chapter 5-3
「気配は更に奥からするぞ小僧!」
兵隊蟻達がひしめく広間を抜け、ハヤテの導きに従い一同は再び細い通路へと入っていく。
グネグネと曲がり迷路のように入り組んだ遺跡の中をひたすら進み、蟻達と遭遇すれば撃退し身を隠す。
蟻達は先ほどの騒ぎにより警戒を高め、遺跡内を警備しだしたようだ。連絡が行き渡っているのか、鉢合わせると、問答無用で襲いかかってきた。
「伏せなさい!」
サハルの声に従い一同は素早く身を屈めると、その上を蓋するように土の天井が展開される。と、その天井に何かがドガガガッと突き刺さる音がした。
そのまま進め、とサハルが顎で一同に指示し、それに従い全員が土の天井の下から出たのを確認すると、サハルは地魔法を解いて土の天井をガラガラと崩した。
前方で待つ一同の元へ駆け寄りながら、通路の真上を見上げると、遺跡の天井には複数の銃口がこちらを向いていた。
「全く、どんどん厄介な罠を追加しちゃって。いい趣味してるわね」
サハルが前々から言っていた、遺跡に新しく作られた罠というのは、どうやら蟻達が勝手に仕掛けた罠のことらしい。サハル曰く、蟻達はこの遺跡を地上征服の拠点としたいらしいのだった。
「にしても、人の建造物を好き勝手改造するなんていいご身分だわ。あちらの文化には先人への敬意とかないのかしら?」
そう言いながらこちらに合流するサハルを待ってから、一同は再び通路を進んでいく。
しばらく行くと、サハルはまた上から何かが来る気配を感じた。
「また天井の罠ですわね、全く、馬鹿の一つ覚えもいいとこですわ」
そうサハルがため息まじりに地魔法を唱えようと構えた瞬間、両腕を思いっきりレオとダガに引っ張られた。
すると、先ほどまでサハルがいた場所に、岩の壁がドスンと落ちてきた。
「危ねえ!大丈夫かサハル!」
ダガと共にサハルの両腕を掴んだまま声をかけるレオの言葉を聞きながら、引っ張られた勢いで尻餅をついたままサハルはぽかんと岩壁を見つめる。そしてハッとすると、岩壁に駆け寄り、叩いて向こう側に呼びかけた。
「貴方達!大丈夫かしら!」
今の罠により、前方を走っていたレオとニシキ、ハヤテ、ダガ、サハルの五人と、後方に固まっていた残りの砂の民達は分断されてしまった。サハルは心配そうに岩壁を叩き呼びかけ続ける。と、向こう側から返事が返ってきた。
「我々は無事だサハル殿!あなた方は先に進んでくれ!」
「むしろ好都合だ!我々が蟻を引きつけておく!」
「こちらは後ほど合流できるよう別のルートを探す。どうかご無事で!」
砂の民達は、どうやら別のルートを探しながら囮役になってくれるようだった。
「ごめんなさい、ありがとう!王の御霊の加護があらんことを!」
サハルは砂の民達に礼を言い、彼らの無事を祈ると、くるりと向きを変え、「行きましょう」とレオ達に声をかける。その言葉にレオ、ニシキ、ダガはゆっくり頷くと、再び気配を辿り遺跡の中を進んでいった。しかし、すぐにその足は止まった。
「見ツケタゾ、ニンゲン!」
通路の出口近くに、蟻達が立っていた。どうやら待ち伏せされていたようだ。先ほどの罠も、このためのものだったのかもしれない。
「排除シテヤル!死ネェ!」
襲いかかってきた蟻達に、レオはすぐさま大剣を背中から引き抜くと、その勢いで蟻に大剣をぶち当てる。そのまま力を込め、蟻を押す形で突進し、後ろに並ぶ他の蟻達も巻き込んで通路から押し出し、出口から広がっていた広間へ弾き飛ばす。
「へん、狭い通路よりここの方がやりやすいぜ!」
広間に出て大剣を構え直すレオの横で、ニシキもハヤテを刀に戻して構え、ダガもカトラスを胸元で構え戦闘態勢に入る。サハルもいつでも魔法を唱えられるようにとスタンバイ中だ。
しかし残った兵隊蟻は、レオに吹き飛ばされ事切れた蟻達を踏みつけながら高らかに笑い始めた。
「ギギャギャギャ!馬鹿メ!マンマト誘導サレタナ!」
蟻が足元を思いっきり踏みこむと、ガゴン、と何かが外れたような大きな音と共に、ゴゴゴゴと地鳴りと揺れが襲いかかってくる。
「な、なんだぁ!?」
「っ!レオ!みんな!上!」
ニシキの声に全員が上を見上げると、なんと広間の天井が下がり始め、迫ってきていた。
「野郎!俺たちを潰すつもりか!」
一旦通路へ戻り回避しようと振り返ると、通路につながっていたはずの入口がない。それと同時に、先程まで笑っていた蟻の姿もなかった。
「あのアリンコ……ッ!通路に逃げて入口塞ぎやがったな!!」
絶体絶命の窮地に、レオは歯ぎしりする。これで完全に逃げ場は断たれた。天井が下がり切れば、四人はぺしゃんこだ。
と、レオはぐいと腕を引っ張られる。
「くぬやーくびに、こわしちくぃみそーれ」
「は?なんて?」
「へーくさに!」
壁を指差すダガだったが、相変わらず何を言っているかわからないレオは顔をしかめる。
そんなレオに、ダガはイライラしたようにグイグイと壁にレオを押し付けた。
「おいおいなんだなんだァ!?」
「その壁を壊せ、と言ってますわ!」
サハルが地魔法で天井を押し上げるように地面から土の柱を形成しながら、ダガの言葉を訳す。
「きっとその先が空洞になってるんですわ!風が抜けているのにダガは気づいたのね!私が地魔法で天井が落ちるまでの時間を稼ぎます!それまでに早く壁を壊して!」
叫ぶようなサハルの言葉を受けて、レオは大剣を掲げるとダガが指差す壁へと振り下ろす。
壁と大剣がぶつかりガン!と大きな音が鳴り響く。しかし壁はビクともしない。
「くそがあああ!!壊れろおおおお!!」
力任せにガンガンと大剣をぶつけていく。岩が削れ始めたが、まだまだ時間がかかりそうだった。だが、悠長に時間をかけて掘るわけにもいかない。既に天井は、人の身長の二倍ほどはあった最初の高さから、背の高い人間はそろそろ少し屈まないといけないぐらいの高さまで下がり落ちてきており、必死に天井を魔法で支えるサハルの表情が苦しそうなものに変わっていった。
レオは既に高さの制限で真っ直ぐ立てずいたが、とにかく姿勢を低くして大剣に力を込め壁を殴り続ける。
「レオ!サハルさんがもう……!」
今の高さをなんとか保とうと踏ん張るサハルのそばで、微力ながらも天井を押し返しながらニシキが叫んだ。サハルは歯を食いしばり、汗を垂らしながら魔力を込め天井を食い止め続けるが、もう限界が近いようだ。
「へーくさに!」
ダガもニシキと同じように、少しでも降下を遅らせようと天井を押し返しながらレオに叫ぶ。
「だー!わかってるっての!こ、わ、れ、ろッッ!」
そう力いっぱい大剣で壁を叩きつけた瞬間、バチッと大剣に電撃が走ったように見えた。しかしそれもつかの間、今の衝撃でとうとう壁が崩れ、レオはそのままの勢いで壊れた壁の向こう側へ倒れこむ。なんとか受け身を取り顔を上げると、空間が広がっていた。
ダガの言う通り、ビンゴだ。
「壊れたぞ!こっちに早く!」
レオの報告にニシキとダガはとうとうヘタリ込むサハルを二人掛かりで抱え上げ、レオが壊した壁の向こう側へと滑り込んだ。そして、空間に出るとサハルの集中が切れたのか、天井を支えていた地魔法による土の柱がボロ、と崩れた。その瞬間、ガァン!と天井が勢いよく下がり、広間が無くなった。
「間一髪、だったな……」
はあ、と一同は思わず安堵の息を漏らした。
「にしても、ここは隠し部屋みたいだね。なんだかすごく中が明るいけど……」
改めて逃げ込んだ空間をニシキが見回してみると、今まで通ってきた遺跡の通路と違い、光源がはっきりし明るく照らされていた。レオが壊した壁は開閉式の岩壁のようで、それ以外の壁は岩とは呼べそうもない、しっかりと設えられた白い壁のようで、遺跡に侵入した最初に見た青い光の模様が走っている。
「おい、誰かいるぞ!」
部屋の奥に人影を見つけたレオがそう全員に伝えると、各々武器を構え警戒態勢を取る。しかし、人影は動く気配がない。
レオは警戒を解かないままで人影にゆっくり近づいてみた。そこにいたのは、足枷をつけた「蟲人」だった。
「なっ……捕まってる奴がいたのか!」
レオの声にニシキとダガも様子を見にくる。
目の前にいた蟲人は、今まで見た兵隊蟻ではなかった。人間と全く同じ風貌だが、体の色は緑で蟻と同じく4本の腕を生やし、黒位縁取りがあしらわれた白のリボンを後ろにつけた桃色のショートヘアからは二本の触角が生えていた。背中には、鮮やかな漆黒にキラキラと色が散りばめられた「蝶」の羽。しかし心なしか、へたっていて元気がないように見えた。
そんな、袖がない襟付きの白シャツに黒のベストとリボンタイ、黒い短パンにニーソックスを履いた少女の姿をした「蝶」の蟲人が、壁から伸びる足枷をつけられ自由を奪われた状態で床に転がされていた。
「酷い……まさか、死んでるの……?」
少女の衰弱しきった様子に、ニシキが顔を曇らせると、レオは少女に近づき生死を確認してみる。口元に耳を傾けてみると、かすかに呼吸をする音が聞こえた。
「まだ生きてる……!おいしっかりしろ!今助けてやるからな!」
そう言いレオは足枷を外そうと手をかけた。その時。
「何してるんですの……?まさか蟲を助けるつもりかしら……?」
部屋に座り込み呼吸を整えていたサハルが、ジロリとこちらを睨みつけていた。
「蟲は私達の居場所を奪った奴らなのよ……?なぜ助けるの……?そんな奴らにかける優しさなんていらないのよ……!」
顔を歪ませるサハルに、レオは首を振った。
「確かにそうかもしれない。でも、俺はこいつを放っておけない。こんなに弱って、本当にこのまま放置したら死んじまいそうなこいつを、見殺しになんてできない」
そう言い切ると、レオは足枷を力任せに外した。
「もしこいつがお前らに敵対した時は、俺が責任を取る。だから、こいつを助けさせてくれ。もう……助けられたはずの奴を見殺しにするのは……嫌なんだ」
そうして、レオは蝶の少女を背中におぶる形で担ぎあげると、部屋の出口を探し始めた。
そんなレオの姿に、サハルは複雑な顔をした。
「敵を助けるなんて……モヤモヤするわ」
「そうですね、モヤモヤします」
そう答えたニシキに、サハルは少し驚いた顔をした。
「あら、貴女もモヤモヤするの?貴女は彼と同じ考えだと思ってたのに」
「え?あ、ええ!私もあの子を助けたいです」
ニコリ、と笑うニシキにサハルは再び複雑そうな顔に戻りながら、先に出口探しを手伝っていたダガの方へ歩いていった。
ニシキは、一人その場に残り、モヤモヤが残る自分の胸のあたりを押さえた。
(なんだろう、このモヤモヤは、なんなんだろう……)
*
なんとか出口を見つけ、隠し部屋を出て一行は再び気配を辿り奥へ進む。刀から鳥に戻ったハヤテ曰く、気配がだんだん大きくなってきたらしい。
確かに、隠し部屋からの通路は、今までの岩壁が残る遺跡の内部とは違い、白い壁で整備された廊下のようになっていた。敵の中枢かはたまた遺跡の最奥か。とにかく、重要な場所へ続くような通路なのは間違いないはずだ。
すると、レオの背中に担がれていた少女が、ゆっくりと目を開けた。
「う……、ここ、は……」
「気づいたか」
歩みを止め、少女の覚醒を待つと、意識を取り戻し始めた少女はあたりを見渡し、自分が閉じ込められていた部屋ではないことと、誰かに担がれていることに気づくと焦り始めた。
「っ、だ、誰!何をされても、能力は使わないから!」
「落ち着いて!私たちはあなたを助けようとしてるの!」
ニシキの言葉に、レオの背中でもがいていた少女はきょとんとすると、力が抜けたのかふにゃりと崩れ涙を浮かべ出した。
「よかった……!やっと助けが……!これで、お家に帰れる……!」
ぐず、と鼻をすすりながら周りを見た少女に、まだ複雑な顔を続けたままのサハルが声をかけた。
「貴女はなぜ捕まっていたのかしら?あの蟻達のお仲間なんでしょう?」
少女はサハルの質問に顔を青くすると、必死な表情で否定した。
「私はあいつらの仲間じゃない!あいつらは私を利用しようとしてるの!その為に、わざわざ私を連れ去って……!でも私、あいつらに力を貸すなんて絶対イヤ!そんなことに使う力じゃないから……!」
少女の訴えに、サハルは少したじろいだ。
「……あなたたちは人間、だよね。あのね、蟻達はこの遺跡を拠点にしようとしてる。地上征服のために、地上にいる生物を殲滅するために」
少女がそう続けると、サハルだけでなく、レオとニシキも顔を曇らせた。
「私達蟲人は、優しい王のもと地下で平和に暮らしていたの。だけどね、そんな王をぬるいと言い張る人達がいてね、それがあの蟻達。「過激派」の人達なの。
過激派は、蟲こそ頂点に立つにふさわしいと言い張って、地下のあちこちで暴動を起こし、そしてとうとう地上征服を目指し始めたの。それで、この遺跡を見つけてここを拠点にしようって地上に出てきて、私も私の力を利用するために攫われて連れてこられた
もちろん、私は力を使うつもりはないよ。でも、私の力を使わなくてもこのままじゃ蟻達はどんどん攻めてきて大変なことになると思うの。私達蟲人は繁殖力が強いから、どんどん新しい兵が生まれる。今の王は地上と友好的な関係を築きたいと頑張ってきたのに、このままじゃ……!」
少女は最後に言葉を詰まらせると、悔しそうな顔をした。彼女の表情を見るに、彼女も力を貸さず抵抗することで蟻達を食い止めようとしたのだろう。しかし乱暴にされただけで、侵攻を食い止めるには至らず、悔しいのだろう。
「……私達は、蟻達に居場所を奪われました。だからこそ、今の話を「へえ、そうですか」と鵜呑みにして貴女を信じるわけには行きませんわ。蟻だろうと蝶だろうと、私達は「蟲」に奪われたのよ」
同じように顔を歪ませたサハルの言葉に、少女は何か言いたげな顔をしたが、すぐに顔を伏せ黙ってしまった。
「とにかく、蟻達の侵攻を止めたいって目的は一致してんだから、そこまでは仲良くやろうぜ、な?」
などとレオが取り繕うも、二人とも黙ったままだった。
「止めるにしても、方法はないのかな……繁殖力が強いんじゃ、倒しても倒しても意味がないわけだし」
頭をひねりながら打開策がないか悩むニシキだったが、すぐさまハヤテが否定を入れた。
「姫様、我々の目的は蟻の侵攻を止めることじゃありませんぞ、欠片を見つけることですじゃ!余計なことに首を突っ込む暇など……!」
「でも放って置けないよ!レオも言ってたけど、助けられる時に助けないで後悔したくない!」
ニシキが強めに返すと、ぐぬぬ、とハヤテは困ったような顔をし、諦めたように首を振った。
「……わかりました姫様。ならば助言をば」
そう言い、コホン、と咳払いをしてからハヤテは告げた。
「蟻というものは非常に統率が取れた生き物です。しかしながら、女王蟻がいなくなると統率が取れず、数も増えずにそのままゆっくりと全滅していくのです。つまり、この兵隊蟻どもも同じ習性を持っているとしたら、女王に値するものを仕留めれば他の蟻も止まるのではないかと」
「それだ!」
ハヤテの考察に、全員が納得する。
「であれば、女王蟻を探せばいいのね!虫の蟻と同じなら遺跡の最奥にいるんじゃないかしら!」
光明が見え、サハルが手を叩いて気合いを入れると、ダガもゆっくりと頷いた。そんな二人を見て、少女が呟いた。
「あのね、この遺跡には兵隊蟻を束ねる隊長蟻がいたはずだよ。そいつが過激派を束ねるリーダーでもあった。だから女王はその隊長蟻かも」
「なるほど、ならそいつを探せば!」
「隊長蟻はこの奥と隠し部屋とをよく行き来してた。隠し部屋にいなかったなら、きっと……」
少女はゆっくりと今自分たちがいる、先が暗闇に包まれている長い長い通路の奥を指差した。
それを見て、ハヤテはもう一度首を振るとニシキに語りかけた。
「言うまでもないと思いますが姫様。気配もこの先から大きくしますぞ」
「また、使われてる可能性が高いってことだね……」
ゴクリ、と息を飲み、ニシキはこの先の戦いに向け気を整える。
「居場所さえわかれば倒すだけだわ!さあ行くわよダガ、レオさん、ニシキさん、ハヤテさん!それから……」
と、サハルはまた複雑そうな顔をしながら、レオの背におぶさる少女をちらりと見やった。少女はサハルの視線を受けると、にこりと笑いながら彼女が聞きたい問いに答えた。
「私はヴィヴィ。お願い、蟻達を止めて!」
サハル以外の三人と一羽は少女、ヴィヴィの言葉に頷くと、通路の奥へと急いだ。




