春野 桜子とひとりの時間
春野 桜子は読書が好きである。
だからという訳ではないが、ひとりで過ごす時間が苦にならない。
両親が桜子に構ってやれなかったという訳でもなく、むしろ過保護気味ですらあった。
それでも本を与えると大人しくしている桜子に対して、手の掛からない良い子だと安心していたようだ。
あまりにも手が掛からな過ぎて、その反動で過保護気味になったのかもしれない。
桜子の両親は世話焼きであった。
いつものほほんとしている桜子の友達関係はそれなりであった。
特定のグループに属する事は無いが、かといって無視されている訳でもない。
当然いじめ等とは縁も無く、何なら本人は気付かずいじめられっ子と話して解決してしまった事さえある。
桜子本人としては世話を焼いただけのつもりであったのだが。
それはそれとして、ひとりの時間も大事だと思っている桜子である。
もちろん読書する為でもあるし、その内容について夢想する時間もたまらなく好きだ。
そんな桜子を心配して友人が話しかけるも、けろっとしている様子に肩透かしを食らうといった感じである。
のほほんとしている桜子だが、かといって観察力が無い訳ではない。
多少察しが悪い所もあるが、読書から得た知識や分析力は目を見張るものがある。(知識が偏っているのはご愛敬である)
そんな彼女が何故話しかけられたのか分からないはずは無く、気を使わせてしまった事を反省したりもした。
友人といる時はなるべく楽しそうにし、ひとりの時間はそれを謳歌する。
そんな日々は徐々にだが桜子に孤独を感じさせていった。
結局『それなり』でしかなかった。
特別仲良しの友人がいる訳でもなく、進んでコミュニケーションを取りに行かない桜子は、そうなるべくしてなったと言えるかもしれない。
そんな時は本を取り出して気分を紛らわす桜子だが、やはり寂しいのかなという自覚もあった。
それも読書に夢中になれば忘れてしまうのだが。
そんな時、不意に声を掛けて来たのが真冬だった。
真冬は彼女が読んでいる本に興味があるらしく、執拗に絡んで来た。
続きものを読んでいたので同じものの最初の作品を貸そうかと提示した所、何故か断られた翌日に目の下にクマを作った真冬が登校したのには驚いた。
聞けばその日のうちに書店で探し出し、桜子が読んでいる部分まで読破したそうだ。
その後もお勧めを聞いてきてはすぐさま読破し、感想を聞かせてくる。
同じものを読んでもここまで違う視点で見れるものかと、桜子は衝撃を受けた。
それと同時に、ああやっぱり私は寂しかったんだなあ、等と思う。
真冬とは今ではお互い論評を交わし合ったりする仲だが、少々困った性格である事も理解していた。
テスト一日目が終わった。
いつもなら「帰るわよ、桜子」と真冬が話しかけて来るタイミングである。
しかし、あの勝負宣言から今日まで真冬は全て自分の事だけに集中していた。
テスト勉強をしているのは分かっているから、あえて意味も無く声をかけたりはしないのだけれど、少々寂しいものがある。
桜子は自身の寂しさを理解していた。
もう少し、あと数日でテストは終わる。
そうすれば元通りだ。
「ちょっと桜子、努力が足りないのではなくて?」なんて言うお嬢様口調で話しかけてくるはずだ。
そうだ、もう少しの我慢だ。
随分と自分の中で大きな存在になってしまったなあ等と思いつつも、私もテスト頑張らなきゃあねと気合を入れなおす桜子であった。
何より真冬の困った性格を理解している桜子だから、この関係が壊れるのが怖かったのだ。
かすかなその予兆を感じ取っていたが、桜子は考えないように努めていた。