chapter1-1
眠れ 眠れ 亡国の強者よ
貴方の怒りは 剣と共に
貴方の悲しみは 水晶の中に
沢山の記憶が 世界に散らばっている
眠れ 眠れ 愛し子よ
救世主が欠片を集め 納めるその時まで
*
まだ若い緑に包まれた丘の上。
辺りを優しくそっと撫でる風。
黒に青を溶かしたような闇に染まる夜空。
今日は綺麗な星空が見えていた。
星達はまるで宝石箱から溢れ出したダイヤモンドのように、光輝いていた。
「おー、今日はよく見えんなー」
宵風で紺色の短い髪と、額に巻いた緑のハチマキが揺れる。
「風が気持ちいいな…」
そう呟きながら、レオは深い緑の瞳をゆっくり閉じた。
ヴァルクォーレ聖国。
永久の平和を約束されたこの国は、自然に満ち溢れ、静かに時を刻んでいた。
ここで暮らしているレオは、傭兵稼業なんてしてはいるが、平和すぎて滅多に依頼なんて来なかった。たまに他国へ商人が移動する際に護衛をする程度だった。
「今日も暇だったな…ま、それでいいんだろうけどよ」
ふああ、と欠伸をしながらそうぼやく。
そろそろ家に戻るかとレオが腰をあげたその時、夜空に一筋の閃光が走った。
「あ?なんだあれ?流れ星か?」
レオは目を凝らし、閃光が走った場所を見た。しかし結局なんだかわからなかった。
「ふぁ…まあいいや、寝よ」
そう言って、レオは丘の上から去っていった。
*
次の日、レオが城下町へ出てみると、城の兵士達があわただしく駆け回っていた。
「なんだなんだ?」
「あ、レオ君じゃないか」
レオが戸惑っていると、兵士の一人に声をかけられた。
「どーも。…これいったいなんの騒ぎなんすか?」
「ああ、実は昨晩、町中に隕石が落ちてね…」
「隕石?」
レオは昨日の夜に見た、夜空に走った閃光を思い出す。
(ああ…あれ隕石だったのかよ…)
兵士は続ける。
「その町中に落ちた隕石を、今俺たち兵士が回収してるんだ。危ないからね」
「そりゃご苦労様っす。兵士の皆さんはいつも町人のために色々してくれるっすよねえ」
「まあね、これもフレア王子の遺言だからね」
フレア王子。
ある日突然いなくなってしまった、ヴァルクォーレの次期国王候補である王子だった。
レオも過去に凱旋の時に遠くから見たことがあった。
炎のように赤い短髪に翡翠のように輝く緑の瞳。そして何事にも真っ直ぐ向かっていくかのような凛々しい目付き。
その姿を見たときから、こいつはまさにこの国の王子にふさわしい奴だなとレオは感じていた。
しかし、何か引っ掛かっていた。なんだか、既に過去で会っていて、ずっと一緒にいたような気がしていた。
だがそれを思い出そうとすると、いつも頭に痛みが走り、何も思い出せなかった。
フレアとのことだけではなかった。
自分の生い立ちや家族、友人、思い出が、ある時点からすっかり思い出せなかった。
「そういうわけだから、レオ君も何か見つけたら教えてくれ」
「了解っす」
軽く敬礼をして答える。
兵士もレオに優しく敬礼を返し、作業に戻っていった。
「隕石、か…」
昨日見たあの閃光がもし隕石のものだとしたら、あの丘にも何かあるかもしれないな…
そう思い、レオは昨晩座っていた丘の上へ行ってみることにした。
*
「ねえ、本当にここにあるの?」
「もちろんでございますとも。このハヤテ、しかと調べますれば」
丘の上から聖なる王国を見下ろし、一人の少女と一羽の鳥が話していた。
少女は橙の瞳を揺らしながら吐き捨てるように言った。
「…無駄足じゃなきゃいいね」
*
「ん?なんだこれ?」
レオが誰もいない丘の上にたどり着くと、そこには橙色の羽が落ちていた。
「これが隕石…なわけねえか。どっからどう見てもただの鳥の羽だしな」
レオは羽をパタパタと揺らしながら、どうでもよさそうに呟いた。
「あり?でもこんな色の鳥なんてここら辺にいたっけな…?」
改めて拾った羽をよく観察してみる。
ところどころに光を反射する場所があり、キラキラ煌めいて見える。
「ふーん、綺麗だなこれ」
折角だし持って帰ろう。そう思いながら羽をズボンのポケットにしまう。
結局丘の上ではこの羽しか見つからなかった。無駄足だったなーと思いながら町へ戻ろうと足を向けたとき、はた、とあることを思い出した。
「そうだ神殿跡!あそこレイス教団の私有地かなんかで入れなかったんじゃなかったっけか?」
世界には8つの神殿があった。
過去に、極東にあった倭ノ国を破壊し、世界をも破壊せんと目論んだ魔竜ネビロスを封印するために作られたものだった。
しかし、ある時を境にその神殿は全て廃墟と化してしまった。
1日で廃墟化したため、人々は魔竜の呪いだと騒ぎ立てた。
だが神殿は廃墟と化しても魔竜の封印を解くことはなかった。
そんな元神殿の一つがヴァルクォーレにもあるのである。
そしてレイス教団。
この教団は、過去には独立した一つの国家形態を有するほどの力があった永久中立を掲げる教団だった。
しかし先程の神殿廃墟化により、教団の力も衰退していった。
神殿が廃墟となる前は、それぞれの神殿に神官として番人を派遣していたが、今は神官すら置かなくなってしまった。
その為私有地とは言っても、誰でも簡単に侵入できるような無法地帯になってしまっているのである。
しかし、何故か人々は神殿跡には近づかなかった。
もし侵入して神殿を完全に壊してしまったら、また魔竜が復活するかもしれない。そう考えたのである。
また、場所によっては国家が法律で侵入を禁じているところもあり、尚更人々は近づこうとしなかった。
ヴァルクォーレも法律で近づくことを禁じていた。
「勝手に侵入したら怒られるだろうけどよ…壊さなきゃいい話だし、こんな事態だ。話せばわかってもらえんだろ」
そう、レオは都合のいいことを考えながら神殿跡に向かった。
*
「…おいおい、見事にぶっ壊れてんじゃねえか」
レオが神殿跡にたどり着くと、神殿跡には見事な大穴が空いていた。
「やべえなこれ…魔竜復活すんじゃねえの?」
他の所も見てみるか、とレオは神殿の内部へ入っていく。
神殿の入り口から少し入ったところで、レオはあるものを見つけた。
「…足跡じゃねえかこれ。しかもこの様子じゃ最近のもの…」
そう、神殿には先客がいたのである。
まさかこいつが神殿を壊したんじゃ…そう思ったレオは急いで足跡を辿っていった。
足跡は神殿の奥へ奥へと続いていた。
奥には封印の鍵である祭壇があるはず。
もしそれを壊されていたら…そう思うと恐怖が込み上げてくる。
レオはさらに走る速度を上げ、足跡を追いかけた。
*
「…本当にあった」
「だから言いましたでしょう?ここにはあると!」
「…ごめんね」
少女は暗い茶髪を軽く揺らし、自身の肩にとまっている橙羽を携えた鷲に謝った。
「でもこれ、どうやって取ればいいの?」
「姫様が触れれば、一体化反応が起こって回収できるかと思いますが…」
「やってみる」
少女はそう言うと、祭壇に手を伸ばす。
伸ばした手が祭壇に触れるか触れないかのその時だった。
「おい!お前ッなにやってんだ!!」
突然背後から声がした。
少女はビックリして思わずバッと振り返る。
そこには紺色の髪に緑のハチマキ、蒼い瞳を携え、背中に大剣を背負った傭兵と思わしき青年が立っていた。
*
…おいちょっと待て。
あの子は何やってるんだ?
祭壇を壊そうとしてんのか?
祭壇を壊したら、どうなるのかわかってんのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は俺だ。
なんだこの胸の高鳴りは。
なんでこんなに心臓の鼓動が早い。
なんでこんなに頬が熱い。
あれ、俺ひょっとして
一 目 惚 れ し た の か ?
*
少女はいつまでも固まっている青年—レオが不思議でならなかった。
「…あの」
「は、ハイッ!」
レオは意識してしまい、思わず声が裏返り変な返事をしてしまった。
それに少女はますます戸惑う。
「…私に何か用ですか」
「え、あ、い、いや、あの、アノデスネ…」
駄目だ、返答がガチガチになってしまう。
「…あなたいったいなんなんですか?」
「あ、いや!それはこっちの台詞だ!」
そう返し、一旦心を落ち着かせ呼吸を整える。
「お前、どこから来たんだ?こんなところで何してやがる」
レオは改めて目の前にいる紺色の衣服を身に纏った少女を見た。
短いダークブラウンの髪からぴょこんと一本跳ねたアホ毛。
落ち着いた橙の瞳にまだ少し幼さが残る整った顔立ち。
何故かそこに納まるべき刀が納まっていない、空の鞘を腰に下げ、
肩には見たこともない橙色の—鷲かこれ?—鷲のような鳥がとまっている。
ここら辺では見ない顔だった。
「おい、何してたんだよ。答えろって!」
「……あなたには関係ない」
少女はしつこく何をしていたのかと聞いてくるレオを、そう言ってつっぱねた。
「関係ないことねえよ!お前、自分がしてることわかってんのか?」
「知らない」
「知らないじゃねえっての!あのなあ、ここには…」
「小僧!いい加減にせぬか!」
「うおッ!?」
バサバサッと少女の肩に止まっていた鷲がレオめがけて飛び込んできた。
しかも…
「と、鳥が喋った!?」
「愚か者、鳥だって普通に喋れるわ!!」
「…!さてはテメー魔物の一種か…!」
「お?やるか?やるのか小僧?」
喋る鷲は静かに腰を落とし、臨戦体勢に入る。
レオも背中に背負っていた大剣に手をかけると、その様子を見た少女が慌てて間に入ってきた。
「ちょ、ちょっと、そこまでしなくても…!」
「駄目ですぞ姫様!このような無礼者にはきちんと制裁を与えねば!」
鷲が低く唸る。
「つーか姫様ってなんなんだよお前ら。なんの遊びしてんだよ」
かけた手を大剣から離さずに、レオは相手を睨みつけながら吐き捨てた。
今の言葉にカチンときたのか、鷲が声を荒げだした。
「こンの無礼者!!この方をどなただと心得ておるのだ!遥か東の刀国、倭ノ国の姫君、ニシキ姫様であるぞ!!」
「倭ノ国…だって!?」
倭ノ国は、かつてネビロスによって破壊され、世界からその存在全てを消された今は亡き国だ。
その国の姫…だと!?
レオはその言葉が信じられなかった。
というより、そう簡単に信じてはいけないような気がした。
「何言ってんだ!倭ノ国は破壊されたんだぞ!」
「ああその通りだ。その生き残りが姫様だと言っておるのだ!」
「そんなの…信じられるか!」
レオは鷲の主張を退けた。
そして少女の方を向く。確かに育ちはよさそうな風貌をしている。
だが倭ノ国は滅んだのだ。生き残りは誰もいないはず。
「お前も否定したらどうなんだよ!お前は姫様じゃねえんだろ?」
レオは少女に尋ねる。
が、少女は否定しなかった。
「…いいえ、私は確かに倭ノ国第一王女ニシキ」
「なっ…!?」
少女…ニシキは特に取り乱した様子もなくそう言い放った。
少し暗く伏した橙の瞳が揺れている。
レオにはどうしても彼女が嘘をついているようには見えなかった。
ニシキは続けた。
「確かに倭ノ国は昔、魔竜ネビロスによって破壊された。だけど、ただ破壊されただけじゃなかったの」
ニシキの話によると、ネビロスに破壊された倭ノ国は、その時の衝撃で“記憶の欠片”となって、世界に散らばってしまったとのことだった。
そしてニシキも、とある“記憶の欠片”の中に閉じ込められていたらしい。
しかし、何かの拍子にその中から解放され、今は自分の母国を取り戻すために“記憶の欠片”を集めているのだった。
「そして、その記憶の欠片の一つが、この祭壇の中にもあるの」
ニシキが祭壇を指差す。
蔦が這い、所々ヒビが入り崩れかけている祭壇の隙間から、わずかに桃色の光が漏れていた。
「私はこれを回収したいだけ。…わかってくれた?」
同意を求めるかのようにレオに尋ねるニシキ。
だが、レオは納得がいかなかった。
「でもそれって祭壇壊すことになるだろ」
そうだ。祭壇の中に記憶の欠片とやらがあるのなら、壊さなきゃ取れないはずだ。
しかし祭壇を壊すということは、ネビロスの封印を解くことになってしまう。
「やってみなきゃ…わからない」
ニシキは祭壇に体を向けると、手を伸ばした。
「!?お前、何をする気…」
レオが最後まで言葉を発する前に、ニシキの手が祭壇に触れた。
途端、強烈な光が辺りを包み込んだ。
「うおッ!?なんだこれ、まぶしっ…!?」
「ひ、姫様!姫様ー!」
しばらくの間、強烈な光が辺りを照らし続けた。
そしてその光が消えた時、祭壇の前に立っていたニシキの手の中には、淡い桃色の光を放つ、水晶のような欠片が収まっていた。
「記憶の欠片、回収完了」
と、その時、ドオンと低い地響きが辺りを襲った。
「…えっ?」
ニシキが地響きに驚き、体を硬直させる。
レオは嫌な予感がした。
というより、嫌な予感しかしなかった。
「まさか…いや、やっぱりこうなっちまったか…!」
レオが祭壇を見る。
その瞬間、祭壇は音をたてて崩れ落ちた。