chapter3-1
森を抜け、真っ直ぐ伸びた一本道を進むと、大きな黄色い壁が見えてくる。
その壁につけられた門をくぐり抜ければ、そこは光魔法の聖地「スヴェート魔道国」であった。
「へぇー、ここがスヴェート魔道国か。なんつーか、変わってんな」
レオは、屋台も道も建物も全て黄色一色で作られた大通りを歩きながら、辺りをキョロキョロと見渡した。
ヴァルクォーレからほとんど出たことのなかったレオにとってこの黄色い世界は、とても新鮮で興味深いものだった。
「レオはスヴェートまでは来たことないんだね」
そんなレオの様子を見ながら、ニシキが笑いながら話しかける。
「ああ、荷馬車の護衛もヴァルクォーレ郊外の小さな農村とかまでだったからな。国外に来んのはこれが初めてなんだ」
レオもニシキにそう言い、笑みを返す。
「ところでここはどういう国なんだ?」
「なんだ小僧!そんな基本的なことも知らんのか!」
レオの頭に乗っかっていたハヤテが羽をばたつかせ、声を張り上げた。
「なんだよ!ここに来んのは初めてだっつったろうが!」
「この無知傭兵め!そんなんでよく傭兵稼業が勤まるもんだ」
「うぐっ…」
レオは色々言い返したい気持ちを精一杯押し込んだ。
ここで言い返したらまたハヤテと喧嘩になり、ニシキに迷惑をかけてしまうと思ったからだった。
森を抜けたあと、レオが何かを尋ねたりすると、ハヤテは一々口うるさく突っかかってきた。
脳筋だの獣臭いだの馬鹿だのジジイだの罵詈雑言が飛び交う口喧嘩ばっかりしていた。
そして喧嘩が始まる度にニシキが二人をなだめるという流れが出来てしまっていた。
こんな国外にまで来て、またその流れを作ってしまうのはニシキに申し訳ないと思ったのだ。
もちろんハヤテのことは知らない。
「あのね、ここは光魔法で有名な魔道国なんだよ」
ニシキがレオにスヴェート魔道国のことを説明する。
「スヴェート魔道国にはとても有名で歴史のある光魔法の学院があってね、そのためか光魔道士が沢山暮らしているんだよ。
そして彼らは光魔法を駆使して新たな発明と動力を作り出し、生活をより豊かにしようと活動してるんだ」
そもそも、光属性は魔法の基本属性であり、多くの魔道士が使えるものである。
その中でもより高度な技術と力がいる光属性の魔法のことを、光魔法と人々は呼んでいた。
スヴェートは、そんな光魔法の先進国であり、光魔法による新たな仕組みの発明や、火や雷などに代わる新たなエネルギーの開発など、さまざまな研究が個人によって行われ、とても活気づいた場所だった。
「だからこの大通りとかには、毎日新しい発明を提供したり、テストしたりする魔道士達が集まって、
まるで光魔法の発明品市場みたいな感じになるんだよ」
ニシキが一通り説明をし終えると、レオはへえーと相づちをうつ。
しかし、その説明に一つだけ引っ掛かる点があった。
「でもよ、この大通り、人が全然いねぇぞ?」
レオ達が歩いている大通りは、たまに果物屋や穀物を売る屋台などは見かけても、
光魔法の屋台はおろか、光魔道士と思わしき人の姿はなかった。
それどころか、全体的に人の流れが少なく感じた。
「そうなんだよね、さっきから光魔法の屋台は一つも見ないし、ルノマ族の人も見かけないし…」
「ルノマ族?」
「光魔法を操る魔獣の一族だ小僧」
レオの頭の上からハヤテが答える。
「ルノマ族は魔獣の人獣に分類され、光魔法のエキスパート的な存在だ。
彼らは主にスヴェートで人間と同じように暮らし、人間と仲良く共存している」
ハヤテはルノマ族についてレオに教えると、大通りを見渡してみる。
「いつもならルノマ族の光魔道士で賑わっているはずなのだが…何故一人もおらんのだ…?」
ハヤテの言葉に、レオはまたフレア王子の失踪と、アールヴォレの森の異変のことを思い浮かべていた。
このスヴェートでの異変も、何か繋がりがあるのではないか…そんなことをぼんやりと考えていると、
後ろからドンっと誰ががぶつかってきた。
「うおっ!なんだァ!?」
レオが振り向くとそこには、
灰色の髪を後ろでまとめ、オレンジのツナギに黒い手袋とブーツ、首からは黒いゴーグルを下げ、
腰に茶色のウエストポーチをつけた、12、3歳ぐらいの少年が、頭を押さえながら座り込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
レオが咄嗟に声をかけ、手を貸そうと差し出すと、物凄い勢いで少年は顔を上げ、レオを睨み付けた。
「あのねえ、急に前に出てくるとかそーゆーことしないでくんない?邪魔なんだけど」
そう言うと少年は立ち上がり、そのまま走り去ってしまった。
「なんだあいつ…態度悪ィな」
レオは少年の背中を眺めながら、愚痴をこぼす。
そんなレオを苦笑しながら見ていたニシキは、ふと視線を下に落とす。
「…あれ?あの子、何か落としていったよ?」
ニシキが少年の落とし物を拾い上げてみる。
「なにこれ?工具かな?」
ニシキは、先に不思議な模様が入った金属で出来たような道具の部品の一部らしきものをまじまじと眺める。
レオと、その頭の上に乗っかるハヤテも、その部品らしきものを観察する。
「おや、それはカンマ君の作った部品じゃないかい」
三人が部品を眺めていると、大通りを歩いていた老人に声をかけられた。
「カンマ君?」
「ああ、オレンジのつなぎを来た男の子だよ。さっき向こうへ凄い勢いで走っていたなあ…」
老人は先程少年が、走り去っていった方向を指差した。
「やっぱりこれ、さっきの子のやつなんだ。届けないと!」
ニシキは、少年が走り去っていった方向へ走り出そうとする。
しかしレオに肩を掴まれ止められた。
「待て待て。追いかけても捕まるかわかんねえぞ?ここは先回りしようぜ」
レオはそう言いニシキを止めると、肩から手を離し、ゆっくりと老人の方へ向き、尋ねた。
「じいさん、そのカンマ君とやらの家の場所わかるか?」
*
「よっ、また会ったな!」
「……何の用なの」
レオ達が老人に教えてもらった少年の家へ向かうと、ちょうど少年も家に着いていた。
自分の家の前に立ち、自分に手を降るレオ達を見て、少年は心底嫌そうな顔をした。
「はいこれ。ぶつかった時に落としてたよ」
ニシキが優しく微笑みながら、少年が落とした道具を渡す。
少年はその部品を見て慌てて腰のポーチをまさぐり、落としていたことを確認すると、照れ臭そうに受け取った。
「じゃあ私たちはこれで…」
「待ちなよ」
レオとニシキが去ろうとすると、少年がそれを止めた。
「……お茶ぐらい飲んでけば」
そう言い、少年はレオ達を自分の家に招き入れた。
*
「ボクはカンマ。さっきはありがと」
オレンジのつなぎを来た少年—カンマの家の中は、鉄や見たことのない鉱石を削り出して作られたような機械だらけでごちゃごちゃしていた。
居間…だと思わしき部屋にレオ達は通され、テーブルにつく。テーブルとイスは機械のようなデザインのもので、カンマの趣味がよくわかるものだった。
カンマが紅茶を煎れ、運んでくる。
「あんまり綺麗じゃないけど、我慢して」
そう言うとおり、あまり綺麗とは言えないカップをずいっと出される。
しかしほんのりとカップからあがる湯気からは、優しく甘い香りがしていた。
一口紅茶を飲んで見ると、口の中に甘くフルーティーな味が広がり、少し暖かくなった気がした。
「私はニシキ。で、こっちがレオで、その頭の上に乗ってるのがハヤテっていうの。ハヤテは魔獣の一種なんだ」
ニシキはそう、こちら側の自己紹介をする。
「あ、その頭の上に乗ってるの魔獣だったの。てっきり新しい帽子かと思っちゃったよ」
カンマがレオを見ながら、馬鹿にしたように笑う。
レオは少しムカッとしたが、ハヤテは全く気にしていないようだった。
「ところで君の家、なんだかごちゃごちゃしてるね?」
ニシキが部屋を見回しながら、カンマに尋ねた。
「まあね、ボクはこれでも発明家だから、部屋がごちゃごちゃするのも仕方ないさ」
カンマが紅茶をすすりながら答える。
「へえ、それは凄いね!ってことは、君も光魔道士なの?」
ニシキが感心しながらまた尋ねる。
レオはそれを聞きながら、そういや光魔法の発明が活発な国なんだっけと紅茶を飲みながらぼんやりと思い出す。
「光魔法?っは!そんなのもう時代遅れだね!」
カンマは吐き捨てるように答えた。
「確かに光魔法は暮らしを便利にしてるものも多いさ。この国の街灯とか浮力とかさ。
でももう出尽くした感が否めないんだよね。だからボクは新しい技術を開発して、光魔法に代わる発明をしてるのさ。
光魔法?そんなのナンセンス!次の時代は『電波』!その電波を自在に作り出すことが出来ればさらに自由な生活が出来る!」
カンマは目の色を変えながら、一息で自分の発明に対しての熱意を熱弁した。
その勢いに、レオとニシキは圧倒され、思わず目を丸くし動きを止めてしまった。
そしてカンマはこう続けた。
「だいたいさあ、みんな光魔法に頼りすぎなんだよね。だから今みたいに光魔道士が集団失踪した時に対応できないんだよ。
グレゴイルの奴らもそのせいで調子乗るしさあー」
カンマがため息と共に吐き出した言葉に、レオが反応した。
「…ちょっと待て。光魔道士が集団失踪した…だと?」
「あー、あんたら外から来た人なんだね。少し前に国の光魔道士が全員失踪したんだよ」
カンマは空になったカップをスプーンで叩きながら続ける。
「きっとグレゴイルのやり方に反発してストライキでも起こしてるんじゃないの?」
興味無さそうにカンマは言う。
そんなカンマに、レオは続けて尋ねる。
「そのグレゴイルって誰だよ?」
「スヴェートきっての横暴地主さ」
そう言うとカンマは一旦席を立ち、空のカップに紅茶を新しく注ぎ持ってくる。
「光魔道士が消える前はまだ大人しかったんだけど、最近は光魔法で金が取れないからって法外な土地金を住民に請求し回っててさあ。
払えないとあいつが雇ってる喧嘩師にボコボコにされるらしいし?」
「なんか、まさに悪者って感じの奴だね…」
ニシキが率直な感想をこぼす。
「そーゆーこと。だからあんたらも気をつけた方がいいと思うよ」
カンマは新しく淹れた紅茶を飲みながら、二人に警告を発した。
「旅人は金を持ってるからね。あのおっさんに狙われると思うよ」
レオはその警告を聞きながら、カップに残る紅茶の最後の一口を飲み干した。