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RE:collection of Justice RE:vERse  作者: カザハラ
chapter5 流浪の砂漠ロカーム
13/14

chapter 5-4

 ヴィヴィ曰く、隊長蟻がそこにいるであろう遺跡の奥へと一同が足を進めると、ハヤテは気配がどんどん大きくなってきたと告げた。

 奥へ伸びる通路は一本道。だが、不思議なことに罠の類は昔からあるものだけで、蟻達が新しく取り付けたものは一切無かった。

 ただ、遺跡の中で最も重要な部分なのか、古代の人々が仕掛けた罠が何重にも重ねられていた。レオ達はサハルの指示通りにその罠を掻い潜っていく。逆に言えば、サハルがいなければレオ達はすぐに落とし穴の底の鋭い針山の餌食となり、串刺しになっていただろう。サハルがいて良かった、とレオは改めて思った。

 そうして辿り着いた、最果ての大広間。奥に続く道は無く、この広間で行き止まりだ。と、ハヤテが広間の一角を羽でビシッと指し示した。


「気配はあそこからしますぞ、姫様!」


 そこには、ヴァルクォーレ、スヴェートで見たものと似たような作りの祭壇があった。しかし、その祭壇はとっくに壊されている。犯人は恐らく、祭壇の前にいる、蟻の蟲人。


「あいつが隊長蟻だな……!」


 ジリ、と広間に踏み入るレオの気配に気づいたのか、蟻はゆっくりと振り向く。その顔は今まで見てきた蟻達に似てはいたが、奴らよりも太く短い触覚に大きい牙を携え、一つ一つが大きい複眼をギョロリとさせていた。


「……人間カ」


 そう静かに呟いた蟻は、侵入者の顔を確認すると、そこにいるべきではない人物が混ざっていることに気づく。


「キサマ、抜ケ出シタノカ!!」


 ガチリと強く牙を鳴らして指を刺したのは、自分達が確かに捕らえて幽閉していたはずのヴィヴィ。

 レオの背中からおり、自身の足でしっかりと立つ彼女のその足には、つけたはずの足枷がなくなっていた。


「その前に、私達に何か言うことはないのかしら?」


 と、蟻とヴィヴィの間に割り込むように、ずいっとサハルが前に出る。


「人の大切な場所を好き勝手踏み荒らし、その上私を排除しようとする。随分と身勝手で乱暴だと思いませんこと?」


 これまでのあれこれでイライラを隠せないサハルは、強い口調で蟻に文句をぶつけた。しかし蟻は、サハルの言葉の意味がわからないとでも言うかのように首を傾げた。


「ソレガナンダト言ウノダ?強イ者ガ弱イ者ヲ排除スル。自然ノ摂理デハナイカ」


 ハハハ!と牙をガチガチ鳴き散らせて蟻は高笑う。


「即チ、人間ガ我ラヨリ弱イト言ウダケノコト!大人シク引キ下ガレバイイモノヲ、弱イクセニイツマデモシガミツクカラ仲間モ少ナクナッタノダロウ?バカナモノダ!!」


「てめーは絶対ぶち殺してやるわよッッッ!!!」


 蟻の挑発に、サハルは瞳を大きく見開き叫びながら、右手に魔力を集中させると地面に勢いよく叩きつけた。すると、その叩きつけた位置から複数の大きな岩の棘がザクザクザクザクと蟻に向かって道を描くように生えていく。蟻の足元まで岩棘の道が繋がると、さらに大きな岩棘がザン!と蟻を貫き、更に花が咲くかのように細い棘がそこから伸びていく。

 貫かれた体内で細かな棘が返しとなり、そう簡単には抜けないだろう。

 サハルの怒りを込めた地魔法に、レオもニシキもヴィヴィも驚いた顔をする。しかし、この威力ならいくら隊長蟻といえど、ただでは済まないはずだ。そう思い、彼らは少し安心した。


 だが、隊長蟻は隊長であるからこそ隊長蟻なのだ。そうあっさりやられるわけがなかった。


「コンナ魔法ガ、効クト思ッタノカ?」


 岩棘に貫かれているというのに、全く息も乱さず、ジタバタと暴れる様子もない隊長蟻がそう吐き捨てると、サハルがヘタリと座り込む。怒り任せの魔法は力を多く消耗するものだった。彼女のスタミナ切れに合わせるかのように、蟻を貫いていた岩棘はバキッと割れて崩れ落ちた。

 岩の破片を足で乱暴にどかしながらこちらに向かってくる隊長蟻は、完全に()()()()()()()()()。向こう側の景色が見えるくらいの大きさの空洞からは、緑色の血液のようなものがボタボタと滴り落ちている。人間であれば、絶命してもおかしくないほどの重傷。しかし蟻は、なんとも涼しい顔をしている。

 この異様な生命力を見せる隊長蟻に、安心しきったレオとニシキは顔を青ざめ、ダガも顔を曇らせる。


「……私達蟲人はね、元々生命力が高いの。頭を潰されない限り、即死することはない。首だけでもしばらくは生きていけたりするの」


 ヴィヴィが小さく話し出す。


「でもね、完全なわけじゃない。人間と同じで、破壊されればもうその部位は動かせない。あの蟻だって、あんな穴が空いてたらまず起き上がるのすら無理なはずだよ……なのにどうして?」


 言葉をそこで切ると、ヴィヴィもレオ達と同じく、顔を青くしながら、ゆっくり隊長蟻を指差した。


「どうして動けるの?」


 その指摘に、穴を開けたままの蟻は五体満足な様子で再び体を反らせながら高笑う。


「ソウダナ!本来ナラオ前ヲ利用シ同ジコトヲスルツモリダッタガ……」


 ククク、と喉を鳴らし、愉悦に浸りながら隊長蟻はバッと何かを高く掲げて見せた。


「コノ遺跡ニコンナ物ヲ隠シテイタトハナァ!有リ難ク使ワセテモラウゾ!」


 蟻が持っていたものは、薄い桃色に透き通る水晶のような欠片。


「姫様!!」


 ハヤテが目を丸くして叫ぶのも無理はない。それはまさしくニシキの探し物、「記憶の欠片」だった。


「てめえ蟻野郎!そいつを返しやがれ!」


 先手必勝。何もせず得意そうにたたずむ蟻に向かってレオは駆け出しながら、背中の大剣を引き抜きその勢いのままブン!と蟻に大きくぶち当てる。

 大剣から、蟻の体が潰れる感触がレオの両手に伝わってきた。手応えありだ。

 しかし、蟻はそのまま吹き飛ばされることも、バラバラになることもなかった。当たった大剣をガシリと腕で抱え挟むと、動かせないように力を込めて固定する。


「愚カ!コンナ攻撃ナド今ノ我輩ニハ効カヌワ!」


 大剣を止められ、力任せに引き抜こうとも動かせずバタバタするレオに蟻は侮蔑の笑みを投げると、大剣を固定する腕と反対の手に握る欠片をぽっかりと空いた腹の大穴にかざした。すると、欠片がパァ!と光だし、メキメキと穴が塞がっていく。


「オォォオオォォォ!!」


 それと同時に、蟻は雄叫びを上げながらビキビキと体を膨張させていく。かざした欠片は蟻の体へ取り込まれ、レオの大剣を抱える腕もどんどん膨らんでいき、メキメキと大剣が軋む音が大きくなる。


「な、なんですの……!どういうことですの……!」


 先程の魔法で力を消耗したままのサハルが、息絶え絶えに目の前の状況に対して驚愕の声を漏らす。


「ごめんなさいサハルさん。あの蟻が使ってる物が私達の探し物だったの」


 そんなサハルに、ニシキが謝罪の言葉をかける。それに反応してサハルが蟻からニシキの方へ視線を向けると、ニシキは悲しく顔を歪ませていた。


「こうなる前に回収したかった、けど……」


 そう続けながら、ニシキが右腕を横に伸ばし、掌を大きく開かせると、ハヤテがその手の中へ素早く飛び込み体を光らせる。その光がはじけて消えると、二色の手にはスラリと銀色に刃を光らせる日本刀が握られていた。


「こうなったら、無理やりにでも回収させてもらう!」


 チャッと刀を構え直して、ニシキは足に力を込め強く地面を蹴り出し、まだボコボコと肉体の変化を続ける蟻に向かっていき、素早い突きを繰り出した。

 ドス!と刀は蟻の腹に突き刺さる。そこから横に引いて、ニシキは蟻の体を引き裂こうとした。が、刀が動かない。


「馬鹿メ、我輩ニハ効カヌト言ッタハズダ!」


 蟻は、自身を貫くその刀を筋肉の収縮でガチリと固定していた。しくじった!とニシキが顔に出した瞬間に、蟻の頭がニシキの顔に近づいてくる。欠片を使う前より大きく鋭くなった牙を剥き出し、その牙で顔面を抉ろうとしてきた。


「ハヤテ!!」


 咄嗟にニシキが声をかけると刀が光りパァっと弾け消える。そのままニシキが素早く後ろに下がると、直前まで彼女がいた空間をガチンと蟻の牙が切り裂いた。


「姫様!こやつ硬すぎますぞ!刀では斬れませぬ!」


 刀から鳥に戻ったハヤテが、ニシキの肩へとまりながら嘴を鳴らす。


「サハル殿の魔法、姫様の先程の攻撃、それから察するに、“突き”攻撃は効くようです。ですが、突いたところで止められてしまう」


 ハヤテの分析にニシキは珍しく下唇を噛んだ。ニシキの得意とする戦法は、素早い突きからの派生攻撃。そのまま敵を貫いたり、刀を返して斬り返すのがいつものやり方なのだが、突いた瞬間に刀を止められてしまっては何もできない。更にいうなら止められている間は相手に拘束されることになる。今のレオのように。

 ニシキは刀を鷲のハヤテに戻すことで抜け出すことができたが、レオはそうはいかない。彼の大剣は姿を変えることなどできないわけで、かといって簡単に手放せる物でもなかった。


「ハハハハ!今ノ我輩ニハ何モ効カヌ!コンナ剣ナド、ヘシ折ッテクレルワ!」


 グルン、と蟻はまだ大剣を挟み込み拘束を続けるレオに顔を向けると、すでに膨張しきった腕に更に力を込めてギリギリと大剣を締め上げる。大剣の軋む音が大きくなり、レオも蟻の腕から引き抜こうと柄を握る手に力を込めるがびくともしない。このままでは、また大剣にヒビが入ってしまう。

 そう焦った時、レオの脳内にこの大剣を整備してくれた少年が現れた。


「えー?レオまた大剣壊したの?馬鹿なの?ゴリラなの?ほんっとレオってば脳味噌筋肉のゴリラだよねえ、ゴ・リ・ラ」


 完全に馬鹿にした顔でゴリラゴリラと連呼する脳内のカンマに、レオは一人で勝手に逆ギレした。


「うるせええええ!!俺はゴリラじゃねええええ!!」


 額に青筋を立てながら、レオは力任せに大剣の柄に付けられたトリガーに指をかけガチンと引いた。

 カンマがつけたこのトリガーは、今までレオが何回引こうと何も起こらなかった。大剣の先から弾が出るわけでも、変形するわけでもなく、確かに引いたという感触が残るだけで何も起きなかったのだ。だから、今回もきっと何も起きない。でももしかしたら、そんな淡い期待が憤怒中のレオにあったかはわからないが、とにかく彼は確かにトリガーを引いた。


 すると。


 大剣に刻まれた黒いラインが、すうっと鮮やかな水色に光り輝く。そして、バチィッ!と大剣は白と青の大きな閃光を発生させた。


「ギャアアアアアアア!!」


 その瞬間、蟻が悲鳴を上げ大剣から腕を離すとレオから飛び退く。ドシャ、と少しバランスを崩して片膝をつく蟻の腕は熱線を浴びたように焼け爛れ、ブスブスと黒い煙を立てている。火傷の具合はかなり酷いようで、肩の付け根付近はそのまま腕がもげそうなぐらい溶けていた。


「貴様キサマ貴様ァァ!!何ヲシタァァァァ!!」


 全く予想だにしていなかった攻撃に、レオを睨みながら怒りで牙をガチガチ鳴らす蟻だったが、そんな蟻よりもレオの方が驚いた顔をしていた。目を丸くしたまま、蟻の焼け爛れた腕と光を失い黒いラインに戻った大剣のトリガーを何度も見比べている。


「レ、レオさんッ!?今の、あなた、魔法が使えたんですの!?」


 サハルの声でようやくハッと我に帰る。

 しかし、彼女の問いに答えることはできず、レオは困惑した顔をサハルに向ける。


「え、俺、魔法使えたの?」


「質問を質問で返さないでくださいな!」


 ちょっとイラつきながら怒鳴るサハルと更に困惑した顔になるレオを見ながらハヤテが声を上げた。


「いいぞ小僧!ここに来て新たな攻撃手段が生まれたわけだ!サハル殿の魔法にも今のように小僧の魔法を纏わせれば、内部からあやつを破壊できるやも知れぬ!」


 突きが効くなら、突いた先から相手の中に今の魔法を流し込めばいい。レオの魔法は、蟻の硬い皮膚ですら溶かすほどの高熱を持っていた。それを体内に流せば、記臆の欠片で強化された体といえどひとたまりもないはずだ。


「そういうことですのね!わかりました!もう力はほとんど残ってないけど……やるわ!」


 サハルはハヤテの作戦に頷くと、地面に両手をつき座ると、その手の先に魔力を込め始めた。


「私の残りの魔力全てを注ぎ込んでやりますわ!だからその間、カバーをお願いするわよ!」


 額から脂汗を流し、ビキビキと体中に血管を浮き上がらせながら、サハルは手先に力を集中させる。


「何ヲ企ンデモ無駄ダ!!」


 しかし、蟻もそれを黙って見過ごすわけもない。集中するサハルに向かって、焼け爛れていない方の腕をグインと文字通り伸ばした。

 メキョメキョメキョと腕から肉塊が生えては伸び生えては伸び、鞭のようにしならせながらサハルに腕を叩きつけようとした。が、腕はサハルにぶつかることなく、カトラスで受け止められる。


しーじゃにさわゆんな(姉さんに触るな)


 醜い肉塊となった腕を、サハルの前に立ったダガがギロリと睨みながらギチギチとカトラスで止める。


「無駄ダ無駄ダ無駄ダァァ!!貴様ゴト叩キ潰シテヤル!!」


 蟻は更に腕に力を込め、ダガごとサハルを潰そうとする。ダガも歯を食いしばり、カトラスを支える腕だけでなく、踏ん張る足にも力を込める。バキ、バキ、と足元の地面が割れていく。


「潰レロオォォオオォォォ!!」


 蟻が咆哮を上げ力をどんどん強くしていく。ダガの体は徐々に沈んでいき、体勢が低くなっていく。ダガの片膝が地面につきかけたその時、ドスンと蟻の腕に衝撃が走る。


「させない!」


 蟻の長い腕の中間で、腕に登ったニシキが垂直に刀を突き刺していた。蟻はそれを鼻で笑う。


「学習出来ナイヨウダナ!ソンナモノヲ刺シタトコロデ痛クモ痒クモナイワ!」


「でしょうね。でも、今は怪我させる目的じゃないから!」


 蟻にそう返すと、ニシキは刀から手を離し足に力を込めグッと高く飛び上がる。いつかのように空中でクルンと前転すると、そのままかかと落としの体勢に入る。


「じっとしてなさい!」


 そう叫びながらニシキは突き刺した刀の柄目掛けて踵を落とした。その勢いで刀が奥に押し込まれ、蟻の腕を貫きそのまま切っ先は地面に突き刺さる。


「ガッ!?」


 蟻が驚いて腕を動かそうとするももはや無駄なあがき。蟻の腕はニシキの刀によって、ガッチリと固定され動かせなくなった。


「小癪ナァァァァ!!」


 それでも腕をジタジタと上下に動かそうと暴れるも、ニシキが自身の全体重を乗せて刀を押さえつけるので全く抜けない。そのため、ダガを押し潰そうと込めていた力も上手く入らず、ダガにカトラスで受け流されてサハルの横に投げ捨てられる。


「クソガクソガクソガァァア!!」


 腕が動かせない蟻は、今度は焼け爛れた腕を乱暴にサハル達へ向けて、同じように伸ばそうとした。しかし、爛れた腕は脆く、向けた瞬間にブチリとちぎれた。


「ガァァァァァァァァ!!」


 流石に激痛が走ったのか、腕の付け根から緑の血を吹き出し蟻は悶絶する。


「再生ダ!再生シロッ!!」


 そう喚いて蟻が無い腕に力を込めると、血は止まり、ちぎれた断面からボコボコと肉塊が蠢き膨れあがる。


「まずい!再生しようとしてるよ!」


 刀を必死に押さえながら、ニシキが汗を垂らす。同じように腕に登り刀を一緒に押さえていたダガも、流石に険しい表情になる。

 その間にも、蟻はボコボコと腕を再生していく。


「今度コソ、終ワリダァァ!!」


 蟻がそう叫んだ瞬間、完全に再生された腕が肉塊を生やしながら伸ばされ、ニシキとダガに襲い掛かった。


「終わりは貴方よ!!」


 刹那、蟻の足元から最初よりも巨大な岩棘が生え、蟻の体ごと貫いた。


「アッ……ガァ……ッ!」


 顎を見事に割られた蟻は上手く喋れず緑の血をぼたぼたと垂らしている。が、すぐに体に力を込め始め、ミシミシと今度は蟻が岩棘を貫かんとばかりに体の再生を始めた。


「レオさんっ!今ですわ!私の魔力が持つうちに!さっきの魔法を棘に!」


 ハア、ハアと息を荒げながら地面についた手に魔力を込め続け、蟻の再生による岩棘への負荷に抵抗するサハルがレオに合図を送る。レオはヴィヴィを物陰に避難させると、大剣を構えなおし、蟻へ突進していく。


「いい加減に、倒れとけ、アリンコォォォ!!」


 体験を大きく振りかぶりながら、レオは再度トリガーをガチリと引いた。

 しかし、今度は何も起こらず、大剣はいつもの大剣のまま岩棘にガキンと当たる。

 まさかの不発。大事な場面での失敗に、サハルも、ダガも、ニシキも言葉を失った。


「な、ん、で、だーーーーッ!!」


 レオの声だけが広間に響き渡る。


「そんな……さっきのは偶然だっただけですの……?」


 サハルがそう崩れ落ちたと同時に、岩棘も崩れ消える。

 ヴィヴィが慌てて飛び出しサハルに駆け寄り体を起こすも、サハルの息は一層荒く、喋ることもままならないくらい消耗しきっていた。

 岩棘から解放された蟻はべショリと音を立ててぐちゃぐちゃの体を地面に叩きつけられる。しかしメキメキと肉塊を膨らませながら体を再生していき、すっかり元通りの体に戻るとゆっくり立ち上がった。


「所詮、ソノ程度カ」


 蟻はニシキ達に押さえつけられたままの腕を、ブチリと付け根から捥ぐ。そしてすぐさま新しい腕を捥いだ箇所から生やして再生した。


「結局、人間ハ弱イダケダッタナ」


 蟻の前で膝をつき、茫然と自分が握る大剣を見つめたままのレオに蟻は顔を向けると、彼の目の前まで近づき両腕を高く掲げ、ボコボコと肉塊で手先を包み込むと、鎌状に変形させた。


「モウイイ。死ネ」


 蟻が勢いよく両腕をレオに振り下ろす。


「レオッ!!」


 蟻から分離された腕から刀を引き抜きながらニシキが叫ぶも、間に合わない。

 そのまま蟻の肉塊の鎌がレオに刺さる。ズキン、とレオは激しい頭の痛みを感じた。



 *



 《全く、使い方わかってないなあ。あんなに言ったのに》


 誰だ?誰の声だ?カンマか?


 《しょうがないなあ。今回は特別に手伝ってやるぞ》


 特別?何が?それよりもお前は誰だ?


 《うるさいなあ、いいから大剣を握れ!このゴリラ!》



 *



「俺はァァァァァ!!ゴリラじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 鎌の先端がレオの額のハチマキの上から刺さり、血がたらりと流れた瞬間だった。急に怒りの形相でレオは吠えると、大剣を力任せに振って蟻の鎌を弾いた。突然の反撃に思わずよろけて仰向けに転んだ蟻の腹めがけ、レオは大剣を突き刺すように穿つ。


「とっととくたばりやがれぇぇぇぇ!!」


 バタバタと抵抗する蟻を押さえつけながら、レオはもう一度大剣のトリガーをガチリと引く。黒のラインが水色に変化して光ると、バチィ!と激しい白と青の閃光が発生する。


「ガッ、ガァァァァアアァァアアァァア!!」


 バチバチと閃光に包まれ、蟻が悲鳴を上げる。レオはそんなのお構いなしに更に大剣に力を込め。蟻に深く突き刺していく。


「これでッ!!終わりだァァァ!!」


 バチィ!と一際大きな閃光が弾け消えると、少し間を置いてから、元の状態に戻った大剣を引き抜きながらレオがゆっくりとその場から退く。

 強く焼け焦げた跡には黒い灰の塊だけが残り、ブスブスと黒い煙が立ち上る。さああ、と黒い灰が遺跡の隙間風に運ばれ消えていくと、中からころんと薄い桃色に透き通る水晶の欠片が現れた。レオはそれを拾い上げると、ニシキの方へ振り向きニッと笑う。


「回収完了だな、ニシキ!」


「レオっ!!」


 間髪入れずに、突進してきたニシキの頭突きをレオは喰らった。


「心配したよ!無事でよかった!怪我してない!?」


「大丈夫!大丈夫だ!落ち着け!」


 うわああん!と喚くニシキをレオがなだめていると、今度は背中側に第二の頭突きを喰らう。なんだ!?と振り向くと、そこにはダガがいた。


「でぃかちゃん。したいひゃー」


「は?なんて……ってやめろ!頭を撫でるな!」


 相変わらず何を言っているのかわからないダガだったが、少し背伸びしてレオの頭をぐしゃぐしゃと撫でまくる。どうやら褒めてくれているらしいが、人に頭を撫でられ慣れてないレオはなんだかこそばゆくて恥ずかしく、やめてくれと抵抗する。


「……!倒し……ましたの……?」


 ヴィヴィに支えられて息を整えていたサハルが、戦いが終わったことに気付いて顔を上げる。確かに彼女の景色の中には、もう蟻はいなかった。レオの頭をぐしゃぐしゃと撫で続けるダガと、それに抵抗するレオ、そんなレオにしがみ付きながら喚くニシキに、「姫様から離れろ!」とレオの頭の周りをギャアギャアと飛び回るハヤテしかいなかった。


「隊長蟻がいなくなったから、遺跡にいる兵隊蟻も時期に撤退するはずだよ」


 と、頭上から声がした。サハルが顔を上げると、にっこりと笑うヴィヴィの顔があった。


「よかったねえサハルさん。ここ、サハルさんにとって大事な場所なんだもんね。取り返せてよかったね!」


 そう語りかけるヴィヴィと自分の体勢を見て、改めて自分が今までヴィヴィに膝枕されていたことを知る。サハルはバネのように飛び起きるとヴィヴィから距離を取った。


「ちょっと!いくらなんでも馴れ馴れしくありませんこと!?言っときますけど、私はまだ貴女のこと信用してないんですからね!」


 キョトンとするヴィヴィにサハルがそう言ってウギギと睨んでいると、広間の入り口に続く通路から沢山の足音が聞こえてきた。思わず全員がバッと入り口に顔を向け警戒をする。しかし入ってきたのは蟻ではなかった。


「サハル殿!ダガ殿!」


「ご無事ですかー!」


 ドタドタと入ってきたのは、途中ではぐれた砂の民達だった。


「貴方達!無事だったのね!」


 同胞達の姿に、サハルはホッとしながら顔を輝かせる。そんな彼女のもとに、砂の民達はわらわらと集まってきた。


「びっくりしましたよ、突然分断された時は」


「ダガ殿も旅の方々もご無事で何より」


「サハル殿、こちらの女性はどなたですか?」


 などなど、砂の民達はサハルにわっと話しかける。サハルはそれに相槌を打ちながらも、砂の民達に報告をしようと話を切り出した。


「貴方達、朗報ですわよ!蟻達のトップを倒しましたわ!」


 サハルがそう伝えると、砂の民達はおおっ!と感嘆の声をあげた。


「上が潰れたから、蟻達は撤退するみたいよ。みんなのおかげで遺跡を取り戻すことができたわ!」


「やりましたな!」


「流石です!」


 わーいわーいとサハルと砂の民達は喜び万歳三唱を繰り返し始めた。その様子に、レオとニシキとハヤテも良かったと頷き合った。

 しかし、ダガの様子が変だった。彼は砂の民達が入ってきてからずっと、警戒を続けている。それはヴィヴィも同じだった。彼女も不審な顔で、サハルを見つめていた。


「さあ、これからが大変よ!遺跡の中からあいつらの罠を片付けて、直せるところは直さないといけませんわ!やることはたくさんあるわね!」


 ウキウキとやる気に満ちるサハルに、砂の民達もニコリと頷いた。


「そうですな。我々にはやることはたくさんある」


 サハルの肩から腹にかけて、ナイフが振り下ろされた。


「……え?」


 自分の身体から流れ出る血を手で拭うと、サハルはそれを見つめる。何が起きた?理解が追いつかない。


「貴女はもう用済みだ」


 砂の民の一人が、そう言いながらサハルに二撃目のナイフを振り下ろした。

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