セクション12:上陸作戦はスピードが命
基地で懇親会が行われている間、サングリーズには演習に備えた様々な物資が夜を徹して積み込まれていた。
基本的には食糧や弾薬などの消耗品だが、中には奇妙なものも混じっていた。
車輪付きの台座に置かれた、とある航空機だ。
翼が取り外されてコンパクトにまとめられているそれは、航空機としてはとても小さく、台座を含めてもちょっとしたバイク程度の大きさしかない。当然ながらコックピットもない。
だが、その翼には紛れもなくスルーズ軍の国籍マークが描かれており、翼なしの胴体には「Army」とも書かれていた。
そんな奇妙な航空機も含めた物資の搬入を夜の内に終えたサングリーズは、翌朝に演習へ備えて出港した。
艦隊には僚艦であるゲイラヴォルに加え、新たにもう1隻軍艦が加わっていた。
ドック型輸送揚陸艦カーラだ。
飛行甲板を後部にしか持たない一般的な軍艦のスタイルを持つこの船も、名前の通り揚陸艦であり、この演習に当たってサングリーズを補佐する役割を持っている。
そして、サングリーズにもまた、少し遅れて新たなメンバーが合流していた。
「は、初めまして……陸軍航空学園の、ニーナ・ハーファンと、言います」
ブリーフィングルームの前に立つボブヘアーの少女は、緊張した様子で候補生の一同に挨拶した。
彼女の隣にはアンバーが立っており、彼女を補佐している。
「この子は上陸作戦を支援する新型UAVのオペレーター候補生よ。演習が始まったらいろいろ世話になるでしょうから、ちゃんと覚えておいてね」
「はい、UAVのいい所……知ってもらえると、嬉しいかなって……」
ニーナは一同を直視できないのか、肩をすくめ顔もうつむけてしまう。
そんな彼女の肩を、アンバーがそっと叩く。
「まあそう緊張しないの。ほとんどジェシー君の知り合いで仲いいから、ジェシー君に頼ればすぐ馴染めると思うわよ」
「えっ」
アンバーの丸投げともとれる言葉に、ジェシーは一瞬驚いてしまう。
そんな時、ジェシーのちょうど真後ろにいたシエラが問いかけてきた。
「ねえ。あの人、ジェシーの知り合い? 懇親会にいなかったけど……」
「あ、うん。幼馴染なんだ。ちょっと、人見知りがちだけど、仲よくしてあげて」
ジェシーは僅かに振り返り、そう答える。
そんな彼をよそに、ニーナはアンバーに促されて席へと戻っていく。
座る場所は、ジェシーの隣。同じく隣に座るレネのちょうど反対側になる。
どうも、と遠慮がちにシエラらに軽く挨拶しつつ。
その姿は、まるでさりげなく主人に寄ってくる飼い猫のようにも見えた。
「……さて。新メンバーを紹介し終わった所で、第一作戦のブリーフィングを始めるわよ」
アンバーは、そう言うと一同から見て左側へ移動する。
背後にあったのスクリーンには、大きな地図が映っていた。
海岸とその奥に広がる地形が描かれており、そのほぼ全てが砂漠になっている。
アフリカで一番広い砂漠であるだけあり、ほぼ代わり映えのしない地形であるが、大雑把に言えば三角形をしたエリア全体は大きく3つに分けられていた。
海に面している部分が、サーバル・アルファ。
その奥に、北側にサーバル・ブラボー、南側にサーバル・チャーリーと記されている。
「上陸作戦を始めるにあたってまずやるべき事は、敵の反撃能力を奪う事だってのは、もうわかるわよね。守りを固めた敵陣のど真ん中に、真っ向から殴り込みをかけるんだからね。だから上陸作戦の準備は航空戦力の大事な仕事。戦闘機で敵陣に乗り込んで、防空網を制圧し制空権を確保する。私達がこの夜最初にするのは、その防空網を制圧する上で一番大事な仕事。防空用レーダーの破壊よ」
「ワイルド・ウィーゼル……」
アンバーの説明を聞いたニーナが、ぽつりとつぶやく。
一方でレネは、すぐに異議を唱える。
「ちょっと待って。それって、空軍の仕事じゃないの?」
「まあ、本来なら空軍の高速ジェット機でやった方がいいんだけど、空軍が送り込める戦力は限られているし、そのための装備も限られてるの。だから私達攻撃ヘリにワイルド・ウィーゼルのお呼びがかかったって訳」
ワイルド・ウィーゼル。
野イタチを意味するそれは、対レーダー攻撃の事である。
機能している敵の防空網に乗り込み、破壊し、後続の味方の通り道を切り開く。軍用機にとってはもっとも危険な任務の1つである。
「偵察情報では、このエリアサーバル・アルファに防空用レーダー陣地が配置されているとの事よ。私達はここへ夜間に突入して、レーダーをミサイルで破壊する。その後、シーハリアー部隊が突入して、ミサイルや対空火器を直接破壊する。でも、ただ破壊すればいい訳じゃないわよ。レーダーの破壊は、侵攻する空軍の戦闘機がちょうど真上を通り過ぎるタイミングに合わせるから、タイミングが遅いと空軍の戦闘機がとばっちりを受ける事になる。責任重大よ。空軍の戦闘機がちゃんと働いてくれなかったら、上陸作戦そのものが失敗するかもしれないんだから」
アンバーはサーバル・アルファのエリアを差し棒で指しながら、説明する。
その真剣な説明に、一同は黙り込む。
「その間、チヌークは上陸部隊の先遣隊を隠密上陸。マーリン部隊は朝まで出番はないか……ともかく、上陸作戦はスピードが命よ。上陸の開始予定時間は明日の朝。それまでにいろんな作戦が並行して行われるわ。どれか1つにでもミスが出たら、上陸作戦そのものに影響が出る事を、しっかり心に留めておきなさい」
「はい!」
一同の返事が、ずれる事なく重なる。
「じゃ、それぞれの詳しい作戦説明に入る前に、時計合わせをするわ。現在時刻は午後4時53分……」
アンバーが腕時計を見下ろすと同時に、一同も一斉に各々の腕時計を見下ろす。
「54分まで、3、2、1――よし」




