11話「得た者失った物」
白い皮製のソファーが3つ。
いまどき珍しく、アナログチックな茶色いブラウン管のテレビ。
茶色い高さ50cmほどの低いテーブル、上には口が開いた飲みかけの缶コーラと、食べかけのポップコーンが無造作に置かれている。
そしてそれ以外は全て黒、闇、目視できないもの、黒すぎて距離感すらつかめない。
「俺はどうしたんだ」
その中で一人立ち尽くす佐藤彰。
「よう」
右手をあげ、まるで仲のいい友達のような雰囲気で急に現れた一人の男、名前は知っている、白いファー付きの白いロングコートに下は黒のTシャツと下半身はジーパンという、
ラフな格好で銀色の髪、銀色の眼を持つ男。
「レオン……なんで俺がお前を見れる、というかなんで俺がいるのにお前が存在している?」
「何言ってんだ、ここは俺の部屋だぞ」
レオンはどかりと横柄な態度で一番テレビが見やすい正面の白いソファーに座った。
「簡単に説明するとここは俺の意識空間だよ、お前がお前でいるときの俺の意識の場所だと思ってくれていい」
「うーん理解し難いが、俺が俺の意識を保っている時のお前が居る場所か」
自分で言葉にしている事なのに、上手くかみ合わない解答である。
彰もソファーに座る、テレビから見て右側のソファー。
「で、何でお前がここに存在している?」
そう彰に指を刺し、レオンがさっきの言葉をオウム返しのように問いかけた、彼の声に感情は無く、
ただ、退屈そうにテレビの方向を向いて足を組みながらだらりと腰掛けていた。
「おい、お前が呼んだんじゃないのか?」
「うーん、まぁいいや、細かい事考えるの面倒だし、それよりも折角俺達が対面できる機会だ、ここらで一度整理でもしてみるか」
「何をだよ」
「全てをだ」
そういうとレオンは何も無い場所から急にテレビのリモコンを取り出した。
「どうも俺は理屈や理性を持って戦うのは面倒でな、この際はっきりしておきたい、お前の敵は結局どれなんだ」
チャンネルを4分割で表示した画面になる、王廉真理亜、聖ソフィア教会、メモリーブレイカーと呼ばれるレティ・ベネッタ、そして謎が多いレン。
「先輩は俺の敵じゃない、レティも悪いやつじゃないんだ、レンは友達になった」
「当面は聖ソフィアをぶっ潰せばいいんだな」
小さくため息を吐いて彰は顔を下に向けた、映る表情は暗い。
「本当にあいつらは敵なのか?そもそも俺達にとって、俺にとっての敵って何なんだよ」
「簡単だ、俺を殺そうとする奴、嫌う奴、邪魔な奴、それが敵だ」
彰とは逆にレオンは楽しそうな笑みを浮かべる。
「レティは確かに俺の記憶を改竄して、リアとの思いでも、俺の過去の記憶も消して……
でも文化祭の時のあいつの事見てたら、きっとそうしたのにも理由があって俺に悪意は無かったんだと思う、あいつがやった事全てを肯定するわけじゃないが」
「レティはそれでいい、あいつはもうしばらくは表に出てこないだろ、最後には自分の記憶を自分で壊しやがったしな」
あの雨の日、彼女は強い雨に負けないくらいの大粒の涙を流し、自分の頭に出力最大の記憶破壊を打ち込んだ、
だがその戦闘には色々と理解できない面も多く、不可解な面も多い、あの場面、レティの攻撃を受けてぼろぼろになった時に、
何故、レティはとどめの一撃を彰に打ち込まなかったのか。
「それもひっかかるんだよな、なんでレティはあそこで自分に記憶破壊を打ち込んだんだ?」
「今、お前に説明してもわからねぇよ、お前は鈍感で、愚鈍で、鈍足だからな」
「いくら愚鈍の俺にでも最後の言葉に関連が無い事くらいは分かる、それに俺はクラスの中で徒競走タイムは1位だ」
指揮官を志してるクラスの中で俊足一位なので平均程度なのだが、レオンに馬鹿にされたので反論した、当然全学科対抗では遅い方である。
「レティはとりあえず白だな、じゃあ次はレンか、こいつはやっかいだな」
「情報を提供してくれたり、リアを助けてくれたり、色々助けにはなってるけど」
チャンネルを切り替え、映し出されたのはレン、そしてそれはいつか見た、過去の記憶確かMDをくれたときだ。
「「知りたくない?貴方の全ての過去の記憶と王廉真理亜の秘密を」」
「この言動、おかし過ぎるんだよな、結局書かれてたのは俺の事だけだったし、あの女の事をかすめる内容はせいぜい第五世代の製造に
王廉一族が関わってた事ぐらいだ」
「……待てよ、もしかしたら先輩も第五世代なんじゃないか?」
「それはねーだろ、本当かどうかは知らねぇが、あの女には母親がいてその体内から出たってことは本人が言ってるんだ、
俺達は女の体を通さない、試験管で産まれ、人工子宮の中でPFCとシリコンチューブの管から流された人工血液で形成される、一種のホムンクルスみたいなもんだ」
「でも真理亜は自分は王廉族の中では異端だって」
「あー、そうするとレンがそういってた理由も大体分かってくるな、そうするとあいつは間違いなく大嘘つきだな、信じない方がいいかもしれないぞ、
あのレポート資料」
またチャンネルを変えるとそこにはカナから貰った、資料の画像があった、どうやらここにあるテレビという物は記憶を鮮明に思い出す機械のようだ、
単に自分の意識を再生しているだけなんだが、イメージが付くとこういう形になるみたいだ。
「レンは限りなく黒に近いグレーか」
「そうか、じゃあこいつは出会ったら強めの半殺しでいいんだな」
色の濃淡で他人の生き死にや、殺し方を決める話では無かったはずだが、レオンはふざけている様子が一切無い、
それゆえに恐ろしくもあるが、彰は何故かそれを見て愉快な奴だと感じた。
「聖ソフィアについては、あいつらは、あいつらの思想や宗教動いてるから理解もできないし放置でいいよな」
「俺に聞かれてもわかるか馬鹿野郎、第五世代の残党なんてしらねーよ、俺はリシュアが居ればそれでいい、そいつらは黒だ、黒!」
手をぶらぶらさせ面倒くさそうに答えるレオン。
「そのリシュアって何なんだ?色々今回でリアが普通じゃないのも分かったけど」
記憶を共有している、といってもレオンの記憶を全て持っている訳では無く、言うなれば保存している場所が彰になった7年前から同じになっただけで、
過去の記憶は、パソコンで言うハードディスクの内部にもう一つ仮想ハードディスクを作り上げてそれに記憶しているような感じなのだ。
「リアも多重人格化してるんだよ、その片割れがリシュアだ」
「俺とお前みたいなもんか」
「そうだな」
チャンネルをまた切り替え始めた、砂嵐、砂嵐、砂嵐からのリア、からの砂嵐、からの真理亜の顔写真のような静止画が映し出される。
一瞬リアが入ったの彼の雑念なのだろうか。
「最後だな、真理亜だ、お前の大好きな王廉真理亜先輩だ」
さっきまでの呼称とは違い、フルネームで丁寧に先輩までつけて、その悪人面で笑い、さらに悪人っぽさを増す。
「言動に悪意が感じられる」
「俺は元々悪意しかねぇけどな」
そういう男だった。
「先輩は、敵じゃない、一番に守らなきゃいけない大切な存在だ」
そう真剣な表情で彰は答えた、事の全ての始まり、強くなろうと思ったきっかけ。
それに対してレオンは、
「くっ、あはははっはっーはっ!」
笑った、笑い転げた、テーブルをばんばん叩き時には悶えながら今までに無いほどに笑っていた。
真剣に答えた彰は気恥ずかしくなる、別に間違えたことを言っている訳ではないが、こうまで笑われると少し落ち込む。
一通り笑った後、レオンが大きく声をつけながら息を吐いて。
「お前さ、いい加減にしろよ」
さっきの彰に負けないほどの真剣さで、レオンは彰に怒りの視線を送った。
「は?」
彼の言動を上手く理解できなかった、理解しようとも思考してみるが、まったく読み取れない。
「リアはどうすんだよ」
「なんでここでリアが出てくる」
「お前は全てを救おうとか、世界中平和になれとか、くだらねー偽善者主義を持っているみたいだが、
人間ってのは、いや個人というべきか、個人はそこまででかい力はねーぞ、せいぜい見える範囲、手を伸ばせる範囲、手に負える範囲しか救えねーんだ、
なのに、先輩を守りたいだ、リアは大事だ、カナを悲しませたくない、レティはいい奴だ?」
レオンは急に立ち上がり彰の胸倉を掴んだ、目は釣りあがり、眉を寄せ、いらだちを隠そうともしない。
「笑わせるな、怒りを通り越して笑えるぞ馬鹿野郎」
「くっ、それの……何がいけない!」
一度舌打ちして、彰が元座っていたソファーに投げ捨てるように彰の胸元から手を離した。
「お前には最初からこういう議題の方が分かりやすかったか?
だから、お前は結局、誰が敵とかじゃなくて、誰の味方に付くんだよ」
「困っている人がいたら助けるのが人の道理だろう、悪意しか無いお前に何が分かる!」
「助けられてればの話だな、お前のは助けてないんだよ、真理亜にしろ、リアにしろ、カナにしたって、
中途半端に助けて後は放置だ、助けるなら助けるだけの責任を持て!」
レオンはソファーごと彰を蹴り飛ばす、豪快な音とともに転がり地面へ直撃する手前で受身を取り、なんとか体制を戻した。
「放置はしてない、先輩だってこれから普通の女の子としての日常を作るためにがんばってる」
「真理亜にとってそれが幸せか?本当にお前はあの女の事わかってんのかよ」
レオンの右ストレートが彰の頬に叩きつけられた、痛みは意識の世界なので無いが衝撃として視界がゆらぐ。
「黙れ、カナだって、もうあの一件が片付いて今は普通に笑ってるじゃないか」
あの一件とはカナを始めて助けた時だ、数ヶ月前になるカナの婚約騒動のごたごたを片付けた事だ。
言葉と同時に反撃の回し蹴りをレオンに繰り出すも、脚をつかまれそのままテーブルの上に投げ飛ばされた。
「お前、文化祭の時のカナの告白はどうした、ちゃんと聞いたか、思いを心に留めたか?その結果はカナは幸せだったのかよ」
文化祭の時リアの記憶を全て思い出し、カナの告白の返事は返したが、まともな意識の時ではない、
そしてあの大雨の中、彰はカナを放置した、付き放し置いていった。
「ごたごたが終わったらちゃんと話をつけるさ、お前に言われなくてもな!」
テーブルから勢いよく立ち上がり、テーブルを蹴り飛ばした、
その勢いでテーブルはすべりながらレオンにぶつかりそうになったが、
寸前で跳躍し、テーブルの上に土足で乗り動きを止めた。
「リアはどうだ、あの時、記憶を取り戻した時にただ感情的に言ったが、お前は本当にリアが好きなのか?」
「おいおい嫉妬かよ、お前一応俺なんだろ?」
レオンはテーブルの上に立ったままめんどくさそうな顔をして、胸の前で両腕を組んだ。
「だからこそだ俺はお前に問いたい、偽善者のお前はもしかしてリアに抱いている感情自体がもう偽善なんじゃねぇのか?」
「なんだよ、それ、別に慈善活動でリアと付き合ってるわけじゃねーぞ」
「わかるだよ、お前は俺だからな、感情が流れ込んできたぜ、お前はあの時考えてたはずだ、感じてたはずだ、
リアが今まで積み重ねてきた時間の意味を、お前を好きだったのに今まで気づかれなかった時間の事を、
するとどうだ、リアがすごく可哀想に見えてきたんじゃないのか?またいつもの偽善者性正義病で救いたくなったんじゃねぇのか?」
彰は返す言葉を失った、自分の意思を知っていて、自分の記憶を知っていて、
だけど違う自分、その明確なる第三者の言葉を一概に全てを否定できなかったからだ。
「……と、そろそろ時間みたいだな、短い時間だけどお前と喋れて楽しかったぜ、この疑問の答えは現実世界で出しな、俺からの課題だ、じゃあな」
そういうと真っ黒い闇がどんどんと明るい光の白へ変わっていく、足元が崩れるというより侵食していくような、水に墨を垂らすような感覚で。
「おいっ!ちょっと待て、まだ話は……おわっ……て」
急に意識が朦朧としていき、彰の視界から世界が一瞬のうちに解けた。
目が覚めると、
一番最初に目に映ったものは、よく見知った、深緑の髪。
「せん……ぱい……」
息がしずらい、どうやらここは病室で、息がしずらいのは、
ベットの上に横たわっていた彰の上で、小さく可愛らしい寝息を立てている先輩のせいではなく、
単に補助呼吸器をつけていたから。
左手はゆっくりだが動いた、そのままゆっくりとそばにいる真理亜の髪を撫でる。
絹のような肌触りで、色艶も彰自身の髪と比べかなり綺麗で、ずっと触っていたくなるくらいだ。
「んっ……?」
それに気づいたのか真理亜がすぐに目を覚まし体を起こした。
「おはようございます」
「あ……彰、でいいんだよな……?」
小さく、かすれそうな声で常としている凛とした表情を崩すのを隠そうともせず、真理亜は目を細め今までに無いくらいに笑っていた。
「何言ってるんですか、変な先輩だなぁ」
一度笑って、すぐに笑顔では無く泣き顔になり、その表情が恥ずかしいのか、真理亜は口元を押さえて泣き始めた。
「よかった、本当に生きててくれて」
その表情を見て、つい抱きしめたい衝動に駆られたが、先ほどのレオンが言った事を思い出してしまい、
その気持ちを殺した。
伸ばそうとした手をそのままに補助呼吸器マスクをはずした。
(嫌な課題を残していきやがって)
一通り泣き終えて、気分を落ち着け、下らない日常会話を楽しんだ後、一拍置いて真理亜にたずねた。
「それで、結局俺は何日眠っていたんです?」
「17日だ」
ちょっと寝坊している間に11月に突入していたようである、レオンに与えられた課題以前に学園の課題が山のようにありそうで、
日常に戻れるか彰は不安になりつつも、現状があまり変わっていないことに安堵する。
「あの後何が起きたんです?俺はレオンになってから意識が無くなっちゃってて」
「そうだな、順を追って説明していこう」
真理亜がベット脇の棚の上に置いてあったお見舞い品の梨をひとつ取り、その棚の引き出しに入っていたナイフで、皮をむき始めた、戦闘以外で刃物を持つ姿も意外にさまになる。
「まず、君はレオンに切り替わってあいつと戦闘をしたが、全力の私の前ではまったくと言っていいほど戦いと呼べる物にすらならなかった、
レオンを数発殴り気絶させ、終息を迎えたにも思えたが」
そこで真理亜は一区切りおいた、手元の梨を剥き終えて、皿に盛り付け彰のベットに添えつけられている食事用テーブルに置いた。
「が?」
「多分今回も君の意識じゃないんだろうね、レオンでも君でもない、別の何かに君は変化した」
「どんな奴でした?」
「3つ目の君は、ただ人を殺す殺意しか感じられなかった、あの場に兄さんがいたから二人で君を捕縛して事なきをえたが、私の兄さんですら、
もう二度と戦いたくないとつぶやいていたよ、それぐらい君は強暴で凶悪化した」
「レオンより凶悪な俺……はは、もうなんだか終わりじゃないですか」
今までは人間から人間まがい程度になるくらいだったが、あの凶暴な性格のレオンよりも凶悪な存在。
それによって彰の曖昧な位置が、完全な化け物へと転がり落ちた。
「まだ君は終わってない、こうして戻ってきている、君の人格はまだレオンよりも、第三の君よりも優位に居るという事だ」
「そうですね、ありがとうございます」
真理亜の目を見て微笑みを浮かべると、気恥ずかしそうに真理亜は目をそらした。
「何故礼を言う」
テーブルにおいた梨を一つ、つまんで食べる。
「それで先輩は何処まで聞いたんですか、僕の事を」
「兄から情報をリークしてもらっただけだからな、君が第五世代という新人類のアーキタイプであり、三世界に悪影響をもたらすという事ぐらいしか聞いてない、
後、銀の指輪の事だな」
「そういえば銀の指輪何処行きました?」
自分の手のひらを見ても、あの10個していた指輪は一つもない。
「一応君は今、観察処分者という立場にある、無闇に武器になるような物はわたせん」
「やっぱり、まぁそうじゃないかとは何となく思ってましたけど、そういう扱いなんだ」
彰も一つまみ梨を取る、腕に刺さった点滴からの栄養補給以外の久しぶりの食事に、口にすこし違和感を感じる。
「それで……彰、お前何処まで……覚えてるんだ?」
真理亜は顔を真っ赤にして、たどたどしい感じで彰に尋ねた。
その様子を見て、真理亜が何故そんな表情なのかを考えて、つい昨日にも思える17日前の記憶を探る。
真理亜と第二グラウンドで殺しあった日、真理亜の負の一面を少しだけ見た日、
だがそれとは違う感じである、その事だけではこのような顔をしないだろう、
ビデオを早送りしてるように過去の記憶を一つ一つ思い出した、おそらくこうしてる時、レオンはあのテレビで過去の映像でも見ているのだろうか、
と余計な事を考えた後、それに該当する一つの言葉を思い出した。
「覚えてます、レオンになる前に先輩が俺に言った言葉も」
忘れるはずが無い、むしろそれが一番気にしている事だ、あの日、王廉真理亜に受けた愛の言葉。
ただ率直に、簡素に「お前を愛している」という彼女らしく、気高く、力強い愛の告白だった。
「そうか……それで、どうなんだ、結局リアとは付き合ってるのか?」
真理亜と戦う前日、レティとの戦いの後の医務室で、リアの7年間の告白を受け入れキスまでした、
付き合ってる、と普通だったらそうなるが、一つ気になっていた事がある、目覚める前にレオンに言われた言葉。
「先輩と戦う前日、リアに俺から告白したんです、だから付き合っているんでしょうが、……だけど今は少し、わからなくなってます」
「わからないとはどういうことなのだ」
彼女の声が震え、今にも泣き出しそうだった、その表情を見ていられなくなり部屋の窓に視線を向けた、
外も曇り空で、窓から見えるものは、彰が住んでいる町とは違う町並みだった。
「リアは大切に思っています、でもそれが本当に愛してるかどうかはわからない」
「そうか、色々ありすぎたしな、私は……返事を待ってていいんだよな?」
彰は答えられなかった、ここで答えてしまえば、リアの時と同じになってしまう。
しばらく何も喋らなかった、お互い何を言えばいいのかわからず、ただ心電図の音が彰の揺れる心を機械的に描いた。
―――雨の中でワタシは目覚めた、土砂降りの雨が容赦なくワタシの体を叩く。
すごく、すごく悲しい、最初に抱いた感情はそれだった、ただ悲しみの理由が分からない
周囲を見渡す、そこは紛争地のように土が盛り上がり、焼け焦げた臭いがした、だがすぐ近くには建物があり、
そこが壊れていないことを考えるに、ここは戦場ではない。
「ワタシはだれなの?」
ワタシの声を聞いた、おかしいワタシの記憶が無い、だけど私は喋れる、言葉は誰に教わったのか、分からない。
「おい、アンタどうしたんだ?」
声がしたほうを見ると、そこに黒い髪をオールバックにしてる男が私をみて心配そうにしている。
走って駆け寄ってくると彼がさしていた傘を私に差し出した。
「分からない、私は何をしているのか、何者なのか、何も思い出せないの」
「記憶喪失ってやつか、すげーボロボロだし雷にでも打たれたのか?とりあえず医務室に行こう、ここの近くの校舎だと普通科側の医務室が一番近いはずだ、歩けるか?」
そういって目の前の彼は微笑んだ、その微笑みもどこかで見たような気がする、だが彼ではない別の誰かだろう。
「うん、体は全然怪我してないみたい」
彼の後をついていく、悪い人ではなさそうだ、一番近くにあった建物に入ると、そこは下駄箱が置かれた入り口、
つくりからしてここは学校だろう、彼が来客用のスリッパを出してくれた。
「そうだ生徒手帳に君の名前書いてないのか?」
自分の服を見る、ポケットがいくつかあって、スカートはほとんど下着を隠してくれていない、
適当にポケットに手をいれ捜してみる、するとかろうじて形があったスカートのポケットから手帳らしきものが見つかった。
「お、それそれちょっとみせて」
彼に手帳を渡す、そういえば彼の名前を聞いていない。
「あなたの名前は?」
「ああ、そうだったな、悪い悪い、俺は普通科2年C組の加藤凛矢だ」
「リンヤ?」
奇妙な名前だ。
「で、君の名前はと……レティ・ベネッタ?」
手帳に書いてある名前はそう記されていたらしい、つまりそれが私の名前らしい。