7話「差別殺人」
9月の初め頃。夏休みが終わり、すこし暑さも和らぎ、あれだけやかましかったセミの声も、焼け付く日差しも今ではすっかり落ち着いている。その日、生徒会室ではいつものまったりとした空気が流れていた。生徒会の重要メンバーの一人、書記の佐藤彰は眼鏡のフレームが少し曲がっている事に気づき直していた。
(荒い使い方した覚えは無いんだがな)
そんな彰の様子に生徒会副会長のカナが時折視線を向ける。彼女の容姿は幼げで、背もそれほど高いほうではない、金髪ツインテールがチャームポイント、というか目印というか一番に目をひく、最近は暑いのかそのテールが増えてる事もまれにある。そのカナがパソコンのディスプレイと睨み合いながら、カタカタと急がしそうにキーボードを打っている。その理由は、来週に文化祭が控えていて各教室に配る資材や、資金の使い方などの資料まとめをしているためだろう。書記として彰は入っているが、書記の仕事はほとんどカナがやってしまい、大半は生徒会室での雑用が仕事のメインになっていた。
「デート楽しかったですか?」
唐突にカナがそんな事を聞くので、彰は驚いて身体を一瞬びくつかせた。尾行しているのは知っていたが、他のメンバーよりも一番にその話題をカナが振ってくるとは思わなかったからだ。カナの表情は何も変わっていない、単に今この場が二人しかいない気まずい空間だから、話題提供のために話を振ったのだろう。
「あれはデートっていうよりも、ちゃんと落ち着いて真理亜先輩と話がしたかっただけで」
カナがその言葉を聞いた途端に、一度がちゃっという大きな音を立ててキーボードを打つ手を止めた。
「真理亜…………先輩……?」
「ああ、俺も面倒なんだけどな、真理亜先輩って呼ばないと、睨まれるんだ」
カナは拗ねた感じで
「あっそう」と言ってまたキーボードをカタカタと打ち始めた、さっきよりも強い力でだが。残暑の暑さにやられ彰が長机に突っ伏していると、真理亜が静かにドアを開けて入ってきた。それに彰が気づき起き上がって横を見ると、彼女と目が合った。真理亜もそれに気付くと、彰に優しい微笑みを見せた、デートの帰りにした告白の結果は振られてしまったが、今の関係も別段悪くは無い。
「ん?」
「どうした彰」
彰は少し眉を寄せた、デートの帰りに告白したのは覚えているが、自分は真理亜になんて言葉でどういう表情で振られたか思い出せない。余りにも動揺して自分で記憶を封じているのだろうか、ならば傷に触れないほうがいいのだろうかと、彰は頭を抱えた。
「なんでもないです、それよりその資料なんですか?」
真理亜は片手に黄色いバインダーファイルと、映写機用のスチール缶のフィルムケース2本を持っていた。真理亜はファイルを彰に渡し、フィルムを長机に適当に置き、ロッカーのダンボールの山から映写機を取り出してきて長机の真ん中に設置した。
「カナと彰に頼みたかった話だから丁度いい、今説明する」
ガシャッとフィルムをセットしてひび割れた生徒会室の壁に映像を写す、5、6回フィルムを回し、そこに映し出されたのは全て新聞の切り抜きだった、内容は「赤い髪の少女連続殺人事件」というマスコミが今面白がってる話題の一つだ、彰もテレビはよく見る方なので内容は知っている、夏休みの後半あたりから度々上がってくる事件で、先週も一人被害者が出たらしい。
「この事件、何か生徒会に関係あるんですか?」
「ああ、昨日うちの生徒に被害者が出た、3年の魔術科の生徒」
ガシャッと次の映像に切り替える、映し出されたのはロングストレートの赤い髪の少女のスナップ写真と、学生手帳の顔写真、名前、得意な魔術等の経歴。それをみてカナが考察に入ったのか、腕を組み、表情をこわばらせた。
「次の映像はあまり目にして気分のいいものじゃないから、見たくないなら目をつむってくれ」
ガシャッと映像を切り替え、次のフィルムが映し出される。それは殺人事件の現場、日常からは考えられないほど残忍で、異常な空間の静止画が映し出され、彰は吐きそうになる。
写っているのは恐らく人間の腕、それ以外は形がよくわからないほど変形をしていて、手は模様のように血管が浮き出している。
「このセントシルビア学園はな、他の学校と違い、ある意味外界から遮断された位置にあるんだが、今回うちの生徒から被害者がでた、それが問題なんだ」
「真理亜先輩それはどういうことですか?」
カナが彰を一度冷めた眼で見て、ため息を付いた。
「アホな書記でもわかるように私のほうから説明させていただきますと、第二の犠牲者がでる可能性が非常に高いのですわ。閉鎖的なこの学園にわざわざ狙って殺人犯が来るほうがおかしいのです、連続殺人犯に見せかけて、メインターゲットを隠す犯行は珍しい事ではないですわ」
「その通りだカナ、よって次の被害者になりうるであろう、うちの生徒の護衛を二人にお願いしたい。前の被害者で最後だと願いたいが、一応念のためにな」
真理亜はがちゃがちゃと、1個目のフィルムを抜き、2個目のフィルムにセットし直し映像を写す、そこに映し出されたのはさっきの被害者とは別の赤い髪の女の子で、名前をレティ・ベネッタ、歳からして1年生だろう。整った綺麗な顔立ちをしていてるので、自称ナンパの天才、加藤凛矢に聞けばさらに詳しいデータが手に入るだろう。
「あれ、この子どっかで……」
彰は必死に自分の記憶の海へ探索を始めるが、どうもその部分だけロックがされているように引き出せない。
「なんだ知り合いか?」
「書記はタラシの才能があるから知らないうちに逢引でもしてたんじゃなくて?」
「いえ、多分勘違いでしょう」
カナはさっきから何故か突っかかってくるが、いつもこんな物なので彰は気にせず話を進める真理亜に耳を傾けた。
「同じ魔術科でやりやすいだろうから昼の護衛をカナ、放課後は彰に任せる」
「任せるって具体的に何するんですか、一緒に登下校とか?」
「半同棲だ」
真理亜の言葉に、彰は石化でもしたように固まり、数秒してから我に返り慌てた。
「な、なんでそんないきなり、知らない男女でこうね!」
わけのわからない踊りのようなジェスチャーをして真理亜に訴えかけるが、真理亜はそれを無視して映写機を片付ける。
「書記が襲う可能性の方が高いんじゃなくて?」
カナはジト目で彰を見つめるが、今の彰にはそんなことを気にしている余裕すらなかった。
「それなら大丈夫だ、私も一緒に彰の家に泊まる」
彰は完全に頭がオーバーフローして、口を鯉のようにパクパクと開閉し、一点を見つめたまま動かなくなってしまった。
「彼女は学生寮で一人暮らしをしていて、それでは危険と言う事で、現在同じく一人暮らししている彰の家の方が何かと都合がいいと思ってね。気にする事はない、事件の発生している間隔を見ると1週間くらいで向こうから何かアクションを起こすと思うから、それまでの辛抱だ」
「やっぱりこういう時って俺の意思は無視なんですね」
彰は大きく肩を落とし、渡されたファイルにはさまれた資料に目を通す。
恐らく次のターゲットにされるであろうレティ・ベネッタの経歴、魔術の成績は飛びぬけてよく、性格に関しては文句なしの優等生、得意魔術は主に肉体強化。特別術式はアンチメシア式という古代イスパニア時代から使われている、古代魔術式だ。だが彰からすればそんな情報よりも彼女の可愛らしい容姿しか気にならないが、そこは健康的な男子なんで許していただきたい。
「別にいいじゃないか、今も通い妻がいるくらいだしな、一人二人増えても構わんだろう」
真理亜は少し起こった様子で彰に視線を向けずにパイプ椅子に座った。
「いませんよ、そんなの!」
座っていた椅子から飛び上がり、わたわたと慌てて否定する彰をみて、カナが大きくため息をついて「リアさん可哀想……」と小さくつぶやいていた。
@
次の日の朝からいきなり、赤い髪の彼女との同棲生活が始まった。
朝起きて家のリビングのテレビをつけるのが彰の日課なのだが、先にテレビが付いていて、リビングのいつもの彰が座る席に、赤い髪の女の子がちょこんと座って両手でもぐもぐとコロッケパンを食べていた。
「おはよう……というのが正しいのかな」
実はこの一言がはじめての一言だったりする、昨日の放課後事情説明してから、彼女は小さくうなずいて返事をした、家に連れてくるまで何度か会話をふってみたが、一度として彼女が返事をすることはなかった、犯罪に巻き込まれた一般人ってこんなんなのかなと可哀想なので家についてからもあまり喋りかけないでおいた。
「ん、ああまぁ」
(朝起きて自分の日常の一部が少しでも変わるとこんなにも違和感を感じるのか)
そんなことを思いつつも、朝食を食べながら今日使う演習訓練用の銃をスライドをはずし、中のバレルの固定ネジをはずして、バラバラにし、金属塵を細長いブラシで掃除する。
「君の事はなんて呼べばいいの?」
一度手に持ったパンを食べるのを止め、無表情で静かに聴いてきた。
「そうだなー、普通に彰でいいよ、俺もレティって呼ぶし」彼女は小さくうなずき、朝食を全て食べ終えると、制服の上着を着て、食卓テーブルからテレビをゆったり見れるソファにぽてぽてと移動して、ぽふっと腰を下ろした、時折こちらを見ながら何か考えている様子に、彰はたまらず視線を意図的にはずし朝食をとる。
彰も朝食を食べ終え学校に行く準備をすると、すぐに制服の上着をきて自分の鞄を持って待っていたレティから鞄を受け取った。
「あ、そういえば真理亜先輩もいたんだっけ」
ふと思い出して慌てて真理亜の寝ている部屋にいこうとするとレティにくいっ、と制服のすそをつかまれ制止された。
「王廉ならさっき外に出かけてた、彰、傘持って行って、今日雨振るから」
そこで初めて一つの失敗に気づく、テレビの上に表示されている時刻は何時だったのか、今なんで先輩が出かけているのか。
「まーた、無駄に早く起きてしまったか」
真理亜の日課は朝早くから剣術の稽古だ、もちろん彰と暮らしていてもそれは欠かさない、今日もまた学園の第二グラウンドで自身の剣術のキレが鈍らないように、朝の5時からウォーミングアップを初め、6時頃から、各技の修練に当たっていた。いつもなら6時からはじめるのだが他人の家での生活は慣れず、早くに目を覚ましてしまったのでいつもより時間を早めたのだ。
「それにしても、何故かこの前から妙に心がざわつく」
何か大切な事を忘れてるような気がするがそれを思い出せない妙なモヤモヤ感が、彰とのデートの後から続いていた、女としての感情の起伏ではなく、大切な何かを、忘れていないのに思い出せないもどかしさ。そんな事を考えている時だった、急に環境に流れるマナが変わる、
「術式速記、廉覇惨殺」
その言葉を発し術式の起動をしたのは真理亜ではない。その証拠に後方から細い針のような光の一撃が真理亜に襲い掛かってきた、だがそれを真理亜は一瞬で察知し王廉剣の鞘で受け止め、弾き落とす。右手で柄を握り西洋風の大剣を振りぬき、術を放ったほうへと切っ先を向ける。
「誰だ貴様!」
術が放たれた方向は旧校舎の屋根の上、そこに立つのは身長150cmくらいの赤いロングマントを羽織った、ショートの金髪の女だった、羽根突き帽子を目深に被り、黒い皮手袋をした左手には鍵爪状の短剣が握られていて、そこから怪しく黒い煙のような影が彼女の腕に霧状にまとわりついていた。
「回答、その問いには答えられない、問い1、貴殿はメモリーブレイカーを知っているか?」
声のトーンからして20代くらいだろう、静かで落ち着いていて、体をピクリとも動かさないで口元だけ動いているのが機械的でとても不気味だった。
「聞いたことがない、知っていても名も名乗らぬ奴に答える義務はない」低い声で返答し真理亜は獣のような目つきで彼女を睨んだ、
「問い2、貴殿はプロジェクトに関わっていないのか?」
「知らないし、その単語自体理解できん」
左手の鍵爪剣をピクリと動かす、すると細いレーザーのような物が無数に真理亜へと向かい、殺害の一撃を狙う、だが真理亜の動体視力を持ってすればその全てを弾くことはたやすく、音速の剣で光を全て切り落とす。
「無駄だ、次は私から打たせてもらう」
刀を一度納め、真理亜の最速最強剣術、残光刹那の姿勢を取るが、刀は抜けなかった。柄は固く、動かず引き抜けない、刀の異常に真理亜が目をやると、そこにはついさっき弾き落とした光の線が絡み付いていた。
「問い3、貴殿はそれでどう我を伐つつもりであるか?」
真理亜は帯刀していた刀を腰から鞘ごと抜き、自分の足元の地面に投げ捨てた。もう片方に持っていた西洋剣スペルブレイカーを両手で握り、脚に力をこめ地面を蹴り上げる。ジャンプの高さは7mほど、空中から赤いマントの女に向かって剣を振り下ろした。
「解式、撃滅廉覇」
赤いマントの女が一言そうつぶやくと、剣先から釣り針が付いた糸が飛び出し真理亜を捕縛する、空中で体を絡め取られた真理亜は受身もとれず地面に叩き落された。ドスッという鈍い音と共に体全体に衝撃が駆け巡り意識と視覚がブレる。
「貴殿の問い1への回答、我は王廉家の全ての剣士に対抗するために作られた、第五世代である」
「……何を……」
王廉に恨みを持つものは世界に広く存在する、戦争を生業とする一族なので、そんな恨みを持つ者は全世界に大量にいて当然なのだが、だが今目の前にいる敵は恐らくそんな個人的な怨みとは違う。地面に落とされ、彼女をふと見上げる形になって、初めて気づく彼女は目を瞑っている、恐らく初めからずっと目を瞑っていたのだろう。
「我には貴殿を殺害する目的はない、プロジェクトの再起を食い止められればそれでよい」
「お前が言ってるプロジェクトとは何だ!」
赤いマントの女は何も言わず、真理亜に絡みついた糸を、ヒュッと素早く振り下ろした鍵爪剣で切り解いた。その後口元に笑みを浮かべ赤いマントを翻し、自分の足元に最初から書いてあったと思われる魔術式を踵を鳴らし発動させ、その場から飛ぶように消えた、恐らくは以前カナが使っていた座標圧縮と同じだろう。
「逃げられた……いや手加減された」
痛む体に無理をして地面にはいつくばって起き上がりふと横を見ると、いつも自分が持っていた刀が、自分と同じように転がっているのを見て真理亜の胸が酷く痛んだ。王廉剣士としての誇りが、見ず知らずの奴に簡単にへし折られた、その痛みで体の痛みなどどうでもよくなっていた。
「私など眼中に無いのか……プロジェクトとは一体なんなんだ」
真理亜は空を見上げる、朝日が照り初めて来た空はとても綺麗でオレンジと水色のグラデーションが、どこか物悲しかった。
彰はもう寝るのも面倒なので学校へ行くロープウェイのホームでレティとゴンドラで待つ事にした。夏が来たのが先月と言う事を忘れるくらいに空気は涼しく、少し肌寒いくらいだった、まだ太陽は完全に昇っていないのか空はオレンジと水色の調和に白い雲がつかめるくらいに浮き出て見えて、何か清々しい気持ちになった。
「あのさ」
レティが彰を見つめながら優しくもはっきりとした声で何か言いたそうな顔をした。
こういう顔はリアで見慣れているので動揺しないで彰もそれほど間を空けず「何?」と返事を返す。
「手、繋いでいいかな?寒いし」
レティは優しい顔をして笑っている、今の自分の状況に大分慣れたのだろうか。
「え、ああ、まぁいいけど」
照れくさい気もするが男子の制服と違い女子の夏服にはポケットがないので寒いのだろうなと思いながらレティの手を彰は優しく握ってあげた、彼女の細い指は白くなるくらいに冷えていた。
彼女がつけている腕にはめている銀色の腕輪が、彰の腕に当たって若干冷たかった。魔術礼装の一つなのだろうか、と彰のどうでもいい事を考えパニックを回避する頭が考えていた。
「なんかここ最近こんなんばっかだ」
少し肌寒い朝の風を感じて5分くらいして、ゴンドラが軋みながらゆっくりとホームに到着し、それに二人で飛び乗り一番奥の席に座る、車内の暖房なんかなく寒さは変わらないが座れる分、若干ましに感じる。部活の朝練の人すらいないゴンドラは、二人を乗せてゆっくりと校舎へと昇っていった。
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ゴンドラに乗ると彼はすぐに眠りについてしまった、こんな朝早くに起きる事は普段は無いからだろう、普段は平均して7時12分に目覚める、隣のリアがいる時はそれよりも少し早く起きて朝食を食べる。朝食の好きなメニューは半熟目玉焼きにソースをかけて食べることらしい。彼は正義感が強く困っている人を見ると誰でも助けてしまう、だが私は知っている、彼の正義は偽善だ。彼が正義と平和を愛すのはその裏に孤独への恐怖が見え隠れしてる、彼の裏は、人とのつながりが途切れるのが怖いのだ、記憶が消えて彼は一人だった。目の前に広がる世界の人間はみんな他人で、普通の人間なら産まれた時から存在する家族が彼には実質存在していなかった。リアがいなければ彼は殺人鬼か精神破綻者になっていただろう、彼女にはそういう面では感謝をしている。だが私はずっと考えていた事があるのだ。何故こんなに彼の記憶とデータを私は持っていて、彼の事を全て知っていて、彼の血肉の生成は私がしたのに何故。
「私は貴方の事を何でも知ってるのに……貴方は私の事を何も知らない……」
ただそれが辛い、痛い、私はこんなにも意識をしているのに、彼にとって私は微々たる日常の一コマでしかない。目頭が熱くなるのは何年ぶりだろうか、彼はまだ寝ている、気づかれないように一度泣いて落ち着こう。握ってくれた手はまだ繋いだまま、彼の温度を感じられるのも多分もう無いだろう、この偶然を、この奇跡を神に感謝すべきなのか。それともこのどうしようもない現状を作った神を呪うべきだろうか、私にはわからない、このまま時間が止まればいいのにと思うときが来るとは。私の肉体は停滞し、成長しない、時間が止まればいいなどと願うよりも、人と同じ風な時間を生きたいと思っていたのに。
それでもゴンドラは二人を乗せて校舎へと
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ゴンドラに乗って彰はすぐに睡魔に襲われ、意識を落とした。
次に目を覚ましたときはすぐ目前に学園前のホームが見えていて、慌てて降りる準備をした。ホームにつき学校まで歩くと、その手前、明らかにうちの学校の生徒とは違う服を着た20代後半くらいの女性が立っている、服装はゴスロリ……というのだろうか、あれに近い感じの赤と黒のやけにフリルがついた服を上に、下は間逆のタイトなジーンズを履いており、やけに黒髪がその美しさを不気味に彩る、その格好はとてもアンバランスで目に付いた。
「やっと当たりかしら」
「?」
彰の後ろのレティを見てその女性は一瞬にやついた、そのアクションを見て彰の頭の中でバラバラの記憶「当たり」「殺人鬼」「赤い髪のレティ」そのキーワードが一瞬で組みあがった。
次の瞬間彰の手は勝手に十字を切っていた、銀の銃を召喚するための起動行動を。
出したのは11番ボルト、2対の大きなライフルのような真ん中に、薄いアルミの金属坂を、電磁力で加速し音速の3倍で発射する。ただ今回ボルトをだした目的は本来の銃としての使用目的ではない、ボルトを盾にして彼女を護り他の仲間たちに連絡をつけるための時間稼ぎをするつもりだった。
「そんな玩具じゃあ興奮しないわね」
そういうと黒髪の彼女はボルトのバレル部分を、左手で素手のままぶん殴った、その瞬間ボルトがメキメキと音を立てて変形し、金属を急に曲げた内部摩擦で熱くなったボルトをもっていられず、たまらず彰は地面に投げ捨てる。次の銃を出そうとするが、黒髪の女の方が行動が早く、指輪をはめているほうの手を右手で掴まれ、今度はその手が凍りついた。
「ぐぁっ!」
「彰!」
レティが悲鳴に似た声を上げ彰に駆け寄ると、黒髪の女は後ろへバックステップして距離をとった。レティは彰に駆け寄り心配そうに凍った手を見つめる。
「お前一体何が目的でこんな事をしてるんだ!」
彰が話しかけているのは殺人鬼、ましな答えが返ってくるわけは無いが、左手の氷の痛みをこらえながら彼女に問う。
「そういえば自己紹介がまだだったわね、私は聖ソフィア教会の片桐雪、よろしくね」
「聖ソフィア教会だと?」
殺人鬼にしては、ましな答えが返ってきたことに驚いた、もう一つ驚いたのが以前戦地へ赴いた時に会った、謎の集団聖ソフィア教会の事だ。以前出会ったのは闇野恭司という人間で、あの真理亜ですら苦戦していた相手だ。その聖ソフィア教会の一人とすると相当な猛者に違いない、そう意識してしまい一瞬彰の体が変に震えた。
「今回の用件は彰、君の奪還とそこにいる女の後処理」
「俺?何で俺なんだ」
「私はね被害者を募って、一つの集団を作り、加害者側へと恨みを晴らすべく行動しているの、いわば君が掲げている理想平和の手助けよ、そのためにその力が必要なの」
彼女はクスクスと笑い右手で氷の塊をお手玉で遊ぶように操っている。
「理想平和?……ふざけるな!平和の為に何の罪も無い人間を次々と殺したって言うのか!」
凍りついた手をコンクリートの地面に叩き付けて割る、痛みを無視し素早く1番をはめた指と4番をはめた指で十字を切り、シルバーレイド14番を具現化した。銃の外装は約1mはある銃口から小さな炎を出し、ストックからチューブが伸びていて、そのチューブの先にあるのはマガジンではなく、可燃性の液体がはいった、タンクは銃の上部に装備されていて、つまりは火炎放射器。火口から青と赤の炎を吹き上げその炎を片桐に向ける、勢い良く吹き上げる炎で普通の人間だったら大火傷だが彼女は右手を自己の目の前に伸ばし手を広げた、氷結の壁が彼女の目の前に薄く張り、炎は彼女に届かない。
「馬鹿ね、歴史上血が流れないで作られた平和なんて存在しないのよ?」
彼女は怪しく笑い、まるでネコと戯れているように、馬鹿にするような声で、彰の銃の炎を避けないで片手で受け止めている。
「だとしても、俺はあんたのやってることには賛成できないし、理解したくない!レティ、こいつは俺が食い止める、だからその間に他の生徒会のメンバーを呼んでくれないか?!」
後ろにいるレティに視線を向けると、レティは無言のまま両腕の腕輪を外した。
指で空中に速式を描き、自身に高速化の魔術をかけ、そこで振り向いて走っていくと思われたが、彼女の行動は違うものだった。
「ごめん彰」
彼女に右手で触れられ、その瞬間目の前が真っ白になり意識が飛んだ。
彰は何か言おうとしてそのまま意識を失い、その場に倒れた。
(後は目の前にいるこの屑を殺すだけだ)
「味方を攻撃するって気でも狂ったの?メモリーブレイカー」
「黙れ、その名で私を呼ぶな」
彼女は不気味な笑みでレティを見つめて攻撃をしてこない。
「お互い攻撃しずらいわよね、私の氷と圧縮は貴方とは相性が悪い」
(能力はもうすでに把握済みだ、右手に全てを凍らす手、左手は圧を操る手、
とある魔界の一族の固有の特殊な手だ、組み式がすでに腕に組まれており、触れる事により発現する。
私の手と同じ仕組みのこの手は速攻ができ、普通の魔術師のようにディレイタイムを気にしないで戦えるので一見無敵に見えるが、実はとんでもない重大な欠点が一つある、それは近距離に近寄り触れなければいけないという事だ、同じ弱点を持ち合わせているということは、お互い近距離のレンジに入れば相打ちになる事は理解している。ならば、)
「我は気高き百銃の王、銀の爪を光らせ対陣に破滅への一撃を食らわす!」
突然、レティはなるべく大きな声で誰かに呼びかけるように叫んだ。
「どうしたの急に、万策尽きて気でもおかしくなったの?ゼルガンディア」
レティは地面を一回蹴り上げ、彼女の背後に一瞬で移動し右手を振り上げる。
片桐もすぐに身を翻し自分の顔面へと襲い来る、拳を止めようと圧縮する左手で庇おうと手を上げようとするが、コンマ数秒レティの方が早い。
だが、その拳は一時停止したように目の前でピタリと止まった。
「問い1、もう少し待って欲しいと我は告げたのだが、隊長殿は聞こえなかったのであるか?」
その声はレティの背後からしたが、レティは背後に視線を向ける事ができない、身動きが取れない右手をみると、手首から肘にかけて細い糸のようなものが絡み付いていた。
「イリアか、王廉はどうしたの?」
視線をレティから外し片桐雪は、レティの後ろに向け、少し大きな声で誰かを呼んだ。
「回答、奴を殺さなくても計画に支障は塵ほどもでない事がわかったので放置した」
「あらそう、そうよね殺さなくていい人たちまで殺す意味は無いわ」
「その言葉を隊長殿が言っても良いのであろうか?」
小さくほんとうにわからないくらいの笑いを浮かべた後、片桐は後方にいるであろう何かからレティに視線を戻した、一変して怒りと憎悪にまみれた表情に変わりレティを見つめた。
「まさかこの地でこうして本物に会えるとは思ってなかったからね、興奮してしまうわ」
彼女はくつくつと壊れたように笑い、術式も何も使わずレティの腹を膝で蹴った。
ドスッという鈍い音と共に肺の空気を吐き出すが、レティの表情は変わらない、さっきから1ミリも崩れない鉄火面を続ける。
「銀の刃は大地を切り裂き、気高き咆哮は空をも恐怖させる!」
また誰かを呼ぶように、叫ぶように、レティは声を上げた。
「さっきから何よ、命乞いとか、抵抗とかもっとしたら?興醒めするわ!」
片桐の左手がレティの肩をつかむと血管が破裂し、真っ赤な鮮血が片桐とレティの身体を染めた、だが片桐は即座に右手で傷口を触れ氷結し、レティの出血を防いだ。
「失血死なんて死に方、楽しくないでしょ?人間かわからないくらいギトギトに犯してから死なせてあげる」
彼女の目はさっきの彰との戦闘とはまるで違う、ネコと戯れるような目をしていた彼女は、すでに蛇ですら恐怖するような悪人面で普通の人間だったら恐怖していた事だろう。
「ゼル!貴方っていつもそう、そうやってお人形さんみたいなすまし顔して、そういうのが一番ムカツクんだよ!」
彼女の握られた左の拳がレティを襲う、両手も両足も絡みついた光の糸のせいで動かない、近づく死への恐怖は無いが、彼の側にいれなくなる恐怖で体が一瞬震えた。
「……助けて」
目の前が真っ白になり何も見えない、これは死後の世界なのだろうか、だが先ほどの肩の痛みはまだ消えていない、じくじくと脈打つ痛みが、曇りかかった意識をはっきりとさせた。白い世界は風と共に掻き消され、目の前には片桐がだらしなく転がっていた。
「ふっざけんなよ、この糞馬鹿、都合いい時に強制コードで呼び出すとか、イカレてんじゃねぇのか?!」
そこに立っていたのは銀色の髪の彰、レオンである。
彼は面倒くさそうに火炎放射器を改造させた何とも歪な銃を片手に、レティに絡まっている糸を引き千切った、ついでに糸を手繰り寄せて操っていたやつも引きずりだそうとしたが、その瞬間糸は消えた。
「よかった、間に合った」
レティは柔らかく笑い、レオンの肩にもたれかかった。
「触れんじゃねぇよ、ぶち殺すぞ」
レオンはレティを銃で押しのけると、狙いを定め並木道の木々の中の一本を打ち抜く、発射音はしないが、着弾したと思われた瞬間酷い炸裂音と共に綺麗に林の一部を吹き飛ばした。
「おっと、逃げられた」
レオンは遊ぶように、いつの間にか中折れ式になっていた銃をカコンと割り、空の弾を棄て、小さい缶ジュースくらいある弾丸を込める。
「ちょっと待って……レオン。その銃でボクがすぐ横にいるのに、この女ごと撃ったんじゃないでしょうね」
少しでも当たりが悪ければ自分も爆風で吹き飛んで、目も当てられない姿になっていたはずだ、そうならなかったのは恐らく、片桐が当たる瞬間に気づいて瞬間的に氷の壁を作り出し、衝撃を和らげていたからだろう。
「ああ、まとめて死ねばよかったんだがな」
その言葉に一厘の冗談は無い、本気でレティなど死んでもいいと思って撃ったのだ。
彼の頭に右手をかざしかけた所で、またあの光の糸が飛んできた。
「昼間だから見えづらいけどな、目のいいガンナーにはそんなもん、はなからきかねぇんだよ!」
自分より少し前に弾丸を撃ち放ち、爆風で光の糸を跳ね返す、だが本命は別にあった、1本の光の糸は後ろで倒れていた片桐に絡みつくと彼女の肉体を一気に引き上げた。
「隊長殿、ここはひとまず撤退するほうがいいみたいだ」
踵で地面を蹴り帰還ようにあらかじめ書いてあった魔術式を起動させ、彼女達はけむりのように消えてしまった。
「クソッ、折角久しぶりに楽しめると思った矢先にこれか、不完全燃焼だ」
「早く彰に戻って頂戴、もうすぐ早朝部活の生徒達が来てしまうわ」
レオンは一度舌打ちをしながら頭をかいて、いつも彰がかけている眼鏡をかけてレティの前で目を瞑った。
「わかったよ、どうせここで生きてても厄介事ばっかでめんどくせーしな、それよりも一つ聞いていいか?」
「何?手短にね」
レオンの頭部へと向かうレティの右手が止まった。
「魔王は俺をどうしようとしてるんだ?」
「魔界はもうほとんどこのプロジェクトを停止させてしまってるわ」
「そうか、まぁ俺は俺として好きに生きるだけだ、今は消えてやるが、いつかお前という首輪を引きちぎるかもしれないぞ」
レティはその言葉にクスリと嬉しそうに笑う。
「いいわ、そうなったら貴方の大切な人が死ぬから」
レオンは目くじらを立て舌打ちをした。
「やっぱりテメェは大嫌いだ」
「ボクは好きよ、彰も貴方も」
レティの右手が優しく触れる、みるみるうちに髪の色が銀髪から黒へと変わっていく、意識は白くなって、レオンは深い闇に落ちた。