第三話 過去の記憶、感情の逆流。
誤字脱字、不適切な表現などございましたら、ご指摘のほどよろしくお願いいたします。
結構えげつない内容になってしました。
「引き返したはいいものの、どうするか・・・」
そう、大和は二択を止め引き返したが、特にこれといって理由があった訳ではない。ただ“二択とかやだな”とぼんやり思ったからだ。なんとも捻くれた人間である。そんな大和の内心を知ってか知らずか、適当に歩いている大和の視界に遠くの明かりが入ってくる。
「ん?明かりか?でも、なんでこんなところに?・・・罠とかモンスターじゃないよな?」
警戒しながら徐々に明かりに近づいていく。
「これは・・・光るコケ・・・?」
その明かりの正体とは地面や壁に生えたコケであった。とりあえず、何か使い道があるかもしれないと『鑑定』を使ってみる。
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『ヒカリゴケ』
ダンジョンに生えている植物。空気中の魔力を吸って生きている。抜くと光を失う。
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「うーん、あんまりいいものじゃないな・・・引っこ抜いた後でも光るなら松明代わりに出来たんだけどな」
だが、あるところを境目にヒカリゴケが至る所に生えているので、松明を持っていても役目を果たさないくらいには明るかった。
「これだけヒカリゴケが生えてるなら、他の食べられる植物とかもあるかもしれないし、先に進むか」
大和の予想は的中していたらしく、しばらく歩くとコケではなく普通の草の地面に変わっていた。壁沿いにはいかにも薬草って感じの生えている。・・・そうは言っても毒草だったら嫌なので一応調べてみる。
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『薬草』
何処にでも生えているいたって普通な薬草。繁殖力が非常に高く、栄養の少ない場所でも育ちやすい。食べたり、煎じて塗ったりすると体力をわずかに回復させる。
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良かった。薬草か・・・取り敢えず凄い量生えてるからお腹いっぱいまで食べても大丈夫だろう。調理などできる道具など持っていないので、もちろん生で。傍から見たらすごいシュールだろう。だがそんなこと気にならない程飢えに耐えきれなかった。お腹いっぱいになるまで食べたらある程度渇きもとれたし、まだまだなくならなそうだった。
だが、問題はそこではなかった。大和はただただ苦しんでいた―――――――
――――――――――――圧倒的腹痛に!!
「ああああ!なんで俺は生であんな物をガツガツと・・・!!」
そんなこと言っている間にも腹は唸り続ける。こればかりはどうしようもなく、あまりの激痛に地面を転げまわる。
それでも食べたのは薬草なだけあって、腹痛はすぐに収まった。薬草を食べてダメージを受けるとか洒落にならない、と内心冷や汗ものではあるが。代わりに全身の骨折は完全に治っていた。
「腹痛も収まったし、よし、どこか安全そうな場所目指し「グルルゥ」・・・ん?」
大和が立ち上がって歩き出そうとした瞬間だった。背後から低く喉を鳴らす音が聞こえたのは。
「やばっ!――――がぁ!」
慌てて振り返ろうとしたが間に合わず、一瞬で間合いを詰めてきた何かに左の肩口を抉りきられる。大和はその痛みと衝撃で尻もちをつく。その致命的な隙を相手が見逃す筈がなかった。
「ガゥ!!」
「うおぁあ!」
尻もちをついたところで圧し掛かられたので簡単に押し倒され上を取られてしまう。獰猛な鋭い牙が並び大きく開いた口が顔に近づけられ、生臭い吐息が顔にかかる。そこでようやく大和が相手の姿を捉えることの出来た。
「(狼・・・!?)」
長かったようで一瞬だった時間は終わり、大きく開けられた口が首をかみ切ろうと接近してくる。
「(このまま食われてたまるか・・・!!)」
圧倒的に不利な状況だが、はいそうですかと食われてやるわけにもいかない。
「俺がお前を喰うん・・・が!」
「ガァ!?」
接近してきた上顎に噛みつく、狼(?)も予想外だったらしく、少しひるむ。だがすぐに立ち直ると、大和の下顎ごと嚙み千切ろうとしてくる。当然、顎の力は狼のほうが強く、鋭い牙は顎に突き刺さる。血が溢れる。強烈な痛みが襲う。しかし、ここで引いたら敗北を認めることになる。そんなちっぽけなプライドが大和の心を燃やし焦がす。
―――――――――バギッ!
固いものが折れる音がした。口の中にゴロゴロと何かが転がる。歯だ。人の歯と、獣の歯。どうやら狼の牙を折ったらしい・・・自分の歯と一緒に。
「ガァァ!!」
「グェッ!ガハッ!・・・ペッ、ペッ」
これには狼も耐えきれなかったらしい。急いで口を離すと後方にさがった。大和も口から牙やら血やらを吐き出す。
無言で睨みあう
「(どうする・・・?どうにかこの状況を打開しないと・・・!)」
大和は切られた左手は動きそうにない。それが相手にも伝わったのだろう。狼は体を沈み込ませる。
「(来る・・・!!)」
大和はその予備動作を見て、狼は最初の攻撃の際の飛び掛かりをしようとしているのだと瞬時に判断し、
回避しようと横っ飛びした。がーーーーーーー
ーーーーーーー次の瞬間、大和の体は壁にたたきつけられていた。
何が起こったのか理解できなかった。狼の跳躍の予備動作が終わったと思った瞬間、狼の姿が消えたかと
思うと、次の瞬間には既に勝負は決していた。
壁からはがれた大和はそのまま地面に膝をつけ、座り込んでしまった。
「(もう1ミリも体が動かない・・・)」
混濁する意識、ぐにゃりと歪む視界で最後に見たものは、ゆっくりとこちらに近づいてくる狼の姿だった。
「(今度こそ、最後か・・・)」
意識を保っているのがやっとのところだったが、それも限界に達し、大和はゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。
ーーーーーーーふと目を開ける。周りを見回すと、大和の父と母がいる。どうやらここは昔の大和の家のようだった。
「~~~~~~~~!!」
「~~~~~~~~!!」
父と母はなにやら揉めているようで、そこへ、当時小学生だった大和が学校から帰ってくる。そしてその夫婦喧嘩をなにをする訳でもなく、ただただ眺めていて。小学1年生になった妹が事故で死んだ頃からだった、こうして毎日のように夫婦喧嘩をするようになったのは。
「(ああ、これは小学校3年生になりたての日だったな...忘れるはずもない...)」
「いい加減にしろよ、テメェ!!」
父はそう声を荒げると母の頬を思い切り叩いた。
「そんなことしてただで済むと思ってるわけ!?訴えてやるんだから!!」
母は叫び散らしながら、家の奥へと足早に駆けていった。
親父は一瞬だけ俺と目を合わせたが、直ぐに視線を外し、家の玄関から去っていった。
床にはカツ丼弁当らしき物が散らばっでいた。夫婦喧嘩の際に床へとばらまかれたのだろう。カツなら食べられるはず。震える手でカツを拾い、流し台で洗い、皿に並べる。
さっきまで三人だった場所で独りで、ご飯を食べる。水を吸ってふやけたカツの衣。洗ってしまったから味なんてない。
それでも何も言わず、ご飯とカツを口に押し込む。
口元が歪む。目の端から涙が溢れ出して。どうしても涙は止まらなかった。
大和が瞬きすると、場面が変わっていて、今度は葬式だった。親戚の話によると、母が父の夜勤の際に家で浮気をしていたところ、父が偶然家に帰ってきたところ、喧嘩になり、包丁で父の心臓を一刺し。ほぼ即死だったらしい。
母は父を殺してしまったことに気が動転してしまい、裸足のまま家から飛び出して逃走したところ、家の
前の道路で車に撥ねられ、そのまま死んだらしい。
親を失った大和は親戚に預けられることになったのだが、両親の性格上あまり親戚に好かれていなかったのと、一度に両方の親を失ったことで大和を気味悪がり、誰も引き受けようとする人はいなかった。
ようやく引き取り先が見つかったはいいものの、そこでの生活はとても厳しいものだった。おじさんは働かず、パチンコに明け暮れる日々。おばさんは、朝から晩まで働き通しで、家でも時間さえあれば内職をしていた。それでも、大和に苦労を掛けたくないと、身を削って育ててくれた。
大和もよく、おばさんに内職を手伝うと言っていたのだが
「いいんだよ、大和は。まだ若いんだから、お外にでも行って遊んでらっしゃい」
そういってやさしく微笑むだけだった。
ある日、大和が中学生になったころ学校から帰ってくると、おばさんが家で倒れていた。
「おばさん!?・・・きゅ、救急車!」
手遅れだった。死因は過労死。当たり前だ、あれだけ働いて、寝る時間だってほとんどなかったに違いない。
搬送された病院に、おじさんが到着すると。
「お前が殺したんだ!!」
いきなり大和の頬を思い切り殴った。確かにそうかもしれない、自分がいなければおばさんは死なずに済んだのかも。そう思ってしまう自分がいる。
「お前はやっぱり疫病神だったんだ!だからアイツにはこんな奴ほっとけと言っていたのに!!」
おじさんは殴られて尻もちをついている大和の胸ぐらをつかみ、そう言い放った。
「お前にアイツを殺された俺は、明日からどうやって生活すればいいっていうんだ!?えぇ!?」
そういってもう一度大和を殴る。
自分の心配か。おばさんは俺とお前のためにあれだけのことをしたのに、お前は結局、自分の事だけか。
沸々と怒りがこみあげてくる。今までこんな感情を持ったことなんてなかった。殴られようが、何されようが、黙っているだけだった。
「ちょっとやめてください!!」
おじさんの叫び声を聞いて、慌ててナースが数人が入ってきておじさんを取り押さえる。
大和はひとり暮らしをすることになった。家において育てるのは嫌だが、生活費なら出してもいいという
親戚に生活費をもらい、それで生活することにしたのだ。
瞬きすると、今度は家を出た後の夕暮れの公園で。
「ねぇ、お父さん。僕もっと遊びたいよ!」
「こらこら、もうそろそろ日が沈んじゃうでしょ?今日はもう帰るわよ」
「そうだぞ、それにまた今度来れば良いじゃないか」
「うん!わかった!」
ベンチに無気力に座っていた俺の視界にそんなものが入ってくる。
子供は両親と手を繋ぎながら夕焼けの中歩いていった。
羨ましかった。いや、そんな純粋な感情なんかじゃなかった。自分に無いものを持っている者が。自分には与えてくれなかったモノを与えてもらっている者が。妬ましくて。悔しくて。
でも、不思議と涙は出なかった。きっと涙も枯れてしまったんだ。代わりにドス黒い感情が心を支配する。何もかも飲み込んで真っ黒に染め上げてしまう程の感情が。
ベンチに座った俺が俺を見つめる。自然と目が合う。濁りきった目で、しかし、しっかりと俺を見据えて
いる。
ーーーーーー悔しくないのか?
確かに俺に向けて話している。
「....」
俺は何も答えない。
ーーーーーーー妬ましくないのか?
「.......」
ーーーーーーーお前には最初から何も無いのに、大好きだったおばさんや妹を失い、その上で命すらも奪われる。
「.....」
ーーーーーー何も無いなら、他者から奪えばいい。理不尽を虐げられれば、跳ね除ければいい。
「俺は...」
思い出す。兵士の言葉。
「ーーーーーーーお前のこの『運命』を呪うんだな」
お前か。俺の当たり前を作ったのは。
俺の内からドス黒い感情が噴き出る。渦を巻いてそれでも収まらず溢れ出る。いつの間にか押さえ込んだ
と思っていたこの感情が。
ーーーーーーーそう、それでいいんだ。大和。
意識が途切れる前、最後に聞いたその言葉は、どこか寂しげで、嬉しそうだった。
殺してやる。俺の当たり前を作ったお前をーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー『運命』