chapter4-1
「ところでよ、この国にはもう一つ欠片があるんだろ?」
カンマと別れ、レオ達は街をブラブラと歩いていた。
すっかり場所が気に入ったのか、レオの頭で羽を休めるハヤテに尋ねる。
「ああ、そうだ。先程も言ったが、もう一つは方角的に神殿だな」
ハヤテはある方向を見つめ、答えた。
おそらくその視線の先に、この国の神殿があるのだろう。
「よーし、じゃあ早く回収しにいかないとだね!」
ニシキはグッと腕を構え、ヤル気満々と言った風なポーズをとる。
その様子に、そうだなとレオも深くうなずいて見せた。
今まで好き勝手横暴を繰り返していたグレゴイル一味が何者かによって壊滅させられ、しかもそのグレゴイルが街の中央広場の木に逆さ吊りで醜態を晒されていると聞き付けた町人達で、街はすっかり賑わっていた。
一体今までどこに隠れていたのかと言うくらいの数の人間が、グレゴイルのある意味での公開処刑を見に行こうと中央へ向かって行った。
レオ達はその流れに逆らいながら、神殿付近を目指す。
神殿は少し街から外れた雑木林の中にあった。
「おう、ここもヴァルクォーレのとこみたいに荒れ果ててんな」
レオの言葉通り、スヴェートの神殿もまた荒れ果てていた。ここもある日を境に突然廃墟のように荒廃したのだろう。
幸いなことに魔物の気配は全く感じられなかった。町のすぐ近くだということもあって、なんやかんやでここもある程度は守られていたのだろう。しかし、人の気配も同様に全く感じられなかった。神官のような存在はいないようだ。
「この部屋とか、綺麗な茶器がしまってあるのに人がいないんだね」
生活感があるようでないよ、とニシキは周りをキョロキョロと見渡しながら呟いた。
そうして、神殿の最奥まで進む。奥は少し開けたホールのようになっていた。
ここもまた瓦礫だらけだ。壁に大きな穴まで空いている。
「む、あそこだな。あそこに欠片がありますぞ姫様」
ハヤテがバサッと、ホールの入り口から真正面にある、崩れた柱の方へ飛び立つ。
二人もハヤテを視線で追いかけてみると、確かに柱の根元には何かがある。しかし、その前には、ごそごそと動く黒い影。
「っ!下がれ!」
レオがいち早くそれが人だということに気づくと、ニシキの前にズイっと出る。そして、背中の大剣をすぐ振れるようにと手をかけた。
ニシキも少し後ろに下がり、距離を取って様子を伺う。
しかし、人影はこちらに気づいている気配がない。それどころか、耳を澄ませてみると鼻唄混じりに歌を歌っているようだった。
「ふんふんふん~♪ここも崩れて~♪廃墟~♪
あっちも廃墟~♪こっちも廃墟~♪直す私は~最強~♪
あれっ今の上手くないかな!?廃墟と最強って、私最高だね!……あっ!今の」
「なんだありゃ……」
くだらない歌にレオもニシキも力が抜けてしまった。
とりあえず害は無さそうだと判断し、レオはずかずかと近づき声をかけようと手をのばす。
刹那、レオの右頬を強烈な勢いで紫弾が霞めた。
レオの真後ろで、ドオンと轟音が聞こえ、パラパラとおそらく壁が崩れて瓦礫が落ちる音が続いた。
「なっ……!?」
飛び退きながらレオは大剣に手を掛けなおす。そして力を込め思いっきり前に振りかざし構える。
先ほどまでの呑気な雰囲気はどこへやら、目の前の綺麗なブロンドを携えた男は、青く煌めく瞳を鋭く吊り上げレオを睨む。
が、すぐにふにゃりと表情が崩れた。
「おっと!お客さんだったか!すまないね、てっきり魔物かと思ってしまったよ」
はっはっは、と朗らかに笑う男に、一行は更に戸惑ってしまった。
「で、何用かな。こんな寂れた神殿に」
男はわざとらしく足元に散らばる瓦礫を蹴りながら尋ねる。
「ご覧の通り、ここには何もないぞ。すっかり崩れて今や廃墟だ」
残念だったね、と言わんばかりに男は手をヒラヒラとさせながら二人に近づく。
そしてマジマジと二人の顔を見つめる。
「おや、君らはここら辺の人ではないんだね」
うんうん、と男は楽しそうにうなずくと、レオの体をぺたぺた触り始めた。
レオはびっくりして男を引き剥がそうとするも、男は「なるほどなるほど」と呟きながら器用にかわす。
「あの、すいません、あなたはここの神官さんなのでしょうか?」
ニシキがおずおずと男に尋ねると、男はレオから離れ首を振った。
「うーん、ちょっと違うね。そうだな、私はその神官を束ねる組織のトップ、とでも言えばわかるかな」
男はにこやかに笑み
「これも何かの縁だ、自己紹介しておこう。私はアルテミス。レイス教団の師団長だ。以後、お見知りおきを」
と、優雅に一礼をした。
「そんなお偉いさんが何でこんなとこにいるんだよ?」
「ああ、ちょっと報告があってね」
アルテミスは近くにある大きめの瓦礫に近づくと、よいしょ、と腰を掛け、話を続ける。
レオも武器をしまい、ニシキとハヤテと共に警戒を一旦解き話を聞く体制に入る。
「ヴァルクォーレ聖国にある同じような神殿の祭壇がね、壊れたらしいんだ」
その言葉に、レオとニシキは固まる。
「君らも知ってると思うけど、世界に8ヶ所ある神殿は邪龍ネビロスを封印している。封印の鍵はまあ、祭壇なんだけど、それが壊れたってことは封印が解かれようとしているってことだ」
「きっかけはネージュ雪国にある神殿だ。あそこも祭壇が壊れてしまってね。それから、何かがおかしくなってしまった」
「神殿にいるはずの神官の失踪、魔法結界の消失。それだけじゃない、ヴァルクォーレのフレア王子のように、街から、村から、国から人が消えているんだ」
「祭壇が壊れる度に、何かがねじ曲がる。誰かが消える。ネビロスがそれを引き起こしている。そんな気がしてならなくてね。だからこの神殿の無事を確かめに来たんだよ」
と、一旦説明を切るとアルテミスは腰をあげ立ち上がり、口元にわざとらしく指を添え、ニィと意地悪そうに口角をつり上げた。
「……で、君たちは“なに”をしに来たのかな?」
ザァ、と空気が変わった気がした。
錯覚か現実か、アルテミスを中心に空気がヒュオと渦巻く気配がする。
何もかもを見透かしたような、鋭い視線。
レオは、その得体の知れない殺気に額からポタリと汗を垂らす。そして改めてじりじりとゆっくり距離を取りつつ、背中の大剣に再び手をかける。
ニシキも同じように距離を取る。右手にはいつでも得物を払えるように、ハヤテが待機している。
アルテミスがピクリと動いた。
その瞬間、レオとニシキは後ろに勢いよく飛び退く。
言い様の無い恐怖に包まれる。アルテミスは少し体を動かしただけだったが、本能的に体が動いてしまった。
それと共に瞬時に理解する。二人がかりで挑んでも勝てる相手ではないことを。
こいつ、強い──!
しかし、当の本人はすぐにまたふにゃりと顔を崩した。
「なんてね!君たちも心配で見に来たタチだろう?わかるとも!ま、そういうわけだからここは私に任せてくれ!」
ニッコリと笑う彼には、先ほどのオーラはない。
人畜無害そうな、愉快なただの魔道師にしか見えなかった。
レオとニシキは再び警戒をゆっくり解く。
それを見届けると、アルテミスはくるりと背を向け、鼻唄を再開する。
しかし、アルテミスに任せるのはいいのだが、一つ問題が出てしまった。
「ねえハヤテ、欠片があるのって……」
「ええ、あの男の後ろ……祭壇ですな」
ハヤテが感じ取った欠片の気配は、またしても祭壇の中から出ていた。
当然、今ここでヴァルクォーレの時のように祭壇から欠片を取り出そうとすれば、アルテミスが黙っていないだろう。正直二人には、アルテミスを倒せる自信がなかった。
「あいつがいなくなるのを待つか?」
「無理じゃないかな。ここから離れても、気配を察知して戻ってきそうだよ」
目の前の男の対処に、二人と一羽は頭を捻らせる。
そんな様子に気づかぬまま、アルテミスは楽しそうにガチャガチャと祭壇をいじっていた。
と、突然ピタリと手と鼻唄を止めた。
「……任せてくれとは言ったけど、少し手伝ってもらおうかな」
そう言うと、アルテミスはゆっくりと振り向き、手をいつでも突き出せるよう構える。
「来るよ。お客さんだ」
その言葉を合図にしてか、入り口から少し背丈の低い複数の人影がホールに入ってくる。
頭にターバンを巻いたもの、とんがり帽子を深くかぶったもの、頭巾をつけているもの、そのどれもがダボッとした衣服に身を包み、ズルズルと近づいてくる。
被り物と衣服の間から見える黒い顔に、大きな黄色い目が二つだけ浮かび上がっている。
「グレゴイル一味かと思ったら、ルノマ族の皆さんだったかい」
アルテミスはにこにこと彼ら、ルノマ族に話しかける。
が、ルノマ族からの反応はない。また、アルテミス自身も警戒を解く気配はない。
その様子を見て、レオとニシキも自身の得物に手をかけ警戒体制に入る。
「君たちは人間に友好的だと思ったんだけどね?どういう心変わりだい?」
アルテミスは再びルノマ族に問いかける。が、またしても返事はなかった。
が、
その瞬間、ふるふるとルノマ族達の体が震えたかと思うと、パン!と外皮が弾けた。
途端、中身がガキンガキンと固い音を立てて大きく組上がる。
完成したのは、赤黒い錆びだらけの鉄で出来た、大きな鎌が両腕についた、見たこともないような、高い吹き抜けの天井まである巨体の何か……カンマ風に言えば機械人形とやらになるのだろう。
「随分と趣味の悪いことするじゃないの」
ルノマ族が弾けた時点で驚き固まるレオとニシキをよそに、アルテミスはニヤリと笑う。
「趣味が悪いって……!何がどうなってるんです!?ルノマ族の皆さんが弾けて、中から、あんな、あんな……!」
顔を青ざめたままニシキがアルテミスにわめきたてる。
「彼らは選んだのさ。魔法より機械を」
アルテミスは表情を変えないまま、答える。
「私も詳しいことは知らないよ?ただ、彼らの中で何かあったんだろうね。それは得意な魔法だけでは解決しない問題だった。だから人間に復讐するために、人間を殺すために、魔法を捨てて、挙げ句体を捨てて機械を選んだんだ。例の発明少年の技術は人間だけが狙ってたんじゃないってことさ」
「だからって自分の体に機械を取り込むかよ!?」
レオは信じられないと首を振った。
だがアルテミスはそれに同意する素振りは見せなかった。
「いいかな、彼らは体を捨てたんだ。つまり死体、アンデッドなんだよ。もう自分の意志はない。本能で戦うだけ。大方祭壇の力が弱まったせいで人間の気配に引き寄せられたんだな?でも」
アルテミスの言葉を遮り、機械人形は勢いよくアルテミスめがけて鎌を降り下ろした。
ズガン!と轟音と床が割れる音がした。
「……相手が悪かったね君たち」
地面に突き刺さった鎌の影から無傷で出てきたアルテミスは、そのまま手を機械に向けて突きだした。