春野 桜子と小夏 ひまわり
「ねえ、春野さん」と声を掛けて来たのはクラスメイトの小夏 ひまわりだった。
真冬を追いかけようかと思っていた矢先であり、出鼻を挫かれた形となる。
もっとも真冬は身支度を整え、さっさと教室を出て行ってしまう所であった。
仕方ないと肩を落とした桜子は、帰り支度をしながら目も合わさず「なあにー?」と返した。
「話があるんだ、出来れば二人で。」
鬼気迫る声音にただならぬものを感じた桜子は顔を上げ「要件ならここで聞くよお」と返した。
しかしひまわりは、うーんそのおと歯切れが悪い。
身支度を済ませて鞄を持った桜子はしびれを切らして「もう帰るね」と踵を返す。
そこでひまわりは「白鳥の事なんだ」と切り出した。
これには桜子も話を聞かないわけにはいかなくなってしまった。
ざわざわと騒がしかった教室内にどよめきが起こる。
結局、人通りが少ないという陸上部の部室前で話す事となった。
これにはひまわりが陸上部だからという安直な理由もあり、鍵の管理は副部長以上の役割という事で中には入れないという事もある。
つまりひまわりはヒラの部員である。
文武両道を謳っている学校なだけあって部活にも力を入れているのだが、実は陸上部の成績は芳しくない。
過去には輝ける成績を残した生徒がいたらしいのだが、今は見る影もない。
他の部活動よりも大きめの部室が用意してあるのは少々滑稽にも思えた。
体育倉庫の隣に扉があり、横のプレハブを使っている他の部活との違いを見せ付けているかのようなのだ。
そんな陸上部部室の前で、ひまわりは金属製の扉に寄りかかった。
そこから少し距離を取って、桜子から切り出した。
「それで、話ってなあに?」
埃と汗とコンクリートが混じったような匂いがして、桜子は酷く場違いな感じがした。
温室育ちで本の虫な自分とは住む世界が違う、場所の選択からして明らかで、早く帰りたい気分だった。
しかしそれでもうーんうーんと言いにくそうなひまわりを見て、流石の桜子も少し苛立ちを覚える。
「ねえ、明日もテストだし、勉強したいから返ってもいいかなあ」
「いや! 待ってくれ! そうだよな、勉強したいよな、テスト期間だもんな」
なにを当たり前な事を、と思うが言葉にはしない。
「実はさ、白鳥に頼みたい事があるんだけど、春野さんにも協力してもらえないかなー、なんて……」
何故自分が、と桜子は思う。
直接言えば良いではないか? 言いにくい理由でもあるのだろうか? 協力する利点はあるのか?
一瞬でいくつか疑問が浮かんだが、まずは……
「内容を聞かないと」
「あっそっそうだよな、悪かった、私こういうの苦手でさ」
愛の告白でもあるまいに、ひまわりはひどく緊張して見えた。
その様子を見て桜子は辟易する。
正直、真冬と秋姫の対立構造はクラスの空気を悪くしていた。
仕掛けたのは真冬であるから、責められるのではないか等と思っていたのだ。
明らかに非がある真冬側に立つ桜子に対して、何か言ってくる者が現れるのも覚悟していたのだが……この様子ならそれも杞憂になりそうだ。
少なくともひまわりに関しては、という注釈付きだが。
「実は……」
とうとうひまわりが本題に入る。
「白鳥に……」
桜子ではなく、真冬に?
「……陸上部に入って欲しいんだ!」
……陸上部に入る? 誰が? 真冬が?
「……え?……えーーーー」
予想外の話に、桜子は困惑するばかりであった。