レベル0 ようこそ!異世界へ!!
夕暮れ時、日が沈もうとしているころ、グラウンドでは、運動部が大声で叫びながら、練習に励んでいた。
「あぁ……頑張ってるねぇ……」
校舎の屋上から、にやにやと見下す。屋上の開かずの扉を、消火器で殴りつけてこじ開けた。
破裂した消火器から溢れ出したピンク色の消火剤が、一帯に広がり、自分自身も、全身消化剤塗れになってしまった。
今は、下の方で大騒ぎになってるのが、後ろ耳に聞こえる。
「…っへへ……ぇっ!げへっごほっおほっ!!……ふぅ……」
なにもかも見下すように嘲笑った。
が、その拍子に消化剤が肺に入り、咳き込む。
ひとしきり咳き込んだ後、彼女は屋上のフェンスを掴み、ニィと笑った。
「……つまんないな……本当つまんない……」
元々運動が得意な方ではなく、ガシャガシャと不器用な音を出しながら、フェンスをよじ登る。
遠く後ろの方で、大人の声で、「おい!!よせ!!」などと、典型的な叫ぶ声が聞こえた。
「……さらば……世界……」
誰に聞かせるでもなく、ボソリと呟く。
フェンスの上で両手を広げ、空を飛ぶように、その身を投げた。
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「……げん……て……」
ぼんやりとした意識の中で、聞き覚えのない、子供のような声が聞こえる。
彼女は、「ん」と顔をしかめ、渋々と目を開ける。
「…じょう……いし………」
ほんの僅かに目を開けた瞬間、強い光が差し込み、また顔をしかめる。
すぐ横で誰かが自分に呼びかけているのはわかるのだが、まだ意識がはっきりしてないらしく、上手く聞き取れない。
「……意識は……あと…らだは動く……」
はっきりとはわからないが、右側から聞こえてくるのは間違いない。が、未だに何を言ってるかわからない。
彼女は、顔をしかめたまま、ゆっくりと右手を上げ、一旦待ってもらおうと、手の平を相手に向ける。
「動けるね!よかった。」
話しかけてくる声の主は、それを何かと勘違いしたらしく、納得したように静かになった。
まぁ、結果はどうあれ、止まってくれたならいいや…
「すみません……大丈夫です。」
相変わらず、瞼から差し込む光が眩しいが、徐々に目を慣らし、ゆっくりと開いていく。ここは、病院か何処かなのだろう。
どうやら、生き残ってしまったらしい。
「大丈夫ならよかったよ。意識は安定してきたかい?」
幼い子供の声の主は、看護師からお医者さんのどちらかなのだろう。
全く、余計な事を……
「はい、今、やっと、なんとか…」
たどたどしく言葉を紡ぎ、相手に意識の有無を伝える。
それに対して相手は、「そう」と応えた。
「…んぅっ!…ご心配をおかけしました。ありがとうごっ!!」
もやもやとする頭を振り、意識をはっきりとさせる。
そしてそのまま、相手の方へと視線を移した時だった。
彼女が硬直する。
「…どうしたんだい?まだ、具合が悪いのかな?」
移した視線の先には、謎の生き物がフヨフヨと浮いていた。
青緑色の毛皮は、やけにもふもふしてそうで、愛くるしいその姿とは裏腹に、切れ長の赤い眼が鋭く光る。
そのくせ、耳は垂れており、何よりぷらんとぶら下がった下半身が、またなんとも……
「あ、あぁ、あ……」
そしてよく見ると、首には赤いチョーカーが巻いてあり、その余った部分が、天に向かってまっすぐ伸びている。
その姿は、まるで、首でも吊っているかのようにも見えた。
そのよくわからない何かを見て、彼女は言葉を失った。
「……?あぁ、そうか、君は僕の事をわからないんだったっけ。」
「わかるわけないんだから!!なに?!なんの生物!?それより、どうやって飛んだらそんな飛び方になるの?!え?!」
そのよくわからない生物は、やれやれ、と言うように瞳を閉じて、首を左右に振った。
「君にはどうやら、この世界の事をまた最初から説明しないといけないんだね…」
「はぁ」とため息を一つ。そのまま、興奮した彼女をなだめながら続けた。
「君は、元の世界の事を覚えているかい?」
「元の世界?…」
彼女は、顔をしかめる。まるでなにを言ってるかわからないのだが、この展開は知らないわけではない。
「そう、元の世界!君の前の世界は確か……学校に通ったり、仕事に行ったり……」
そこまでで、あらかた理解は出来た。
あぁ、なんとなくだけど、話は見えてきたぞ……
「つまり、今現在いる世界と、さっきまでいた世界は別物ってことなのよね?所謂…その…異世界……」
言ってて恥ずかしかった。あれだけ、「高校生にもなって」「もう子供じゃないんだから」と言われ続けた、夢の世界。
「そう!!それだよ!!早い話が、僕が君を異世界に召喚したんだ。」
「やっぱり……」
たしかに、死の際に、興奮が相まって、さらば世界とか言っちゃったけど……けどぉ……
「一応、この世界に召喚する時に、色々説明はしてるはずなんだけど……覚えてないよね……」
「ごめんなさい。全く覚えてないの……」
彼女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
それを見て、謎の生物も、「いやいや」と申し訳無さそうに頭を横に振る。
「まぁ、君を召喚した時は、君は気絶していたからね。道中の説明なんて、覚えてないだろ?」
目の前の謎の生物は、口がないらしく、表情が詳しく読み取れない。
それでも、笑っているんだ、と分かるくらいにまで、目を細めた。
「まぁ、その辺はおいおいでいいか。急いで覚えても、大体は忘れるみたいだから。」
そこまで言うと、謎の生物は、一旦地面に降り、四つん這いになる。恐らく、これが本来の姿勢なのだろう。
ピシッとした体躯のまま、頭だけを垂れた。
「一応、僕は一度自己紹介はしたんだけど、改めて!僕のことは『イータン』と呼んでくれ。僕に関しては、それ以上の事は、何も言えない。」
「え?あ、初めまして。私は…えと……」
彼女は、ここで始めて気がついた。
名前が……わからない……
「…あぁ、もう!それについても説明は済んでいるのに……」
またも大きく、イータンはため息をついた。
そして、ルビーのような、真っ赤なその瞳で、彼女を見据え、続けた。
「君の名前は、メグミ。異世界にくるに当たって、新しい名前を僕が授けたんだ。」
「め…メグミ……」
自分の名前を思い出せないこともそうだが、名前を授けるとか、そんな、召喚みたいな、いや、召喚されてるのか……
複雑な思いが入り混じり、戸惑うメグミ。
それを見ながら、イータンはクスリと笑った。
「まぁ、君の記憶が曖昧過ぎてるから、その辺もおいおいで……」
そう言いながら、イータンは身体をふわりと浮かせた。
相変わらず、ぶらりと下半身が垂れ下がっているが、両前足を目一杯に広げ、ニコリと笑う。
「ようこそ!!我らの世界へ!!勇者メグミ!!」
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|メグミーーーーーーー|
|レベル1ーーーけんし|
|ーーーーーーちから6|
|ーーーーたいりょく4|
|ーーーーーちりょく7|
|ーーーーーすばやさ9|
|ーーーーきようさ11|
|ーーーーーーーうん2|
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