才能(スキル)を選ぶ
目を覚ますと、何もない真っ白い部屋にいた。
本当に何もない、5メートル立方ほどの部屋。
床や壁の材質は見当もつかず、見つめていると、目の前にあるはずなのにずっと遠くを見ているような錯覚に陥った。
「――おはようございます。谷川駿さん。」
「うおっ!?」
突然かけられた声に思わず飛び退く。
そこには、巫女服を着た長い金髪の美女がいた。
これ以上ないまでに整った顔立ちに、思わず見惚れてしまった。
可愛すぎる、と思った。これまでに出会ったどの女性よりも、圧倒的に可愛い。
同時に、綺麗だ、とも、素敵だ、とも思った。
そう思わせる、不思議な魅力が彼女にはあった。
惚けていた俺に、その女性は声をかけてきた。
「どうしました?」
「いや、可愛いなって」
正直に言った。
確かに魅力的だったが、不思議と恋心は湧かなかった。
溢れ出る気品やオーラを感じ、この女性は高嶺の花であることを悟ったからだ。
その女性は少し驚いた顔をした後、綺麗にお辞儀をして言った。
「ありがとうございます。谷川さん、死んだばかりだというのに、冷静ですね。転生の経験がおありですか?」
「は?」
死んだ?こいつは何を言ってるんだ?死んだ人間がこうして生きてるわけ…
そこまで考えて、思い出した。
腹に刺さった包丁、一瞬で全身から汗が噴き出るほどの痛み、
血の味。
何故忘れていたのかわからない。
「あっ、腹…」
ハッとして腹を見る。しかし、制服は破れていないし、傷跡もない。
怪訝に思っていると、女性は微笑んで言う。
「ここは精神世界なので、肉体の傷は反映されませんよ。ところで、そろそろ話を進めてもいいですか?」
「あっはい。どうぞ」
いろいろわからないことが多すぎて、何からツッコめばいいのかわからない。とりあえずこの人の話を聞くとこにした。
「まず、私はアリス。女神アリスです。」
「女神、ですか?」
「はい、女神です。」
ふぅ、と俺は息をつく。
彼女が言っていることが本当なら、出入り口のない不思議なこの白い部屋、俺の死んだはずである肉体などはある程度説明がつく。
――よし、信じよう。
簡単に信じるのはどうかとも思ったが、「傷がない」という事実が、俺の思考をある程度ファンタジックなものにしていた。
「立川さん、貴方はつい先ほど、通り魔に刺されて死にました。貴方が勘違いで1時間早く家を出てしまったばかりに、貴方は死んだのです。」
「まじすか」
「まじです」
俺はどうやら本当に死んでしまったらしい。
「17年という短い人生でしたが、貴方はその時間を、とても勤勉に過ごして…って、何をにやけてるんですか?」
「えっ」
思わず口元を手で覆う。
――だって、だって、こんなの、しょうがないじゃないか。
俺は考える。
彼女が言っていた「転生」、俺が死んだ事実、そして彼女は女神様ときた。
これはもう、絶対に―――
「異世界転生、ですよね!?」
――――――――――――――――――
立川駿はオタクだった。
特に好きな異世界転生、転移系のアニメは大体見ていたし、web小説のブックマークは全てその系統である。
それなりにいい成績をとりながら、自分の生活が決して充実してはいないことを感じ、面白いweb小説を見つける度に歓喜する。と同時に、異世界に行けないことに深いため息をつく。
それはほぼ毎日である。
だから、転生できるかもしれないと思うと、飛び上がるほど嬉しかった。
異世界転生かと聞いた時の俺のテンションに、女神様は若干引いたそぶりを見せたが、一拍おいて首肯した。
「お察しの通りです。貴方には転生する権利が与えられました。異世界といっても、剣と魔法の異世界に、です。驚きました?」
いたずらっぽく笑う女神様。
そして、俺は身を乗り出して聞く。
「能力とか貰えるんですよね!?」
「うっ…はい、話が早くて助かります。才能を与えようかと…」
俺の剣幕に押されて女神様が後ずさる。
「よっしゃあああああぁぁ!!!」
チートきたぁぁぁ!
腕を大きく振り上げ雄叫びをあげると、女神様がビクッと反応する。
「きゃっ!……谷川さん!?どうしました!?」
「いえ、少し興奮してしまって……」
「そうですか…と、とにかくこちらをご覧ください」
俺の目の前にゲームでよくあるウィンドウのようなものが現れる。
そこには、
剣の才能【大】、剣の才能【中】剣の才能【小】
火魔法の才能【大】火魔法の才能【中】火魔法の才能【小】…………………
と、数え切れないほどのファンタジックな言葉が並んでいた。
いくらスクロールしても終わる気配はない。
「これは?」
大体察しはついているが、尋ねる。
「だからなんでにやけてるんですか…これは、貴方に与えられる才能のリストです。この中から選んでいただきます。」
「いくつまでですか?」
「はい。谷川さんは未成年なので……このくらいですね。」
ウィンドウの上に赤いゲージが現れる。
「取得する才能の大きさに応じてそのゲージを消費します。勿体無いので全部使い切ってくださいね?」
女神様はそう言ってあざとい笑顔をこちらに向ける。
なるほど。ちょっとした才能なら数を多く取れるし、大きな才能を取るとその分取れる数は少ないと言うことか。
「これ、一回選んだら後から外せます?」
「はい。右下の決定ボタンを押すまでなら入れ替え可能です。」
試しに「幸運【大】」を押してみる。ゲージが1割ほど減った。
「転移魔法の才能」を押してみる。ゲージが2割ほど減った。
いろいろ試していると、「鑑定」という文字が目に入る。
「鑑定…てことはステータスとかレベルとかあるんですか?」
異世界転生系の小説では「鑑定」がチートスキルであることはもはや様式美である。
これは是非とも取得したい。
「あるにはあるんですが、「鑑定」は転生者専用の才能なので、使える人は転生者以外いません。と言っても、貴方が転生する世界には、他の転生者はいないので、鑑定は貴方だけの才能ということになりますね。」
無双できますよ、無双、と言って、くすくすと可笑しそうに笑った。
しかし、そうなると鑑定は必須スキルではないだろうか。
俺は躊躇なく鑑定を選択した。
――――――――――――――――――――
結局、スキル選びに5時間はかかった。
「……んぅ…あ、終わりましたか?」
ベッドに横たわって寝ている女神を起こす。
この女神、どうやらこの白い部屋の構造を変えることができるらしく、最初の方は白い壁の模様替えをしたり、天井をとんでもなく高くしたりと部屋をいじって遊んでいたが、30分ほど経った頃、ベッドを創って眠りこけた。
仕事に対する態度はどうかと思ったが、かわいい寝顔を拝見できたので不問としよう。
「はい、決まりました。これが最善かはわかりませんが」
「いいんですいいんです、その人にとっての最善が、その人にとっての最善なんですから。」
おお、なんか深いようでそうでもないこと言ってる。
女神がウィンドウを開く。おそらく俺の選んだスキルを見てるのだろう。
選んだスキルは、こうだ。
鑑定
無詠唱
気配察知【大】
気配遮断【大】
回復魔法の才能【大】
風魔法の才能【大】
火魔法の才能【大】
身体能力【大】
魔力量【大】
剣の才能【大】
幸運【小】
「バランスがとれていますね。すごくいいと思います。」
「はい。少し魔法使い寄りにしましたが」
「魔法を使えるだけでも珍しいですから、きっと良い選択だったと思いますよ。では、さっそく転生しましょうか。」
胸が高鳴る。今から行くのは異世界だ。地球とはかけ離れた、夢にまで見た世界。
「貴方がどこの家庭に生まれるのかは私にはわかりません。願わくば、貴方に祝福がありますように。」
女神が指を鳴らすと、足元に白く光る魔法陣が現れた。
その魔法陣の光が、徐々に強くなっていく。
視界が光に染まり、これから転生することを改めて実感して、涙ぐむ。
その時。
「あ、間違えた」
遠くで聞こえたその美しい声を、俺は確かに聞いたのだった。




