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RE:collection of Justice RE:vERse  作者: カザハラ
chapter5 流浪の砂漠ロカーム
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chapter 5-5

「貴女はもう用済みだ」


 突然、同胞の砂の民にナイフで斬りつけられ、傷口から血を流し、口からも血を吐くように垂らすサハルは、茫然とした様子で砂の民を見つめる。そんな彼女に二撃目を加えるべく、もう一度砂の民がナイフを振り下ろしたその瞬間、サハルの目の前に飛び込んだニシキがハヤテを素早く刀に変えて砂の民のナイフを受け止め弾き飛ばす。


「何してるの!?サハルさんは仲間でしょ!?」


 突如起こった仲間割れに、ニシキは戸惑いながらも砂の民に訴えかける。レオとダガもニシキに続いてサハルを守るように囲む。


「仲間?ふははは!そうか仲間か」


 ニシキ達の態度に、砂の民は愉快そうに笑うと違う違うと首を振った。


「馬鹿な女だ。砂の民の生き残りだ?そんなもの、もう残っているわけないだろう!」


 砂の民達が、懐からナイフや弓矢、ボウガンなどの武器を取り出し、サハルに向けて構えた。


「俺達は盗賊だ。この遺跡の宝が目当てのな。だが遺跡の中は蟻だらけ。とても盗みに入る隙などなかった」


 そこで区切ると、砂の民はにいと口角を釣り上げた。


「だから利用させてもらった!蟻から遺跡を取り戻そうとしているお前達を!砂の民を偽って接触したらまんまと騙されてくれて愉快だったよ。おかげで遺跡から蟻も消せたし、魔法が厄介なお前も虫の息だ!ははは!実に愉快だな!」


 そう一人が高笑いすると、それに続くように砂の民、もとい盗賊達全員が汚く爆笑する。


「そんな……私……私……」


 続く言葉の代わりに、ゴフッとサハルは血を吐き出した。同胞だと思っていた者達の裏切り。仲間だったはずの彼らに武器と共に突きつけられた残酷な真実は彼女の心を砕くのには十分だった。血が流れ、頭がぼんやりとしてくる。虚ろなサハルな目から、涙がこぼれた。


「さあ、邪魔者には消えてもらおうか。あんたらも蟻との戦いでボロボロだろう?なら簡単に殺せるなあ」


 汚らしい笑みを貼り付けたまま、盗賊達は武器をしっかり持ち直すと問答無用でサハル達に襲いかかってきた。完全な殺意を乗せて振られたナイフをニシキが刀で受け止めて流そうと構えた瞬間、盗賊の首が飛んだ。

 ごろんと転がる首の横に、さっきまで一緒だったはずの胴体が力なく倒れる。一瞬の出来事に盗賊も、ニシキも、レオも反応できなかった。


「ゆるさんねーらんどー」


 静かに、しかし強くゆっくりと言葉が呟かれた。


やー、たっくるすッ(てめーら、ぶっ殺す)!!」


 体中に血管を浮かび上がらせ、目を見開き怒りの形相を見せるダガが、懐から桃色に透き通る水晶のような、“二個目の記憶の欠片”を取り出し、右手で強く握りしめた。

 欠片がパァっとダガの手の中って強く光るや否や、先ほどの蟻のようにダガの体が膨張する。元々筋肉質だった彼の腕は更に筋肉が増強され、足も太く大きく、犬歯が獣の牙のように鋭くなる。瞳孔が縦長に開かれると、ダガは本能のままにカトラスを構えて盗賊たちに襲いかかった。


「ひっ、怯むな!こいつの力はたかが知れてる!やれ!」


 ダガの豹変に驚きながらも仲間に撃を飛ばした男は、次の瞬間景色が180度回転した。何だ?と考えてももう手遅れ。その後を考える前に男の意識は途切れ、首と胴体が別々にずしゃりと地面に落ちた。


「や、やれ!やれ!!」


 一人、また一人と目にも止まらぬ速さで盗賊の首を跳ねていくダガに、ボウガンを構える盗賊が錯乱気味に矢を乱射する。そのうちの一本がダガの顔に当たりそうになった時、ガキッとダガはそれを歯で噛みつくようにして受け止めた。


「ひっひぃ!化け物だ!化け物……」


 盗賊の言葉が終わる前に、ダガが首を跳ねた。

 どちゃり、と最後の一人の胴体が倒れ、ボールのように首がポンポンとバウンドした。サハル達をを囲むように並んでいた盗賊の首のない死体が、真っ赤な池の中に乱雑に倒れる。その近くには、胴体の持ち主だった首が、恐怖に引きつった顔のまま転がっている。


「ダ、ダガ……?」


 ヴィヴィとレオに支えられ体を起こすサハルを、ニシキが傷を抑えて必死に止血を試みる。しかしサハルはニシキ達よりも、裏切り者の死体よりも、目の前で低く唸り続ける弟に目を向けていた。


「ダガ……」


 悲しそうに顔を歪ませながらサハルが弟に手を伸ばそうとした途端、グリン、とダガの顔がサハルに向けられる。いや、サハルに、というより、サハルを手当てしているレオとニシキに向けられた。


「グッ、ガァァァァァ!!」


 もはや理性などとうに失ったのか、犬歯を剥き出し瞳孔を大きく開いたまま、ダガはニシキに飛びかかった。


「ニシキ!」


 レオがすぐさまニシキの前に飛び出し大剣を盾のようにして彼女を庇うと、ガキンとダガのカトラスがぶつかる。


「ダガ!しっかりしろ!俺達は敵じゃねえ!」


「グァァァァァァ!!ゴァァァァァァ!!」


 ギリギリとカトラスを大剣で受け止めながら、レオはダガに呼びかける。しかしダガには言葉が届いていないようだ。


「ダガ!もういいの、もういいのよ!レオさん達は敵じゃないわ!私は大丈夫だから!もうやめて!」


 サハルは血を吐きながらも暴走を続けるダガに必死に訴えかける。だがそれも、もうダガにはもう届かない。今の彼は激しい怒りと憎しみによって本能のままに動いている。唯一の、たった一人残った家族を守るためだけに、サハル以外の何もかもを破壊し尽くさんと、ただそれだけで動いている。相手がここまで共に戦ってきた味方だろうと、最後に姉さんだけが残ればいい。姉さんが二度と悲しまないように、姉さん以外は全ていなくなればいい。

 このままではレオに押し勝てないと判断したのか、メキ、とダガの体が更に膨張し出す。本来ならレオの方がダガより体躯が大きかったのだが、今ではダガの方がレオよりひと回り大きくなっていた。メキメキと大きくなり、段々とダガの姿が人の姿から離れていくにつれて、カトラスから大剣にかかる力も大きくなりレオが少しずつ押されていく。


「ダガ!やめて!やめてお願い!」


 サハルは血と涙を流しながら、ダガを呼び続ける。魔力を使い果たし、深い傷を負った無力な姉は、こうして呼びかけることしかできない。その声がもう二度と届かないとしても、そうするしかなかった。


「ダガ!!」


 サハルがそう叫んで、もう一度ダガに腕を伸ばしたその時だった。


「‎אני שמח כאשר האל」


 サハルのすぐそばから、美しい歌声が流れた。


「‎הו, כמה חזק אני הולך! 」


 その歌声に、レオとニシキ、そしてダガさえも思わず動きを止める。


「‎להוציא מזה את אלוהים」


 サハルがゆっくり声の方へ顔を向けると、目を閉じて、祈るように4本の手を一対ずつ前で握り合わせるヴィヴィが歌っていた。


「‎האל מרפא את ליבי כשאתה חולה או עצוב」


 美しい旋律を奏でるヴィヴィの歌声に呼応するように、サハルの傷口がぽうっと薄く光ると、ポワポワと光の粒が集まり出した。


「‎יש לי אלוהים, והאל אוהב אותי תציע את עצמך בשבילי」


 光はどんどん集まっていき、サハルの傷口が見えなくなるほど強く光り輝くとパァンと弾け消えた。そこには、傷口がなくなっていた。


「な、なんですの、これは……!」


 先程まで深い傷があったはずの場所を自分の手で撫でながら、改めて傷が塞がったことをサハルは確認する。もう痛みも、苦しさも感じない。それどころか魔力による消耗さえも治ったように感じる。咳き込むように吐いていた血反吐も、すっかり喉から消えていた。

 怪我の回復はサハルだけではない。蟻の鎌で切ったレオの額も、足枷のせいでついたヴィヴィの足首のアザも、全員の傷が、消耗が、すっかり回復していた。


「おい、これって、魔法……か?」


 自分の額をさすりながらヴィヴィを見つめるレオの呟きに、刀から鷲に戻ったハヤテも驚いたように目を丸くする。


「回復といえば光魔法だが……光魔法にしては詠唱が長すぎる。これは、新しい魔法かも知れぬ」


「新しい魔法……」


 すっかり力が抜けて、レオは大剣を構える腕を緩めた。すると、ぐん、と強く大剣ごと押される。


「レオ!ダガさんがまだ!」


 咄嗟に叫んだニシキの声に反応し、再びレオはダガに顔を向けると大剣を握る手に力を込め押し返す。ダガは変わらず唸ったままだったが、体はだんだんと小さく縮んでいき、元の体躯に戻っていた。


「ダガ!もう終わったんだ、帰ってこい!」


「ウッ、ウゥウゥゥゥウウゥッ!!」


 レオの言葉がやっと届いたのか、ダガはカランとカトラスから手を放し、右腕で頭を押さえながらフラフラとゆっくり後ずさる。


「‎הו, אז אני לא מוכן」


 まだ続いているヴィヴィの歌声を聞きながら、ダガの目が大きく見開かれた。


 辺り一面に広がる、金色に輝く稲穂の草原。その真ん中にダガは一人立っていた。金色の世界には、レオも、ニシキも、ハヤテも、ヴィヴィもいない。さああ、と優しい風に揺れる稲穂の音のみが響き渡るこの世界の中、ダガの前で少女と少年が手を繋ぎ歩いていた。

 少女より少し幼げな少年は、手を引かれながらえぐえぐと泣いている。そんな少年に少女は歩を止めると目線を合わせるようにかがみ、少年の顔から涙を手で拭ってやる。


「大丈夫。お父様もお母様も病気でいなくなってしまったけれど、私がいるからね」


 優しく微笑んで、少女は少年の頭を撫でた。


「もう泣かないの。大丈夫よ。姉さんは貴方とずっと一緒にいるからね」


 そう言って、少女は少年を抱きしめた。


「だから、貴方も私の前から消えないでね。たった一人の家族なんだから。そうでしょう?ダガ」


 懐かしい記憶。これはその幻影だったのだろうか。

 サハルの言葉で、少年のダガも、大人のダガも、すう、と頬に涙をこぼした。


「ダガ!!」


 そう強く自分を呼ぶ声に気がつくと、ダガの精神は再び現在の遺跡に戻る。すると、勢いよくサハルが床にへたり込むダガに向かって飛び込むと、ギュッとダガを抱きしめた。


「ダガ!ダガ!戻ってきたのね!よかった……!」


 わんわん泣きながらダガの背中をさするサハルに、ダガも力強く抱き返した。


「……ただいま」


 ダガの返事に、サハルは泣いたまま笑った。

 そんな彼らの様子を見て、レオとニシキも良かった良かったと笑いながら頷く。

 と、サハルがゆっくりダガから離れると、レオ達の方へ戻ってくる。そして、歌い終わったら様子のヴィヴィの前に来ると、バッと勢いよく彼女の手を取った。


「ヴィヴィさんごめんなさい、私、酷いことばかり言って……。ダガを助けてくれてありがとうございます!本当に、ありがとう……!」


 申し訳なさそうな表情で謝罪と感謝を交互に繰り返すサハルに、ヴィヴィはニコリと笑うとサハルの手を握り返した。


「いいのサハルさん。私は私の力を使うべきだと思って使っただけだから」


「そういや、蟻達が言ってたお前の力ってあれのことだったのか?」


 先程体験した今まで見たこともない不思議な力。蟻達はヴィヴィの力を利用する目的で彼女を連れてきたわけだが、あの力を悪用するつもりだったのだろうか。レオは少し気になってヴィヴィに訊ねると、ヴィヴィはコクリと頷いた。


「私の歌声には不思議な力があるの。想いを乗せて歌うことによって、その通りにすることができるの。人を洗脳したり、操って殺し合いさせたりなんかもやろうと思えばできるよ」


 淡々とそう説明するヴィヴィに、質問したレオだけでなくニシキとサハルも顔を引きつらせる。


「でも私、そんな風に力を使いたくなかったの。蟻達にはそうするように言われたけど、人を傷つけることなんてしたくない。私は、人を癒す為に使いたいの。今みたいに」


「そう、でしたのね」


 ヴィヴィの言葉にサハルは微笑んだ。


「ヴィヴィさん、本当にありがとう。貴女は信用できますわ」


「へへ、サハルさんも傷大丈夫そうでよかったよ」


 そう笑い合う彼女達を見ながら、レオとニシキもようやく安堵のため息をついた。と、横からダガが二人に声をかけてきた。


「くり、うんじゅなーぬうとぅしむんやいびーが?」


「は?なんて?」


 相変わらずレオが聞き返すと、ダガは何も言わずにニシキの腕をグイと掴み、手のひらに何かを無理やり押し付けた。

 何?と思いながらニシキが渡されたものを確認すると、それはダガが使った記憶の欠片だった。


「……!ダガさん、ありがとう!」


 ペコリとニシキがダガに軽く頭を下げたところで、今度はサハルから声がかかる。


「みなさんー、疲れてるかとは思いますが、一度遺跡から出ましょう!」


 その提案に反対するものはいなかった。



 *



「って、こっからどう地上に帰るんだよ!?」


 残された兵隊蟻達もいつの間に遺跡から消え失せ、行きと違い誰にも妨害をされることなく一同は入口へ戻り、外へ出た。そこでレオは気付いたのだが、そもそもこの遺跡はロカーム砂漠の地下空洞にある建物だ。外に出ればすぐに地上に帰れるわけではない。地下へ、は流砂に潜って落ちてきたわけだが、レオ達は行き方を見つけたのみで帰り方も見つけたわけではなかった。

 サハル達のようにこの砂漠を拠点とするならば、地下のままでも問題ないかもしれないが、レオとニシキはそういう訳にもいかない。二人はまた欠片の気配を辿る旅に戻らないといけないのだ。この世界が全て地下で繋がっているのなら構わないが、そんなわけがないのでなんとか地上に戻る必要があった。


「あーら、大丈夫ですわよ。地上になんて簡単に帰れるわ」


 レオの困惑ぶりに少し笑いながら、サハルがドヤッと胸を張った。そういえば、彼女は地下のグネグネとした迷路のような道をしっかり把握していた。もしかすると、地上へ戻る道も知っているのかもしれない。

 そんなレオの期待に答えるように、サハルはニコニコと自分の足元を指さした。


「そういうわけだからここに集まってくださいまし!」


 どういうわけで?とレオだけでなくニシキとハヤテも頭に「?」を浮かべて首を傾げた。が、ダガとヴィヴィが何の疑問も持たずにサハルの元へ移動したので、レオ達もそれに従うことにした。

 サハルのいる位置には、砂が山のように積もっていた。何だが見覚えのある配置にふとレオが上を見上げると、サラサラと砂が暗い天井からこぼれ落ちてきていた。

 あれ、嫌な予感がするぞ。

 それはどうやら当たりだったようで、ダガが小さくレオ達に忠告した。


「うるぬまんゆーにきーつけんどー」


「は?なんて?」


 もはやお決まりのようにレオが聞き返したと同時に、サハルが地面に魔法を発動する。


「しっかりつかまっててくださいますことよ!」


 そう叫ぶや否や、ボゴオ!と一同が集まる地面の一部が盛り上がり始めた。ぐらりと足元が揺れバランスを崩し尻餅をついたレオ以外は、サハルの言う通りにしっかり地面に手をつきつかまる。


「地上まで一気に行くわよー!」


 そんなサハルの掛け声と共に、地面がさらに盛り上がり、ものすごい勢いで土の柱が出来上がっていく。その柱の天辺に乗ったままの一同は、どんどん上へ押し上げられていく。


「ギャアアアアア!!やっぱり!!こういうオチかよォォォ!!」


 一人悲鳴を上げるレオだったが、そのまま地上へと続く天井に開いた流砂の中に突入すると大人しくなった。



 *



 ダガの忠告も虚しく、大量に砂を飲み込んだレオがハヤテに背中を蹴られながら砂を吐き出す横で、久しぶりの地上の景色にニシキはぐっと背伸びした。


「うーん、地下は空気がこもってたからかな、地上の空気がすっごく美味しい気がするよ!」


 そんなニシキに釣られて伸び伸びと深呼吸を始めたダガを笑顔で見ていたサハルが、ふっと視線をヴィヴィに向ける。


「ヴィヴィさん、貴女はこれからどうするつもりですの?一緒に地上まで運んでしまったけれど……地底へ帰るならもう一度地下に降りないといけないわね」


 サハルの問いかけに、ヴィヴィはうーんと顎に手を当て、残る2本で腕組みをしながら唸り考える。


「私、地上には昔から興味があったんです。誘拐されて出てきたとはいえ、せっかくの機会だしもう少し色々見たいかなあ」


「おっ、なら俺達とくるか?」


 飲み込んだ砂を全て吐き出したレオが、サハルとヴィヴィの会話に反応して割り込んできた。


「俺とニシキとこのうるせえ鳥でな、世界中に散らばった探し物を集める旅してんだ。だからこの後もいろんな場所に行くし、ついてくれば色々見れると思うぜ」


 そう誘ったところで、レオを介抱(?)していたハヤテもいつものようにレオの頭に座ると、こくこくと頷いた。


「小僧の勝手な勧誘は腹が好かんが、しかしヴィヴィ殿の先程の癒しの力は我々にとっても大きな助けになる。ヴィヴィ殿さえ良ければ旅を共にしてくれると助かるのだが……って……」


 と、不意に言葉を途切らすと、ハッとした表情をしてから勢いよくレオの脳天をつつき出した。


「誰がうるさい鳥だこの脳筋が!!」


「痛え痛え!時間差攻撃やめろクソ鳥!!」


 ぎゃあぎゃあとコントを繰り広げる一人と一羽にヴィヴィは苦笑いをする。しかし彼らの誘いは彼女にとって魅力的だった。世界の色んなところを見て回れるのは地上を知らないヴィヴィにはうってつけの話だ。それに、彼らは蟻と違ってヴィヴィの力を悪用することもない。信頼できる人間と行動できるのだから、安全面もバッチリだった。

 長考ののち、そう判断したヴィヴィがレオとハヤテに承諾の返事をしようと口を開きかけた時だった。


「ヴィヴィさん、貴女は私とダガと行動しましょう」


「えっ?」


 返事をするために開いた口から、代わりに驚きの声が出てしまった。ヴィヴィだけでなくレオとハヤテも少しびっくりした顔で、今の発言をしたサハルに顔を向けた。


「レオさん達の旅に行く方が、世界を見て回れるのは確かですわ。でも、私達にはヴィヴィさんの力を是非借りてやりたいことが出てきましたの」


「やりたいこと?」


 キョトンとするヴィヴィに、サハルは続けて目的を話した。


「この砂漠に、森を作りたいの。森というかオアシスというか、緑を増やして水を取り戻したいの。その昔は、ここにも湖があったのよ。でも、長い年月の間に干上がってなくなってしまって」


 そう言って、サハルはぱん、と懇願の意を込めてヴィヴィに手を合わせた。


「ヴィヴィさんの癒しの力なら、植物の成長も促せるんじゃないかしら!だから、手伝ってほしいんです。あと、遺跡をきれいにするのもヴィヴィさんの癒しの力を借りたいとこですわ。……ダメかしら?」


 少し一方的なお願いだとサハル自身も思っていたのか、ヴィヴィの表情を窺うように顔を覗き込む。そんなヴィヴィは、にっこりと満面の笑みを浮かべるとサハルに返事を伝えた。


「ダメじゃないです!そっか、植物かあ……それは試したことなかったなあ。なら、畑とかも作りましょうよ!」


 意外と乗り気な返答に、サハルは少し戸惑うとヴィヴィに確認をする。


「いいのかしら?この砂漠に残れば、世界を見て回ることはできないませんわよ。それでも……」


「はい!大丈夫です!」


 食い気味にヴィヴィは答えた。


「世界の色々なものも確かに見たいけれど、私の力を良いことのために必要としてくれる人がいる。だったら力を貸さないわけには行かないよ!それに、サハルさん達にも蟻から助けてくれた恩返しが出来てないから。是非させてください!」


 ニッコニコと4本の腕で拳を作り、むん!とガッツポーズをとるヴィヴィに、サハルも漸く笑顔を返した。


「ありがとうヴィヴィさん!三人で頑張っていきましょうね!」


「はい!」


 もうすっかり仲良くなったのか、自然に握手を交わすサハルとヴィヴィ。そんな二人のやりとりをジッと見つめていたニシキに、ダガが近寄るとボソリと声をかけた。


「……よかったな、また二人だけで旅を続けられるな」


「ふぇっ!?」


 変なことを言うダガにニシキも変な声を出してしまった。


「えっえっ何、どうしてそう思うの!?」


 目を丸くし心臓をバクバクさせながら取り乱すニシキに、ダガは軽く頭をかきながら答えた。


「だって、レオがヴィヴィを誘った時微妙な顔してたから」


 その指摘にニシキはバッと自分の顔を手で押さえる。微妙な顔?私が?なんでそんな顔をしていたんだろう、自分がわからない。

 そうやってしばらく自分のわからない感情に困惑していたが、あれ、とあることにニシキは気付くとダガへと意識を戻す。


「っていうかダガさん、今普通に私達の言葉喋って……」


 今度はダガが指摘を受けてびっくりしたように自分の口を手で押さえる。顔の周りに大量のはてなを浮かばせるダガだったが、ニシキはなんとなくアールヴォレ森で出会った魔獣の長老のケースを思い出していた。彼も記憶の欠片の力で人の言葉を喋れていた。ダガも効果は切れたとはいえど、その力が僅かに残って今のように言葉が通じたのかもしれない。


「わんにもわかゆんねーらんどー」


 だが、その効力も超短期的なものなようで、そのあとの彼の言葉は、また古い砂の民の言葉に戻っていた。


「では、ヴィヴィ殿の今後が落ち着いたところで……姫様!次の気配はこの砂漠から南に下ったところにあるようですぞ!」


 ハヤテが次の目的地を告げると、レオが頭を捻った。


「南って言うと……流石にそこまで遠出したことねえな、何があるんだ?」


「小僧貴様!無知にも程があるぞ!地理の勉強しなおせ!」


 再びレオの脳天をつつき出すハヤテに「痛え痛え」とのたうちまわるレオは置いておき、ニシキは今の話を聞いて次に向かうべき場所を脳内のぼんやりとした世界地図で確認した。


「ロカーム砂漠の南というと……フィオーレ花国だね!」


「あら、フィオーレに行くんですの?」


 その地名を聞いて、サハルは砂漠の一点を指差した。


「ならこっちにひたすらまっすぐ行くといいですわ。このルートなら崖や山も少ないし、下手に動き回るより断然時間もかからないわよ!」


「そうなんですね、ありがとうございます!助かりました!」


 サハルの教えにニシキは笑顔でペコリと頭を下げると、いつのまにか取っ組み合いの喧嘩に発展していたレオとハヤテに出発の声をかけた。一人と一羽は喧嘩をすぐにやめ、ニシキの後に続く。


「じゃあな、サハル、ダガ、ヴィヴィ!元気でな!」


「本当にありがとうございました!また何処かで!」


 レオとニシキは大きな声で礼を述べながら三人に手を振り、やがて彼らに背中を向けて歩き出した。


「レオさん達もー!お元気でー!」


「探し物集めがんばってねー!」


「ちばりよー」


 サハル、ヴィヴィ、ダガの見送りの言葉で、砂漠での冒険が幕を閉じる。レオとニシキは新たな記憶の欠片を探し出すため、世界を巡る旅に戻っていった。

ヴィヴィの歌

バッハ 「心と口と行いと生活で」

第6曲 コラール合唱「イエスはわたしのもの」

※「主よ、人の望みの喜びよ」じゃない方

※翻訳してる

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