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百銃王  作者: シメオン
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9話「停滞日常の終わり・中」

文化祭1日目


朝一番に全校生徒を体育館に集め、文化祭の開会式が始まった、長ったらしい学園長の話や、こういう行事にしか姿を見ることがない、

学校の偉い方がリレーのようにありがたいんだろう祝辞を述べているが、まだ若輩の彰にとっては雑音+1程度に過ぎなくて

、内容なんて大人になったらわかるんだろ程度に聞き流していた、体育館の生徒側ではもうすでに衣装に着替えている物や、浮かれムードであまり教員の話を真面目に聞いている者はほとんどいなかった。

そんな中にいたって普通の生徒佐藤彰はいた、黒髪はあまりいじっておらず特にこれと言って服装を乱しているわけでもない、ただその日の佐藤彰には違和感があった。その違和感に前に並んでいた加藤がいち早く気づく。


「彰、お前眼鏡どうした」


「なんか朝起きたらフレームが壊れててさ、危なっかしいからかけてこなかったんだよ」


「前見えてんのか?」


実は彰は極度に視力が弱く、眼鏡をかけていないと1m以上先のものがちゃんと見えないのである、ぼんやりと形がつかめるので歩いたりとかはできるので、気にしなければ気にならないが。


「実際のところあんまり見えてないな、今朝はリアと一緒に登校してきたから何とか来れたけど」


彰はあまりリアに迷惑をかけるのはよくないと、今日にでも駅前にある眼鏡屋に行って眼鏡のフレームを直してもらおうと思った。

長い開会式が終わり、教室に戻りいざ文化祭の準備を進める、学園にいるときだけは戦闘を忘れられて、それだけで少し落ち着いた気分になれた。


「あれ、リアは?」


教室に彼女らしき姿が見えない、ふらふらと教室の壁に手を着きながら良く探してみるが、恐らくはいないだろう。


「そっか……そういや料理部で模擬店やるって言ってたもんな」


彰は一人つぶやくと壁に手を着きながら廊下に出る。人が賑わう廊下をゆっくりと歩く、いつもとは違い魔術科の亜人種の人や、法術科の天界人の人もちらほら歩いていて、いつぞやの宇宙ポートを思い出した。


「だいじょぶ?」


文化祭ムードで騒がしい雑踏と雑音の中で、確かに小さい声が聞こえた。

耳元でささやくように聞こえた小さな声の主は、彰を優しく抱くように身体を支える。


「レティ?」


燃えるような紅い髪の小さい女の子が、一回り大きい自分を支えている事に何か気恥ずかしさを感じて、彰は赤面する。


「どうしたんだ?こんな所で」


「友達……いないから」


彼女は寂しそうな声でそんなことを言う、今も一人では何もやることが無く、仕方なく暇つぶしにぶらぶらしていたら、彰を偶然見つけたのだろう。


「一緒に回るか?」


その言葉を聞いてぼんやりとしてわからないが、確かに子供がびっくりした時のような顔をして、そのすぐ後にうつむいて小さくうなずいた。


「あー、わりぃ……でも模擬店が出てる位置、今チョット見えずらいんだ、悪いけどかわりに見てくれないか」


彰の制服のポケットに適当につっこんであった、文化祭のパンフレットを取り出しレティに手渡す、所々折り目が付いているのは興味があった所を良く見直すせいだ。


「その癖、直ってないんだ」


「え……?」


「いいよ……僕が見るから」


レティはパンフレットを彰の手から奪い、適当に折り目がついていた所を読み上げていった。


「校舎前に出てる同好会の出し物コーナーが若干気になってた」


「じゃ、そこいこう」


視界が悪いので、レティに連れられ恋人同士のように腕を組んで階段を下りた、下駄箱で靴を履き替えるときも、

子供の世話をしている母親のような感じで、靴まで履かせようとしてきたので、流石にそこまでは悪いので断り、適当に靴のかかとを踏みながら歩き出した。

校舎の外にでると、屋台のソースの臭いや、お菓子のような甘い臭いがあたりに漂っていて、人も校舎内よりも多くいた、夜店の様な射的や金魚すくいまである。


「お、普通科兵器開発専攻部の射撃屋とかなんか本気だな」


ゴテゴテに広告を貼りまくったテントのしたに、射撃スペースと景品スペースが分かれており、射撃スペースは26mmのコンクリート壁で囲まれていて、上部は1mmのベニヤと鉄パイプを組んだ適当な屋根に衝撃吸収の術式が描かれている布で被ってテントがつくられていた。


「1回やりたいんですけど」


恐る恐る近くにいた部の受付の人に話しかけた。


「はい、500円ね」


迷彩キャップを被った女の子が笑顔で手のひらを彰の前で差し出す、少し高いように思えたが面白そうなので、彰はサイフの中から1000円を渡して、それを受け取ると女の子がおつりを渡してから、奥に飾ってあった銃を3つ持ってきた。


「銃のタイプは3個あるから、お好きなのを選んでちょーだい、Aタイプは軍用のハンドガンにメタルストックとレーザーサイトをつけたもの。

Bタイプは89cmロイヤルダスクって呼ばれるショートタイプのライフルね、ドットサイト装着と内部シリンダの前後に反動吸収剤を多く使用してるわ。

Cタイプは魔術科の生徒と共同開発した、ハイドラフォートって言われる特殊スコープつきのノーマルリボルバー、使用弾数はどれつかっても12発までだからそこらへんは気にしないでねー」


全てがノンカスタムから程遠く、ゴテゴテに改造されまくっている銃達を目の前に彰は迷う事は無かった、手にしたのはAタイプとCタイプ。


「2つも使うのか彰?」


レティが不思議そうな顔をして、彰の制服を引っ張る。


「ん?だって一つ選べなんて言ってないだろ」


「じゃあ弾は6発ずつでいいかい?」


受付の女の子がタイプBの銃を下げると弾丸を取り出し、抜き出そうとした所で彰がそれを止めて。


「いや、Aタイプのハンドガンの弾だけでいい」


そういうとCタイプのハイドラフォートと呼ばれる少し小さめのスコープをとりはずして、タイプAの銃に取り付け、

レーザーサイトの照射機を外す、元々メタルストックが付いている銃の上部にスコープを乗せているので、まるでライフルのようになった。


「面白いことするねぇ」


受付の女の子が怪しくニヤリと笑い、ハンドガンの弾丸を箱に詰めて彰に渡した。


「そこの壁にかかってるルールを軽く読んだんだけど、精密射撃っぽかったから、ミドルレンジで一番集弾率が高いハンドガンを選んだほうがいい。だが今日は晴れ、

レーザーサイトなんていう物は元々明るい場所なんてのに向かないし、太陽の光でほとんどポインタなんて見えやしない、だったらスコープをつけた方が良い」


そういうと彰は銃のグリップの感触を確かめた後、射撃スペースに移った。


「お兄さんに撃って貰う標的はコレだ」


指差したのは、縦横2cm程の小さい鉄製のプレートだったそれを細いワイヤーで屋根から吊るす。


「12発中3回当てたら景品をプレゼントするよ12発全部当てたら4個あげちゃう」


4発に1発実銃でもそれだけ当たれば名人中の名人だろう。


「……彰だいじょぶか?今、見えてないんだろう?」


「ん、そういえば」


銃を握った瞬間、何故か眼鏡をかけているような感覚になっていた、何かおかしいとは思ったが、例の力なのだろうか。

射撃スペースから受付の女の子が避けて、彰は銃を構えた。


(……スペック24、初速修正、プレッシャーによるシリンダ内のブレ修正……ハイドラフォート未スペック、カタログナンバー1872に類似、擬似判定に誤差スイッチ上2クリック修正……)


そう小さく誰に言うでもなくつぶやいた後、ゆっくりと息を吐き呼吸を止める、右手人差し指でゆっくりとトリガーを引き、一発目の弾丸を放つ、

轟音と共に一撃目を命中させ鉄のプレートを踊らす、揺れが収まるのを待てば2発目が当たりやすくなるが、そんなことはしない、オオカミが獲物を捕らえるが如くストックを軸に、揺れにあわせ銃口を上下左右に流し、

連続で鉄のプレートを叩いた、それも12回連続豪雨のように。

銃口を下ろすと、鉄のプレートはグシャグシャに変形していた、それを見ていた周りの観客が拍手をして一斉に驚きや賞賛の声を上げた。

それを見ていて、喜んでいなかったのは受付の女の子くらいだ。


「うーん景品はどうしよう、一応12回当てたら4個っていったけど、景品はあんまり在庫無いんだよね、仕方ないから一番高い物をあげよう」


そういって、景品コーナーの奥にあった、小さい銃弾にダイヤモンドがはめ込まれたペンダント出してきた。

正直こういうペンダントとか、アクセサリーの類は似合わない、彰としては別に景品目的ではなくて、只単に射的を楽しみたかっただけなので、どうしようか悩んだ。


「それ、ボクにくれないか?」


女の子には似合わない銃弾のペンダントだったが、特にあげない理由もないし、レティの前に立ち正面からかけてあげるとレティは照れくさそうに笑う。


「ありがと、大事にする」


適当に渡したものなのに結構喜んでくれたので、彰はなんだか申し訳ない気持ちになった。

その後、レティと模擬店で遊んであっという間に昼すぎ頃になり、

少し疲れて、漫画研究同好会の作品展示部室の椅子で座って休む事にした。


「彰は……この世界をどう思う?」


レティがそんな事を急に問いかけてきた、どんな意味で?と質問に質問で返したらおかしいと思い、らしい言葉を考えていると、レティがさっき渡したペンダントをいじりながら言葉を続けた。


「この地球は、魔族も人間も神族も、何の差別もなしに共存していて、当たり前に平和だ……でも、ボクの世界じゃ毎日数百人単位で異種間での争いの戦死者はでるし、毎日同じ場所で安心して眠る事すらできないんだ」


彼女は少し感傷に浸っているような顔をしていた、それをみて少しばかり共感してしまう、真理亜を助けに行った時に見たあの光景を思い出す、

爆音と怒号と悲鳴が入り混じるその状況が遠くはなれた星では当たり前に起きているのだ。


「魔界も平和になればいいのにな」


「違うよ彰、もう魔界は平和なんだよ、ある意味ね」


「なんでだ?数百人が毎日死ぬ世界なんだろ?」


「元々、食物があんまり育たないからね、弱い種は死んで減ってくれたほうがいいんだよ、

そうやって強くなっていく、この地球だってそうだ、おおよそ70年前、歴史的世界大戦で地球は半壊したからこそ、今がある」


彰が描く理想の世界とは程遠い、平和。

いくら平和な世界でも毎日死者はでるし、毎日犯罪は起きる、じゃあ戦争がおきている国では皆生きられないのか、犯罪は多いのか、そもそも平和は何をもって定義すべきものなのか。


「彰は全世界の平和を目指してるみたいだけど、そんな物はもう既に叶ってるんだよ。彰が本当に欲しいのは、目指すものは平和じゃない、正義だ。困っている人を救う正義、弱者を護る正義、彰はそれになりたいんじゃないかな」


「何が言いたいんだ」


「もしも君がその真逆の存在だったらどうする?」


彰は苦い顔をして、レティを見る、彼女の表情は冗談を言って笑わせようとしてるようには見えない。


「なんだその仮定話、冗談だとしても笑えない」


「……そうだね、やめよう」


レティはそういって彰の手を取った、きゅっと小さく握ると、しばらくそのまま眠ってしまったかのように目を閉じてレティの動きが止まった。


「リアの所に行かなくて良いの?」


その一言でリアの料理部をやっているという話を、一気に思い出す、


「やばい忘れてた、まだ間に合うかな」


なぜ忘れていたかはわからないが、大事な事だと思う、時間はまだ大丈夫だろう、急いでレティの手を取りそのまま料理部の模擬店の場所へ向かう。

少しばかり急いでレティを引っ張って走る、視力が落ちた視界ではほとんど何も見えないが、毎日行き来している場所くらいは目を瞑ったっていける。

魔術科の2階の一番角の部屋だったはずだ、法術科の校舎を抜けて魔術科へわたる廊下を渡る時に、レティが急に彰の手を振り解いた。

急に振りほどかれたので、彰は前方にバランスを崩しそうになったが、なんとか踏みとどまった。


「どうした?」


苦しそうに激しく呼吸をしながら、レティに話しかける、彼女も得意の肉体強化を組む時間も無かったのだろう、彰と同じように少しつらそうな顔をして、額には綺麗な赤い髪が張り付いていた。


「ごめん、ボクはこれ以上いけない」


「どうしてだ、リアと顔見知りだろ?」


「とりあえず、ボクがその場にいると少しややこしい事になる」


そういうとレティは手を振り、彰の進行方向とは逆に走って行った。



◇◇



真理亜は生徒会の風紀委員の仕事を手伝い、グラウンドを歩いていた、全方向からの攻撃を警戒し、常に王廉剣と呼ばれる幅広の両刃騎士剣を片手に、あたりを見回しながら歩いていた。


「やぁ、元気だったかい真理亜」


その声は自分の後ろからした、自分の後ろは常に視覚の死角になるので、必要以上に普段から警戒しているはずなのに、後ろに立たれた。

そんなことをできる人間は思い当たるのは数少ない。


「兄様」


そこに立つのは優しく狐目で微笑む、紺色の着物を着た20代前半くらいに見える若い男、髪は銀髪を適当に短く切っている、王廉真理亜の兄である王廉霧夜だ。

彼は日本刀を背中に背負い時代錯誤のサムライかもしくは忍者のような井出達で、周囲の目を引いていた。


「ちょっと仕事でこちらによる事になってね、様子を見にきたんだけど、ずいぶんと大きくなったね」


「兄様こそ、戦神の気迫と隠密としての気配殺しも、お変わりなく」


「所で、今回の僕の殺害対象なんだけど、真理亜は知っているかな」


真理亜は霧夜のその言葉で思い出した、王廉霧夜の仕事とは、間違いなく戦闘傭兵か暗殺命令だ、でなければ真理亜の学園の文化祭などにわざわざ立ち寄る事などない。

真理亜の心臓は高鳴り、緊迫した空気が二人の間に流れる。


「対象名は佐藤彰、瀬戸口リアの二名だ」


文化祭でにぎわう雑音の中で、確かに聞こえたその名前、よく知る二人の名前に真理亜の背筋が凍りつく。


「何で二人が……」


「その様子だと知っているようだね、僕も殺害対象の詳しい内容まではしらないけど魔族、神族、人間界の3方面からその二名と、聖ソフィア教会の拘束又は殺害指令が出されている、

はっきり言ってこんな事は異例中の異例だ、核砲弾でもその肉体に内包してるのか彼らは」


そういって真理亜の表情を見て、霧夜がふいに背中に背負っている日本刀を鞘から抜いた、

刃渡り140cmという長刀、王廉剣「暁」、刀身には紅蓮の炎の模様が刻み込まれていて、王廉真理亜が使う日本刀と対を成す形をしている。


「さて真理亜、ここで僕を倒せば彼ら二人を救えるよ?」


霧夜の微笑みは崩れない、真理亜の身体は震え、この危機を回避しようと思考をめぐらせるために脈が早くなる、腰の刀を抜けば戦闘が始まる、

抜けるわけがない、勝率など最初から0だ、だがここで抜かなければ間違いなく彰は殺され、リアまでも殺される。

(……それだけは嫌だ)


残光刹那の時には刀身までは見せない、真理亜の刀がゆっくりと鞘を舐めた、刀身は真っ黒で光を反射しない、そこに術式が描かれその意味を成す、術式の意味は「重力からの解放」、ほぼ重さ無しでその剣は振れる。


「ふむ……以外に普通の学園生活を遅れてるようじゃないか」


「?」


そういうと霧夜は微笑みのまま、暁を背中の鞘に納刀した。

その様子を見て真理亜はその状況を理解するのに、若干時間がかかった。


「趣味が悪いです兄様、私を試すなんて」


「まぁ、こんな所で戦えば無関係な人間に被害が及びかねないからね、そんなのは後処理が面倒くさい」


「では彰を殺すという話も冗談ですか?」


真理亜も緊張の糸が切れ、一息つくと刀をしまう。

その問いに、霧夜はこれまでしていた微笑を始めて崩した。


「だと良かったんだけどね」






料理部の部室は昼を過ぎて、客入りのピークが終わり静かになっていた、今は客も2人しかいない。

その中に、エプロンドレスと三角巾姿のリアはいた、2時間程前からずっと携帯が鳴るのを待っているのか、何度も学生カバンの中の携帯を確認していた、

レンはその姿を見て何かを推測している。何度目かの校内放送の模擬店販売の案内が流れている時だった。

勢い良く、音を立てて部室に一人の学生が入ってきた。その姿をみてリアは凄く嬉しそうに微笑みながら駆け寄る。


「いらっしゃいませ彰君」


「あ、ああ、ごめんなリア遅れちゃって」


そんな謝罪をしながら、近くにあった、レースのテーブルクロスで飾ってある丸い小さなテーブルの、適当な場所にあった椅子に、走って荒くなった息を落ち着けながら腰を下ろす。


「いえ、気にはしてませんよ、……何してたんですか?」


前置きの建前の後に思わず本音が漏れたのか、語尾は少し声のトーンが低かった、恐る恐るリアの表情をうかがう。すると綺麗な焦げ茶色の瞳は彰の心の奥底を見通すかの如く、静かに彰の瞳を見つめていた、表情は一切の冗談も許さないような無表情。


「ずっと……一人で見て回ってたよ」


できるだけ気付かれないよう、作り笑いをする。

そもそも何故レティといた事を秘密にしなければいけないのかを理解できない彰であったが、

別れ際のレティの真剣さを見たら、彼女の思いも汲んであげるべきだろうと思えた。

リアは一度優しく笑うと、A4サイズに印刷されたメニューを渡してくれた、彰はそれを受け取ると、適当に飲み物を頼む。

メイド服の様なリアの後姿を見て、一瞬父性心みたいなものが疼いて、回りにいたなんだか凄くお近づきになりたくないオーラを出している他の客二人に対して、

殺意の様な視線を送ってしまった事に、なんだか自分は終わってるなと感じる。


「この後、二人で模擬店を見て回りません?」


適当に頼んだいちごみるくが入ったコップを、静かに彰が座ってる席のテーブルに置いた。


「そうだな、もう1日目の出し物の終わりの時間近いから、そんなにたくさんは回れないと思うけど」


急いで飲み物を飲んで、リアも自分の荷物の貴重品だけを小さいバックに詰めた、レンに事情を説明して、リアはいつものようにぱたぱたと彰の側に駆け寄る。


「さ、行きましょう」


「ん、リアまさかそのままで行くのか?」


「着替えてる時間もったいないじゃないですか」


そういうと、エプロンドレスのままリアは彰の腕に自分の腕を絡ませた、殆ど視界が認識できないためとはいえ、これではいかがわしいお店から出てきたアフターの客みたいだ。


「まぁ、いいか……」


店を回るために適当にふらつく、模擬店の商品はぼったくりに近いような、いわゆるお祭り価格で、親の仕送りで生計を立てている彰にとっては手を出す気になるものはあまり無い。

リアは彰とは真逆で、見た物全てに反応して、彰にできるだけ内容を伝えてくれている、視界がほとんど無い彰を気遣ってくれてるのだろう。

きっとエプロンドレス姿の女の子に引きつられて歩く姿は、周囲から明確な殺意が混じった視線を浴びているに違いない、このときだけは視界不良でよかったと思えた。


「リア、俺に気遣ってくれなくて良いから、リアが行きたい所は無いのか?」


「特に無いですね、あ……一つだけ少し興味があるものがあります」


そういって、彰の腕をグイグイと引っ張り、強引に薄暗い教室に入った、当然彰はこの間、視界不良により、まったく状況のつかめないまま気づいたら教室内にあった椅子に座っていた、そこには黒いテーブルクロスがかけられた机があり、その上に水晶玉がおかれ、横には怪しくランタンが3個置かれていた、その脇に何に使うのかよくわからない、何かの骨らしき物体と、これまた何に使うのかわからない札が置かれていた。


「魔術科占い部屋にようこそ」


そう目の前の黒いベールにつつまれた、お姉さんが艶やかな声で怪しく彰に言う。


「えと、とりあえずどういうメニューがあるのかな?」


「私ができるのはタロット、水晶、気線、手相、霊泉術ですね」


普段、人間界でよく聞く水晶占い、タロット占い、手相鑑定くらいはわかるが、二つ何か聞き覚えのない用語が飛び出してきた。


「気線か霊泉が良いと思うんですけど、彰君はどっちがいいですか?」


(おおっと地雷を踏んでしまわれた)


彰は危険な香りがする、とても怪しい占いをどちらにするか、頭の中のもてる知識を総動員させて考え、とりあえず気線にすることにした。


「あい、では、お二人の名前を頂きますがよろしいですか?」


そういいながら占い師のお姉さんは、机の下から紫色の紙と銀色のペンを取り出しそれをリアの前に差し出した。


「彰君、字書けます?」


「なんとか」


目を細めて張り付くような距離まで紙に顔を近づけ、なんとか名前を書く。

占い師のお姉さんはその紙を受け取ると、一度眉を寄せた。


「お二人とも本名かいてます?」


「ええ、本名ですけど」


「俺もだ」


一応、学生書を見せる、すると占い師のお姉さんは何か納得したのか、机の脇に置いてあった長さ30cmくらいの、なんだかわからない骨を右手に持ち椅子から立ち上がり、その骨を一度地面に叩き付け、跳ね返ってきたのを上手くキャッチして、今度はその骨で壁に術式を刻み始めた。


「術式構築の一片を見るに、マナ回路分析とかの魔術式に似てるな」


「はい、出ましたー」


ぽん、と小さい煙を上げて、木でできた小さい札が地面にころんと二つ落ちた、その木札を拾い上げるとリアと彰に渡した。


「うーんと、俺のは、「女難の相有り」なんじゃこりゃ」


「私のは「思い必ず叶う」です」


「まぁ、当たるか当たらないかはわからないけど、それは近い未来の君達の気の流れだから、悪い結果が出たなら注意してね」


特に訳のわからない説明をされ、とりあえずひと段落したみたいなので、御代を支払い、店を出ていこうと椅子から立ち上がった時にお姉さんに、呼び止められた。


「貴方達、見た所人間よね?真名を名乗らないのはやっぱり……いや、呼び止めてしまってごめんなさい」


そう、意味深な言葉を残してお姉さんはさっきの所に戻っていった。




その後、リアは急に彰の手を取り、魔術棟の6階まで一気に階段で駆け上がった。

屋上から1階下の階層は他の階と違い、少し短い廊下だった。

そこの窓から見る風景は懐かしく、今も昔も変わらない、変わらないといっても7年ほどの記憶しか無いのだが。


「綺麗ですね、夕焼け」


リアは窓を開け、乾いた風に髪を揺らした。

オレンジ色に染まった空は、雲ひとつなく、夕日の明るさは何処となく寂しげだった。


「ずっとこのまま変わらないと良いな」


つい思ったことを口にした、思えば半年でかなりの厄介ごとに巻き込まれた、魔界での戦争参加や、聖ソフィア教会との戦闘、銀の銃。


「変わらないですよ、ずっと」


リアは優しく微笑む、その表情を見るたびに少し心の底でむず痒く感じる。


「彰君……最終日は真理亜先輩と回るんですってね」


少し小さめの声でリアはそんなことを言った、別に隠していたのではないが、急にそんな話題になったので、驚いて一瞬身体が硬直する。


「誰から聞いたんだ?」


「彰君、文化祭で流行ってるおまじないとか、興味なさそうですもんねその意味わからなくて当然かな」


リアは彰の問いにまったく答える気は無いのか、独り言のように彰に話しかける、その目は冷たく、殺意に似た感情が溢れていた。


「どうしたんだリア?」


「いい加減、停滞しているのにももう飽きました、そろそろ答えが欲しいんです」


リアが彰に近寄り、彰の胸元に細い指先を這わせる。

フリルがあしらわれた可愛いらしいウェイトレスの衣装は、かなり胸元が強調されるように作られていて。


「リア、離れてくれないか?健全な一般男子学生としては、これ以上はいけない展開になりそうだ」

彰の表情を見て、小さくため息をつく。


「……待ってますから、思い出すまでずっと」


そう一方的に告げると、リアは急に離れて階段を駆け下りていった。

追いかけて探そうかと思ったが、残念ながら彰の視界はゼロに近く、人探しには向かない状態だった。







二日目

一日目とは違い、空は曇天で今にも雨が降り出しそうな勢いな感じのクセに、何故か気温はそれほど下がらず、むしろ湿度が増した分昨日より暑い。

佐藤彰はというと、その教室の隅のほうで一人、携帯が鳴るのを、今か今かと心待ちにしていた。昨日帰った後に眼鏡店に行って、フレームを直してもらえないかと注文をすると、なんとたったの2時間ほどでフレームとレンズ補正までかけてくれて、新品になったわが相棒に何か涙が出そうなくらい感激したのだが、いざそれをかけて学園に登校すると、クラスメイトの人間に会うたびに「お、眼鏡変えた?」と当たり前のことを何度も聞かれ、少しテンションが下がっていた。

初日と違いクラスの出し物の模擬店はかなりにぎわっており、何故か列までできていた、その大半がフリフリメイド服姿の女子を目当てに来た、キャノン砲かそれ、と一見突っ込みを入れてみたくなるような、でかいカメラを持った魔術科やら法術科の大きなお友達なのだが。


「やっぱり彰はめがねっ子じゃないと、判別が付きにくいな」


後ろからそう茶化してきたのは黒髪をオールバックにして整髪剤で固め、不良っぽい加藤凛矢だ。


「所で今日なんだけど」


「おう、任せとけ俺には万年女日照りだし、お前みたいに代わる代わる遊ぶ友達なんていねーから、存分に文化祭を楽しんできたまえ」


やけに皮肉っぽく凛矢がそういう、今日はカナとの約束があり、模擬店の時間を凛矢に時給630円で変わってもらったのだ。

今日はリアは料理部ではなく、クラスの出し物の方に出ているので、適当に机を並べられた部屋のカウンターで、加藤凛矢渾身の力作「フリフリウェイトレスメイドマークⅢ」を着ていた。


(というかなんだそのネーミング、マークⅢって1と2はどうした、そもそもウェイトレスとメイドってもう職種ちがくねとか、そういうことはまったく抜きにして、それなりに可愛いから困る)


適当に時間を潰してると、遠くから見ても見間違える事が無い、わかりやすいカナの登場だ。

何故そんなにわかりやすいか、100m先にいてもカナだけは一発でわかる、

金髪をツインテールにして、小さな胸の前で両腕を組んで、若干怒っているのか眉がピクピクと動いている。

それだけで該当する対象は全人類で2億分の1くらいの確立だろう。


「先に謝っておく方が事態の悪化を未然に防げると思うんだ、すまない」


「中身の無い謝罪なんて、余計に腹が立ちますわ」


普段よりお洒落をしているのか、リボンが若干変わっていて、校則に違反しない程度に化粧をしているみたいだ、


「普通は殿方の方から迎えに来るものではないのですか?」


「ああ、そうだな、忘れてたけどカナってお嬢様なんだよな」


「どこまでも失礼ですわね彰」


「で、一昨日の件はどうなった?」


それを聞いて分厚いA4の資料をカナは、物凄く機嫌が悪いのか投げ渡してきた。


「それで全部ですわ、一応印刷するときに私も目を通しましたが、彰はそれを見ても何一つ特をしない、だからここでそれを私に返すほうがいいかもしれませんわ」


「自分の過去を知るだけでも価値はある」


カナはその言葉を聞いて、飽きれかえったようにため息をついた。

手元の資料に目を落として、廊下をゆっくり歩き出す、それについていくようにカナも彰の横に着きながら歩く。


レンのレポート――


ここにつづる事は私が独自につかんだ情報であり、全てが真実とは限らない。

まず、佐藤彰についての事を記述する前に第五世代プロジェクトについて語る方が良いだろう。

第五世代プロジェクト、過去人間は脳の重さを変えたり、背骨の配置を帰るなどの自然進化を4回してきた、

おおよその進化研究なので正確ではないが、だが4回目の進化以降、人間の形は3400年の間一切そのフォルム変化をしていなかった、

その間に魔族と神族の進化は追いつき、人は衰退の一歩をたどる一方だ、

それを食い止めるため、人間の更なる進化魔族よりも魔術に長け、神族よりも法術を使いこなす存在を、

人間側に配置しなければ、いずれは地球は滅ぼされると人間側の科学者達は考えたのだ。

魔術者と法術者の協力者を募り、このプロジェクトは開始された、

人間の肉体を基盤とする、魔術師と法術師のマナ回路形成、

肉体を安定させるため、ある種族の性質を加えて再生能力を高め、

その後ついにプロジェクトは第一段階を成功し、新人類開発の最初のプロトタイプを作り出せた、そしてその第五世代プロジェクトの研究成果が聖ソフィア教会に所属している彼らと、

佐藤彰、瀬戸口リアだ。


「リアまで……そんな馬鹿な」


「そんな感じはしていたのですけれどね、彰と以前話した時の全ての記憶にいる、なんて普通疑って当然の存在なのに」


「俺はどうすれば良い」


「それを決めるのは彰次第、私が決める事ではありませんわ」


A4資料にその後つづられていた事は、大よその事の始まり、研究者の人数、研究施設の紹介や、

魔術回路の構築技術に、機械工学から、生物学、遺伝子工学にわたってのありとあらゆる第五世代開発の技術の説明だった。


「この事はまだ誰にも話してないよな」


泣きそうな顔でカナに問いかける。


「リアさんは彰や聖ソフィアと同様に、第五世代の何らかの力を持っているはず、リアさんの立ち位置が分からない以上、

下手に動けば、最悪殺し合いになりかねません、ひとまずは何もしない事が一番かと」


その言葉を無視し、彰が携帯を出してリアに連絡を入れようと、アドレス帳のメニューを開いた途中で、その操作の指が止まり。


「でもリアも知らないで今まで生きてきたって事は無いのか?」


つまらなそうな顔をしながらカナは彰の不安そうな顔を見つめる。


「……こうなるから最初に渡すのが嫌だったのですわ」


その不機嫌な表情を見て、彰は何のことなのかわからなくて困惑する。


「彰、忘れているので無くて?私が最終日に回れない代わりに出した条件」


「あ、ああごめん忘れてた」






―――2日前

学園近くにある商店街のファーストフード店


「条件って何だ」


メニューを見ながら、適当に彰が返す。


「二つありますわ、一つは文化祭を回っている最中に他の異性との一切の連絡、会話を避ける事」


「なんだその罰ゲーム」


「いいから黙って聞きなさい、そして二つ目は、文化祭中、同姓との会話中に一つ目の条件を感知されるワードを出さない事」

(要するに自分が俺と回ってるのを、周りにはあんまり知られたくないのか、そういうとこやっぱりお嬢様なんだよな)


「そういう条件とか面倒なのでとりあえずパスで」


そんなことを言うと、少しだけカナが泣きそうな顔をしたので、子供をいじめた様な罪悪感になる。


「どうしてもって言うなら条件付きだ、こっちも何か条件を出さないと対等じゃねぇだろ」


「何?回っている最中は限りなく全裸でという提案は受け付けませんわよ」


恥ずかしげも無く恥ずかしい事を平坦な口ぶりで言う。


「普段カナが俺のことをどう見てるか、凄く理解できたぞ今!」


彰はさっきゴンドラの中で渡された、一枚のディスクを取り出した。


「これを解析して、中のデータを紙に出力してくれないか?」


彰の家にはPCという物が無い、ゲーム機でネットをしているので、わざわざそんな高い物を、

買わなくてもいいという、コアPCユーザーが聞いたら発狂しそうな理由から買っていないだけなのだが。


「そんな簡単な事でいいなら、いいですけど、それは一体なんなのです?」


「出来ればこれは内緒にして欲しい内容が入ってるかもしれない」


「わかりましたわ、中身は内密にということにですね」


要するに今、カナ以外の人間とは限りなく浅い接触しかできないのである、

携帯で電話も出来なければ、会話をすることすら許されない。


「何がしたいんだカナは」


「だから最初に言ってではないですか、貴方と文化祭を回りたいと」


1日目とさして出し物は変わっていないので、目新しいものは何も無い、カナはそれでも楽しそうだった。

カナと文化祭を回っている間、彰の思考は別の方向に向いていた、その思考の内容はA4の用紙に書かれた自分の事。


「何してるの?」


辺りの雑音に掻き消されそうなくらい、か細く小さい声で呼ばれ後ろを振り向くと、

そこにいたのは燃えるように紅い髪の少女レティがいた、今日も一人で文化祭を回っているのかと思うと、若干可哀相である。


「よう、また一人か」


そう話しかけた瞬間に、カナに足を踏まれた、かなりの激痛に悶絶し、カナを睨むと、カナに睨み返される。


「約束」


その一言で、への字に曲げた口からは文句が言えなくなる。

そのやりとりを見てレティは、おっとりと不思議そうに彰を見つめていた。


「レティ、今日は私と彰で文化祭を回っていますの、できれば邪魔をして欲しくないのですけれど」


ずいと、カナが彰の前に出る。


「ボクは彰と話してるんだけど」


レティはそれを気にせず彰の方を見つめる。

何か怒ってるような、悲しんでいるような、丸いくりくりとした瞳で彰を見つめる、

カナが前に立っているが、彰とカナの身長差がかなりあるため、その視線をモロに食らってしまう。


「彰、他の所に行きましょう」


腕を強引に掴み、レティとすれ違い適当に歩き出した。

そのまま外の模擬店が並んでいる場所まで歩いてきた、射的の屋台から昨日のお姉さんが手を振っていたので、

振り返したら、またもやカナに蹴られた、ちなみに今度はスネ蹴りだ。


「まったく、どれだけの女の子に手をつけてますの?」


「やめてくれそんな言い方、俺は真理亜先輩一筋だ」


どれだけ振られようが、拒否されようが、彰の気持ちはずっと真理亜に傾いたままだ。

カナの表情が、怒った顔から、何か悲しそうな顔に変わる、気づけば今日はそんな表情しか見ていない。

何とか笑わしてみようと、色々と模索してみるものの、今はそんな余裕がない。


「……疲れました、少し休みましょう」


模擬店の列から少し離れた学校に元々ある、ベンチに座った、

魔術科に近い渡り廊下のすぐわきにあるベンチなので、学園祭期間中はほとんど人通りが少ない、

というのも魔術科の校舎は一般公開はできないため、立ち入り禁止になっているからである。

一般公開できない理由は、魔術書が盗まれたり、魔道具が盗まれたりすると困るからだろう。


「雨降るのかな、雲行きが少し怪しい」


ベンチに座って空を見上げる、曇天の空は彰の心境のようだ。


「作られた人間か、俺一体どうなるんだろう」


「人間、魔族、天界人が極秘裏に進めていた計画らしいですから、最悪三方面からの攻撃が有り得ます」


人間、魔族、神側の三方面のプロジェクトから逃げ出した、プロトタイプ、

生体生成技術は、クローンですら、肉体の一部分のみ可というのが三世界共通の認識だったのに、

彰はその異質、禁忌を優に三つは犯している、試験管で作られる受精卵に、人間にはしてはいけないマナ回路の移植、

全身が銃を作るために組み替えられた生体。


「また……一人ぼっちか」


記憶を失って、初めて自我を持った日に感じた最初の感覚に似ている。

あの時は周りの全てが認識できなくて、自分すら認識できなくて、周りは敵か味方かすら判別できなかった、

だからこそ、レティに言われたとおり、他者に出来る限りの正義を尽くし、少しでも味方を増やそうと考えていたのだろう。

今度は、認識できる全てのものが敵になるかもしれない。


「今は私がいます、彰が望めばずっとそばにいます」


カナははっきりと、そう言った。

彼女の性格らしい、照れ隠しの様な回りくどい愛の告白。

言った後、顔を真っ赤にして、返事を望むように、小さな手で彰の制服の裾を掴んだ。

その言葉は何故だが、どこかで聞いた感覚がある、そして続けざまに。



「好き、私は、彰が好き……だからずっとそばに居たい」





――――7年前

駅を二駅乗り継いだ所にある、遊園地、あまり大きくは無く地元の人しか来ないようなこじんまりとした場所だ。

時刻は午後5時過ぎ、ちょうど空がオレンジ色にそまり始めた頃、

パステル色のアトラクションや園内の建物は、オレンジ色が混ざり、どこか寂しげだ、

遊園地は6時で閉園するため、人もまばらになり、皆ゆっくりと今日の思い出を語りながら閉園口へ目指して歩いていた、

珍しく母親が遊園地に連れて行ってくれることになったので、はしゃいで遊んでいたら、途中から母親が疲れてしまい、母は喫煙所で休んでいた。


「適当に遊んでおいで、ママここにいるから」


幼い二人で遊園地を回るが、どこも身長制限のせいで乗れなくて、仕方なく身長制限の無い、観覧車に乗る。


「すごいね、彰君、いっぱい、いっぱいおうちが見えるよ」


「……そうだね」


はしゃぐ、女の子に対して静かに空だけを見ていた。


「つまらないの?」


心配そうに、顔を覗き込んでくる。


「つまらないよ、外を見ても何もわからないんだ、誰も僕は知らない、誰も僕を知らない」


「私がリアってことは知ってるでしょ?」


意識を取り戻して、彼女は一番最初に自己紹介をしてきた、

瀬戸口リア、オレンジがかった茶色のセミロングに両脇に小さなリボンをつけた、彰が最初に覚えた人。


「でも、また忘れちゃったらどうしよう」


悲しそうな顔をしていたのだろうか、元気付けてくれるように、リアは優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ、例え彰君が何度忘れても、私はずっと一緒にいるから」


「リアちゃん……どうしてそこまで、僕には何にも無いんだよ?」


「だって、私は彰君が大好きだから、それ以上一緒に居る理由なんていらないよ」


「好き?」


「うん、だけどきっとこの記憶も消されてしまうの、だから……約束して、もしこの記憶を思い出したら、

私の告白の答えを聞かせて、私は彰君が思い出すまでずっと待ってるから」


10歳の子供には少し難しい話だろうか、だが確かにそれが、彰を記憶障害があっても引きこもりにならず、

今まで支えてた物だった、だが忘れていた。



―――どうして?



「全部思い出した……」


頭の中のひっかかった物が全て取れた、そんな気がした。

今までリアの言っていた事を思い出す、彰に対していつも何を言っていた?

好きな人は居ないのかと聞いた時、リアはどう答えたのか。


「謝らなきゃ、俺、謝らなきゃいけない……」


気づけば、瞳から涙が勝手に溢れていた。

涙を拭うために両手で目を押さえる、そのまま前に屈むように前に身体をゆっくりと倒す。

胃がせりあがってきて、激情に唇まで震えだした。


「あ、彰どうしたの?私のせい?」


リアは全て覚えていて、全てわかっていて、今まで待っていたのだ。

リアがいつも、優しく微笑みながら冗談みたいに言っていたから、彰は本気にしなかった、


待っていた時間、彼女はどれほどつらかっただろうか。

待っていた時間、彼女はどんな気持ちで笑っていたのだろうか。

待っていた時間、彰はそれに対してどうしていたのだろうか。


「カナ、俺はリアが好きだ、だからごめんカナの気持ちに応えられない」


涙を拭き、少し鼻声になりながらも、そう告げた、

カナの表情を一度ちらりと見ると、さっきとは打って変わり真っ青になっていた。

たまらず、その場から立ち去ろうとベンチを立ち、凍りついた彼女の目の前を横切ると、その瞬間後ろから体当たりのような勢いで抱きしめられる。


「何が悪かったの、私全部直すから、だから―――」


「カナは何も悪くない、悪かったのは俺なんだ、だからごめん」


カナの言葉を途中で押しつぶし彰は、震えながらもしっかりと絡み付いていた細い腕を振り解いた。

そのまま、カナの表情を見ないように、一度も振り向かずに、駆け出す、行く場所は決まっている。

これ以上待たせるわけには行かなかった、だから走る。

10月にしては肌寒い空はついに崩れ、大粒の雨が急に降り出した、コンクリートをびたびたと叩く音で学園祭の賑やかさは掻き消える。

外を歩く人たちは皆室内に急いで逃げ込み、あっという間辺りには誰も居なくなった。

そんな中カナは雨の中独り時間が止まったように、小さい体を大粒の雨に打ち晒していた。

涙は流していない、流れない、起きた事がまだ頭の中に浸透してない。


「こんな所でどうしたんだ」


身体に打ち付けていた雨が急に止んだ、曇天の空は急に黒い傘に覆われる。

カナに傘を差し出したのは、突然の雨でいつものオールバックの髪型が崩れた、加藤凛矢だった。

その瞬間、時間が動き出し、カナの頬は雨ではない雫が零れた。


「彰……彰が……」


カナの頭の中には、断られた時の記憶が何度も再生され、言葉が良く発せ無いくらい錯乱している、

凛矢はそれを見て、何もかもを悟ってしまい。


「……そうか、あいつはやっと選んだのか」


そう不器用な返事を返した、この場合返事だったのかも疑わしいが。

凛矢は右手に白いビニール袋を持っていて、左手に大きめな傘を持っていた、買出しに出ていたのだろう服装は制服姿にエプロンをつけている。


「私、どうしたらいいのですか?」


震える声で、雨音に掻き消されそうな小さな声。

凛矢が出した答え。


「とりあえず泣けば良い、丁度回りには誰も居ない」


凛矢の胸に額だけ当たるくらいに歩み寄り、カナは小さい体に似合う、幼子のような泣き方で泣きじゃくった。


「困ったな、両腕がふさがってやがる」





―――走っていた、

なぜ忘れていた、何故覚えていなかった、あれだけ印象に残る言葉、あれだけ印象に残る思い。

廊下はさっきまで外にいた生徒達で溢れかえっている、それが通行を阻むがそんなことは関係ない、

彼女の元へ1秒でも早く行くために、息が切れようと走る。


「待ちなさい彰」


階段を上る直前に足が止まった。

声は後ろからした、そしてこの声に聞き覚えもある。


「レティ?」


紅い、燃えるような紅い髪、だがいつもと雰囲気が違う、まるで別人の様な視線それを見て、過去に拾った記憶の欠片を思い出す。

研究所で眼鏡をくれた女性、逃げる時に最後まで追い続けていた女性。


「お前が……お前が全部やったってのか!」


「イル・ラピッド!」


腕を掴まれ一瞬のうちに術式を組み、吹き飛ばされたのは学園の第1グラウンド、適当に魔術で転送されたので、バランスを取れず雨でぬかるんだ泥につっこむ。


「この場所の方が話しやすいでしょ、立ちなさい」


年下とは思えないほど大人びた艶やかな女性の様な声で、子供をあやすかのように言葉を浴びせかける。


「おかしいとは思っていたが、全部つながった」


「さて、じゃあまずは自己紹介でもしましょうか、私は記憶改竄士(メモリーブレイカー)とでも呼んでくれればいいわ」


いつもの物静かな彼女とは一転し、彼女は悦に浸るような表情でわりと早口に言葉を並べた、

その声にその表情に、さっきまでの感情が根こそぎ切り替わり、ふつふつと憎しみの感情が湧き上がる。


「リアとの思い出も、過去の俺の記憶も、全部お前がやったのか……」


泥まみれの身体を起こし、立ち上がる、すかさず内ポケットに入っている4番の指輪を抜き出し、

右手の薬指にはめ、十字を切る、イメージはすぐに浮かぶ、頭の中に最初からプログラムされている、

崇拝するものは自己、敵となるものは他者、鉄を流し銀色の長く奇形の銃を想像し創造する。


「来い!44番デスブリンガー!!」


光を放つ十字から抜き出されたシルバーレイドその形状は殆どが剣。

長さはブレイドくらいなのだが、刃の形状が釣針のように返し刃状になっており、

剣の柄から伸びる大口径の砲身が刃の中央に位置しており、持ち手の部分、人差し指があたる部分にトリガーガードがついた、

ガントリガーになっていて、横に砲身の撃鉄の役目を果たす細い棒状のハンマーが付いていた、その部分を引っ張ってから、撃つのだろうが、

色々と設計にミスがありそうである。

だが今はそんな銃でも使うしかない。


「始める前に話を聞いて頂戴」


「なんだ!」


「あなたは戦術兵器として大いに成長を遂げてくれたわ、最初のトロルイーターでのハンドガンも、初陣でのレールガンと、魔術師殺しのスナイパーライフルも、

戦場では大いに役立つ、このままここで不良廃棄品にしてしまうのはもったいないし、私個人としてもまだまだ貴方について調べたいの、

だから、大人しく魔界へ帰って来るのなら、歓迎するわ」


それを聞いて、彰がレオンの様な不敵の笑みをする。


「俺は研究所でのレティをよく知らないし、レティがどういう目的で、俺の記憶を消したのか知らないが、もう一人の俺だったらこう言うだろう

―――そんなの断るぜ!」


「そう……それは残念」


そういった瞬間、目の前から彼女が消え、泥と雨水を一気に跳ね上げた、直感で持っていた武器で頭をガードすると、

彼女の足蹴りがガードした方向とは逆から飛び込んできた。

直撃を食らった肉体は簡単に吹っ飛ばされたが、空中で体勢を立て直し、落下したときの衝撃を何とか吸収する、

視線をさっき目の前に立っていた彼女に向けるが、そこには誰も居ない。


「何処を見てるの?」


声に反応して振り向こうとした瞬間に、今度は頭に重い衝撃が走る、今度は後頭部を蹴られたようで、

地面に前のめりに倒れそうになるところを、剣を地面に突き刺しなんとか耐える。


「力量の差を思い知ったかしら、一応、貴方が暴走しても止められるくらいの戦闘スキルは持ってるの」


レティの濡れてはりついた、制服のスカートは所々が千切れていた、その隙間から見える、太股のあたりが赤く光っている。


(恐らく肉体強化を自分の肉体に直に埋め込む術式、インプラントマギか)


振りのでかい大剣の様な今の銃では適わない事、速度は知覚できるレベルじゃない事、彼女はまだ手加減する余裕がある事、

勝率は限りなく0、何をもって勝利とするのかわからないが、今の現状を打破する方法をいつものようにめぐらせる。

出せる銃は残り一つ、速度に追いつける銃。

そこで何故かふいに一つの疑問にあたる、さっきのレティの言葉。


「レティ、俺はバランスを保持するための研究品じゃないのか?」


レンのレポートには確かにそう書いてあったはずだ、人間が魔族、神族とのバランスを取るために作られた、次世代の人間。


「レンはどう伝えたか知らないけど、貴方は単なる戦術兵器よ」


(食い違う、たが元々レンの情報も信憑性は薄い、今の自分の敵は誰なのかがわからない。

魔族?神?目の前のレティは少なくとも敵であっているのだろうが、そもそもレティが自分を襲う理由はなんだ)


「レティ、少し整理したい、お前は俺の記憶を消し続けてたんだよな?」


「ええ、正確には上書きみたいな物だけど」


いきなり攻撃の手を止め、レティは少し気が抜けたのか、制服の裾を引っ張って雑巾のようにひねって絞っている。


「レティ、俺はお前をできる限り傷つけたくないんだが、無理なのか?」


「無条件降伏を飲むなら、私も彰を傷つけずにすむのだけれども」


「魔界に帰るって研究所に戻れって事か……」


第5世代が生成された研究所、蘇った記憶にはそうある、自分の記憶をまだ探り探り辿っている状態なので、

どうも他人の記憶を横から盗み見ている感覚に陥る。


「だったら、やっぱり無理だ、俺はまだここでやる事が一杯ある」


リアの事、真理亜の事がその大半を占めているが。


「彰は……リアの事が好きなの?」


そう、雨の中、艶やかな表情を一度崩し少女の様な憂いた目でレティは尋ねた。

そんな質問が来るとは思わなかったが、一度間を空けて雨音に掻き消されないように言葉にする。


「―――好きだ」


はっきりとした視線で、彼女の問いに答える、それを聞いてレティの体が一瞬びくついたように見えた。

雨が目に入り視界は最悪、足元はぬかるんで走ることすら難しそうなこの地面を彼女は一度、たった一度蹴り、

一瞬で彰の腹に右ストレートを入れた、鈍い痛みが体中を走り抜け、よろつき頭を垂れた常態になる、

そこへ容赦なく次の一撃が頭に振り落とされた。


「ガァッ」


自分で意図的に出してない、激痛にもだえる声が、醜く吐き出る。

レティのかかと落しがもろに入り、地面に叩きつけられる、そのまま肩をすくい上げるように蹴られ、

肉体が面白いように宙に浮く、やられっぱなしではいられまいと、必死に反撃を試みるが彼女を目視できない。


「どうして、なぜ、記憶を消してレオンという存在を消して、なぜ同じ結果になるの!」


落ちると同時に着地地点へ先回りしたレティの、アッパーが彰の顎に入る、今度は少しだけ宙に舞って、

泥まみれの地面にまたもや突っ込んだ。

もう力は出ない、さっき立ってたのだって精一杯だった。

全身の痛みで頭がおかしい事になっているのか、少し眠い。


「もういい……もう一度、もう一度やり直せば良い」


彼女は両腕の銀のブレスレットを外し、指で腕をなぞる。

そして、彼女はまた水しぶきを立てながら地面を蹴った、


「―――断絶(シャットアウト)


また記憶が吹き飛ぶのかと、諦めた時、丁度その時、大雨で二人しか居なかった校庭にもう一人、

銀色の髪をショートヘアーに、その両脇に可愛い小さいリボンをした女の子が襲い掛かる手から彰を護っていた。

大きな七色に輝く光の盾で。


「り……あ……」


「廊下を歩いていたらめずらしい術式の跡があったから来て見れば、何をやってるのかしらビヨンド・ゼルガンディア」


少し、少しだけリアがいつもとの口調と違った、いつものたどたどしい敬語ではなく、普通の女の子のような、

それが本来の喋り方なのか、明らかに様子が違う。

視界が戻り、リアの姿がはっきりと見える、眼鏡にヒビが入っているので見難いが、リアは制服ではなく、

何か髪から銀色の火の粉が舞っていて、男物のスーツを改造したような妙にシックな黒一色の服装だった。

だが背中に紅い逆十字が描かれていて、あきらかにフォーマルではない。


「貴方はちょっと寝てて、私もちょっと今回の事でゼル子に腹がたったから」


「あら、私にはむかうつもりなの?別に貴方みたいな失敗作には興味は無いから、手加減無しに廃棄処分にしてしまうけれども」


「貴方になんか殺されないわ、だって―――」


リアはにっこりといつもの優しい微笑みをしながら、彰の手に握られていた44番の銃を彰の手から受け取り右手に握った。


「今回はレオンと一緒に戦うから」


武器を失って、何か、最後の意志のようなものが崩れる感覚になる、その瞬間先ほどまで感じていた、眠気が一気に彰に攻め入ってく。






――――来い


泥水を勢い良く跳ね上げ立ち上がり、黒と赤で彩られた歪な銃を赤黒く光輝く十字架から抜き出す。


「クィーン、ベロニカさらにトリガーオブガリオンの効果補正」


抜き出したのはハンドガンにロングマガジンをつけたもの、バースト機能が付いたハンドガンで取り回しもしやすい、だが弾丸のサイズがマグナム弾並にでかいのが特徴的だ。

さらにもう一つ抜き出したのは、ショットガン、ガスオペレーションや、ポンプなどは付いていない中折れ式の古風のショットガンで、見た目は黒い鉄パイプを二本横に並べてそれにトリガーを付けたと

そういっても過言ではないほど、酷くシンプルだ。


「久しぶり、レオン」


「おう久しぶりの再開嬉しいぜ、だが状況は最悪みたいだな、まさかこんな形で首輪を断ち切る機会が来るとは」


雨の音はより強く感じた、お互いがお互いをにらみ合い、ぴくりとも動けない、最初の1撃を外せば手の能力に全てを奪われてしまう。

それがわかっているからこそ動けない。


「リシュア、今の俺でもあいつについていくほどの動体視力を持ち合わせてはいない、だが総合火力は俺達の方が上だ」


「それでどうするの?」


ショットガンのベロニカに多重装填をする、多重装填とはバレルの中に装填している弾丸があるにも関わらず、

さらにそのバレルに装填するという、通常の銃では内部で暴発してしまうので絶対に使わない行為である。


「真っ直ぐ走るだけならあいつは俺たちに知覚できない速さで走る」


「なるほどね、とりあえず物理、魔術障壁をレオンに張れば良いのね?」


一度、レティがジャンプするように膝と肘を曲げて、屈むとそれを開始の合図にしたように、レオンのベロニカの砲撃が始まった。

破裂音が連続で響く、ショットガンの方向など、適当で構わない。

出来るだけ満遍なく自分からみて穴が出来ないようにばらまく。


「くっ、空中機雷とはまた面倒な事を」


レティはブレーキをかけるように左足をぬかるんだ地面に突き刺す、彼女も馬鹿ではない、レンが持っている情報以上にレオンの情報を持っている、

ベロニカの危険性はわかっている、武器のカテゴリーにはショットガンとされているが、実際はそんなの見た目だけだ。

ベロニカの弾丸は特殊な弾丸を使用しており、遅い、本当に遅いのだ、ベロニカの最高弾速は時速5kmだ、ほぼ歩いてる人間に近いほどのスピード、

しかもそれだけではない、直径80cmほどある黒い固まりになるそれは触れれば爆発し、少なからずダメージを食らう。


「流石だな、だがアンタの負けだメモリーブレイカー」


そういうとレオンの後ろにいたリアが術式を組み終えていた。

紅い魔術の陣を足元に組んで、リアはデスブリンガーを振り下ろしレティに向ける。

それはある人間の使う、最強剣術の一つ。


「残光刹那!」


5つの剣圧がレティに向かって走る、それを交わすため上空へと助走無しのジャンプを決めるが、次のアクションは見えていた、

空中での方向転換はできないだから空中に飛ばした、避けようともしたが地上に配置される無数のベロニカの弾丸だから空中を選んでしまった。

それがミスの一つ、レオンの歪なもう一つのクィーンと呼ばれる銃はもうすでに自分の眉間に向けてレーザーサイトを延ばしていた。


「俺は彰とは違うからな、手加減はしない」


放たれた弾丸を防御するために、両腕を顔の前にクロスさせてガードの体制を取る、その瞬間3点バーストした15gの弾丸がレティの腕に突き刺さった、


「きゃっ」


あまりの激痛とあまりの衝撃に一瞬自分が出したものとは思えない、女性的な悲鳴を上げていた。

幸い戦いに入る前にかけておいた肉体強化の術式のおかげで、綺麗な白い腕は原型を留めている、だがその白い腕には青いあざが浮き上がっていた。


「一人なら負ける、だが二人ならお前なんてもう敵じゃない」


彼の顔は狂喜に満ち、目は鋭くそして不気味なほどの笑顔だった。


「ふっ、私も舐められた物だな、本当にこの程度で全力だと思っているのか」


レティは記憶を消す事のできる腕に力を込め、野球のピッチャーが投球するかのような振りをすると、

振りぬいた跡に小さく白い光が輝き、残像が一直線にリアの頭にぶつかる。


「障壁を7枚張ってるはずなのに……貫通した?」


障壁が破られる理由、簡単な理由、記録も記憶の内、描くのが術なら術式を起動した時点でそれは記憶となり記録なのだ、

だから記憶改竄士である彼女に破れない訳が無い。


一瞬意識を刈り取られリアはふらふらとその場に膝を着いてしまう。


「貴方が記憶をなくしていた時間、私は何もしていなかったと思うの?これが私の弱点を埋める切り札よ」


メモリーブレイカーの一つの欠点、近距離に入らなければ当てられないという一つの欠点、だがそれを克服する、遠距離攻撃可能の白銀の記憶破壊の弾丸。


「リア大丈夫か!?俺の名前はわかるか?」


「大丈夫よレオン、一応障壁で威力が落ちてたからたいした事は無いわ、それよりも術式の記憶すら破壊するあの能力を何とかしないと」


知覚できない速度、15mほどをやすやすと1に変える攻撃レンジ、一撃頭部に当たっただけで思考能力と意識を停止させる威力、どれをとっても最強である、

だが一つだけ見落としている。

その一つたった一つの攻略法、メモリーブレイカーは今まで彰に何を言ったか、レオンの脳はハイスピードで回転する。


「確かにメモリーブレイカーは最強だな」


「余裕そうな顔して、何か作戦があるなら教えなさいよ」


レティは無言で先ほどのように腕に力を込める、それをみてレオンが取った行動は。


「レティ、悪いな」


持っていたクィーンと呼ばれるバーストハンドガンを、

自分に向けた。

その姿はまるで、自殺者だ、だが一つ違うのは勝ち誇った悪役のような笑顔を浮かべている。


「なっ?!」


レティの行動は一瞬だった、まだベロニカの黒い弾丸型空中機雷が残っているのを無視し、次々と爆破する爆風の中を一瞬で駆け抜け、

レオンのクィーンと呼ばれる銃を叩き割った、飛散する銃のパーツを見てレオンはにやりと笑う。

当然爆風の中走ればダメージを食らう、その証拠に、足や腕の所々は焼け、小さい砂利ほどの石の粒が皮膚の所々に刺さっている。


「なんだベタぼれなんじゃねぇか」


「レオン何したの?」


レオンはリアの問いには何も答えない。


(レオンってば、また悪いスイッチ入ってるわね)


置いてけぼりを食らっているかのような、そんな雰囲気にリアは銀髪の髪をかき乱した。


「レティの弱点は佐藤彰の死亡だな、あんたの能力を考えてもわかる事だ、肉体を傷つけず精神だけにしかダメージを与えない最強の腕、

最強だが、そこには殺害の意思がまるでないんだ」


「確かにそれで自殺しようとしたのはわかるけど、さっきの発言の意味は何よ」


リアは少し嫉妬の念をこめて、語尾をきつくするが、レオンはその様子を気にも留めていないようだった。


「さっきから胸元にチラチラ見えてるからさ、昨日あいつがあげた銃弾のペンダントがな」


言われてレティは慌てて胸元のペンダントを隠すように手で握る。


「戦ってる最中に良く胸なんか見てられるわね……」


冷ややかなリアの視線に気づいてないのか、無視しているのかレオンは言葉を続け。


「レティ、もうやめようぜ無意味な戦いになる、いつも通りの関係に戻ろう」


「イヤだ……お前はまたそいつと繰り返す」


リアに睨みつけ焼け付くような紅い嫉妬の視線を送る。


「俺はリアが好きだ、それは変わらない、何度記憶を破壊されようが、何度意識を作り変えられようが、何度だって思い出してやる」


その言葉の瞬間ちょうど言い終わる寸前だろうか、リアがレオンの横から消えた、明確には消えたのではない、

一瞬のうちに対空へと投げ飛ばされたのだ距離にして約5メートル、それほど高くは無い。


「なんだ、この女を殺せば良いいのか」


すぐ後ろにいたレティは記憶を破壊する手をレオンには使わず、指で空中に術式を描いた。

空中に投げ出されたリアもそれに気づき慌てて手に持っていたデスブリンガーに魔術式を込める、

頭の中にある、辞書に似たスペルブックを開く流し込むは血、象徴とするは剣、ありとあらゆる術剣の具現化。


「今更、そんな簡易速式術怖くも無い!」


地に落ちていく体を回転させ、剣を突き出す。


「加速」


レオンが次の銃を抜き出す前に、レティに地面にねじ伏せられていた、そしてそれとほぼ同時にリアも地面にたたきつけられていた。

頭を上げると、いつの間にかそこにはレティが立っていて、細く美しい足を隠す制服のスカートが完全に破れ下着を露わにしていた、恐らく衣服が彼女の速さに追いつかなかったのだろう。

口を切ったのか、血が唇の端から線を引くように流れるが、一瞬の内にドシャブリの雨に掻き消される。


「誰も切り札は一つとは言ってないわ、これが切り札その2」


(知覚できないスピードのさらに上だと…さっきのはまだ曲がる時にブレーキをかけるから、

一瞬だけ姿が確認できたが、地面の走ったラインを見る限り曲がれるようにもなってるな)


そして銃を構えようとベロニカを一瞬確認して、さらにレオンは驚く、

何故か、それは。


「いつ壊れた?」


ベロニカの銃身のメイン部分の砲身が横にくの字に折れ曲がっていたからだ。


「5発、貴方が地面にねじ伏せるまでに私は5発分の打撃を叩き込んだわ」


ベロニカに1発、レオンの頬に一発、残りは何処か。


「リア?」


リアが動かない、地面から起き上がりもしない、まるでそこに置いてあるかのように。

簡単な計算だ、残りの攻撃は全て。


「こ…」


何か頭の中で、スイッチが落ちた、歯がガタガタ鳴る、


「余裕がこれで消えたかしら、ちゃんと殺したからもう立てないはずだけど」


勝ち誇るように笑いレティが何か言ったのだが理解できない、言葉として捉えられない。

そっとリアに近づき抱き寄せる、髪はもう銀色からいつもの赤茶色のリアらしい色に変わっていた、

頭が冷える、雨で少しだけ意識が落ち着いたのか、レオンの姿はそこにはなく、黒髪の少年がそこに小さくなって座っている。


「あ……」


ふと、気づいてしまった、頭に血が上りリアを殺してしまった事を何故か後悔する、

レティの腕の力は先制必殺の攻撃だ、リアが邪魔なら最初から殺せば済む話なのだが、

何故ソレをしなかったか、答えは簡単だ、目の前にいる少年のこんなにも悲しそうな顔を見たくなかったからだ。


「ふざけるな、リアは何にも関係なかったんだ……いつも俺のそばで笑ってくれて、家に帰れば待っててくれる、そんな……俺の日常だったのに」


喋っているのがレオンなのか彰なのかはわからない、少年の悲しみの表情はレティに向けられた瞬間、憎しみと憎悪に染まる。

銀色の銃口がはっきりと向けられる、送られる視線は明確な殺意。


「返せよ……返せ!!」


驚いて瞳を見開いたレティはただ無言のまま、先ほどは見えなかった、光の弾丸を腕に装填し始めた、

物々と誰かに語りかけるように、彼女はそのままの表情でうつむいた、雨粒が目に入ろうが、口に入ろうが関係もなく、ただ狂い壊れたように詠唱した。

恐らく最後にして最強の一撃、恐らく全ての存在の記憶すら吹き飛ばすであろう一撃。


「……らない」


「え?」


小さくつぶやく言葉が一瞬大きくなり、今まで凍りつき、怒りに濡れた彼女の表情はそこには無く、ただ、押しつぶされそうな悲しみの苦痛に耐える表情を見せる。


「いらない、あなたに渡した思いもいらない、あなたを愛した心もいらない、あなたを求めた意味もいらない、あなたの為に全てを投げ打った理由もいらない、

あなたに寄り付く女に焦がした嫉妬の念もいらない、あなたと築き集めた思い出もいらない、貴方を護るために犯した罪もいらない、貴方を愛していた私の記憶はもういらない!」


そう金切り声を立て、レティの最後の一撃はゆっくりと、涙を隠すかのように自分の頭に打ち込まれる。

打ち込んだ最強の一撃は雷撃の様な光を放ち、腕の術印も足の術式も消えていった。

数秒ふらふらと揺れ、その後ゆっくりと横にしなだれるように倒れ、綺麗な燃えるような紅い髪を泥塗れの地面で汚した。


「……」


その様子を一部始終見届け、彰は思い立ったように立ち上がり、リアを抱え上げ、ボロボロになった体に鞭を打つ、リアを抱きかかえたまま校舎へと走る、

肋骨の何本かは折れてるだろう、息を吸うたびに激痛が走る、

服は所々ボロボロで口の中は鉄の味がする、行く場所は決まっている、恐らく今もこんな切迫な状況とは裏腹にのんきに模擬店をやっているであろう。

走っている最中にいちいち呼び止められるが無視をする、教員に肩を掴まれたが、無視をする。


(やかましい、お前らにリアが救えるのか?)


リアの呼吸は弱い、一撃死を免れたみたいだが、それでも身体は雨で冷え、目も半分開いたまま。

階段を駆け上がり、ドアは邪魔なので蹴破る。


「レンはいるか?」


「はい私はここですよ?」


彼女は本を読んでずいぶんと暇そうにしていた。


「お願いだリアを助けてくれ」


「良いですけど、御代は貰いますよ?」


「金は今持ってる分ならやる、借金もぎりぎりできる分ならしてもいい、ほかはなんだ、俺の命でも欲しいか、なんでもいい欲しいもん言ってみろ、お願いだ早く助けてくれ」


まくし立てるように言う、余裕が無い、レンはそんな姿を見て少し頬を赤く染める。


「普通に私と友達になってください、それだけで結構です」


「はぁ?まぁいいけど」


そのくらいなら安すぎるもんだと承諾する。


「傷は外傷のみみたいですね、肉体のリカバリも始まってますし―――」


「助かるのか?」


「私があげた資料に書いてありませんでしたっけ?貴方達第五世代は普通の人間とそもそも仕組みが違う、再生スピードは全宇宙で4番目くらいです」


「微妙だが、まぁ助かるんだな」


「軽い手術するんで医務室を借りましょう、あと衛生訓練で使う道具をいくつか取ってきてください」





―――1時間後

医務室を簡易手術用に改造し、法術式(この場合描く術式ではなく流派を表す)の詠唱陣を赤いチョークで描いた、ベットにリアを寝かせ、

消毒用にアルコールを張った洗面器を用意した。

闘いで出来た傷の隙間から入った、小さな石を銀色の消毒済みピンセットで引き抜き、エチルアルコールで傷口を綺麗に拭いた。

そのたびレンは術式を唱え傷口を塞ぎ、見る見るうちにいつものリアに戻っていく。

彰も怪我をしたので法術式を組んでその陣の中に座っている、

白いひし形の小さい箱を3つ並べ、その中に円と五方星を描き、未成年にも関わらず少量の甘く清んだ酒を飲まされ、

レンの処置の様子をただ心配そうに眺める。


「彰君……」


意識を取り戻した彼女の小さな声に呼ばれ、彰は陣を壊し、彼女に駆け寄った。


「リア俺だ、わかるか?!」


初めの一言がそれになったのにはメモリーブレイカーとの戦闘の後だったからだが。


「……おかしな彰君……わかるよ」


そんな彰の問いに彼女はいつもと変わらない笑顔をする、それを見て初めて彰も笑顔と笑い声を漏らす。


「はは……よかった、ほんとによかった」


その二人の様子を察してか、治療に使った道具を片付け医務室を静かに出て行った。

暫くお互い無言で見つめあい、幸せの余韻を確かめた後、リアが言葉を切り出した。


「覚えてる?観覧車でした約束」


「ああ、覚えてる、もう忘れない、リア……俺も好きだ」


もう一度彼女が優しく笑ったが目からは一筋涙が流れている、ベットから上半身を起こし抱きしめるようにリアは優しく彰に唇を重ねた。


久しぶりの投稿になり設定を忘れ始めた今日この頃。

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