プロローグ
季節は冬、午前6時。
冷え切った空気の中、こんな朝早くから外に出ようなんて奇特な事を進んでするのは早めに学校に行って勉強をする真面目な学生か、嫌々ながらも毎日仕事に明け暮れるサラリーマンくらいのものだろう。
人気がなく、やけに広く感じる静かなアスファルトの道路がそれを物語っていた。
今年で高校3年生になる谷川駿は、白い霧を吐きながらその道を通った。
(なんか今日はやけに静かだな...)
そう感じるのは駿が1時間間違えて家を出たからに他ならないのだが、腕時計をつける習慣のない彼がその事を知るはずもなかった。
妙に薄暗く、時々吹く風の音はどこか不吉な音色を秘めているようで、不気味に感じた駿は思わずマフラーに鼻をうずめる。
ふと、同じ歩道の15メートルほど先から人が歩いてくるのが見えた。
黒のオーバーオールをきた中年らしき男性で、鼠色の帽子を深くかぶり、マスクをしていた。
仕事をしに行くようには見えないので、何故朝早くから外にいるのか僅かに疑問に感じたが、社会経験のない駿がいくら考えても納得できる回答は浮かばなかった。
なんにしてもお疲れ様です、と心の中で軽く会釈しながら通り過ぎる瞬間。
――ドスッ。
男が取り出した包丁が駿の腹に刺さっていた。
(え?)
深々と。
刺された、と思うと同時に、息がつまるほどの激痛が走った。
「グッ…ハァッ…!」
(やばいやばいやばいやばいやばい―――)
その場にうずくまり、咳き込みそうになる喉を抑え必死に呼吸する。血の味がする。
(そうだっ…!ケータイ…!)
そのままの体勢で近くの通学用バッグに手をかける。
視界がぼやけ、チャックの開け口がわからない。
力も入らず、焦る気持ちすら薄れていくのがわかる。
――ああ、俺、死ぬのか。
ケータイのデータ、消せなかったなと、僅かな未練を残し、立川駿は―――
――死んだ。