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Solitudes.  作者: 真城うさ
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あなたとともに

抱きしめあった四人は、星の最深部で目を覚ます。

いつも、己の季節が巡ってくるまで眠っている、穏やかな場所だ。静かで、あたたかくて、平和な世界。

時折アーキアたちが話しかけに来て、外の具合を教えてくれる。


四季龍は、異世界より召喚し、具現化された生き物ではない。この場所で、共に過ごした四季の命がひとつになるとき、初めて生まれる聖獣だ。聖獣は、空を駆ける。


(災厄の獣は、宇宙の意志に反して生まれたもの)

(母なる<宇宙>を持たぬもの)


聖獣の内部に響く声は、アスガルドたちのものだった。


「どうして、聞こえるの?」


(アスガルドたちは、全ての生き物の中に在るから)

(でも、災厄の獣の中に、アーキアたちはいない)


「…アーキアたちが、…<獣>の中にはいない…」


四季龍は、闇の王<ーノクターンー>をくわえ、迫る焔から遠ざける。それを見ながら、四季は問う。たったひとつに混ざり合った四季に対し、アスガルドたちはいつものように、優しく応える。


(花姫さま、帝王さま、皇帝さま、皇女さま…王女さま。この星に生きる、いきもののひとつ、アスガルドに、考えがあります)


「それは、何だい」


今度響いたのは、帝王の声だった。


(はい。アスガルドは、あの<獣>に巣食おうと思います)

(アーキアも、賛成です)


「…巣食う?」


(はい。災厄の獣は、彼らが繁殖するに堪えぬからと、皇帝さまたちを、屠ります。ならば、彼の身体を変えてしまえばいい)

(アーキアたちは…特に、アスガルドは、あらゆる命にとって、生存の為には不可欠なのです)

(…災厄の獣は、それを許さないでしょう。<宇宙>の目を出し抜いた自負がある)

(だから、みなさま。…アーキアたちが、災厄の獣の体に馴染むまでの時間を、稼いでください)


四季は、心の中で互いに顔を見合わせる。

決して相容れないはずの命と共に、生きられる可能性があると、彼らは言う。<獣>の体を作り変え、四季の統べる星の上でも、彼らが自由に過ごせるようにすればよいと、そう言っている。


「生まれ変わった<獣>は、この星を殺そうとしたり、しないのかしら」

(それは、災厄の獣次第です、花姫さま。…けれど、アーキア達は、信じたいのです。…遠い子孫を、愛したいのです)

(アスガルドは、王女さまたちが死ぬことを、看過できません。このまま、災厄の獣と戦い抜いて、あなたたちが消滅してしまえば、あなたたちと共に、多くの子供たちが、死ぬのです)


ひゅ、と喉を鳴らした花姫の代わりに、帝王が答えた。


「……その通りだ。見誤ってはならなかったね。…そうだ。闇の王<ーノクターンー>と王女がつぶれる前に、俺たちは、<獣>を止めなければならない。たとえ、どんな手段を用いたとしても。…それでも<獣>がこの星を厭い、憎むなら、その時は、その時だ。…悩む時間は、残されていない」


四季龍<ードラグ・エスタシオンー>は、闇の王<ーノクターンー>を背に乗せて逃げ惑っていた。激しい火焔が羽を掠めるたびに、四季の体に鈍い痛みが走る。


皇帝も、頷いた。


「…アーキア、アスガルド。オレたちは、今から、あの獣を、飲み込もうと思うよ」

「……まか、せ、ろ」


ゆるく双眸を開けた王女が、微かに笑う。


「王女は寝ていろ。オレたちがやるよ」


皇帝が翳した手の下で、王女はまた、静かに目を閉じる。四季龍<ードラグ・エスタシオンー>は、雲の上まで一気に飛び上がる。龍を追って飛ぶ<獣>よりも、ずっと早く、速く、稲妻のように空を飛ぶ。そうして<獣>を十分引きはがしてから、今度は<獣>めがけて一気に急降下した。洞穴のように大きな口の中に、<獣>はあえなく吸い込まれてゆく。


「いまだ、アスガルド、アーキア!」


帝王の声に呼応し、黒い霧がどこからともなく溢れた。その霧は、四季龍<ードラグ・エスタシオンー>の中から出ようともがく<獣>にまとわりつき、その体をべったりと覆ってゆく。


「やめろ、離せ、この…っ!」


大きな咢をこじ開けようとする<獣>に負けじと、四季は龍の顎に力をこめる。絶対に、逃がすものか。


「くそ、この野郎、この、…そんなに、お前たちは、正しいか!俺を見捨て、他全ての命を守るという貴様ら、ならば俺は、命でないのか!」

「ひとつの命の為に全てを屠ることよりは、正しいと信じていた」


咆哮した<獣>にこたえたのは、王女だ。敵対する相手を失くした闇の王<ーノクターンー>が王女の体に戻った為か、春の膝の上で絞り出す声は、先ほどよりもしっかりとしていた。


「…正しくないよ、僕たちは。花姫が、僕の愛しい子たちを殺したことは、きっと繁栄という側面から見たら、正しかった。だが、僕にとっては、正しくなかった。正しさは、いつだって、曖昧だ…」

「俺を殺して、満足か」

「殺さないよ。ようこそ、僕たちの星へ。愛しい子」


「……え…?」


黒い霧が晴れた時、そこに残されていたのは、<獣>ではなかった。

四季龍<ードラグ・エスタシオンー>の腹の中で、目を瞬かせていたのは、暁の空と宵の空、二つの色を瞳に抱いた小さな赤ん坊だった。

ざあ、と風が吹き、四季龍<ードラグ・エスタシオンー>はさらさらと空気の中に消えてゆく。小さな乳飲み子を抱き上げたのは、花姫だった。


(どういうことだ、これは!)


頭の中に直接訴えてきた<獣>の声は、怒りというよりも、当惑を帯びている様子だった。


「……私たちは、この星を明け渡せない。愛しい子たちを、見捨てられない。…だけど、だからって、あなたのことを排他するのも、間違っている。…そう、気づかせてくださった、御先祖様がいたのよ」

(そんな…こんな、ことで、)

「風、気持ちが良いでしょう。秋の風。…今までのあなたは、私たちの季節の中で、酷く苦しんでいたけれど、今。どうかしら。どうしても、一緒には生きられないものかしら」


<獣>の体を撫でる風は、優しかった。ふわりと吹く風は、少しだけ肌寒い。花姫の胸元にそっと体を寄せた<獣>は、その温かさに触れ、目を丸くする。


(……心地が、悪く、ない……)


<獣>を愛おしそうに抱き直し、花姫は仲間たちの顔を見回した。


「俺も抱きたいよ、その子を」

「オレも。林檎は美味しいらしいが、食べるか」

「まだ歯も生えない赤子が食べられるものではないよ、皇帝」


四季に抱かれた赤子は、ぐしゃりと顔を歪めた。


(最悪な気分だよ。お前たちに抱かれ、受容され---)


海の向こうに、夕陽が沈んでゆく。紫色の柔らかな髪が、ふわふわと揺れる。


(ああ、本当に、最悪だ……こんなに居心地が、いいなんて)


<獣>の双眸から、透明な涙が溢れて落ちる。今度は冬の腕の中、<獣>は空を仰いだ。


「ひとつの命を排他してでも、多くの命を守ること。そればかりに気を取られていたんだ。…お前も僕たちも、みんな含めて共に生きるという視点を持てず、傷つけたね」


小さな手が、冬の喉元に伸びる。ぐう、と力を込めようとして、<獣>はそれをやめた。冬の身体は、いつくずれても仕方がないほど、傷ついていた。好機のはずなのに、<獣>の身体は動かない。

冬の腕の中が存外心地よかったから、なんて、決して言えるものか。


「…俺は、お前を愛するよ。愛しい子」


帝王の手が、<獣>の頭を優しく撫でた。


やめろ、と跳ねのけたいのにそれができなかったのは、途方もない年月の間、孤独に凍り付いていた心が融けだしてしまったからだろう。

小さな<獣>の手では、焔をあやつることも難しい。


お前のせいだ、お前のせいだ、と八つ当たりのように蹴りだした足は、空を切る。


(お前たちのこの世が少しでも俺たちを傷つけるようなものであれば、今度こそ、俺は…俺たちは、お前たちを殺すぞ)

「構わないさ。その時はまた、手を合わせよう。お前を排他するためでなく、お前と共に生きる為に。…ああ、ここが、…限界、か」


四季の首元にかかる首輪が光る。星が呼んでいる。

還っておいでと、囁いている。

一人では立つこともままならない<獣>を皇女に託し、三人はその場に膝をつく。


(お前たちは、眠るのか)

「そうだ。俺たちは、星が安らいでいるとき、決して共に在ることはできない」

(孤独だな)

「…ああ。たまには淋しいこともあるよ。でも、それが僕たちのさだめだ」

(…窮屈な奴ら)

「ねえ、<獣>。また、他の子たちのお話をしてね。…あなたに、会いに行くわ」

(考えておく)


消えてゆく。

言葉を遺して消えてゆく彼らを見つめる皇女の腕の力が、少しだけ強くなる。


「……<獣>。あなたのこと、いい加減、違う名前で呼んだ方がいいわね」

(…なんだよ)

「…ヒト、ってどうかしら」

(さあ)

「ひとり、からとったの。ヒト。…ねえ、ヒト。あなたは、私たちにとって、初めての命よ。…あなたのことを、もっと教えて…」

(…俺は、<宇宙>の掃きだめから生まれて、それで…‥‥)

「まあ、そうだったの…」


満月の下。

いつの間にか二人の傍にいた小鹿が、時折ヒトの頬を舐めるのを宥めながら、皇女とヒトは、月が海に沈むまでずっと語りあっていた。

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