chapter1-2
祭壇は盛大な音をたてて崩れ落ちた。
「えっ、なんで…?」
壊した張本人であるニシキは、一瞬の出来事に動揺していた。
まさか本当に壊れるとは思っていなかったのだ。
「なんで、じゃねえよ!お前らよくも…!」
レオがそう叫ぶも束の間。 今度は神殿自体が大きく揺れた。
「わ…」
「危ねえ!」
大きな轟音とともに天井が落ちてくる。
咄嗟に動けずその場で固まるニシキを、レオがすんでのところで引っ張り、自分の元へ引き寄せた。
そしてその勢いのまま、ニシキをお姫様抱っこする。
「おい!お前姫様に何を…!」
「うるせー鳥!とにかくここはもう崩れちまうから、外に出るぞ!」
レオはそう言うと、ニシキを抱えながらもと来た道をひた走った。
*
「うぉーあっぶねえー!」
レオ達が外に出た途端、神殿跡は轟音とともに崩れていった。
あともう少し遅ければ、おそらく全員ぺしゃんこだっただろう。
「あーもう!お前なんてことしてくれたんだよ!危うく死ぬところだったぜ!?」
レオは自分が抱き抱えているニシキを責め立てた。
「…っごめんなさい」
ニシキはうつむいたまま、そう呟いた。
落ちないようにとレオの首に回していた腕に力が入る。
ぎゅうっとレオの胸元にニシキの顔が近づく。
「私…っ自分のことしか考えてなかった…!ごめんなさい、あなたまで巻き込んじゃって…!」
ニシキの声は震えていた。
レオはしまった…!と思った。少し言い過ぎてしまった。
自分の腕の中で震える少女は自分と年はたいして変わらないように見える。
そうだよな、俺だってさっきの崩壊は怖かったんだ。
ましてやこいつは女の子だ。俺よりもっと恐怖を感じていたに違いない。
レオはそんなことを思いながら、ニシキを抱く腕に力を込める。
ゆっくりと、ニシキの顔に自分の顔を近づける。
そして……
我に返った。
「うあああああああっ!!?」
レオは顔を真っ赤にしながら、ニシキから顔をバッと離し発叫した。
待て待て待て待て、俺今何しようとした!?
さっきの自分の行動に自分で動揺する。
そういうことはもっと場数を踏んでから…、場数ってなんだよ!!
心臓の鼓動が早い。落ち着け!落ち着け俺っ…!
ガサッ
何かが動く音がした。
その音でレオは冷静さを取り戻す。
「なんだ…!?」
「っ!うしろ!」
ニシキが叫んだ瞬間、後ろから槍が飛んできた。
「うおあ!?」
ニシキの言葉でレオはすぐに反応を取ることができた。
右にジャンプして槍を避ける。
周囲の木の影から、鎧に身を包んだ人間が多数出てきた。
鎧はヴァルクォーレ城の兵士のものではなかった。
「なんだこいつらは…!」
「アンデッド…!」
「アン…、デッド?」
「魔物の一種だよ!」
アンデッド達はじりじりとこちらに近づいてくる。
鎧の隙間から見えた彼らの体は、肉が所々腐り落ち、骨が見えていた。
「こいつら、死体か…!」
レオはアンデッドから距離を取る。
ニシキを抱えている今、剣を振ることも抜くこともできない。
「私をおろして!」
レオがどうしたものかと考えていると、腕の中のニシキが訴えた。
「何言って…!」
「馬鹿にしないで!私だって戦えるんだから!」
レオは不本意ながらニシキをおろす。
そして背中に背負う大剣に手をかけ、スルリと抜き出し両手で構える。
「いくよ、ハヤテ」
「承知!」
ハヤテと呼ばれた橙色の鷲が、勢いよく天空へ羽ばたく。そしてニシキに向かって急降下する。
ニシキがハヤテに向かって手を差し出すと、ハヤテの体を光が包み、形が変わっていく。
光がニシキの手に触れると、そこには見事な日本刀が収まっていた。
そのままニシキは刀を一振りし、両手で構える。
「はは…鳥が刀になった…」
「あなた、戦闘の経験はあるんだよね?」
近づくアンデッド達に武器を構えなおしながらニシキが言う。
「とにかくこいつらを…」
「ぶっ倒せばいいんだろ!簡単だ!」
ニシキが全てを言い終わる前にレオがそう言うと、距離を縮めていたアンデッド達が一斉に襲いかかってきた。
「ウルァ!」
槍を突きだし突進してくるアンデッド達を、レオは大剣で凪ぎ払う。
そして吹き飛んだアンデッドの一人にジャンプして飛びかかり、剣を下に突きだす。
「くらえァ!」
そのまま落下を利用し、アンデッドに剣を突き刺す。ズドンっと重い音が響く。
剣は鎧を貫きアンデッドの体に深く突き刺さった。
レオは勢いよくアンデッドの体から大剣を抜く。ズシャッと血の音がした。
背後から別のアンデッド2体が剣を振りかざしながら飛びかかってくる。
レオは剣を引き抜いた勢いでアンデッド2体を凪ぎ払う。
1体は木に思いっきり叩きつけられ、ズシャア、と地面に沈んだ。
残りの1体が体勢を立て直そうともがく隙に素早く上から叩きつけるように大剣を振り下ろす。
グシャアと鎧ごとアンデッドを沈める。
「こっちは片付いたが、あっちは大丈夫なのか…?」
あらかたアンデッドを倒したレオは、ニシキの方を見る。
ニシキは地面に伏している息絶えたアンデッド達の屍の円の中心で、刀を鞘に納めていた。
「いらねえ心配だったみてえだな」
レオは苦笑する。
ここで気が抜けたのがいけなかった。レオの背後からアンデッドがハンマーを振りかざす。
「うあっ!?まだいたのかよ…ッ!」
レオが反応するより早く、ニシキが反応した。
ニシキは足に力を溜め、一気に飛び出しアンデッドと距離を詰める。
「ハアアア!!」
体を回転させながら、アンデッドを一刀両断する。
橙色の太刀筋が光る。
「ァ゛ア…ア゛…」
アンデッドが呻き声をあげる。
「まだだ!」
レオのその言葉と同時にアンデッドが最後の力を振り絞り、ニシキにハンマーを降り下ろそうと構える。
ニシキが体勢を立て直そうと反応する間もなく、アンデッドは武器を降り下ろす。
刹那、ニシキの横から大剣がアンデッドを貫く。
アンデッドはそのまま木に押し付けられ、力尽きた。
レオはアンデッドの死体から大剣を引き抜き、一振りしてこびりついた血を払う。そしてまた背中に背負う。
「ありがとな…お前も大丈夫か?」
レオがニシキに声をかける。
「う、うん…ありがとう。あなた強いんだね」
ニシキがほわっと笑う。レオの頬がまた熱くなる。
「そ、そんなことねえよ」
赤くなった顔を見られないように、そっぽを向く。
「そんなこと言って…本当に強かったよ?ね、ハヤテ」
ニシキは刀を自分の前に突きだすと、刀に向かって話しかける。すると刀は光輝き出した。
先程のように光は形を変え鳥の形になり、パアッと弾けると鷲の姿に戻っていた。
「フン!まだまだですわい!」
鷲はレオを見下しながらそう吐き捨てた。
お前に言われるとなんかムカつくんですけど!
レオは心の中でそう呟いた。
そしてなんとなく神殿の方を見る。するとそこには信じられないことが起きていた。
「祭壇が…復活してる…!?」
そこには確かに先程壊れたはずの、祭壇がたっていた。
「えっ?さっき壊れたはずじゃ…!」
ニシキもその光景に目を丸くする。だって確かに自分が壊したはずなのに。
いったい何が起こったのか、誰にも理解できなかった。しかし、
「でもこれで、"記憶の欠片"を回収しても祭壇は壊れないことがわかったね…」
ニシキが先程回収した桃色の光を放つ記憶の欠片を取り出しながら、そう告げる。
確かに祭壇が無事なら、記憶の欠片を回収しても問題はないはずだ。
「…で、お前らはこれからどうすんだよ」
レオはニシキが持っている記憶の欠片を見つめながら、ニシキ達に尋ねる。
「決まっとるだろう小僧!我々は記憶の欠片を集めとるのだ!」
「色んな国に行くのか?」
「当たり前だろう!」
鷲はニシキの肩にとまると、口悪く答えた。
ニシキも小さく頷いている。
レオは、心を決めた。
「…なあ、俺も一緒に連れていってくれねえか?」
「え…?」
「何を言っておるのだ小僧!?」
レオの突然の要求に、目を丸くするニシキと鷲。
「わかっとるのか!?我々は遊んでいるわけではないのだぞ!
辛く厳しい旅なのだ!生半可な覚悟でのこのこついてきては…」
「ああわかってる!それも承知のうえだ!」
鷲の言葉を遮り、レオが叫ぶ。
真っ直ぐ見つめる深く澄んだ緑の瞳は、揺らぎない覚悟を表していた。
「…どうします姫様」
鷲は少し戸惑いながらニシキに尋ねる。
「うん、彼がその気なら、私は大歓迎だよ!」
ニシキがまたほわっと笑う。
「彼は強い。それに今回は私たちだけじゃ乗りきれなかった。
きっとこの先も彼の助けなしじゃ越えられない場所があると思うの」
ニシキのその言葉に、レオは顔を輝かせる。
「じゃあ…!」
「うん、よろしく」
ニシキがレオに手を差し出す。すぐさまレオはニシキの手を取り、握手を受ける。
「言っておくが、姫様が言うから仕方なく受け入れるだけだからな」
鷲がニシキの肩から今度はレオの肩に移動する。
「某はハヤテ。姫様の刀兼じいやみたいなもんだ。某はぬしのことは認めておらぬからな!」
フン!と鷲—ハヤテはレオを見下す。
こいつ、もしかしてツンデレか…?と、レオは少し呆れる。
「ところで、あなたの名前は?」
そうニシキに聞かれ、レオはまだ自分が名乗っていなかったことに気がついた。
「俺はレオだ。これからよろしく頼むぜ、ニシキ」
レオはにかっと笑ってみせた。