セクション03:弱虫な男は大嫌い
ヨーロッパは大西洋上に浮かぶ島国、スルーズ王国。
その軍隊には、『スルーズ空軍航空学園』という学校がある。
空軍・陸軍・海軍のパイロットを中学生の段階から育て上げる、専門学校だ。
現代のパイロットは、養成に長い時間を必要とする。一人前になるには少なくとも6年はかかってしまう。
その分早い段階から始めれば現役で長く活躍できるようになるという事で、この学園は中学生の段階から飛行訓練を実習という形で行っている。
入学すればもちろん軍属扱いになるが、『少年兵・少女兵』ではなくあくまで『実習生』として扱われ、卒業して初めて階級が与えられ軍に正式配属されるシステムになっているのだ。
ジェシーやハルカもまた、そんな航空学園の候補生の一人として、現在陸軍分校でヘリコプターに乗り実習を重ねているのだが――
「ああもうっ! どいつもこいつも意識が足りないっ!」
コンクリートで舗装された駐機場に、ハルカの吐き捨てる声が響いた。
ここは、スルーズ陸軍のヒルデ基地。
目の前に森と山を望む敷地内に並んでいるのは、全て陸軍が保有するヘリコプター。固定翼機の姿は見当たらないが、短めながらも滑走路が設置されている。
先程までハルカとジェシーが乗っていたアパッチも、駐機場の一角に駐機されていた。
「2015年の今、無差別攻撃するなんてあり得ないっ! 敵がどこにいるかちゃんとわかってなんだわ! まさに『バーサークガンナー』ね!」
どこか東洋人的な顔立ちを持つハルカは、脱いだヘルメットを片手で抱えて歩きながら、誰に対してでもなく文句を言い続ける。
隣にいるジェシーは、それをうつむきながら聞いていた。
緑の髪は短めのポニーテールにしている。足取りはとぼとぼとゆっくりしていて、ただでさえはかなげな印象の顔立ちも、暗く落ち込んだ表情でさらに際立っている。
ほっそりした体形と相まって、今にも枯れてしまいそうな小さい花のようにも見える。
「ジェシーもジェシーッ!」
「へ、へえっ!?」
だが、そんなジェシーにもハルカは容赦しない。
驚いて振り返ったジェシーは、手を滑らせて持っていたヘルメットを放り投げてしまった。
からん、と乾いた音を立てて路面へ転がり落ちるヘルメット。
「ああっ!? き、傷は、付いてない!? よかった、大丈夫……」
慌てて拾いに行ったジェシーは、すぐに拾ったヘルメットの状態をしきりに確かめていた。
ほっと胸をなで下ろす一方で、見ていたハルカは呆れてため息をつく。
「あんたねえ……ヘルメットが落としたくらいで簡単に壊れる訳ないじゃない」
「いや、でも、支給品だし、傷が付いたら――」
「ああもうっ! あんたデリケートすぎっ! そんなんでどうしてアパッチになんか乗ってる訳!?」
苦笑するジェシーを見て、ハルカの怒りは爆発した。
それに怯んだジェシーは、一瞬目を瞑ってしまう。
「アパッチは攻撃ヘリなのよ! 遊覧飛行の乗り物じゃないのよ! あんたも習ったでしょう、『お前は将来、敵を殺すんだ』って! そんな事もできなかったら――」
「……俺は、人を助けたいんだ。人を殺したい訳じゃない」
ジェシーはそう答えて、ゆっくり開いた目を逸らした。
いや、違う。
駐機されていた別のヘリコプターを見ていたのだ。
同じオリーブドラブ一色だが、アパッチと異なりスマートな外見だ。
胴体に大きなキャビンを持つ大型のヘリだが、アパッチのような攻撃性はそのデザインから一切感じない。
「第一志望だったクーガーなら、人殺しをしなくていい、とでも思ったの?」
ハルカが口にした名前が、そのヘリの名前だった。
AS532ULクーガー。
スルーズ陸軍が兵員輸送用に用いているヘリコプターである。
「そんなのバカげてる。クーガーだって、ドアガンで武装する事があるんだから。攻撃に回らないと思ったら、大間違いよ」
「で、でも、戦うためのヘリじゃないよ――」
「それなら、どうして消防とかに行かなかったの!?」
「う、そ、それは――」
辛うじてできていた反論を、次第に抑え込まれていくジェシー。
「軍隊はレスキュー隊じゃないのよ! 人助けも確かにやるけど、それは副業なの! 本業はいざという時に敵を倒して平和を守る事! それくらいわかるでしょ!」
「……」
「あんたには、誰かを助けるために敵と戦おうって発想はない訳?」
「……ひ、人を殺す事に変わりはないじゃない。人助けのためなら、人殺しが正当化されるなんて、おかしいよ」
「あんたねえっ! 力を振りかざさないと助けられない人だっているのよ!?」
「……っ!」
「あんた人助けしたいくせに、そんな人達は見捨てる訳!? 自分の手を汚さずに済む人しか助ける気がないなんて、自己満足もいい所よ! この偽善者!」
遂に、ジェシーは反論できなくなってしまい、顔をうつむけた。
ハルカも大きな声を出し続けたせいか、はあはあと肩を大きく上下させているが、それでもなおジェシーを強くにらみ続け。
「もう私はあんたと組めないわ! 意識が足りない臆病者なんか、いても迷惑なだけ!」
絶交の言葉を言い放ち、ジェシーの先を歩いて行った。
そんなハルカを呼び止めるように。
「……ごめん」
ジェシーは顔をうつむけたまま、謝罪した。
ハルカは引っ張られるように足を止める。
「俺は、君を怖がらせるつもりなんて、なかったんだ」
「……は?」
だが。
付け足された言葉の意味が理解できず、振り返った。
「君を怖がらせたって、どういう意味よ?」
「そうやって怒るって事は、怖かったからなんでしょ?」
ジェシーの問いかけに、目を細めるハルカ。
「怖い……? 私が、あんたの事怖がってるって言うの?」
「うん。人を責めるのは、怯えている証拠。だから――」
からん、とヘルメットが落ちる音。
そのヘルメットを抱えていたハルカの手は、ジェシーの襟元を乱暴に掴んでいた。
「あんた、私をバカにする気なの!?」
「そ、そんな気はない、よ。だから、謝ってる――」
「あんたの事なんか怖いもんか! 装甲車もろくに撃てなくて、虫も殺しませんって顔してるあんたのどこに怖さを見出せるのよ!? そもそも人が怖いから怒るなんて理屈、訳わかんないわ! 怖いなんて怯えてたら、そもそも怒れる訳ないじゃない!」
苦しそうなジェシーの表情など全く意に介さず、鬼気迫る顔で怒鳴りつけるハルカ。
「だから、そうじゃなくて――」
「私が言いたいのはね! あんたのようにどうしようもないくらい弱虫な男は、大嫌いって事よっ!」
そして、右手でジェシーの頬を思い切りはたいた。
ぱちん、と乾いた音が響く。
「あうっ!」
ジェシーの体が崩れ落ちる。
ひりひりと赤く腫れた頬に手を当て、その目が若干潤んでいる。
ハルカはヘルメットを拾うと、もう用はないと言わんばかりに、ぷい、と背を向けて今度こそ去っていく。
周りに何人か野次馬の兵士達が集まっていたが、全く気に留めない。
あいつ男なのかよ、どう見ても女にしか見えないぞ、信じられんだろうが本当に男だ、という声さえも。
ジェシーも、その背中を黙って見送る事しかできない。
「待ちなさいっ!」
だが。
そんな彼女を、呼び止める声があった。
ハルカは足を止め、やや下げていた顔を上げる。
目の前に、誰かが立ち塞がっていたのだ。
「……!」
その姿を確かめた途端、一瞬先程までの怒りを忘れたかのようにたじろぐ。
目の前にいるのは、ハルカやジェシーと同じくフライトスーツを着た少女。
ツーサイドアップにしている髪は、貴金属のように美しい銀色。
だがそのところどころに入っている赤いメッシュが、その魅力を半減させてしまっている。
その瞳もまた、何かの狂気を宿しているかのように赤く、怒りに燃えている目つきがそれをさらに増幅させている。
「レネ……!?」
ジェシーが、彼女を見て声を上げる。
少女――レネは、ジェシーの姿を確かめると、一瞬表情を緩めてウインクすると、すぐにまた怒りに燃えた表情に戻ってハルカをにらんだ。