chapter4-2
息つく暇を与えずに、アルテミスの手から紫色の弾が勢いよく機械に向けて撃たれる。
ガインと鈍い音をたて機械の頭部と思わしきパーツを弾き飛ばす。が、機械はない頭をこちらに向けるかのようにぐりんと振り向くと、すぐさまアルテミスに向け黄色い閃光を頭部があった場所から放つ。
「げ」
アルテミスが急いでその場から飛び退くと、続けてバアンと光が弾ける。
機械は、失った頭部を再現するかのように、頭を黄色い光で再構築していった。
「ぐぬぬ、私は闇使い。光魔法が苦手なのをすっかり忘れていたぞう!」
「なにしてんだよあんた!!」
わははと楽しそうに笑うアルテミスをレオは引っ張り自分の後ろへ放る。
そして背中の大剣を掴み前へ振り下ろし構えると、「下がってろ!」とアルテミスに叫ぶ。
「うん、そうだね。私は下がるとしよう!時間稼ぎを頼むよ。闇が光を苦手とするように、光もまた闇が苦手だ。出力を上げきるまでなんとかあいつの気を引いてくれ!」
「簡単に言いやがって……」
ケロリと悪びれることもなく言ってくるアルテミスに、レオは舌打ちする。
しかし、ここでやらねば全滅だ。それだけはまっぴらごめんだ。
スッとニシキもレオの横に出る。ハヤテをいつの間にか己の得物である刀に変えて、構えている。
グオオ!と咆哮をあげ機械が鎌の左腕を振り下ろした。
「フンッ!」
すかさずレオは大剣でそれを受け止める。ガキィンと金属がぶつかる激しい音と火花が散った。
「ぬぐぐぐ……ズエリャアアア!!」
ギチギチと攻撃を耐えながら、大剣を支える両腕に力を込め押し返す。
機械がよろりとバランスを崩してよろける。
「ニシキ!」
「任せて!」
その隙を逃すまいと、声を合図にニシキがレオの背中から大剣をトントンと足場にして機械の腕に飛び移る。
そのままタタタと左腕の上を駆けていき、肩の位置まで来ると光る頭部に刀を突き刺した。
が、手応えがない。
「っ!やっぱりただの魔法のオーラって訳だね」
ぐりんと頭部がこちらに向く。ニシキはすぐさま刀を引き抜くと足に力を込めて高く飛び、頭部が放った閃光を避ける。
スタンと頭部を飛び越え反対側の肩に着地すると、今度は肩と腕の付け根に刀を思いっきり突き刺す。
……手応えありだ。
「レオ!関節部分が弱いよ!そこを重点的に」
「それはニシキに任せた!俺ァ細けぇ作業は苦手なんだ!」
オラァ!とレオが機械の足に大剣を勢いよくぶつける。
ヒビも傷も一切つけられなかったが、それでも相手の気を引くには十分だ。
機械は軽くよろけると、今度はレオに狙いを定め、ニシキがいない方の左腕の鎌を振り下ろす。
再びそれを大剣で受け止める。
ガリガリガリと金属同士が擦れて削れるような感触が伝わってくる。が、レオの大剣には傷が一つもついていない。
刃こぼれを起こしているのは、相手の鎌の方だけだった。
「カンマのやつ、めちゃくちゃいい感じに仕立ててくれたじゃねえか!大剣が壊れる気がしねえ!」
ハハッとレオは得意そうに笑うと、先程と同じように鎌を押し返す。
機械がバランスを崩しぐらつく。
一緒に機械の上に乗るニシキも体勢を崩す。
「レオ!!」
下で再度大剣を機械にぶち当て好き勝手暴れるレオに、ニシキは抗議の声をあげるが、ギアが入ったレオには聞こえていないようだった。
もうっ、とニシキはため息をつくと、機械の関節に刺さった刀を引抜き、再び突き刺す。
刀は通る。だが、勢いが足りない。
「レオ!少しの間だけでいいの!動きを止めて!」
「あぁ!?わかった!」
レオはニシキに頷くと、レオめがけて放たれる鎌や閃光をくぐり抜けて更に足元近くに潜る。
今度はレオを踏み潰そうと機械が足をあげ、踏み下ろす。すぐさまレオがガキィンと足を大剣で受け止めた。
大剣ごとレオを粉砕しようと、ギリギリと機械が体重をかけてくるが、レオも踏ん張りその力を押し返し均衡状態をわざと保たせる。
「ニシキ!!」
「ありがとう!」
ニシキはレオに礼を言うと、関節に突き刺した刀から手を離し、タンッとその場で高く飛んだ。
空中でくるんと体勢を変えると、右足を下に突きだし急降下する。
落下地点には、ニシキの刀。器用に刀の持ち手の先を踏み、そのまま落ちてきた勢いで押していく。
「いっけぇぇぇぇ!!」
更に足に力を込めて強く刀を踏み押す。何かを貫通する感触がした。
ガシャンと右肩の付け根から、機械の右腕がパラバラと部品を撒き散らしながら落ちる。
貫いた勢いでニシキも一緒に落ちるが、刀を空中で掴むと、またくるんと体勢を整え地面に着地する。
「ははは!どうだ、お前の右鎌はもう使えねえ、ぞっ!!」
レオはその様子を見て高らかに笑うと、大剣越しに機械の足を力任せに押し返す。
機械は完全にバランスを崩し、仰向けに倒れた。
が、ギギギとすぐさま起き上がろうとする。
「まだ動けるか。へん、だが左腕もすぐに壊し、て……」
レオが言葉を失うのも無理はなかった。起き上がった機械の右腕は、頭部のように黄色い光で復元されていた。
「オイオイオイ……マジかよ」
光だけで形成された右腕が、ブンッと横に凪ぎ払うように振られると、鎌から無数の黄色い閃光が二人にめがけて放たれる。
レオとニシキはその場から飛び退いて閃光を交わす。
外れた閃光の一本が、後ろの壁にバアンとぶち当たった。壁が崩れる音がする。
「機械を壊しても、ああやって中身が出てくるだけみたいだね」
「中に光魔法が入ってんのか……くそ、何でもありか!」
グオオ、と相手は魔法の右腕と機械の左腕を高く掲げる。
レオとニシキも武器を構え直し、攻撃に備える体勢を取るが、先程と同じように左腕を壊せたとしても、更に厄介になるだけなのが目に見えていた。
「しゃらくせえ!こういうときの新機能だろ!ドカンとやっちまえ!」
レオは大剣の先を機械に向けると、持ち手につけられた引き金を思いっきりひく。が、何も起こらない。
「だーっ!いつ使えるんだよこれ!」
「あはは!慣れない武器に四苦八苦、というところだねえ!……もういいよ」
背後からおぞましいほどの恐怖が襲いかかり、二人は固まる。
「時間稼ぎありがとう。巻き込まれたくないなら下がって」
二人がゆっくり振り返ると、アルテミスが機械に右手を突きだし立っていた。
彼の右手には、濃い紫色をした魔法のオーラが、大きく炎のように揺らめいて集中している。
あの魔法は、ヤバイ。
本能的にそれを感じ取った二人は、アルテミスの指示通り彼の後ろへ下がる。
「いやあ、機械の中身があれだけ出ていれば、耐えられることも無さそうだし助かったよ」
アルテミスは朗らかに笑いながら、突きだした右手に左手をオーラを包むように添える。
魔法が、更に圧縮され威力を増していく気配がする。
「深淵より出でし憎悪の魂共よ、我が矛となり我に力を貸し与え賜ん」
詠唱と共に、キィィィと鋭い音が鳴り響く。
「消し去れ!“カオスゲイザー”!!」
バウ!とアルテミスの手から巨大な紫弾が勢いよく放たれる。
そしてそれは機械にぶち当たると、一瞬にしてゴオッと機械を紫色の炎で包みこんだ。
ガアアア!という機械の咆哮と共に、ジュワアと何かが蒸発していく音。
その光景にレオとニシキが驚愕して動けないでいたのも束の間。紫色の炎は、機械の中身の光魔法を燃やし尽くすとたちまち消え、ガランと中身を失った機械だけがその場に残った。
その機械も、所々溶けて形を保っていなかった。
「あちゃー機械までは燃やし尽くせなかったか。まだまだ出力が足りなかったんだな」
アルテミスはハァとため息をつきながら、頭を掻く。
闇魔法の強大さに、ニシキが思わず後ずさりをすると、何か固いものを踏んだ。
機械の破片と思い、おずおずと拾い上げてみると、それは正に自分達が探している目的のもの─桃色に輝く記憶の欠片だった。
「しかし、祭壇は壊されちゃったかぁ。あーあ、やっちゃったなぁ……」
アルテミスの言葉にニシキは慌てて記憶の欠片を腰のポーチにしまう。そして改めて祭壇があった場所を見ると、祭壇ごと壁に大きな亀裂が入っていた。
そういえば、閃光が一本壁に当たっていた。その時に祭壇も壊れて、そして記憶の欠片が出てきたのだろう。
「……ニシキ」
やっと動けるようになったレオが、ニシキに小声で何かを訊ねる。
ニシキは無言でゆっくりうなずく。
「何だい何だい?内緒話かい?」
そのやり取りに気づいたアルテミスがニタニタと笑いがなら近づいてきたので、二人はさっとアルテミスから距離を取る。
アルテミスは分かりやすくシュンとする。
「闇使いだからって、そんなに距離取らなくたっていいじゃないかぁ……」
「あー、オホン。して、アルテミス殿。壊れた祭壇はどうするおつもりか?」
いつの間にか刀から鷲に戻っていたハヤテが、ニシキの肩にとまりながらアルテミスに訊ねた。
「おや、君は刀に変身していた鳥君だね。そうだねえ。光魔法で再封印をするしかないかな。でも安心してくれ、その為に私がいるようなものだからね!私は神官の中の神官。トップオブザ神官なのだから、光魔法使うのも苦手でも気合いでやればなんとかなると思うぞう!」
アルテミスはハッハッハと能天気に笑っていたが、後半の台詞のせいで不安しかない。
本当に大丈夫なのかと首をかしげた一行を、アルテミスはシッシッと追い払うように手を振る。
「そういうわけだから、ここから先の作業は秘密にさせてもらおう!結局君たちが何しにここへ来たのかはわからないけど、まあ、手伝ってもらったし大目に見よう」
そう言われてしまったので、無理に留まる理由もなかった一行は素直に従い神殿を後にする。
なんだか釈然としないが、確かにこの先の作業に関しては自分達は無関係だ。壊したのが自分達ならまだしも、今回は完全に事故だったのだから。
「ではまたどこかで会おう!」
去っていくレオ達の背中にアルテミスはそう声をかけると、くるりと祭壇に向かいまた訳のわからない鼻唄を再開した。
*
「なんか、嵐のような人だったね……」
スヴェートに戻り、相変わらずグレゴイルが吊り下げられたままの広場までやって来ると、野次馬の人だかりから少し離れた位置にあるベンチにどかっと腰かけた。
「そうだな……しかし、なんとか欠片は回収できたか」
「うん、なんていうか運が良かったね」
ニシキは腰のポーチから、先程拾った記憶の欠片をとり出し空にかざす。桃色の水晶は少し透き通り、光の反射で中の空が煌めいて見える。
今回は本当に運が良かった。もし機械が暴れていた時に祭壇が壊れていなかったら、アルテミスと戦うことになっていたのだ。
あの闇魔法に耐えられる自信がない。そもそも、恐怖でまともに戦える気がしない。
それほどまでに、彼の魔法は強大でおぞましく、恐ろしいものだった。
だが、頭のどこかでは事情を話せばわかって貰えたのではないかとも思わないこともない。が、今となってはそれも終わったことだ。
「さて、と!で?次はどこにあるんだよハヤテ?」
レオがベンチにちょこんと座るハヤテに訊ねる。が、反応がない。
「ハヤテ?おーいハヤテ。おい!クソ鳥!!」
「誰がクソ鳥じゃ!!次は南だ!南の方から気配を感じる」
「南……って言うと、ロカーム砂漠の方だね」
ニシキがいつだかに出店で買っていた地図を広げる。
スヴェートから南に下った先には、確かに砂漠が広がっているようだ。
「砂漠かー。うっし!俺飲み水買ってくるわ!きっと水は必要だろ?」
レオはすっくとベンチから立ち上がると、商店街の方へかけていった。
その様子を眺めながら、ニシキはポツリとハヤテに呟く。
「……何か気になることでもあったの?」
ニシキは先程ハヤテが反応をすぐ返さなかったことに対して訊いているようだった。
「いえ、たいしたことではありませぬ」
ハヤテは軽く首を振った。
「ですが、あの魔術師、矛盾があるような気がしましてな……」
*
スヴェートの入口で、飲み水の他にも食料や必要な物資を買ってきたレオと、ニシキ達は合流した。
飲み水だけを持て余すほど大量に買ってくるかと思っていたが、必要な物を必要になりそうな分だけきちんと揃えてきたことに、ハヤテは驚きを隠せなかった。
「小僧……お主ただの馬鹿ではなかったのか」
「相変わらず失礼だなこのクソ鳥。傭兵やってりゃ、ここら辺の勘定は身に付くもんなんだよ。籠城戦とかもよくあったしな」
「ぐぬぬ……折角馬鹿にしてやろうと思っておったのに」
「んだとこのクソジジイ!!」
レオとハヤテが今にも取っ組み合いを始めそうだったものだから、ニシキは慌てて止めた。
「まあまあまあ!準備は出来たわけだし、ロカームに行こう!ね?」
「ニシキが言うなら……」
「姫様がおっしゃるなら……」
レオとハヤテはしぶしぶ身を引く。ニシキはその様子を見てホッと胸を撫で下ろす。
「もう、仲良くしてよね」
「無理だな」
「無理ですな」
ピッタリ息の合った返事をされ、ニシキは苦笑いするしかなかった。
*
「バトラー!来たよ、わかってるよね?」
「わかってらァ!これをこう、だろ?」
「そうそう!ヘヘン、あいつらビックリするよきっと」
*
レオ達が荷物を抱え、スヴェート入口にある門を潜った瞬間、ドォンと空砲が響いた。
何事かと慌てて振り返ると、空にキラキラと光が煌めいている。そしてパラパラと光を反射させながら、紙吹雪が降ってきた。
門の近くの建物の屋上に、こちらに手を振る人影が見えた。
「ニシシ、粋なことしやがって」
レオとニシキは笑顔で人影に手を振り返した。
「……じゃあなスヴェート。次は砂漠だ!」
レオ達はそのままスヴェートに背を向け軽く別れを告げると、ロカーム砂漠を目指して旅立った。