さらば、霞ヶ浦航空隊
初めての現代物です。温かい目で読んでください、お願いします。
「お、お客様に連絡します。え~、お医者様か医療関係者の方はお近くの添乗員に連絡をお願いします。繰り返します……」
何か事故でもあったんだろうか? 先ほどから、アナウンスが繰り返され何人かの乗客があわただしく、前方へ急ぐ。
夢うつつで何か懐かしい夢から覚めた。
(ふふふ、そろそろお迎えの時期かな、久しぶりに戦友の夢を見るなんて)
根本は小さくつぶやく。
前方の騒がしさは、だんだんと大きくなり乗客が騒ぎだす。
「おい、なんかあったのか?」
「説明しろ」
何人かの乗客が添乗員に詰め寄り声をあげる。
女性の添乗員、今はアテンダントだろうか? 根本はボンヤリとやり取りを眺めていた。
「お客様、落ち着いてください!急病人が発生しましたので処置をしているところです。」
「おい、急病人て、まさか、パイロットじゃあないだろうな」
「いえ、あの、違います」
「じゃあ何で操縦席に行くんだよ」
とたんに、女性添乗員がおろおろしだした。
「そんな事はありません!」と、強く否定するが顔色は真っ青だった。
そりゃそうだ。此処は上空1万メートルの空の上、ジャンボジェットの中だ。パイロットに何かあれば堕ちて死ぬだけだ。
「お願いします。席に着いてください。」
不穏な空気を感じたのか、乗客のざわめきが大きくなりだした。
ぽぉ~んと、マイク放送を知らせるチャイムが鳴った。
「皆様お騒がせしまして申し訳ありません! どうか落ち着いてお聴きください。遅れましたが、私はチーフパーサーの相戸と申します…」
チーフパーサーが、大きく深呼吸するのがマイクから伝わる。
「パイロット2名が、現在、原因不明の病気により意識不明です。皆さん、不安なお気持ちは良く解りますがどうか、どうか、落ち着いてください。」
機内放送が終ると、痛い位客席は静まりかえっていた。もっと大騒ぎになるかと思ったのか、添乗員が拍子抜けた顔をしている。
「あの、アテンダントさん。パイロットの代わりはいるのかな?」
根本が座席の横に立つ添乗員に遠慮がちに訊ねる。遮るようにまた放送が入る。
「乗客の皆様、不安な気持ちは私も同じです。今、お医者様が懸命にパイロットの治療にあたっています。現在、飛行機はオートフライトで飛行中です、、」
またも、大きく深呼吸する息づかいがマイクから伝わる。
「皆さんどうか、どうか、力を貸してください。あと、1時間で飛行機は空港に着きますが、着陸はパイロットでなくては、出来ません。乗客の皆様の中に誰か、、、飛行機の操縦経験のある方はいませんか?」
絶望感が乗客の間を走る。パイロットが偶然に居合わせる確率なんてあり得ない。もしかしてと、乗客全員が一縷の望みを託して周りを見渡すが席を立つ者はいなかった。
(だいたい200人位乗客が居るんだから1人位は居ると思うが?)根本の予想は当たらなかった。
「ヘリコプターやグライダーでも構いません。誰か経験者はいませんか?」
何度か放送が入るが誰1人席を立たない。誰もが死を、墜落を意識しだしたその時、1人の乗客が手を挙げた。
「お嬢さん、自分は少し経験があります」
その乗客はどう見てもパイロットには見えないし、大丈夫かと不安になる年寄だった。体つきは痩せて小柄、顔はシワだらけで、どう見ても80~90歳位に見えた。
「さぁ、お嬢さん操縦席に案内してくれ」
乗客の視線を一身に浴びながら、添乗員に付き添われて行く姿は、看護師と病人にしか見えなかった。
「あの、お客様はどういったあの、、」
目の前に立つ普通のおじいちゃんにチーフパーサーの相戸は戸惑いを隠せない。
「根本 眞太郎92歳、海軍予科練10期生」
根本は姿勢を正し答える。
「じゃあ、あの、戦争中にパイロットだったんですか?」
「そうじゃ、零戦の操縦員だった。」
「ぜろせん、、ですか?」
「零戦の事はいいから、時間がない。自分の他に誰か経験者はいたか?」
「あ、根本、さんだけです。」
「よし、時間がもったいない。練習もしなきゃいかんからな」
根本は自分に気合いを入れながらパイロット席に座る。
「だいたい分かるかな? しかし横文字が多いなぁ? んん、お嬢さん、ちょっと手伝ってくれんか?」
操縦席に座る根本の後ろで、所在なげに立つチーフパーサー相戸に根本は声をかける。
「はい、私に出来る事なら何でも言ってください。あと、相戸と呼んでください。」
「うん、わかった、で、お嬢さん空港との連絡は取れているのかな?」
「お嬢さんでは、、まっいいか、はい、このヘッドセットで連絡出来ます」
装着要領が分からない、根本の頭に着けてあげながら、使用方法を説明する。一通りの取り扱い要領を聞いた根本は空港と通信を始める。
《だいたいわかった、多分大丈夫じやろう》根本はヘッドセットのマイクに喋った。
《根本さん、時間が無いので最低限の操作要領しか教える事が出来ませんが、零戦ファイターのあなたなら出来ます。乗客の命をお願いします。》管制官の男が祈っている姿が見えるようだ。
《任せておけ、少し練習するから、黙っておいてくれ。》マイクを一旦切り、副操縦席に座る相戸に話しかける。
「相戸さん客席にマイクを繋いでくれ」
「どうぞそのまま喋ってください。」相戸がマイクを切り替えた。
《あー、あー乗客の皆さん私は根本 眞太郎といいます。今から少し飛行機が揺れますが、あー、お嬢ちゃんあんたの方が上手く説明できるじゃろう》上手く説明出来そうもない根本はチーフパーサー相戸に丸投げすることにした。
《分かりました。あっ、マイクは自分のを使用しますので、根本さんはそのままで》がさがさと、雑音が入る。
《皆様、チーフパーサーの相戸です。それからご安心ください! 飛行機は今放送があった、根本さんが操縦しています。根本さんは自衛隊のパイロットだった方で、大ベテランです。少し練習をしてから着陸します。》
《速くしてくれ、時間がない》根本が割り込む。
《あ、はい、皆様シートベルトをしっかり締めて揺れに注意してください》
《いくぞ!しっかり捕まっていろ》根本が言った瞬間、ぐううんと、機体が右に旋回する。
きゃーっと、客席から悲鳴があがる。
「ね、根本さん、根本さん大丈夫ですか?」
「舌を噛むぞ黙っておけ!」
根本が操縦桿を今度は左に切る。
「ちっ、機体は重いが反応はまあまあだな」
今度は操縦桿を引き上昇させる。
「根本さん、根本さーーん!きゃーっ」
機体が急降下する。
「ははは、お嬢ちゃんもう大丈夫だ。ほら、水平だろ」
「根本さん?」
相戸はまじまじと、根本を見つめた。さっきまで、品の良いおじいちゃんだったが今は雰囲気がガラリと変わり、若々しい青年に思えた。外見は変わらず中身が入れ替わったみたいだ。
「お嬢ちゃん、着陸するから準備頼しろ。それから俺は自衛隊じゃないぜ。帝国海軍霞ヶ浦防空隊根本大尉だ」
根本がにっかりと笑い歯をみせる。相戸の目に一瞬、若き頃の根本の姿が見えた。
「は、はい」相戸はマイクを準備する。
「乗客の皆さん相戸です。」(もういいか、もしかしたら死ぬかも知れないし、普通に話そう)
「相戸です!みんな大丈夫だった~。根本さんのジェット戦闘機飛行で、目が回ってないかな!あたしはチビりそうだよ~」
ハハハハと、乗客から笑いが出る。
「皆さんこれから、着陸態勢に入りますから、もしもに備えてショック姿勢をとってくださ~い。アテンダントはチェックヨロシク~」さっとマイクを切りふぅ~と、相戸は息を吐く。隣を見ると根本がニヤリと笑い言う。
「お嬢ちゃん、良い演説だったぜ。あとは俺に任せとけ。」
「根本さんお願いします。私たちを助けてください」
あと、相戸に出来る事は祈ることだけだった。
(機体は確かに重いが、反応は良いし安定感がある。あとは、、、、俺と運次第だな!)
機体は順調に飛行場を目指しており、前方に誘導灯がみえる。俺はマイクのスイッチをいれた。
《着陸態勢に入る。》
《了解です!御武運を祈ります。》管制官から返事がある。
《脚よーそろー》機体からランディンクギアが降り、ガクンとスピードが落ちる。
《根本一番機着陸準備よし、前方視界よし、着陸開始する。》
(さぁ降りるぞ、、、何だ、、あれは、、、)
《赤旗確認、2時方向待避する。》
「クソっ!」根本は操縦桿を右に倒し、スロットルを全開に吹かした。
ギュウーンと、機体が右に傾きながら上昇し始める。きゃああああ、またも乗客から悲鳴があがる。
(なんだ、赤旗だと? 非常事態?敵機か?)
根本には、飛行場管制塔の上で赤旗を大きく左右に振る、石塚軍曹のひげ面がはっきりと見えた。
《ザツザーーザ、大、、尉、進、、入角大、、ザ、横風5ノットありザーー》雑音まじりで無電が入る。
《了解、やり直しする。》(なんだよ!角度間違いなんて!ヒヨッコじゃあるまいし、親父に怒やされるな。)
「根本さん、根本さーん」相戸が焦って声をかける。
「なんだ、次はちゃんと降りるさ」不機嫌に根本が答える。
「根本さん?」何だか根本が見えない誰かと会話しているように見えた。その時、ヘッドセットから、管制官の声がする。
《根本さん何かありましたか?急に着陸を止めたのは、、、 》
「あー、うるせー。」ヘッドセットを投げ捨てる。
「根本さん、、」
「いいか、予科練を舐めるなよ、着陸開始する」
《霞ヶ浦、霞ヶ浦! 根本一番機降下、着陸開始する。》根本が見えないマイクに告げる。
《根本一番機、滑走路異常なし、西風5ノット、着陸開始せよ》根本は機体をゆっくりと降下させ、するすると滑走路に滑り込ませた。
「やっべえ、みんな見てやがる。」木造2階建ての管制塔すぐ横で、親父や整備員が不安そうに根本一番機を見つめていた。
「さぁ、寝た子を起こさないようにゆっくりと、降りろー」
カクン、ストン、シューウーキュンキューンーーーンーーー
キュツキュツ、、機体がゆっくりと止まった。
「おーい、石塚軍曹ーー、ありがとう!中隊長申し訳ありま、、あれ?おーい、誰かー」
「根本さん根本さんんん」泣きながら相戸が抱きついてきた。
「あ、ありがとうございます!ほんとにいい、、うわあーん」
根本はぽんぽんと肩を叩き、大丈夫大丈夫と繰り返した。
ふっと、窓をみると滑走路の真ん中に誰かいる。
(オヤジ、石塚軍曹、上原、江藤、小笠原、みんな!)
ゆっくりと帽子が振られる。さよなら、さよならと。
「あ、ありがとう、皆俺の事を見守ってくれて、ありがとう。」
根本も手を振り返す。涙で目が霞む中、ゆっくりと戦友達が消えていった。そして滑走路には誰もいなかった。
翌日の新聞に、根本の写真と大きい見出しでこう載った。
【最後の零戦ファイター、220名の命を救う!】
8月15日、毎旭新聞より
読んで頂きありがとうございます。