セクション09:機嫌がいい王子
ラーズグリーズ島空軍基地は、スルーズ本島外にある唯一の航空基地戦闘機や大型輸送機が楽に着陸できるほどの長い滑走路を持ち、ちょっとした国際空港並みの広さを持っている。
「うわあ……」
基地の駐機場にやってきたエリシア達は、その広さと、並べられた航空機の数々に圧倒されていた。
本来は4機のみの戦闘機と、それを支援する救難ヘリ、空中給油機が少数しか常駐しないこの基地は今、演習の開催にふさわしい大規模な航空部隊が集結していた。
「ストライクイーグルにミラージュ、ハークにボイジャー、ウェッジテイル、カイランのシャオロンまで!」
興奮した声を上げたのは、フィリップだった。
まるでお祭りに来た子供のように、目を輝かせながら並ぶ機体を順番に見回している。
「これって、みんな演習参加機なの?」
「ああ、その通りだよ」
シエラの疑問に答えたのは、不意に割り込んできた別の声だった。
一同が反応して振り返ると、そこにはいつの間にかシーザーの姿があった。もちろん、リューリも隣に連れている。
シーザーは得意げに胸を張りながら、一同に説明する。
「今回空軍が送り込んだメンバーは豪華だ。なんてったって前のカイラン・ケージ戦争で敵機撃墜を記録した唯一のパイロット、オーフェリア・ハルソールがいるからな」
「えっ、オーフェリアって、あの女性トップガンの『クロオビ』!?」
オーフェリアの名に、真っ先に反応するフィリップ。
ああそうだ、とシーザーは自信をもってうなずく。
「空軍航空学園の教官としての参加だ。もちろん、従えている代表生徒もいる。例えばあれなんかがわかりやすいな」
シーザーが指差した先。
そこには、1機のストライクイーグルがいた。尾翼が青く塗られている。
その機体にフィリップが目を奪われる一方で、
「何だか今日の王子、機嫌がいいね」
「え、そう?」
「サングリーズに乗ってから、ずっと不機嫌だったもん」
シエラとロメアが、そんなやり取りを小声でしていた。
「だが喜べ!」
そんな2人の言葉を遮るようにシーザーは大きく両手を広げ、王家の証たる紫のケープを翻しながら、宣言する。
「今回、空軍航空学園の代表には、フローラがいない!」
「……え!?」
予期せぬ宣言に、全員が声を裏返した。
シーザーが発したフローラの名は、スルーズの誰もが知るある有名人を指している故に。
「フローラと言いますと、あの姫様ですか?」
「そう! 彼女は、演習参加に当たってのメンバー選抜に落選したんだ! ミラージュ姫の名が聞いて呆れるねえ……」
「そんな、あの姫様が……」
エリシアが唖然とするのをよそに、シーザーは、さも嬉しい出来事のように笑みを浮かべながら語る。
フローラ・メイ・スルーズ。
彼女はシーザーの姉である王女にして、ミラージュ姫の異名を持つ空軍航空学園の候補生だ。
だが姉弟の仲はよくない。
理由は、王位継承を争うライバル関係だからだ。
本来、王位継承権は男のシーザーの方にあるのだが、姉でありながら王位を継承できない事にフローラが納得せず、自分にその素質がある事を認めさせるために、空軍航空学園の候補生になるという形でシーザーへ宣戦布告した、というのは有名な話だ。学科が違うエリシアやフィリップも、知っているほどだ。
とはいえミラージュ姫と呼ばれるだけの実力の持ち主である事は間違いなく、今回の『アライド・ウェーブ』演習にも間違いなく選抜されると思われていたのだが――
「つまり、士気では我らサングリーズ隊に分があるという事だ! だから諸君! くれぐれも僕の顔に泥を塗るような真似はしないでくれよ?」
「は、はあ……」
そう忠告する時もご機嫌なままなのも、恐らくそういう事なのだろう。
言葉がなくてもそれを感じ取った一同は、そんな返事をする事しかできなかった。
「という訳だ! さあ胸を張ってついて来い! 懇親会へ行くぞ!」
「はい、シーザー様!」
シーザーはケープを翻して背を向けると、堂々とした足取りで基地の施設へと向かっていった。その後に、従えたリューリも従者のようについて行く。
残されたエリシア達は、衝撃の事実にただ顔を見合わせるだけだった。
* * *
参加パイロットの懇親会は、空いた格納庫という広い場所を利用して行われた。
スルーズの陸・海・空軍、そしてカイランの空軍の全てのパイロットが集結する数少ない機会だけあって、会場は賑やかだ。
普段は武骨な格納庫も、今宵はきれいなパーティー会場へと姿を変えている。
壁には、スルーズとカイランの国旗が張られ、その存在を主張する。
並べられたテーブルにはバイキング形式で料理が並べられ、肌の色が様々な参加者達は思い思いに選んだ料理や飲み物を手に、互いに交流している。
その中には、数こそ少ないがスルーズ空軍航空学園の生徒もいる。青い制服ですぐにわかる。
エリシアはグラスに入ったジュースを飲みながら、自然とその姿を探していた。空軍という同類だからかもしれない。
ふと、どういう訳か車いすに座って参加している少年に気付く。その背後には、青いメッシュが目立つ少女が付き添っている。
エリシアは知っている。
車いすからは想像も付かないが、彼こそ今空軍航空学園で注目されている候補生であり、少女はその相棒にして恋人なのだと。
ただ、エリシア自身は彼らと接点がない。基地がそもそも異なる戦闘機科とヘリコプター科は、そもそも交流する事がほとんどないのだ。故に、エリシアも彼らの事は、噂で聞いた程度で正直よく知らない。
「やあツルギ君! 今日は姫様がいなくて寂しそうだね――おいおい、どうしたんだその顔は? たかが参加できない程度で何を――何!? それは本当なのか!?」
そんな車いすの少年に、シーザーがリューリと共に声をかけていた。
何やら話を聞いて驚いている様子だが、遠目で見ているエリシアにはそれを知る術などない。
「エリシア先輩」
ふと声をかけられて、我に返る。
隣に、フィリップの姿があった。手には料理ではなく何やらいろいろな戦闘機やマークが書かれたパッチを手にしている。
「あ、フィリップ君。随分パッチをもらってきたみたいですね」
「えへへ、僕も予想外です。『アライド・ウェーブ』を記念した奴も貰えちゃいましたし、カイランの留学生からも貰えちゃいました。何か、話が通じにくい女の子いましたけど――まあ、やっぱりいろんなパイロットが集まりますから、記念品くらいは貰っとかないと」
フィリップが照れるように笑う。
彼が集めたパッチは、軍のパイロットがフライトスーツに付けるもので、所属部隊のマークや搭乗する機体が描かれている。中には演習などのイベントを記念して作られるものもあり、部隊の士気高揚に一役買っているのである。
「あ、そうだエリシア先輩。あの人も来てましたよ」
パッチをしまったフィリップは、ふと気になる事を口にした。
「え、あの人?」
「えっと、ほら、あの人ですよ。その、名前出てこないや――ほら、バターロールの人です」




