chapter2-2
「仲間割れか!?」
レオが予想だにしなかった光景を目の前にして、そう叫ぶ。
しかし仲間割れなら好都合だ。今のうちに逃げ出して…
「レオ、様子がおかしいよ!」
ニシキがレオの服を引っ張る。
それに反応して、レオはもう一度魔獣と骨魔獣達を見る。
魔獣は骨魔獣に噛みつき、首をふり骨魔獣をバラバラにする。
すると後ろから別の骨魔獣が襲いかかり、魔獣の首筋に鋭い牙を食い込ませる。
その骨魔獣に別の魔獣が体当たりを食らわせ、魔獣を助け出す。
しかし牙は首筋に残ったまま。噛まれた魔獣が弱々しく唸る。
「これは仲間割れなんかじゃないよ…!魔獣達も骨のターゲットだったんだ!」
「そうみてーだな、助けるぞニシキ!」
レオの言葉で、二人は武器を構えながら魔獣を襲う骨魔獣達に突っ込む。
魔獣に噛みつこうと飛びかかる数匹の骨魔獣を横からレオがまとめて大剣で吹き飛ばし、木に叩きつけバラバラにする。
その背後から襲いかかる骨魔獣をニシキが素早く横に流し斬る。
そしてその隙に、レオが老魔獣を抱えあげる。
「おい!安全な場所ってどこだ!逃げんぞ!」
《森の中心ですじゃ!ここを入ってまっすぐ行ってくだされ!》
老魔獣はレオに抱えられながら、道の右脇の木の影を指差す。
レオは指示通りに脇道に入り、ひたすらまっすぐ走った。
ニシキと魔獣達も骨魔獣を振り払いながら、レオ達の後をついていった。
骨魔獣は追っては来なかった。
*
森の中心の枯れ倒木に、一匹の老魔獣が腰掛ける。
その周りには、レオと、ニシキと、刀から戻ったハヤテと、2匹の魔獣がいた。
《また…家族が減ってしまった…》
老魔獣が薄暗い天を仰ぎ見ながら寂しそうに呟く。
先程の戦いで、魔獣が何匹か死んでしまったのだった。
首筋に牙が残ったままの魔獣も、ここにはいない。おそらく逃げる途中で力尽きたのだろう。
「ごめんなさい、私達がもう少し早く動けば…」
ニシキが老魔獣に申し訳なさそうに告げる。
《いいんですじゃ旅の方。貴女方も自分の身を守るだけで精一杯じゃったはず》
「でも…」
《ここまで逃げ切れただけでも十分感謝しとりますわい。気にすることはない》
老魔獣は目を細めてニシキに感謝の言葉を告げた。
生き残った魔獣達も、感謝を表すかのように頭を垂れた。
「…長老殿、お聞かせ願えますかな?」
老魔獣に、ハヤテが誰もが気になっていることを、静かに問いかけた。
「この森で…いったい何があったのです?」
《この森は、少し前まではこんなに薄暗い森ではなかった》
老魔獣が語り出す。
アールヴォレの森は、元々は光溢れ、魔獣達が静かに暮らす、清らかな森だった。
しかし、ある日突然木々が空を覆い隠し、森から光を奪ってしまった。
その日から闇を好む魔物が住み着き、魔獣達はだんだん森の中心へ追いやられてしまい、数も減っていってしまった。
また、魔物に殺された魔獣の死骸も魔物と化し、今では先程の骨魔獣がうろうろするような、物騒な森になってしまったらしいのだ。
そして今この森にいる魔獣は、ここにいる老魔獣と魔獣2匹だけになってしまったとのことだった。
レオはその話を聞き、何故か突然消えたフレア王子のことと、突然廃墟と化した神殿のことを思い浮かべていた。
今、世界中である日を境に異変が起きている—きっとアールヴォレの森の異変も、関係があるのだろう。
《森が変わってしまう前に拾ったこの結晶は、儂らをずっと守っていてくださった。
もう、これしかやつらに対抗する力がないんじゃ》
老魔獣は、倒木の中から桃色に淡く輝く水晶のような欠片を取り出す。
それはニシキが探している"記憶の欠片"だった。
「だから返すわけにはいかないと言っていたんですね…」
ニシキは記憶の欠片を大事そうに抱える老魔獣を悲しげに見つめる。
《元々は貴女のものなのだろう。しかし、魔物がこの森にいる以上、儂らの身を守る為にも渡せぬ。どうかわかってほしい》
老魔獣はニシキに静かに頭を下げる。
魔獣達も、その様子にやりきれないような表情で、うつむく。
「魔物、か…」
レオは過去に、魔物の生体について、誰かに耳が腐るほど聞かされていたようなことをぼんやりと思い出す。
顔すらもよく思い出せない誰かが、俺とフレア王子に色々教えてくれたような…。
そんな曖昧な記憶の中で、レオは確かに思い出したことがあった。
「…魔物が出る場所には、かならず魔物の巣がある。
巣がある限り、魔物は無限に湧き続けるが、巣を壊せば、また巣が作られない限り二度と出ることはない…!」
レオは、誰かが過去に言っていたことを思わず復唱する。
そして、気づく。
「つーことは、この森のどっかにある魔物の巣さえ壊しちまえば、魔物は二度と出てこねえ!」
その言葉に、ニシキや老魔獣がハッとする。
《そのようなことができるのですかい…?》
「出来るか、じゃねえ!やるんだよ!」
レオは上を見上げ、続ける。
「もしかしたら、この森がこんなに暗ぇのも魔物の巣が原因かもしれねーな…」
木で繁った空をじっと眺め、何か手がかりを探す。
すると、ハヤテがあることに気がついた。
「小僧、この木の空、よく見ると周囲の木とは別の木が覆い隠しておるようだぞ」
つまり、森の木々が高く伸びて空を覆い隠しているのではなく、大きな一本の大木から伸びた枝葉で空が覆い隠されているらしい。
「そうと決まれば、その大木を探すぞ!そこが巣だ!」
レオは上を見ながら、空を覆う木の幹の位置を探り出すため走り出した。
ニシキも、老魔獣達に記憶の欠片があるこの森の中心から離れないようにと言い残すと、ハヤテと共にレオについていった。
*
薄暗い緑の天井を見ながら、レオ達はその天井を作り出しているであろう大木を探す。
辺りの木の影から、骨魔獣がこちらへ飛びかかってくる。その度にレオとニシキはそれぞれの武器で相手を蹴散らしていく。
だんだん、飛び出してくる骨魔獣の数が多くなってきた。
「どうやら巣に近づいてるみてーだな!」
のし掛かってきた骨魔獣を蹴飛ばし払いのけるレオ。
「というか、これじゃないの!?」
ニシキは腕に噛みつこうとしがみつく骨魔獣を刀の柄で殴り、腕を大きくふって吹き飛ばすと、目の前の大木を指差した。
ニシキが指差した大木を見上げると、大木のずっしりとした枝葉が緑の天井を作り出していた。
「これか…!」
レオが大木の元に駆け寄る。すると強烈な悪寒が襲ってきた。
大木の根元を見ると、穴が空いており、その中でに禍々しい黒々とした球体が置かれていた。
中はまるで何かを吸い込むかのように、紫の霧が渦巻いている。
「見つけた…!多分これが魔物の巣っつーかコアだ!」
レオはそう叫ぶと大剣を両手で構え、切っ先を下に向けながら、頭上高く振り上げる。
「このままぶっ壊してやる!」
そして勢いをつけ、大剣を魔物の巣に思いっきり突き刺した。
パリン!と割れる音がする。
その音と共に、ニシキと格闘していた骨魔獣達が一斉に苦しみだした。
何が起こっているのかわからないニシキをよそに、骨魔獣達は苦しみ、悶えながら息絶え、バラバラになって地面に倒れる。
するとその死体はサラサラと細かい粒子になり、どこかへ吹き飛んでいった。
「なるほど、巣を壊せば奴らもくたばるわけか。
さしずめ巣は奴らのエネルギー源というわけだな」
ハヤテが刀から戻りながらそう呟き、大木を見上げる。
レオとニシキも釣られて大木を見上げる。
大木は根元の巣が栄養源だったのか、みるみるうちに枯れていき、天を覆い隠していた枝葉を支える力を無くし、上から枯れ葉を降らせた。
ハラハラと枯れ葉が舞い落ちる。するとその隙間から徐々に光が差し込んできた。
その様子を見つめるレオ達の元に老魔獣達がたどり着いた頃には、空を覆っていた枝葉達のほとんどが地面に落ちていた。
《まさか本当にやってしまうとは…感謝してもしきれませぬ》
枯れた大木の前、老魔獣と魔獣達がレオ達に頭を下げる。
そして老魔獣は、緑の天井から解放された青い空を仰ぎ見る。
《ああ…やっと見れた…》
そう呟くと、静かに涙をこぼした。
「感動してるとこ悪ぃけど、記憶の欠片は返してくれんだよな?」
《ああ、お返ししましょう。もうこの森には必要ないじゃろう》
老魔獣が魔獣の一匹に指示を出すと、指示を受けた魔獣がのっそりと前に出てくる。
口には記憶の欠片を大事そうにくわえている。
ニシキがその魔獣の前に出る。そして魔獣の口の前に手を差し出す。
魔獣は出された手にやさしく記憶の欠片を置いた。
「ありがとうございます」
ニシキは魔獣から記憶の欠片を受けとると、深くお辞儀をした。
そして腰につけたポーチから、ヴァルクォーレで回収した記憶の欠片を取り出すと、2つの記憶の欠片を自分の胸元に持ってくる。
「そういえば、解放し忘れてた」
ニシキはそう言うと、スッと目を閉じ、意識を記憶の欠片に集中させる。
すると記憶の欠片が強い桃色の光を放ち、輝きだした。
キイイイと鋭い音と共に、記憶の欠片がだんだん消えていく。
そしてパアッと光を弾けさせると、完全に消えてなくなった。
「今のは?」
レオがハヤテに尋ねる。
「今のは記憶の欠片を解放したのだ。解放することで、倭ノ国の記憶が少しずつ形を取り戻す」
ハヤテの説明に、ふーんとレオは相づちをうつと、老魔獣の方を向く。
「なんだかんだで返してくれてありがとよ。あんたらもこれで安心して暮らせるな!」
レオがにかっと笑いかける。
そんなレオの言葉に、老魔獣は元気に「キャウ」と答えた。
その返事に、レオはえ…?と固まった。
「お前…喋れたんじゃ…?」
「そのお爺さんは元々喋れない魔獣だよ」
ニシキが動揺するレオに近づきながらレオの疑問に答える。
「今まで喋れたのは、きっと記憶の欠片の力のおかげ。
その記憶の欠片を解放した今、彼はもう人語を理解することは出来ても、話すことは出来ないよ」
その言葉に、レオはそうか…とうつむく。
そして、記憶の欠片が持つ力がどれほど強いのかを知る。
「まあ、その、なんだ、達者で暮らせよ?」
レオはもう人語を喋ることのない老魔獣にそう話しかける。
老魔獣はまた元気に「キャウ」と答えた。
*
魔獣達に導かれ、レオ達は元の道に戻ってきた。
この道を真っ直ぐ行けば森を抜けることができる。
ニシキが魔獣達に手を振り、道を真っ直ぐ進んでいく。
レオも軽く魔獣達に手を振ると、前を向きニシキの後に続こうとした。
その時、
《また、ガルに会いたいのう…》
もう人の言葉を話すことのない老魔獣の声が聞こえたような気がした。
レオは思わず振り返るが、そこには魔獣達が遠吠えを上げながら、自分達の住む森の中へ去っていく姿しかなかった。
気を取り直して前を向き、ニシキ達についていく。
結局、あの時の声が現実だったのか幻だったのかは、今でもわからない。