セクション07:レネとの馴れ初め
途端、ウォーロックが微かに驚いたのがわかった。
ジェシーにとっては、わかりきっていたリアクション。
こんな事を聞いて、驚かない人間なんている訳ない。
口にしてドン引きされた経験があったから、以降口にする事はほとんどなかった過去である。
「写真で初めて見た時は、一目惚れでした。こんなにかわいい女の子ならお嫁さんにしたいって本気で思いました。ですが、いざ対面すると、レネは俺に――」
語りながら、ジェシーの脳裏に対面の日の光景が蘇る。
――こんな女みたいな男なんて嫌!
そう乱暴に叫びながら、いろいろなものを投げつけてくる、幼い日のレネ。
最初はその辺にあったペンなどの小物だったが、どんどんそれは大きくなっていく。
親が止めるのも聞かず、遂にレネは、両手で大きな花瓶を持って投げつけてきた。
眼前に飛んでくるそれを目の前にしたのを最後に、暗転する視界――
「気が付いたら俺は病院にいて、レネは少年院送りにされていました」
風によって吹かれた前髪が、額の傷跡をそっと撫でる。
「……そんな事が。なら、縁談はご破算になっただろう」
「確かに、そんな話を聞きました。でも、俺はどうしてもレネの事が忘れられなかったんです」
「それは、なぜ?」
「……レネは、怯えていただけですから」
途端、場に再び沈黙が訪れる。
やっぱりこれっておかしいのかな、と思いつつ、ジェシーは言葉を続ける。
「俺の事を、ただ怖がっていただけだったんです。だから、もう一度会いたくて――レネに大丈夫だよ、俺は君が好きなんだよって言いたくて、俺は何度も花束を持って、レネに会いに行きました。釈放されるまで、ろくに相手してくれなかったですけど――」
「よくそんな考え方ができるね、君は」
「だって、暴力的な人って言うのは、それだけ臆病な人でもありますから」
ウォーロックの、二度目の驚きを感じ取る。
子供の頃に教わった事を普通に口にしただけだが、やはり自分はおかしいのかな、という感覚に陥りそうになる。
「……それで、その後はどうしたんだね?」
「あ、はい。それは――」
ウォーロックに促され、続きを語ろうとした直後。
「大変だー!」
突然、艦橋側から誰かの声に遮られた。
ちょっとした騒動で騒ぐようなどこか間が抜けた声。
最初は何の騒ぎ、程度にしか聞いていなかったが、
「あの『怪獣』が中で暴れてるぞー!」
「……!?」
怪獣。
その単語に、ジェシーは思わず反応していた。
怪獣と呼ばれるのは、この艦に1人しかいないからだ。
「レネ……!」
気が付けば、ジェシーの体は勝手に動いていた。
ウォーロックにすみません、と頭を下げ、すぐに艦橋へと駆け出して行った。
まるで、この状況ではすぐに動くべきと、プログラムされていたかのように。
* * *
がらんがらん、がっしゃーん!
食堂の方面から、乱暴な物音がする。
その向こうは人込みでごった返しており、狭い廊下を走ってくる船員の何人かとすれ違う。
奥の人の壁からは、危険だ危険だ、早く逃げろ、という指示も聞こえてくる。
その光景は、まるでパニック映画の一幕のよう。
ジェシーは狭い人込みに揉みくちゃにされながらも、流れに逆らって先を進んでいく。
人の壁を作っていたのは、艦内の警備を担う海軍陸戦隊の兵士だった。
手には陸軍でも馴染みあるSFじみた外見のAUG突撃銃を携えている。
地味ではあるが、水兵が担うこの業務も、海軍陸戦隊の仕事である。
「すみません、通してください!」
ジェシーはそんな兵士の壁の間を潜り抜けていく。
すると、僅かだが視界が開けた。
食堂は、ひどい有様だった。
普段はきれいに並べられているテーブルは、その全てがなぎ倒されており、ところどころで椅子もひっくり返った状態で無造作に投げ出されている。
まるで破壊しつくされ廃墟と化した市街地のような場所に、椅子をプロレスのごとく乱暴に振り回し、投げつけ、狂気に駆られたように暴れている銀髪の少女が1人。
「レネ!」
紛れもなく、レネその人だった。
彼女は何やら叫びながら椅子を振り回しているが、激しい物音のせいでよく聞き取れない。
何があったのかはわからないが、とにかく止めないといけない。
「おい何してる! ここは危険だ!」
だが。
近くにいた兵士に、止められてしまった。
「待って! 行かせてください!」
「いいから早く逃げろ!」
ジェシーは何とか前に出ようとするが、相手が屈強な男だからか、その場に踏み止まるのがやっとの状態。
その間にも、レネは椅子を投げつけてテーブルをまたひとつ倒してしまった。
レネが椅子を振り回す度に、兵士達が身構える。
「どうする? 一発撃って脅かしてみるか?」
「バカ言うな! そんな事したら余計大騒ぎになるぞ!」
「もうとっくに大騒ぎになってるだろうが! 今なら人を巻き込む心配もない!」
物騒な会話が聞こえてくる。
レネに発砲という言葉だけで、ジェシーの体に悪寒が走る。
そんな、人里に迷い込んだ動物を狩るような状況は、どうしても避けないと。
近くにいた兵士の1人が、突撃銃をレネへ向ける。
「ダメッ!」
ジェシーは、とっさにその兵士の腕に手を伸ばしていた。
「お、おい! 何だ君は!?」
「撃たないで! 俺が、俺が――!」
「くだらん事してないで、お前は逃げろ!」
だが、あっさり他の兵士によって引き剥がされてしまう。
何とか抵抗するも空しく、再びレネに突撃銃が向けられてしまう。
やめて。
それだけは、それだけは――!
そんな思いが届かぬジェシーの目は、自然と涙が溜まり始める。
「ダメ! やめて、やめてえええええっ!」
ジェシーは、まるで本物の少女であるかのような声で、叫び声を上げた。




