


そういうとレンは胸ポケットにしまっていた、5個の指輪を彰に渡した。

指輪にはギリシャ文字で5、6、8、9、とそれぞれ描かれた物と一つだけ零と漢字で描かれた物だった。


「なんでこの指輪だけ書体が違うんだ?」


「零番はシルバーレイドの最終形で使ったら死ぬと言うくらいマナ消費量が激しいのです、貴方が死んでも倒したい敵が目の前に現れたときのみ使用してください」


その言葉で彰は身構える、ゴンドラの車内の彰とレンの場所だけ明らかに場の温度が変わっていた。


「約30年前、人と神と魔がまだ今程仲が悪くなかった頃、三族で共同研究していた物がありました、それは人間を進化させ魔族でも神族でもない、マナを使いこなせる人間を。三族の力の差を無くし合同決議法案や協議などを円滑に進めるため、第五世代開発プロジェクトとして密かに進めてきました」


「人工的に人間を作る?」


クローン技術は13年前に開発されたが、人権保護団体の圧力のせいで研究停止にされたらしい、というのが公の噂、実際はどうだかしらないが、戦地での負傷で一部の肉体が欠損してしまったにんげんを、元通りにする技術ができたくらいだ、どこかでそんな話があってもおかしくはない。


「ええ、今まで不可能とされていた技術面を魔族がカバーし、資金面や施設完備を神族がカバーするという形でね、錬金術や法術の技術を応用して作っていたらしいのだけれど、詳しい事は私もしらないわ。それで、当時そのプロジェクトに関わっていたのが今の貴方のお母さんね」


「えっ?!」


少し大きな声を出したので周りが一瞬静まり、彰は恥ずかしそうに小さく謝った。


「人間界側からは遺伝子の提供と、人材派遣だったかしら。結構大きなプロジェクトだったらしくてね。各地に配備された3つの施設で進められていた、17人の魔術を使える人間の子供達の成長と育成を観察し、全ての人間が次世代の人間になれるかのテストをしていたの。だけど、ある事件がきっかけでプロジェクトは凍結を余儀なくされた。その事件は8年前の事よ、一番最後に作られた完成形の管理番号17番が暴走を起こし、施設を丸々破壊して脱走した。一部の子供達は魔界の手に落ち、残りは神族に」


「その17番ってのが今の聖ソフィア教会の人間の一人なのか……?」


レンが一度深くため息をついて、小難しそうな事が書かれていそうな古い魔術書を、大きめの鞄から取出し読み始めた。


「おしいけど違うわ、脱走した子供達はそれぞれ別の孤児院や一般の家庭で、何一つ普通の人間と変わりない生活を送っていたわ、片桐雪と名乗る一人の魔法士が彼らを誘拐するまではね」


「片桐雪って、今朝方襲ってきた人間か」


レンはポケットの中から一つのディスクを取り出した、MDほどの小さいタイプのディスクでそれを彰の目の前に無言で突き出した。


「なんだよこれ」


レンは一度目線だけ彰に向けて、少し笑った。


「知りたくない?貴方の全ての過去の記憶と王廉真理亜の秘密を」


レンは一度、魔女のようにニタリと笑いその後すぐに表情を戻す、その仕草に恐怖し彰の背筋が凍る。

ゆっくりと彰はそのディスクを受けとって胸ポケットにしまった。


(どういうことだ、過去の記憶は事故で消えたんじゃないのか、それに真理亜の秘密って、罠か、でもなんの?何故今になってこんな事を俺に伝えるんだ)


彰の頭の中は多数の情報により混線していた、目は見開いたまま口は空気を求めてあいたり閉じたりしている、思考のラインに上手く電気が通らない、今自分がどうしたらいいのかすらわからない。


「私は観測者、貴方を見張りその行動の全てを神エルファニアの報告するのが私の仕事」


「ちょっとまて、なんで今更そんな事を教える?」


「聖ソフィアの目的阻止のためよ、彼女達一人、一人はまだ魔法使いや上級魔術師のレベルの強さなのだけれどそれが束になる事で、神界でいう聖騎士団(セントクルセイダーズ)魔界の五方星大賢者(ファイブスターウォーロック)的な力になるの」


神や魔王はその存在自体が兵器並みの強さを誇るが、その下には戦地での最高統率指揮をする聖騎士団、五方星大賢者の存在がある、聖騎士団は3人、五方星大賢者は5人からなる団体で、彼らがひとたび戦地に赴けば3日でその地を無へと帰せるほどの力を持つと言われる。


「そして彼らは自分達を創った者に対し復讐の念を抱いている」


「人間界にも魔界にも神界にまでもか?無茶苦茶だ……」


今までの聖ソフィアの出現場所を考えてみると、復讐の念で全て片付けられる、戦地での途中出現は魔族、人間、神族が揃っているところで、さらに戦場という場所も彼らにとっては戦いやすい場所になった、真理亜を狙っているのは人間界側の最強人種を倒せば間違いなく団体に影響を及ぼせるからだろう。


「ん、ちょっと待ってくれ何で俺なんかを聖ソフィアに勧誘したんだ?」


ふと顔を上げ横に振り向くと、レンの姿は消えていて、座っていた場所にあったのは小さな紙切れだった、本の端を破ったのか何か文字が書かれている、その上に赤いペンで「カナとごゆっくり」と書かれていた。彰はその文字をみて思考が凍る、なぜ電話の内容までばれていたのか、確かにレンがいる前で会話はしていた、だがその時は少し遠くにレンはいたし、そもそもカナがリアに気づかせないようにすぐに用件を伝えて切ったはずだ、となると考えられる事は一つ。

間違いなくあの時の会話を盗聴されていた、考えてみれば戦地へ行ったときもそうだ、何故救護テントが大量にあり、かつ広い魔界の中でピンポイントでレンに出会えた?このメモ書きの意味は冷やかしでは無い、警告だ、彰の行動は全て監視されていて、もし聖ソフィアに付くような行動に出たらその時は未然に……


「ふざけんなよ……コレが現実を追い求めた結果か?」





@@@

ファーストフード店の仕組みを執事に教えてもらい、なんとか一人で買う事ができた、見つけやすいように入り口からすぐに見える席に座る、店内は学生はまだいないが、これからすぐ席が埋まるだろう、結局丸一日サボってしまった、調べ物に文化祭の準備にと時間をとられていたからだ。


「彰遅いですわね……」


窓の外はつい数時間前の天気が嘘のように厚い雲が浮かんで太陽を隠していた、別に雨が降っても問題は無い天気が崩れる事は今朝執事が気にしてくれていたので、折りたたみ傘もバックに入っている。


「こんにちはお嬢様」


どかっといきなり目の前の席に座ったのは彰ではない大柄の若い男、黒い革に白い羽毛のファーが付いたジャケットに、左手の指には銀色のドクロの指輪がはめられている、黒地に赤い炎のようなデザインが描かれたジーパンには、じゃらじゃらと銀色の大小さまざまの金属のチェーンが付けられていた。

髪は銀色で目の色は金色、表情は美しいというよりも見た者が恐怖にすくんでしまうほど残忍に笑っていた。


「下種をみるような目はやめろ、今日は殺害命令なんて出て無いんだぜ?」


(何この男、マナ回路はただの人間なのに何か違和感がある)


「違和感か……確かに、俺はちょっとばかし特別せいでね」


動揺したのかカナの視線が一瞬凍りついた。

カナは確かに声に出していないで頭の中で想像しただけ、それなのに目の前の男はそれに返事をするように答えたのだ。


「サイコメトラー?」


「ちょっと違うねこれが俺の特殊能力なんだ。俺は聖ソフィア教会のヴォルフ、よろしくな」


カナの手が太股についているチョークケースに伸びる。

表情は険しく、相手からの初撃を逃さないために視線は手から腕の筋肉のあたりに落ちる。

ヴォルフはそんなことを気にせず、鼻歌を歌いながらテーブルに置かれていたペーパーナフキンを一枚とり、ぽけっとから取り出した赤いボールペンでサラサラと何かを書いてそれをカナの前に置くと、何も言わずに店を出てしまった。

カナはその姿を確認した後、ほっと体の緊張を解き、目の前におかれたメモ書きをみた。


「「0AA−XXX−TXVI」」


「なにこれ電話番号?」


カナがその番号にかけると2コールの後さっきのヴォルフが出た。


「非通知設定でかけるなんてひどいなぁ」


「貴方の目的は何?」


「特には無いな、ただ俺は傭兵だからさ、金さえ支払ってくれればいつでも助太刀するぜ」


「貴方は聖ソフィア教会の人間ではないの?」


「聖ソフィア教会の行くところには戦地があり、そこでは儲かる、それだけでいいだろ」


「わかったわ、考えておく」


それだけ言うと彼のほうから通話を切った。


「……なんだったのかしら」


携帯を不思議そうに眺めていると、目の前に今度はちゃんと彰が座った、眼鏡をクイッとあげ、バックを適当に足元に置いた。


「で、話ってなんですか?」


カナは先のことを話すべきか迷ったが、どうも向こう側が別に敵意があるわけでもなさそうだったので、いったん忘れて、彰を呼び出した本題の話のことを告げる。


「文化祭、私と見て回りませんこと?」


彰はこの台詞を聞くのは2度目だった、さっき下駄箱で真理亜に同じ事を言われた、しかもかなり真剣な感じでだ、ゴンドラの中の出来事のせいで軽く忘れそうになっていたが。


「二日目でいいか?」


「最終日は駄目なんですか?」


カナがすぐに聞き返してきて彰はばつの悪い顔をした、何故ならばつい数十分前に真理亜との予定が決まってしまったからだ。


「悪い兎に角最終日は駄目なんだ」


「……誰と回るんです?」


カナは怒っているようにも悲しんでるようにも見える表情で、肩は震えていた。

何故こうなるか彰はわからなかった、正確には知らなかった、セントシルビア学園にも、生徒が勝手に作った学園に伝わる伝説の恋まじないの一つで、文化祭の最終日に魔術科の校舎で思いを伝えると必ず叶うと言われてる事を。


「真理亜先輩とだけど」


その言葉を聞いた瞬間、カナは何かを理解したのか、小難しい顔をしながら、食べ方を覚えたハンバーガーに今の感情をぶつけるかのように頬張り食べ、セットについてたシェイクを飲み干し。

真剣な表情で彰を見つめ。


「二日目でいいですけど、その代わり条件があります」




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