chapter2-1
「大きな森だね」
ヴァルクォーレから西にある、うっそうと緑が茂る森の入り口の前に、レオとニシキは立っていた。
「ここはアールヴォレの森っつってよ、昼はいいんだけど夜は魔物がわんさか出るって噂の森なんだ」
レオは森を眺めながらそうニシキに教えた。
「レオは入ったことあるの?」
「ん。商人の荷馬車の護衛で何度かな。
そんときはあんまり魔物には出くわさなかったけどよ、今回もそうとは限らねえからなあ…」
めんどくせえなあーと言わんばかりにレオは頭をかく。
そんなレオを見つめて、ニシキは問いかけた。
「もしかしてレオがついてきたのって、私達を護衛しようと?」
「いや、ちげーよ。だってお前強ぇし」
ニシキの質問に違うと軽く首を横に振る。
じゃあどうして?とさらにニシキが尋ねる。
「俺さ、傭兵なんてやっちゃいるけど、ヴァルクォーレからほとんど出たことねえんだよ。平和すぎて。
だからさ、俺の知らない外の世界を見てみたいんだ」
レオはそう答えると、ニシキににかっと笑いかけた。
ニシキはなるほどと、その答えに納得したのか、頷いた。
「本当はそれだけじゃねえんだけどな…」
レオはそんなニシキを見ながら、誰にも聞こえないぐらいの小声でボソッと呟いた。
「なんだ小僧、なんぞ下心でもあるのか?」
「うおっ!?」
いきなり目の前にニシキの刀兼じいや(自称)の橙色の鷲、ハヤテがバサッと顔を出してきた。
「え?レオは私達を騙そうとしてるの?」
ニシキがハヤテの言葉を聞き、怪訝そうにレオを見つめる。
「違え違え!そんなことはこれっぽっちも思ってねーよ!」
レオは両手を軽くつきだしながら必死に否定する。
ならいいんだけど、とニシキが視線を森に戻す。
それを見ると、レオはハヤテの体を掴むと自分の顔の近くに引き寄せ、小声で話しかけた。
「…お前、さっきの聞こえてたなァ?」
「フン、鳥の聴覚をなめるでないわ小僧」
「俺は小僧じゃなくてレオだっつーの!」
レオはハヤテから手を離すとため息をついた。
そんなレオに、ハヤテが追撃をかける。
「…そういや小僧、神殿から脱出した後、姫様に何かしようとしておったな?」
「!!?」
ハヤテの言葉にレオは思わず固まる。
そしてその時のことを鮮明に思い出す。
「あのとき、姫様に接吻をしようとしておったな小僧」
「ああああああああああああああああ!!!!!」
レオはハヤテの追い討ちに頭を抱えながら発叫する。
突然のレオの叫びにニシキはビクッと肩をはねらせ、思わず振り向く。
そして叫びながら頭を振り回すレオを見て、「ど、どうしたの!?」と困惑する。
なんでもありませぬ、とハヤテがニシキに声をかけると、ニシキは納得がいかないような顔をしつつも、また森の方へ視線を戻した。
「…おい小僧、よく聞け」
地面に頭をつけ、過去の自分がとった行為の恥ずかしさのあまりプルプル震えているレオの耳元で、
ハヤテがニシキには聞こえないような小声で囁く。
「貴様が姫様に惚れるのは構わぬ。だが、貴様ごときに我が国の姫様はやらぬからな。心しておけ!」
バレていた。
そして釘を刺されてしまった。
レオはますます恥ずかしくなって顔を上げられなくなった。
「時に小僧、いつまでそうしているつもりだ?いい加減森へ入るぞ!姫様をこれ以上待たせるでない!」
「……はい」
レオはハヤテの言葉に気の抜けた返事を返すと、ゆっくり地面から顔を上げ立ち上がり、
よろよろと先に森へ入ったニシキとハヤテのあとについていった。
*
森は昼間だと言うのに、妙に薄暗かった。
深い緑を携えた大きな木々が、空を覆い隠すように生えている。
そこからこぼれるわずかな木漏れ日が、森に微かな光を与えていた。
レオは過去の経験から、昼間にも松明が必要だと思い、
入ってすぐに大木の枝を数本折ると、木を組んでこすり合わせ火を起こし、
一番太い枝の先端にアルコールを染み込ませた包帯を巻きつけ、そこに火をつけて松明を作った。
「わあ…すごいねレオ!」
ニシキが出来上がった松明に目を輝かせる。
「ま、これくらい出来ねえと生きていけねえからな!」
ニシキに誉められ、へへん、とレオは鼻を高くする。
「火がありゃ、魔物もそう簡単には近寄ってこねえだろ。行くぜ」
レオは松明を前に掲げると、なんとなくニシキの手を取ろうとしていた。
するとハヤテにものすごい勢いで手をつつかれた。
「いってえ!!」
「調子に乗るな小僧!姫様は貴様なんぞに手を引かれなくとも歩けるわ!」
その言葉で自分が無意識のうちにニシキと手を繋ごうとしていたことにレオは気づいた。
そして赤面した。
「がああああ!!違う!!今のは違う!!ちげーんだよ!!」
「何が違うのだ小僧!」
ハヤテはそう叫びながらレオに向かってバッサバッサと威嚇する。
レオはぐがあああと自分の周りを飛び回るハヤテを手で払い除ける。
「い、いいよハヤテ。レオは暗いからはぐれないように手を繋ごうとしただけだよ!」
ニシキが慌ててハヤテを諌める。
そしてレオの空いている手を取ると、自分の手と重ね合わせ、握った。
「ほら、これではぐれないよ」
ニシキがほわっと笑いかける。
その様子に、ハヤテは「姫様がいいなら…」とぶつくさ言いながらニシキの肩の上に戻っていく。
レオはニシキの行動に数秒間固まると、「うわああああ!」と赤面しながら勢いよくニシキの手を振りほどく。
そしてもの凄い勢いで前へ振り向くと、「行くぞ!」と叫びながら走り出していった。
「私、何か変なことしたかな?」
「気にすることはありませぬぞ姫様」
ニシキたちは走り去っていったレオを追いかけた。
*
森の中心にある大きな枯れ倒木に、一匹の老魔獣が座っていた。
その周りを、数匹の魔獣が老魔獣を守るように立ち、周囲の草むらを威嚇していた。
《何か、よからぬものが迷いこんでおるな…》
老魔獣は深い緑に隠された空を見上げると、そう静かに呟いた。
*
なんとか、もの凄い勢いで走り出していったレオにニシキ達は追いついた。 ハヤテはレオの頭に乗ると、「姫様に合わせぬか!」と脳天をつつきまくる。
「いてえ!いてえ!」とレオは悲鳴をあげながらも、今度はニシキに合わせるように歩きだした。
松明の明かりが、薄暗い森を優しく照らす。
周りは本当に木ばかりで、特に開けたような場所もなく、ほとんど一本道だった。
「ところでよ、なんでこの森を通り抜けようと思ったんだ?」
レオは歩きながら、もうつつくことをやめ、自分の頭の上で羽を休ませるハヤテに尋ねた。
「この森になんかあんのか?」
「ああ、この森にも"記憶の欠片"がある」
記憶の欠片、
それはニシキの母国、倭ノ国を取り戻すために必要な欠片だった。
「なーんか、どこにでも落ちてんだな"記憶の欠片"って」
「それはかなりの数に飛び散ったらしいからな。あるところにはあるんだろう」
「で、この森のどこら辺にあるとかはわかんねえの?なんか気配とかでさ」
「それはわからぬ。だが…」
ハヤテが言葉を詰まらせる。
レオはなんだよ?と続きを促す。
「…記憶の欠片には、倭ノ国の記憶が詰まっておる。
その中の記憶によっては、巨大な力を持つものも存在する」
ハヤテは、後ろからひょこひょこついてくるニシキを見ながら続ける。
「某と姫様が閉じ込められていた記憶の欠片も、かなりの力を発していたと聞く。
なれば、もしそのような記憶の欠片を悪用するものがあれば、その力でわかるだろう」
「はあ?つまり何が言いたいんだよお前」
レオの言葉に、ハヤテは静かに結論を告げた。
「…記憶の欠片の気配はわからぬが、何か大きな力がこちらへ向かってくる気配なら感じるということだ」
「…ちょっと待て、それってやべーんじゃ…」
レオがそう言い終わるか言い終わらないかの時、道の脇の木の影から数匹の魔獣がレオ達の目の前に飛び出してきた。
レオはびっくりしながらも、背中の大剣に手をかけ、臨戦態勢を取る。
ハヤテは素早くニシキの元に戻り、刀に変身する。その刀を握り、ニシキも臨戦態勢を取る。
魔獣達はレオ達を威嚇するかのごとく低く唸り、今にも飛びかかってきそうだった。
魔獣の一匹が、レオ達に向かって飛びかかろうと前足を動かしたその時、
《やめんか、そちらは儂らの敵ではない》
低く威厳のある声が響きわたった。
先程魔獣達が飛び出してきた木の影から、一匹の年老いた兎型魔獣がゆっくりと姿を現した。
するとレオ達を威嚇していた魔獣達は老魔獣の方へ向くと、まるでお辞儀をするかのように頭を深く下げた。
その光景に呆然とするレオとニシキと、思わず刀から元の姿に戻ったハヤテに向かって老魔獣が話しかけた。
《これは失礼致した旅の方。この森は今は危険じゃ。早急に立ち去られるがよい。》
老魔獣はそう言うと、踵を返し、魔獣を引き連れて森の中へ戻っていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
が、ニシキがそれを止めた。
《いかが致した、旅の方》
「あの、あなたはもしかして…」
ニシキはそう言うと、腰につけているポーチからガサゴソと何かを取り出す。
「これ、持ってませんか…?」
これ、と取り出したものを老魔獣に見せる。
毛で隠れてよく見えないが、老魔獣の目の色が変わったのがわかった。
ニシキが取り出したものは、ヴァルクォーレで回収した淡く桃色に輝く"記憶の欠片"だった。
空気が変わった気がした。
ニシキの手の中で淡く桃色に煌めく"記憶の欠片"を見て、老魔獣は静かに答えた。
《ええ、儂は確かに同じものを持っております。それを渡してほしいのですな?》
老魔獣はニシキが言いたいことを先に口にだした。
そしてゆっくり首を横に振ると、こう続けた。
《残念ながら、渡すわけにはいきませぬ。》
予想通りの答えに、ニシキはそっか…と、掲げた"記憶の欠片"をポーチにしまう。
そして改めて老魔獣の方に、橙の瞳をまっすぐ向ける。
「でも、どうしてもそれを返してほしいの。できればあなた達を傷つけたくはないし…」
《どうやら事情がおありのようですな。》
老魔獣はニシキの表情を読み取ると、彼女には何か大切な目的があるのだなと察した。
しかし、と老魔獣は食い下がる。
《これを渡すわけにはいきませぬ。そんなに取り返したいのなら、力づくで奪えばよかろう!》
その声に、老魔獣を守るように取り囲んでいた魔獣達が、低く唸りながらニシキに威嚇する。
ニシキは困ったような顔をしながらニ、三歩後退る。
その横から、ニシキを守るようにレオが背中の大剣に手をかけながら、前へ出る。
その時だった。
「小僧ッ!上だ!」
ハヤテの鋭い声にレオが上を見上げると、そこには異形の姿をした魔獣らしき生物が、レオ目掛けて飛びかかってきていた。
「…っ!」
レオは素早く大剣を引き抜くと、そのまま生物に向かって振り上げる。
生物は大剣に当たると、音もなくバラバラに砕けた。
「な、なんだよ今の!…骨!?」
レオが、自分が吹き飛ばし、バラバラになった相手を改めてよく見てみると、それは魔獣の骨だった。
《まだ仲間がおりますぞ!》
老魔獣の声にレオが周りを見渡すと、木々の影に赤い光が多数こちらを見つめているのがわかった。
魔獣の一匹が、威嚇して吠える。すると赤い光達がこちらに向かって飛びかかってきた。
目があったであろう場所に、赤い眼光を光らせながら、骨だけになった魔獣達は体を風に鳴らしながら襲いかかってくる。
レオは大剣を先程と同じように骨魔獣にぶち当てると、骨魔獣をバラバラに吹き飛ばす。
ニシキの方は、また刀に変身したハヤテを腰に下げた鞘に納め、柄に手をかけ居合い切りの体勢を取っていた。
数匹の骨魔獣達が一斉に飛びかかり、ニシキの間合いに入った瞬間、素早く刀を抜き相手を斬る。
斬られた骨魔獣達は皆、そのまま綺麗に2つに別れ、バラバラになって崩れ落ちた。
「こいつら、魔獣…!?」
ニシキが足元の、崩れ落ちた骨魔獣を見ながらそう呟く。
「だろうな…多分あのじいさん魔獣とグルだ」
ニシキの呟きに、レオがそう答える。
そして老魔獣達の方を見た。
しかしそこには、自分の考えを覆す光景があった。
魔獣達も骨魔獣に襲われていた。